2017年2月13日 (月)

【泣き言】 便秘がこんなに苦しいとは思わなかった

私の家は、私の父と私、二人の男所帯(←みじめ)。父は87才。私は57才。

私は、私の父との同居によるストレスで常に体調悪いのですが、

いまにして、改めて思うに、便秘が苦しい:

吐き気、胃痛、目がかすむ・・・。

自分の顔を鏡で見ると、顔色がものすごく悪い。

記録によると、2012年の4月〜9月の6ヶ月間に、私は、便秘の薬ほか、市販の薬代に、141,281円も支出している。←それでも、私の便秘は治らなかった。←私の預金額が少なくなった原因はこれだ(泣;;

ガスがたまると苦しい。ガスコンやガスピタン飲んでます。

Medicine_1

Medicine_2

2014年9月撮影

2017年1月29日 (日)

「自分が思っていることを、何でも口に出して言う」という生き方は日本人には合わない

結論から言えば、自分が思っていることを、何でも口に出して言うという生き方は、孤独以外の何ももたらさない。
私は、2009年12月の自分の家の火事(被災体験)の教訓から「自分が思っていることを、何でも口に出して言う」という生き方を(今日まで)してきましたが、結局・・・友情、絆で結び付いた親しかった人々、ネット上の仲間、すべての人々・・・私は、その人達と口論し、その人達を罵倒し、その人達と絶縁をし、その人達を、失いました。
いま、私は、ひどい孤独感に苦しめられています。その孤独感は、頑固な吐き気と希死念慮を伴います。

「自分が思っていることを、何でも口に出して言う」という生き方は日本人には合わない。

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昔、ドイツ語会話の本を読んだとき「ドイツ人は自分の思っていることを、何でも口に出して言うので、初めてドイツで生活する日本人は、ドイツ人のその強い言動や態度に当惑させられます」と書いてあった。

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そして、2009年12月27日に発生した私の家の火災のとき、そしてそれからの日々、私は・・・こう思った:

「くそ! くたばっちまえ! 
「我が人生における最大の屈辱だ! あの時(自分が)思っていたことをはっきり口に出して言っておけば、こんな屈辱を味わうことはなかった!
「こんな屈辱は生まれて初めてだ〜! くそったれめ!
「我が人生における最大の屈辱を味わわされるとは!
「これからの人生において私は、自分の思っていることは、何でも口に出して、はっきり言うことにする。
「なぜなら、こんな屈辱は二度と味わいたくないから!

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少し具体的に書けば:

Aさん曰く:私に任せておけば大丈夫! ○月○日までに、それを、やり遂げてあげるよ。
私:宜しくお願い致します。

そして、来る(きたる)○月○日が来たとき:

Aさん曰く:私はそんなこと言った覚えないよ。
私:・・・

↑これは、ましな方です。←すなわち「本当に大丈夫ですか?」と、Aさんに、しっかり確認しなかった私が甘かった(←しかし、被災者は、被災者を支援する支援者に「本当に大丈夫ですか?」と聞く立場にありません。←なぜなら、被災者は支援される立場であり、それは弱い立場だからです。←というか、そもそも、被災直後の被災者は『それどころじゃない』)。

==

私の人生における最大の屈辱:「私が2009年12月27日焼けだされた時、私の父が、私の母方の叔父から貸してもらった衣服について」&「その叔父が私を怠慢であると責めたことについて」

私は、私の父と二人暮らしです。男所帯です。火事のときも今も。

さて、

私と私の父は火災の日の夜(近所に住む)私の親戚さん宅=私の母方の叔父さん宅に一泊させてもらった(←それは良かったんですが、しかしその叔父さんに案内された部屋は寒くて私たちは一睡もできなかった)。そして、火災の約20日後に(私がその叔父さんに用があって)私がその叔父さんに電話すると、

その叔父曰く:お前、火事の日から20日以上経つのに、私に、何の連絡もしないとは、けしからん! お前、まだ「家」の取り壊しも終わってないじゃないか! 何、やってるんだ! 用がある時だけ電話するな! 火事の時に貸した服を、クリーニングに出して持って来い!
私:・・・
私の父曰く:服、借りてないよ・・・いや、待てよ・・・いま着ているこの服・・・これのことか? これ、借りたんじゃなくて、貰ったと思っていた。

