2017年2月 2日 (木)

【Apple Music】 ディアベッリ変奏曲 聴き比べ(バックハウス、ブレンデル、ポリーニ盤)/「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集」/「グレン・グールド・オリジナル・ジャケット・コレクション」について

http://koshiro-m.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-4479.html に続く

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Diabelli
(C) Apple Music

【前置き】

私は、バックハウスの「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集&ディアベッリ変奏曲」を持っていたが、それを火災で焼損した(←買い戻していない)。

【本文】

私は「ディアベッリの主題による33の変奏曲(33 Veränderungen über einen Walzer von Diabelli, Op. 120, 33 Variations on a waltz by Anton Diabelli)」という作品を、2〜3回しか聴いたことないので「それではいけない」と思い、バックハウス盤、ブレンデル盤、ポリーニ盤のいずれかを購入しようと思い立ったが、Apple Music にてそれらを聴き比べた結果、断然、バックハウスですね。

検索キーワード:Diabelli Backhaus, Diabelli Brendel, Diabelli Pollini


【2017−2−2 追加】

「ベートーヴェン:Pf 協奏曲全集」は「グレン・グールド・オリジナル・ジャケット・コレクション(80CD)」に収められた名演奏を私は所有しているので、バックハウスの「同全集」は買わない(眼鏡を買いなおさなければならないのでお金貯めなければ…)。


Gould

Glenn Gould The Complete Original Jacket Collection [80cd Box Set]


【2017−2−2 追加】

http://koshiro-m.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-4479.html に続く

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Gould_2_2

【早期購入特典あり】 Glenn Gould Remastered - The Complete Columbia Album Collection (スペシャル日本語翻訳ライナーノーツ封入) Box set

某レコード会社様。↑コレ「Glenn Gould Remastered 日本語翻訳ライナーノーツ封入」を出すなら、最初から、コレを出せば良いものを…。
なぜなら、私のようなグールド信奉者は「グレン・グールド・オリジナル・ジャケット・コレクション」 Non-Remastered 盤と Remastered 盤の両方を所有したくなるから。
我々は「グールド・オリジナル・ジャケット・コレクション」を2種類(Non-Remastered 盤と Remastered 盤)買うほど裕福じゃない。

※ 上に「私はグールド信奉者(である)」と書いたが、ついでに言えば、私は、20世紀において、最も成功したピアニスト&最も人気があるピアニストは、ホロヴィッツと、グールドだと思っている。

2016年9月20日 (火)

オットー・フリードリック著「グレン・グールドの生涯」に書いてある、私の好きな逸話など(4)グールドとテクノロジー/録音テープを重ね継ぎすることによって、ブルーノ・ワルターとクレンペラーの演奏をつなげる/「レコーディングの将来(1966年の論文)」より

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オットー・フリードリック著「グレン・グールドの生涯」

 グールド自身もかなりの夢想家だった。音楽におけるこのテクノロジーの革命が絶頂に達すると、聴き手の解放が、いやもっと正確に言えば、受動的な立場から積極的な参加者へと聴き手の変身が起こるだろう、と信じていた。「つまみをいじるのも、限られた形ではあるが、一個の解釈行為である」と「レコーディングの将来(注:1966年発表の論文)」で書いている。「四十年前、聴き手の選択の自由は『オン』や『オフ』の印のついたスイッチを入れたり切ったりすることに限られ、最新の機器でも、ヴォリュームを少し調整するくらいだったかもしれない。だが今日、さまざまなコントロールが可能となり、聴き手は分析的な判断が求められている。だが、これらのコントロールはごく初歩的で、微調整をしているにすぎない。というのは、現在研究段階にある技術がひとたび家庭の再生装置に組み込まれたならば、聴き手の参加度はいっそう拡大するからだ。」
 この「新しい種類の聴き手」が、自分の膨大なコレクションのあらゆるテープを再編集できるようになれば、グールドはたいへん満足しただろう。「例えば、ベートーヴェンの第五交響曲第一楽章は、呈示部と再現部はブルーノ・ワルターの演奏が好きで、展開部はテンポの大きく異なるクレンペラーの指揮がいいとする。……ピッチと速度の相互関係はひとまず置いておくが、クレンペラーの録音から該当箇所の小節を切り取って、ワルターの演奏の途中にスプライシング(注:録音テープを重ね継ぎすること)によってはさみ込めるのである。その際に、テンポが変わったり、ピッチが上下することもない。……」
 パラダイスの夢想は、どんなものであれ、それを夢想した人間が自分のために望んだものになってしまうことはまず避けられない。口には出さないが、他人も同じことを望んでいるのだと決めてかかっている。《ヴァルキューレ》第二幕で、ブリュンヒルデは戦士ジークムントに対して、死んだ勇者の行くヴァルハルの殿堂がいかに素晴らしい場所かを約束する。「見事な肉体をもった死せる勇者たちがあなたを抱き締め、厳かに歓迎してくれる」のである。一方、T・S・エリオットは、河馬が最終的に聖人に列せられ、「黄金の竪琴を奏で」、雪のように白く洗われ、「殉教した乙女たちの接吻を受ける」と『河馬』という詩の中で予言している。そしてグールドはといえば、音楽ファンが会社で一日懸命に働いたあと家に帰り、ただちにグールド的スタジオに向かい、テープ編集をして夕べを費やすようになる日を夢見ていたのである。グールドは言った。「究極的には、聴き手は自分自身のための作曲家になるのである。」
(オットー・フリードリック著「グレン・グールドの生涯」204ページより)

クラシック音楽の聴き手がテープを継ぎ合わせてブルーノ・ワルターとクレンペラーの演奏をつなげることは「許されること」であるばかりか「聴き手とは逆の立場」=「演奏者という立場」にあったグールドにとって、それは「夢」であった(勿論、グールドは、聴き手でもあった)。

2016年7月31日 (日)

オットー・フリードリック著「グレン・グールドの生涯」に書いてある、私の好きな逸話など(3)聞こえない音(音楽)が、いちばん素晴らしく聞こえる(?)

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オットー・フリードリック著「グレン・グールドの生涯」


グールドが自分の奇妙な能力に気づいたのは、十三歳くらいの頃だった。モーツァルトのハ長調フーガ(K三九四)を練習していたとき、不機嫌な家政婦が電気掃除機のスイッチを入れて練習を邪魔することにした。
「さて、次のような結果になりました。」一九六四年、トロント音楽院の卒業式での式辞でグールドはその思い出を語っている。「……このきらめくような全音階的な音楽は、ヴィブラートの暈(ぼかし)がかかったようになりました。いやむしろ、浴槽で、両耳に水がいっぱいに詰まった状態で歌をうたい、一気に頭を左右に振ったときに得られる効果とでも言いましょうか。そして柔らかいパッセージでは、自分の創り出している響きがまったく聞こえませんでした。もちろん感覚はありました。鍵盤に対する触感はあったのです。……自分がやっていることのイメージはつかめましたが、実際には音は聞こえませんでした。しかし奇妙なことは、電気掃除機が介在しなかったときよりも、急に素晴らしく聞こえるようになったことです。それも、実際に聞こえなかった部分がいちばん素晴らしく聞こえたのです。」(「音楽院卒業生に贈る言葉」)
 偶然性の音楽あるいはチャンス・オペレーションに没頭していた頃のジョン・ケージについて、こんな話がある。よく馴染んだブラームスの交響曲の録音を聴いて退屈の表情を浮かべていたときのこと、突然ドアの呼び鈴が鳴って鑑賞を邪魔されたその瞬間、ケージは喜びに顔をほころばせてしまったのである。これは客が来たらしいので喜んだのではない。ブラームスの交響曲と鳴り響く呼び鈴という偶然の取り合わせを初めて聞くことができたのを喜んだのである。モーツァルトと電気掃除機からグールドが理解したのは、音の奇妙な取り合わせを単に受け入れるということではなく、音楽を知覚する力を聴覚からほぼ完全に分離することだった。

(「グレン・グールドの生涯」42ページより)

2016年6月13日 (月)

オットー・フリードリック著「グレン・グールドの生涯」に書いてある、私の好きな逸話など(2)「音楽こそが僕のエクスタシーなんだ」

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オットー・フリードリック著「グレン・グールドの生涯」


「音楽こそが僕のエクスタシーなんだ」

(「グレン・グールドの生涯」464ページより)

というのは、よく知られたグールドの言葉だが・・・「グールドにとっては、音楽を聴いたり演奏したりすることこそ性的エクスタシーであった」というのは、嘘である:

グールドは、多くの人から、「性」について、しつこく問われたので、彼は面倒臭くなって、思わず「音楽こそが僕のエクスタシー」と口走ってしまった・・・というのが、グールドの「エクスタシー発言」に対する私の解釈。すなわち、それは意味のない発言であり、グールドの音楽と「性的エクスタシー」は、まったく関係ない・・・上記の本を読んで私はそう感じたが(?)

【2017−1−24 追加】

【参考】

ジョンズ・ホプキンズ大学の精神科医ドクター・ジョゼフ・スティーヴンズによれば、彼がトロントを訪問する度に、グールドはオランダ人のマッサージ師をいつも決まったように呼んでいたという。「グレンがマッサージを受けている間、私は傍らに座っていたのです」とスティーヴンズは語る。「私は考えました。いったいこれはどういうことなのか、と。というのも、私の理論によれば --- これは絶対的な理論なのですが --- 人間は誰でも他人との身体的な接触に飢えているというものです。私の知る限り、グールドの他人との身体的接触は、これ以外にまったくありませんでしたから、彼は身体的接触をこのマッサージ師ともったことになるのです。そしてこのマッサージは延々と繰り返されました。」やはりその頃のグールドを知っていたバスーン奏者ニコラス・キルバーンは、一度グールドとセックスについて話し合ったことを思い出す。そのときグールドはこう言ったという。「音楽こそが僕のエクスタシーなんだ。」(「グレン・グールドの生涯」464ページより)

オットー・フリードリック著「グレン・グールドの生涯」に書いてある、私の好きな逸話など(1)ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調 Op.15

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オットー・フリードリック著「グレン・グールドの生涯」


グールドの監禁状態をさらによいものにすることができたであろう唯一のこととは、外の世界を賞讃する感覚だった。しかし、その感覚も、最新の録音、つまりベートーヴェンの第一協奏曲のきらめくような演奏のレコードのおかげで知ることができたのである。このレコードでグールドは自作のかなり重厚な対位法的なカデンツァを弾いていた。「ここ二日間というもの、私は有頂天になりっぱなしです。送られてきた、私たちのベートーヴェンの第一番を聴いているのです」と彼は、オーケストラの伴奏をしてくれた指揮者のヴラディミール・ゴルシュマン(一八九三〜一九七二)に手紙をしたためた。「もうすでにお聴きになっていて、私と同様、これに誇りを抱いていらっしゃるとよいのですが。この演奏には最初から最後に到るまで、真の生きる喜び(ジョワ・ドゥ・ヴィヴル)があります」(一九五八年十一月)。そしてそれから、素敵な光景がホテルで生まれた。グールドが病室(グールドは当時、ハンブルクで療養中であった。ブログ開設者より)でこのベートーヴェンの協奏曲の新しいレコードをかけていたら、部屋のメイドが耳を澄ませて立ち止まったのである。「メイドは戸口に足を踏み入れたまま、モップを両手に持って立っています。プレーヤーからから聞こえてくる第一楽章のカデンツァに釘づけになっているのです。--- 今終わりました。彼女はお辞儀をしたたけで、隣の部屋へ行ってしまいました。」(「グレン・グールドの生涯」138ページより)