私は、その叔父に反論せず、その服を洗濯して、その服を、1万円札と一緒に、その叔父に郵送しましたが・・・
私は、後日、彼に、こう言うべきだった(屈辱を晴らすために):「被災者を支援する者(=あなた)がその被災者(=私たち)に衣服などを渡したら、その渡された衣服などはその支援者(=あなた)からその被災者(=私たち)に無償で譲渡された物(無償で与えられた物)と看做されるのがフツーでしょう。そして、もし、その衣服が、大事な物であったなら、あなたは『すまんが、返して欲しい』と言うべきでしょう。あなたは、私たち被災者に対する考え方を全面的に改めるべきです」と。

【参考】

カレンダーを見れば分かるが、火災に遭ってから、まだ、ウィークデイは、13日しか経っていない。だから、燃えた家屋の取り壊しはまだ、日取りも決まってない。それを私の怠慢であると責める人がいる

2016年3月 8日 (火)

アナログ音源の《余計な》リマスタリングに反対/あるいは、プリテンダーズ、カーリー・サイモンの CD 購入

Pretenders

Pretenders

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リマスタリング
(中略)
そのため、現在では「マスタリングといえど積極的な音づくりを行う」、「出来る限りミキシング時の音を尊重し、マスタリングでは最低限の処理以外行わない」、「TDデータがCD規格(16Bit/44.1KHz)を大きく上回る品質(24Bit/96KHzなど)なので、CD規格の品質にコンバートした際の変質を考慮して積極的な処理を行う」またはそれらの折衷方針など、マスタリング・エンジニアやミュージシャンの意向によりマスタリングに対する姿勢や処理方針は千差万別となってきている。
(ウィキペディアより)

私は、機会あって、プロのレコーディング・エンジニアさんに質問したことがありました:「なぜ、アナログ録音された音源は、デジタルメディアに変換された時(コンパクト・ディスク)、それは、元の音(アナログ録音された音:LPレコードの音)とは、違う音になってしまうのか?」と。
そのプロのレコーディング・エンジニアさん曰く「アナログとデジタルは、音が違う(!)。両者を同じにすることは不可能」←アナログとデジタルはどう違うのか?両者を同じにすることは何故不可能なのか?ということも、彼に説明してもらいましたが・・・その際、立ち話だったし、彼が何言ってんのか良く分からなかったことを詳しく問いただす時間もなかった。よって、詳しいこと・肝心なことは、いま、記憶にない(汗

上記、プリテンダーズは、おそらく、アナログ録音。そして、上記をいま、私は、CD プレーヤーで再生しているが、確かに「ドンシャリ」気味・・・というか、低音効いてなくて、高音はノイジーで、全体的に、それら音のバランスは悪い。しかし、コレは、下手なリマスターより良いと私は思う。すなわち:

・クレンペラーの「マタイ:CD盤」は、比較的聞き苦しくなかった。
・しかし、カール・ベームのモーツァルト(OIBP(Original Image Bit Processing))は最悪だった。←コレは(異論もあろうが)ベームの指揮ではない・・・と、言ってもいいと、私は思う。

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【続き】

【クラシック音楽から離れて】

プリテンダーズのついでに購入したカーリー・サイモンの5枚組。その中の「ノー・シークレッツ」に収められた「うつろな愛」はカッコいい。

And all the girls dreamed that they'd be your partner
They'd be your partner, and...

という部分が作曲技法において典型的な「ブリッジ」と呼ばれる部分である・・・ということを、昔、ネット上で読んだことがあるような気がするが・・・。

Simon

Carly Simon Original Album Series

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【さらに続き】

それにしても、私が聴いているオーディオ・システムは、それこそ典型的なクラシック音楽向きなのだろうか? ロックを聴く時、全然(!)魅力的な音じゃない(?)

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【2016−3−13 さらに追加】

私は、上記『Pretenders(邦題:愛しのキッズ)』を、輸入盤(¥ 1,755 )で、購入したが、同アルバムは、国内盤があった(解説・歌詞・対訳付)。しかも安い。¥ 1,652(2016年3月13日現在)。← くそ〜! ←国内盤も買う!