そのメイドさんが、クラシック音楽の愛好者であったかどうかは定かではない。が、とにかく、グールド自作のカデンツァ(ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番)は(もしかしたらクラシック音楽をほとんど聴かない)そのメイドさんに気に入られた。

>>今終わりました。彼女はお辞儀をしたたけで、隣の部屋へ行ってしまいました。

グールドにとって、100人の音楽批評家がグールドの演奏を「良い」と評価するよりも、そのメイドさん反応のほうがよっぽど喜ばしく嬉しかったに違いない。

2008年5月15日 (木)

グールドのベートーヴェン:ピアノ・ソナタを聴く(3)

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30番ホ長調作品109 第3楽章 第4変奏(midi

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「グールドはコロンビアとの契約で、二年間に三枚のレコードを制作しなければならなかった。二枚目として選んだのは、どうしても譲らなかったあの《ゴルトベルク変奏曲》にも劣らない大胆な作品だった。そしてこれはまた大きな誤算でもあった。1956年の2月、グールドはニューヨークに行き、ベートーヴェンの最後の三つのソナタ --- 第30番ホ長調作品109、第31番イ長調作品110、第32番ハ短調作品111 --- の録音を始めたのだが、これらはどれもみなきわめて深遠で、かつまた美しく、そして複雑な曲だった。当時、誰であれ、この三曲のうちどれでも、リサイタルのやま場で弾くのは相当大胆なことだと思われていたし、かなりの円熟の域に達していない、ピアニストがこれらの大曲を人前で演奏するなど、身のほど知らずだ。そう考える批評家もいた。
 グールドは作品109を何度も弾いたことがあり、残りの二曲はめったに弾かなかったのだが、この三曲に対する彼の構想は、いくらか極度に非正統的なアイデアを伴っていた。作品109の演奏のほとんどの部分は見事だったのだが、終楽章の美しい変奏に入り込んだところで、グールドはベートーヴェンの書いたものに背いた。ただ解釈を誤ったのではない。背いた、のである。それが顕著なのは第四変奏の出だしで、そこには、Un poco meno andante ciò è un poco più adagio come il tema で演奏するように、とベートーヴェンが注意深く記している。当時のベートーヴェンは愛国心に燃えていたせいで、同じことをドイツ語で Etwas langsamer als das Thema と書き添えてさえいる。すなわち「主題よりいくぶん遅めに」という意味で、この主題はアンダンテである。この美しい変奏は、ヴィヴァーチェの第三変奏と、厳格な対位法で作られたアレグロの第五変奏とにはさまれていることからすれば、ベートーヴェンはこの変奏のもつ見事な静けさの中にコントラストを強調したかったことは明白である。ところが、楽譜に書かれた作曲者の意向を無視して、グールドは凄まじいスピードでこの変奏を弾き、軽薄で、表面的で、派手なものにしてしまったのである。(オットー・フリードリック著『グレン・グールドの生涯』119ページより)」

上記フリードリックの前半の指摘はあたらないと思う。ポリーニやポゴレリチもグールドと同じようなことをやったのだから..。

後半は、正しい評価だと思う。アンダンテを四分音符=72として、それより「いくぶん遅い」四分音符=69で演奏すると、midiのテンポになる。このテンポが正しい演奏であろう。もし仮に、第3楽章冒頭のテーマを「四分音符=72」より速く演奏したとしても(グールドはそうしている)、そのテンポより相対的に遅く、または、同じテンポか、百歩譲ってもほんの少しだけ速く演奏すべきであろう。それに対し、グールドが演奏した第4変奏の速すぎるテンポはまったく無意味である。それどころか、馬鹿げていると言ってもいいと思う。何のために第5変奏の難しいパッセージを克服したのか分からない。

第1楽章
グールドは官能的な演奏をしている。
再現部、アダージョの第2主題を強調し、明確にした意図は、この楽章の演奏の一つのモデルである。コーダへの処理もうまい。

第2楽章の速いテンポは問題ない。プレスティッシモなのだから..。

ではなぜ、第3楽章は前二楽章をぶちこわしにするような演奏をしたのだろうか。詳しく見てみる。

グールドはテーマを速いテンポで奏し、テーマおよび変奏のリピートを省いてる。したがって、音楽は速いテンポで進んでいく。第3変奏ヴィヴァーチェでは豪快な演奏を聴かせる。そこまでは何の問題もない。なぜ、彼は第4変奏を急いだのか? グールドは最終第6変奏を最大の聴かせどころとして、そこまで一気に走り抜けたかったのか。

「最後の第6変奏テンポ・プリモ・デル・テーマはまず4分の3拍子で主題が内声に歌われ、つぎに8分の9拍子に変わって音符は細やかになり、それがやがてトリラーにまで崩れてゆくが、主題はその間姿を隠したり、あるいははるか遠くに舞い散ってゆくかのように高音域に点綴(てんてい)される(作曲家別名曲解説ライブラリー3 ベートーヴェンより)。」主題が「高音域に点綴される」この部分はステレオ録音でも、三つの声がよく聞こえない演奏があるのに対し、グールドは、その三声を明確に示し、これまた山場を官能的に表出することに成功している。しかし、第4変奏を急がなくても、この第6変奏は十分に官能的であったろう。むしろ第4変奏を指定されたテンポで演奏していれば、第6変奏はもっと官能を増したかも知れないと思うと、それが悔やまれる。

グールドのベートーヴェン:ピアノ・ソナタを聴く(4)につづく

2008年5月 9日 (金)

グールドのベートーヴェン:ピアノ・ソナタを聴く(2)

Photo

ベートーヴェン
ピアノ・ソナタ 第30,31,32番
グレン・グールド
録音:1956年(モノラル)

ピアノ・ソナタ 第30番 ホ長調 作品109
第1楽章 3'15
第2楽章 2'00
第3楽章 7'40

ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 作品110
第1楽章 6'57
第2楽章 2'07
第3楽章 10'47

ピアノ・ソナタ 第31番 ハ短調 作品111
第1楽章 7'15
第2楽章 15'15

作品109について、『グレン・グールドの生涯』に面白い記述がある。

「このソナタ作品109は、オタワの批評家の超現実主義的な想像をはるかに超えた難問をグールドに与えていたのである。その難問とはグールドのみが生み出しうるものであり、またグールドのみが解決しうるものだった。終楽章の第五変奏には難しいパッセージがある(135-136小節)。それは右手で高音部へと駆け上がっていくもので、グールドの描くところによれば『はっきりとした恐怖』だった。『六度のパターンから三度のパターンに切り替えななくてはならない、それも一瞬にこなす必要がある』とグールドはのちにコットに語っている。『それまでこの曲をいろいろな人の演奏で聴いていたけれども、この瞬間がくると、みな、燃えさかる納屋から引き出される馬のようになった。恐怖が顔に出るんだ。』
 グールドが作品109のわずかな練習を始めたのは、この作品を初めて人前で弾くほんの二、三週間前のことだったが、そのとき彼は、『どこにも問題がないことを確かめておくだけ』と、この難しいパッセージから始めたが、それは間違いだった。弾いてみると、次から次へと具合の悪いことが起き始めた。そして数分もたたないうちに、彼は『この箇所について完全な障壁を作って』しまったことに気づいたのである。この障壁が彼を麻痺させたまま、演奏会はあと三日に近づいた --- 文字通り避けたり止まったりしない限りはこのポイントに到達できなくなった』 --- そこで彼は女中と電気掃除機の教訓を再創造し、彼の呼ぶ、"最後の手段"を試してみた。『それはピアノの横に二台のラジオを置き、最大音量で鳴らす』という試みだった。これは助けにはなったが、問題がすっかり解決したわけではなかった。ラジオをできる限り大きな音で馴らし続けながらグールドは左手の伴奏の重要でない四つの音に精神を集中したのである。しかも『できるだけ非音楽的に』それらの音を弾くことだけに集中したのである。彼はこれをマスターすると最後にラジオのスイッチを切った。難しい右手のパッセージを阻んでいた障壁は消え去った。(77ページ)」

上記「この作品を初めて人前で弾く」は、1953年2月、オタワでの演奏会のことである。

そして「そこで彼は女中と電気掃除機の教訓を再創造し」とは以下のことを受けている。

「だがグールドの才能は想像を絶している。彼が音を聴き、理解し、自分のものとする方法は、普通の人とまったく異なっていたらしい。グールドが自分の奇妙な能力に気づいたのは、十三歳くらいの頃だった。モーツァルトのハ長調フーガ(K394)を練習していたとき、不機嫌な家政婦が電気掃除機のスイッチを入れて練習を邪魔することにした。
『さて、次のような結果になりました。』1964年、トロント音楽院の卒業式の式辞でグールドはその思い出を語っている。『・・・このきらめくような全音階的な音楽は、ヴィブラートの暈(ぼかし)がかかったようになりました。いやむしろ、浴槽で、両耳に水がいっぱいに詰まった状態で歌をうたい、一気に頭を左右に振ったときに得られる効果とでも言いましょうか。そして柔らかいパッセージでは、自分の創り出している響きがまったく聞こえませんでした。もちろん感覚はありました。鍵盤に対する触感はあったのです。・・・自分がやっていることのイメージはつかめましたが、実際には音は聞こえませんでした。しかし奇妙なことは、電気掃除機が介在しなかったときよりも、(モーツァルトのパッセージが)急に素晴らしく聞こえるようになったことです。それも、実際に聞こえなたっか部分がいちばん素晴らしく聞こえたのです。(41ページ)』(中略)先程の電気掃除機の話の続きはさらに磨きがかかる。『新しい楽譜を大急ぎで頭に焼きつけたいときは、何か正反対の雑音を楽器にできるだけ近いところで発生させて、この電器掃除機の効果を擬似的に作り出します。実際どんな雑音でもかまいません。--- テレビの西部劇でも、ビートルズのレコードでも、騒々しい音なら何でも結構。--- モーツァルトと電気掃除機が偶然一緒になったことから学べたのは、想像力という内なる耳は、外からの知覚をどれほど発揮するよりもはるかに刺激的だということなのです。(44ページ)』」