【2016−3−19 追加】

国内盤購入。

Pretenders


2016年3月 3日 (木)

【メモ】 何故、私が、女性音楽家ばかり聴くのか?/クラシック音楽界における女性の進出は、性差別の反動か?/クラシック音楽界で、女が、男を押しつぶし、その上に、ふんぞりかえる時代が来るのは遠い未来ではないかも知れない

最近まで、クラシック音楽の世界では、女性は、蔑まれ差別されていたと思う。確かに、従来、リリー・クラウス、クララ・ハスキル、イングリット・ヘブラー、マルタ・アルゲリッチなど、多くの女性演奏者が存在し活躍していた。しかし、ウィーン・フィルのメンバーには、性差別によって、最近まで、女性はいなかった(1997年まで。 ウィキペディアより)。作曲家クラーラ・シューマン(1819-1896)やアルマ・マーラー(1879-1964)は、家庭の主婦になってしまった。

しかし、今日、上記の性差別の反動により、女性のクラシック音楽界への進出は目覚ましいと思う。「女性演奏者」のみならず「女性指揮者」「女性作曲者(ソフィア・グバイドゥーリナ、また、近年高く評価されているガリーナ・ウストヴォーリスカヤなど)」は、おそらく、女が男並みに優れていることを、誇示、又は、証明するために、男性アーティストをしのがんと努めたため、彼女らは、男性アーティストより、ユニークで新しい。それに対し、今日の若手・中堅男性アーティストは、昔の巨匠に及ばない。あるいは、彼らは、昔の巨匠や、いまや高齢化したアーティストたちの後釜になりたがっているに過ぎない・・・と、私は見る。

今日の男性アーティストらは、若くない、新しくない。そして、いまの世に活躍している男性アーティストの平均年齢は高いと思う。さらに、いま商品として売られている男性アーティストは老人・死んだ人が多いような気がする(HMV.co.jp のトップ・ページを見ると、死んだ人(男性)が残した録音の、廉価のボックス・セットのセールが多いと思う)。

男性若手アーティストと言えば、彼らは、昔の巨匠や、その弟子の世代の音楽家たちを、追っかけているだけかも知れない(似た者同士が張り合っているような気がする。例えば具体的にそういう男性アーティストを挙げろと言われても、私は、そんな人を、あまり聴かなくなったから思いつかない・・・否、敢えて言えば、指揮者では、クリスティアン・ティーレマン以外は、およそ、どんぐりのせいくらべに思える)。
クラシック音楽界で、女が、男を押しつぶし、その上に、ふんぞりかえる時代が来るのは遠い未来ではないかも知れない。

【追伸】

早く、シモーネ・ヤングの「ブルックナー全集」出ないかな〜

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Bernstein
(C) HMV.co.jp

【メモ】 トリスタンとイゾルデについての覚え書き

ワーグナー作曲 楽劇『トリスタンとイゾルデ』を鑑賞するにあたって、押さえておきたいことを箇条書きします。

1.トリスタンは、孤児
トリスタンは、孤児であり、イングランドの正当な王位継承権者ではなかった。トリスタンは、マルケ王の従僕(der Knecht)であり、且つ、よそ者である。そのことは、イングランドの臣民たちも認識していたと思う。彼は、マルケ王の「おい」であるが、その証拠はない(DNA 鑑定すれば、マルケ王とトリスタンの血のつながりは判定できるが。←勿論冗談です)。分かりやすく言って、トリスタンは、何処の馬の骨か分からない男である。それに対し、イゾルデは、アイルランドの王女である。彼女は結婚して男子を出産すれば、その子は、アイルランドの正当な王位継承権者になれる。又は、もっと簡単に考えれば、彼女が結婚すれば、彼女の夫が王になる。さらに簡単に考えれば、イゾルデみずからが、アイルランドの女王として王位を継承することも考えられる。
イゾルデは女主人(die Herrin)であり、トリスタンは従僕(der Knecht)。そのことによって、トリスタンには、イゾルデに対して、強いコンプレックスを抱いている。