グールドは「内なる耳」を、現実に知覚できるピアノの音よりも重視することがあった。たとえばテルアヴィヴでの公演で、お粗末な楽器しか与えられなかったとき、彼は想像上のピアノで練習した。彼は、自分の弾くピアノの音が聞こえなくても、その「内なる耳」で、それを聴くことができた。難曲である作品109の練習においては、彼は、わざと自分の弾くピアノの音を聞こえなくした。それによって「内なる耳」で、難しいパッセージを克服した。それが最良の手段だった。われわれは、アコースティック楽器を演奏するミュージシャンたちが、自らの出す音が聴衆に、どのように聞こえるかを、認識しうることは想像できる。しかし、その能力を得るために、わざわざ、大きな雑音を鳴らしながら練習するミュージシャンはいないだろう。ところが、グールドにとっては、自分の出す音を聞こえなくすることが、難しいパッセージを克服することに対しても有効な手段であった。そして、それは、グールドが、のちに、スタジオにこもって録音することにのみ自己表現の手段を見出したこと、その結果、レコードから発する人工的な音のみが自分の音楽となってしまったことと符合するような気がする。グールドにとって、自分のピアノの音がベストであることの条件は、天然の音によってではなく、リスナーがレコード再生装置で聴く人工的な音によって満たされる。そして、大袈裟に言えば、リスナーもまた、その音を「内なる耳」で聴くべきなのかも知れない。

上記作品109の終楽章第五変奏の難しいパッセージとは以下の部分だと思う。(midi

Beethoven_109_3_5_2

(つづく)

2008年5月 1日 (木)

グールドのベートーヴェン:ピアノ・ソナタを聴く(1)

Gould

グレン・グールドのベートーヴェン:ピアノ・ソナタを聴いてみようと思う。

グールドは、モーツァルトへの嫌悪感を隠さなかった。その嫌悪は彼の表面上の表明ではなく、本心であったと思う。そして、それは演奏にも現れたと思う。それに対し、彼は、ベートーヴェンについて下記のような否定的意見を述べながらも、ベートーヴェンの強い信奉者であった思う。彼があと少し長生きしていれば、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲録音は完成していただろう。ピアノ協奏曲全集は早くに完成させていた。「エロイカ変奏曲」や「バガテル」はレコード・デビュー前からの彼のレパートリーであった。

「うぬぼれ作曲家の史上最高の例(『グレン・グールドの生涯』120ページより)」

「自分の行うことはすべて、ただ自分が行うからこそ正当化される信じていた作曲家(同上)」

 グールドのベートーヴェンの録音のいくつかにみられるとらえどころなのない解釈には、この作曲家そのものに対するグールドの見解が反映していた。「ベートーヴェンは非常にアンビヴァレントな感情を抱いています」とグールドはあるインタヴューで答えている。バッハの作品はすべてを好んでいたわけではなかったが(例えば、《半音階的幻想曲》や初期のトッカータにみられる即興的な部分について軽蔑的な発言を連発している)、ほとんどいつも敬服と愛情の念を抱いてバッハを語っていた。ところがベートーヴェンには、どこか芝居がかった、尊大な面があって、それがグールドをいらだたせたのである。朗らかで溌剌とした若い頃のベートーヴェンの作品は(《月光》でさえ)大好きだったのだが、複雑かつ雄大になってしまったその後のベートーヴェンにおいては、交響曲第七番や第九番よりはソナタ第二六番《告別》や弦楽四重奏曲第一一番《セリオーソ》や交響曲第八番といった謎めいた過渡期的な作品ばかりを好んだ。これとは対照的に、あの第二九番《ハンマークラヴィーア》という大曲について、グールドは次のように書いている。「ベートーヴェンの作品の中で、最も長く、最も取るに足らない、おそらく最も弾きがいのない作品です。
 ベートーヴェンの最高傑作で最も有名なもののひとつであるソナタ第二三番《熱情》に対し、グールドは格別の反感の情を抱いた。グールドは《熱情》を批判した。そうしたのも、もしかしたらこの曲の人気が高かったからかもしれないが、批判はやや難解な技法上の理由に基づくものだった --- 「第一楽章アレグロでは、第一主題と第二主題はどちらも三和音をアルペッジョにした音型から生まれているが、その関係が曖昧で・・・展開部もやはり支離滅裂である。・・・」こういう異論はほとんど支持されないと承知しているかのように、今度は個人的な、感情的な理由に基づいて、この作品に攻撃をかけた --- 「この作品を書いた頃のベートーヴェンは、動機の倹約だけではなく、ベートーヴェンであり続けることにも夢中だったからだ。また《熱情》には自己中心的なもったいぶりや、"もう一度使っても大丈夫かどうか試してみよう"といった調子の傲慢な態度がある。よって、私のベートーヴェン人気投票では、このソナタの順位は《シュテファン王》序曲と交響曲《ウェリントンの勝利》のあいだのどこかである。」
 実に奇妙なことだが、グールドがこの酷評を書いたのは、軽蔑されたこのソナタを彼自身が弾いたレコードのライナーノーツだった(一九七〇年発売)。そしてこれがいかにひどい作品かを実証するように --- また、よく知られた作品は違った形で演奏されなくては意味がないという持論を実行するために --- グールドはかなりひどい弾き方で《熱情》の演奏に踏み切った。葬送行進曲のようなテンポを採用したため、堂々たる第一楽章は、たどたどしい、煮え切らないものとなり、音楽は寸断されて聞こえる。そこには《熱情(アパッショナータ)》に欠くべからざるものが決定的に欠けている。(それは)《熱情(パッション)》である。
 このベートーヴェンのスタンダード・ナンバーを愚弄した録音を行ったのと同じ一九六七年、グールドは、比較的知られていなかった曲目をあえて持ち出し、最も奇妙な成功作のひとつを生み出した。ベートーヴェンの第五交響曲のフランツ・リストによるピアノ編曲版である。理屈からすれば、《熱情》をめぐってグールドが展開した批評はすべて第五交響曲にもあてはまったし(「自己中心的なもったいぶり」がさらに染みついた作品ということになるのだろうか?)、有名な冒頭の騒々しい主題は、オーケストラの弦楽器からピアノに写されることで、いっそう騒々しいものとなった。しかもこの編曲そのものは、リストの手になるものである。グールドはほかの一曲もその作品を録音せず、嘲笑なくして言及することの決してなかったあの作曲家の編曲である。とにかくグールドは、今度はベートーヴェンとリストの両者をそれぞれの自己評価どおりに取り上げたがゆえに、そしてほとんど馬鹿げているこの組み合わせを、大真面目に演奏したがゆえに、大成功を収めた。これはグールドの最も驚嘆すべき名盤のひとつである。(同230〜232ページより)」

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【当ブログ開設者より】 上記「よく知られた作品は違った形で演奏されなくては意味がない」というのは、いかにも、グールドらしいですね。

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昨年発売された「グレン・グールド/ザ・ヤング・マーヴェリック - 若き異端者/CBC録音集(6CD)」には、以前には我々が聴くことができなかったベートーヴェンのピアノ・ソナタの音源が入っていた。

ピアノ・ソナタ 第28番 イ長調 作品101
ピアノ・ソナタ 第4番 変ホ長調 作品7(第2楽章のみ)
ピアノ・ソナタ 第19番 ト短調 作品49の1
1952年10月12日放送

『グレン・グールドの生涯』の巻末資料によると、これらは、かつてレコード化されていたことが示されてあるが、CDとして復刻されたのは久しいであろう。

DISC 4
ピアノ・ソナタ 第28番 イ長調 作品101
7. 第1楽章 Allegretto ma non troppo (3'39)
8. 第2楽章 Vivace alla marcia (3'45)
9. 第3楽章 Adagio, ma non troppo, con affeto (8'42)

第1楽章
バックハウスの演奏(旧盤)に似てるというといいすぎだが、解釈はさほど変わらない気がする。すなわち、正統的な演奏。

第2楽章
快速に飛ばす。第1,2楽章は録音が悪い。

第3楽章
序奏Adagioイ短調は「寂寞の心」(作曲家別名曲解説ライブラリー3 ベートーヴェンより)がじっくり歌われている。また左右の手が対位法的に動くのがグールドにとって魅力だったのであろうことが窺われる。

Tempo del primo pezzoは第1楽章の回想が効果的、第1楽章のテーマが、グールドによって忠実に再現される。

Prestoに入ってからは、またも快速に飛ばす。展開部のフーガは若いグールドの技巧がぞんぶんに聴かれ、非常にエキサイティング。
この作品101は、名演だと思う。特に第3楽書のフーガは、グールドの深い思い入れが聴かれ、その演奏からは上記の毒舌(ベートーヴェンへの否定的意見)とは裏腹な彼の感情さえ感じられる。

ピアノ・ソナタ 第4番 変ホ長調 作品7
10. 第2楽章 Largo, con gran espressione (9'31)

リヒテル風の重厚な演奏。
放送時間の関係で第2楽章のみの録音となったのだろう。
作品7は私の大好きな曲なので全曲演奏を残して欲しかった。

ピアノ・ソナタ 第19番 ト短調 作品49の1
11. 第1楽章 Andante (3'30)
12. 第2楽章 Rondo. Allegro (2'55)

作品49の1,2も私の好きな曲である。作品49の1はグルダの方がうまいと思う。

2008年2月 3日 (日)

モーツァルト:協奏交響曲 K364 聴き比べ(1)前置き

「モーツァルト:協奏交響曲 変ホ長調 K364」という作品に対し、私は魅力を感じていなかった。そのことを説明するに、私はオットー・フリードリック著「グレン・グールドの生涯」から、長くなるが下記を引用しよう。

「こういった評価の中で最も奇妙だったのが、一生を通して表明した、モーツァルトに対する反感と不満である。インタヴューのときに、モーツァルトは『だめな作曲家』で、彼は『早死にしたのではない。死ぬのが遅すぎたのだ』と語るのをグールドは楽しみとしていた。このグールドらしからぬ無情な宣言の論法は --- モーツァルトの最良の作品は、二十代前半のものである。『嫌悪』するのは、交響曲第四十番ト短調や歌劇《魔笛》のような後期の名曲である。そして、もしモーツァルトが人間の寿命と言われる七十歳まで生きていたら、彼は『ヴェーバーやシュポーアの一種の混血に変わっていただろう』というものだった。こういった非難を行うにあたってモーツァルトの音楽は『快楽主義的(ヘドニスティック)』(グールドお得意の軽蔑語の一つ)であるとか、モーツァルトは、すべてのピアノ曲は対位法的でなければならない私の見解にそぐわないといった趣旨の、説得力に欠けた一連のこじつけをグールドは述べた。こうした言いがかりの中に、おとなをびっくりさせてやろうという子供じみた願望の残響や、音楽史上最も名高い神童への、軽い嫉妬とおぼしきものをみるのはそれほど難しいことではない」234ページより

「ジョナサン・コットとの対話でグールドは、いっそう非難がましく、いっそう逆説的でもある。グールドはモーツァルトのソナタの録音についてこう語る。『これまでで、あれほど楽しかった仕事もない。何しろ、作曲家としてのモーツァルトが本当に嫌いだからね。』自分のモーツァルト嫌いがレコードの中で完全に証明されていることに、そしてその感情ゆえに聴き手が演奏を楽しめないでいることに、グールドは気づいていなかったらしい。だいたい、大音楽家への嫌悪を演奏家が表現するさまを見たり聞いたりして、どこが楽しいというのか。
 だがもう謎はひとつである。あれほどまでに流暢で、しかも耳障りなモーツァルトを弾いたのは、グールドがもともとモーツァルト嫌いだったからなのか、それとも自分の内なる耳で聴いたものがモーツァルトの意図していたものだと誤解したためにモーツァルトを嫌っただけなのか。あるいはモーツァルトのソナタのプラトン的なイデアを聴いたのは、しみじみとしたモーツァルトの音楽にグールド自身が持ち込んだ無情な音色の中だけだったのか。グールドはこういった疑問から逃げた。彼は初期モーツァルトと後期モーツァルトに単純化した対比に議論をそらそうとばかりしていたし、モーツァルトの成長と円熟はひとつの長い衰退であるという考えを繰り返し主張するのだった。『初期のソナタは大好きだよ。初期のモーツァルトは大好きだ。以上、終わり。』グールドはコットにそう語っている。『ハイドンかカール・フィリップ・エマヌエル・バッハのどちらかを手本にとしていて、まだ自分自身を見つけていなかったあの時代のモーツァルトは大好きだね。十八か十九か二十歳のとき、モーツァルトが自分自身を発見したその瞬間(これは世間で言われるような言い方だけれど)、私は興味を失った。なぜかというと、彼が発見したのは、何より芝居がかった才能であって、その後ずっと、歌劇ばかりか器楽曲にまでそれを発揮したからだ。それに十八世紀の劇場のもっていたかなり軽薄な快楽主義を考えるとなると、そういったものに僕はまったく興味を感じない。』
 このくだりからグールドはただの毒舌家になってしまう。ハイドンのソナタが好きだと宣言し(ハイドンのソナタは、晩年にいくつか録音したが、それはモーツァルトよりはるかに素晴らしい録音となった)、次のようにコットに語っている。『ハイドンの場合、この二つのクッキーは同じ抜き型で作ったな、と思うことがまったくない。ところが、どうも、モーツァルトにはそう思えるときがある。モーツァルトは、自分の調子をつかんでからというもの、すべて同じ抜き型で音楽作りをしていたような気がする。』さらにモーツァルトの展開部については --- 『モーツァルトが展開部について学んだことは、決してなかった。だって、当たり前だが、展開するものがなければ、展開部を書かなくてすむからね。』」242ページ

オットー・フリードリックは、非常なグールドのファンだったが、グールドに対し客観的でもあった。上記で、彼は、グールドの「モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集録音」について、「だいたい、大音楽家への嫌悪を演奏家が表現するさまを見たり聞いたりして、どこが楽しいというのか。」と述べ、グールド、またはグールドのモーツァルトに対するスタンスを非難している。フリードリックのこの記述は、厳しくとれば「演奏家は嫌悪する作曲家のピアノ・ソナタ全集を録音すべきではない」ともとれるし「ピアノ・ソナタ全集を録音した演奏家が、その作曲家を嫌悪していることを表明したり、その嫌悪について言及したりするのは愚かな行為だ」と言ってるともとれる。そして、フリードリックは「自分(グールド)のモーツァルト嫌いがレコードの中で完全に証明されていることに、そしてその感情ゆえに聴き手が演奏を楽しめないでいることに、グールドは気づいていなかったらしい。」と述べ「グールドのモーツァルト:ピアノ・ソナタ全集録音」を低く(あるいは悪く)評価している。

私自身は、グールドの「モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集」には重大な過失があると思う。また、グールドの「モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集」のみを聴いて、モーツァルトのピアノ・ソナタを理解できたと錯誤している人は不幸だと思う。

しかし、それでも、上記、グールドのモーツァルト批判には一理あると思う。すなわち、それは上の引用のなかの

『ハイドンの場合、この二つのクッキーは同じ抜き型で作ったな、と思うことがまったくない。ところが、どうも、モーツァルトにはそう思えるときがある。モーツァルトは、自分の調子をつかんでからというもの、すべて同じ抜き型で音楽作りをしていたような気がする。』

というグールドの指摘である。私は、K364(協奏交響曲)と、K207からK219(5つのヴァイオリン協奏曲)との比較において、それを感じなくもない。K207からK219にあった良いものが、K364には失われた気がする。また、K364には、グールドの言うところの「同じ抜き型」と言われても仕方ないような(私の言葉で言えば)「紋切り型の形式、およびそのひけらかし」があるように思える。

以下に、私の考えが誤解であることを願いつつ、K364のいくつかの録音を聴き比べ、この作品についての正しいイメージを得る試みをしてみることにする。

・ヴァイオリンとヴィオラと管弦楽のための協奏交響曲 変ホ長調 K.364(320d)
Sinfonia Concertante für Violine, Viola und Orchester Es-dur K.364(320d)
作曲:1779年の夏あるいは初秋。
初演:不詳
出版:1802年
編成:独奏ヴァイオリン、独奏ヴィオラ。
オーボエ2、ホルン2、ヴァイオリン2部、ヴィオラ2部、バス。

聴き比べたCDは以下の通り

・グリュミオー(Vn)/Arrigo Pellicia(Va)/コリン・デイヴィス/Lso(64年録音)
・スターン/ズーカーマン/バレンボイム/イギリス室内(71年)
・ヨゼフ・スーク/ヨゼフ・コドウセク/プラハ室内(72年)
・クレーメル/キム・カシュカシャン/アーノンクール/Vpo(83年))
・デュメイ(Vn,指揮)/ヴェロニカ・ハーゲン(Va)
 Camerata Academica Salzbug(2000年)

・ムター(Vn,指揮)/Yuri Bashmet(Va)/Lpo(05年)
・ユリア・フィッシャー(Vn)/ゴルダン・ニコリッチ(Va)/
 ヤコフ・クライツベルク指揮/オランダ室内(06年)


1.第1楽章、オケによる提示部、冒頭(midi

K364_1

2.第1楽章、オケによる提示部(上の続き)(midi

K364_7

3.第1楽章、オケによる提示部、第2主題(midi

K364_2

4.第1楽章、提示部、コーダ(midi

K364_3


譜例1, 2, 3, 4は、第1楽章のオケによる提示部である。

冒頭はなんの変哲もない和音とリズムのトゥッティ(譜例1)。型どおりの経過句(譜例2)を経過し、弦のピチカートを伴ってホルン、オーボエにより奏される第2主題(譜例3)。マンハイム風クレッシェンド(「作曲家別名曲解説ライブラリー/モーツァルト/大久保 一執筆」を参照)から、モーツァルトお得意のシンコペーションのリズムを持つコーダ(譜例4。この部分は展開部で再利用されている)で頂点に達するというありきたりな流れ。「ヴァイオリン協奏曲Nos.1-5」には、こんな面白くも何ともない提示部は一つもなかった。それに対し、このK364の「オケによる提示部」のありきたりさは何だ? こんなもんでもって、「モーツァルトはいったい、何を言いたいのか?」...と疑問に思いつつ、ふとスコアの冒頭をよく見ていると、おもわず「やられた!」と叫んでしまった。第1小節と第2小節1拍目の「sfp(スフォルツァンド・ピアーノ、強く そして弱く)」と第2小節3拍目の付点四分音符の「f(フォルテ)」はいったい何なのだろう! これはどう演奏すればいいのだろう? 実際、指揮者はどう演奏するだろうか? この「スフォルツァンド・ピアーノ」と「フォルテ」で「モーツァルトはいったい、何を言いたいのか?」 なんで、第2小節3拍目の付点四分音符でフォルテなのか。このデュナーミクは、面白すぎる!!!

上で述べたこの作品に対する私の否定的見解は、第1楽章第1, 2小節で、いきなり揺らぐ(汗)。


5.第1楽章、ヴァイオリン、ヴィオラによるアンガング(midi

K364_4

ヴァイオリン、ヴィオラによるアンガングは、オクターヴのユニゾンで奏される。

イタリア語で書いてあるのでよく分からないが、スコアの冒頭に、独奏ヴィオラパートは半音高く調弦するようにとの指示らしきものが書いてある。そうすることで、ヴィオラの第2弦はEs、第1弦はBになるので響きが良くなる。よって、独奏ヴィオラパートは、半音低いニ長調で記譜されている。

6.第1楽章、ヴァイオリンソロによるハ短調の経過句(midi

K364_6

7.第1楽章、第2の提示部、ヴァイオリンソロによる新しい第2主題(midi

K364_5

譜例7の「第2の提示部」「新しい第2主題」という表現は上記「名曲解説ライブラリー」の執筆者大久保一氏にしたがった、譜例7は第1楽章においてもっとも親しみやすく魅力的な旋律だ。

この「第2の提示部」は、譜例6のハ短調の経過句が新たに出てくること、および、譜例3の第2主題が出てこない代わりに「新しい第2主題」(譜例7)が演奏されることをのぞいて特徴はない。ただ、譜例7の少し後に出てくる下記の旋律(midi)は可愛くて、私は好きだ。

K364_9

そして「第2の提示部」は、譜例4のコーダで締められる。ワンパターンだ。


8.第1楽章、展開部、冒頭のヴァイオリンソロ(midi

K364_8

展開部は譜例8の「独奏ヴァイオリンのレチタティーヴォ風の独白(大久保一)」に始まる(ト短調)。そのあとは、ヴァイオリンとヴィオラの掛け合い以外は特徴なし。このあたりで、グールドの言葉「モーツァルトが展開部について学んだことは、決してなかった。だって、当たり前だが、展開するものがなければ、展開部を書かなくすむからね」を私は連想する。


再現部は譜例1(第1主題)、譜例6(ハ短調の経過句)、譜例7(新しい第2主題)、譜例3(第2主題)の順に再現し、カデンツァ、コーダでおしまい。型どおりで魅力ない。


・第2楽章
 第2楽章は美しいが、私は感情移入できない。以上。


・第3楽章
 大久保一氏によると、このロンドの「全体の構造は次のように図式化しえよう。A(a-b-c-d-e)-B-A(a-b-c-d-e)-B-A(a-b-コーダ)。Aは、ロンドの主要主題a(譜例9)に始まり、そのあと主調を維持したまま次々と快活な旋律を提出する。aからcまでは管弦楽で、そしてdとeはソロで奏される。d(譜例10)は主題的な実質を備えており、ここでは協奏曲の二重呈示部の手法を暗示していると考えられる。このあとようやく属調のB(譜例11)となるが、旋律も規模も短い推移に過ぎず、すぐにA全体の反復となる。ここでは、主題をすべて独奏楽器が奏すること、dとeが変イ長調、つまり緊張のない下属調に移調されることで変化が計られる。Bも主調で独奏楽器に奏され、三たびロンド主題(譜例9)が戻り、独奏楽器がカデンツァ風に活躍するかなり長いコーダで華やかに閉じられる。」
 
(譜例9、midi
K364_10

(譜例10、midi
K364_11

(譜例11、midi
K364_12


上の大久保一氏の解説は、実に分かりやすい。

私はこのロンドは、あたかもある種の変奏ではないかと思える。このロンドはまさにロンドに他ならない。また和声の進行をみると各主題は変奏にはなっていない。しかし、ロンド全体の曲想の統一性がこのロンドに変奏的効果を与えていないだろうか。そして、このロンドこそ、モーツァルトが「5曲のヴァイオリン協奏曲」で聴かせた「醍醐味」以外のなにものでもないと思う。(つづく)


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