2.政略結婚
イゾルデとマルケ王の結婚は、政略結婚であり、それは、アイルランドとイングランドの不仲(争い)を和解させ得る(もし、イゾルデが、マルケ王の男子を産めば、その子は、アイルランドとイングランドを和解させ統治する王となることが出来るかも知れない)。しかし(ある意味)女性にとって「政略結婚」ほど屈辱的なことはない。もし、イゾルデが、マルケ王に嫁ぐために、イングランドに向かう船上で、トリスタンを毒殺すれば、この「政略結婚」は・・・、おじゃんになる。それは、イゾルデにとって、本意であったか、不本意であったか。←それを我々は言い得ないだろう。イゾルデの、本意は、とにかく、トリスタンとセックスすること(←私は、第1幕第5場にて、イゾルデとトリスタンが二人だけになった時にかわされる二人の「ねちっこい会話」を聴くと、イゾルデがトリスタンに「さっさと私とセックスしなさいよ」と言っているように聞こえる)。
しかも、イゾルデの欲求は、性欲の最大の充足である不倫である(そして、重要なことは、トリスタンもまた、その不倫の一歩手前まで来ている)。

問い:あの〜、トリスタンが、イゾルデをめとることはできなかったのですか?

いや、それはできない。なぜなら、分かりやすく言って、イゾルデとトリスタンの身分は違いすぎる。つまり、イゾルデは王女であるのに対して、トリスタンは従僕・家臣(トリスタンは身分が低い)。さらに、彼の出自(=トリスタンは孤児であること)。それらが、2人の結婚を邪魔している。この2人の「政略結婚」は成立しない。

3.イゾルデが求めたのは「マルケ王との婚姻」&「トリスタンとの不倫」
イゾルデは、「識別できるように」印をつけた死の薬(毒薬)を、ブランゲーネに持って来させる。それを、トリスタンと二人で飲むためである。イゾルデは、ブランゲーネに「死の薬を持って来い」と命じるが、それが、本当に「毒薬」だったかどうか、は重要ではない。同様に、ブランゲーネが実際に持ってきた薬が「愛の妙薬」であったかどうかも重要ではない。イゾルデの目的は、トリスタンをして、マルケ王を裏切らせることだった・・・そして、イゾルデとトリスタンが、同じ杯から、薬を飲むという行為自体が、その裏切りへのきっかけ(あるいは裏切りそのもの!)。その杯の中身は何でも良い。

ワーグナーの台本に特徴的なもののひとつに「媚薬」がある。伝説では脇役的な意味でしかなかった媚薬を、ワーグナーは本作で二人が「死の薬」と信じてあおる設定とした。このために愛は死の中にのみ実現可能という、「愛=死」の強いメッセージを込めることに成功している[23]。これについて、トーマス・マンは「このとき二人は水を飲んでもよかったのだ」と述べている。また、ヴィーラント・ワーグナーは、本作の媚薬は「以前から存在していた愛情を舞台上に視覚化する契機」であり、媚薬が情熱の告白の一歩前にいた二人を告白に踏み切らせたとする[24]。(ウィキペディアより)

二人が飲んだ薬は、肉体的死をもたらすものではなく、精神的死(精神的にあの世に行ってしまうこと)をもたらすものであり、その場合の「死」は裏切り、姦淫なのだ(つまり、その媚薬は、二人を「しきたり」の中で生きることをやめさせ、愛の死に追いやる。愛と死が、イコールでつながる。それがこのオペラの重要なテーマだ)。その薬を二人が一緒に飲むことは、二人を性の欲動へと駆り立てる。

4.第1幕冒頭、イゾルデの狂乱
このオペラの第1幕冒頭のイゾルデの狂乱は、「神々の黄昏」においてブリュンヒルデがジークフリートに裏切られたことを知ったときの狂乱に似ている。ただし、その二つは「前後の筋書き(文脈)」が違う。両者の違いの一つは、イゾルデの場合、その狂乱の激しさの理由が、当初、聴衆には、まったく分からない。それに対し、ブリュンヒルデの場合、ジークフリートの裏切りが、楽劇『ニーベルングの指輪』の最も重要なモチーフである「指輪の呪い」の「帰結」であることを、聴衆は既に知っている(「指輪の呪い」は、楽劇「ラインの黄金」にまで遡ることが出来る)。しかし、トリスタンたちが飲んだ「愛の妙薬」も、ジークフリートが飲んだ「忘れ薬」も「目の前に居る女を愛せ!」という最も淫らな行為を強いる。そして、それは、聴衆をも「めろめろにさせる享楽・快楽」へと導く。イゾルデ、トリスタン、ジークフリートが飲んだ液体は、ワーグナーが、発明した最も淫らなドラッグだ(!)

【注】私が「淫ら」という言葉を連発するので、目障りかもしれませんが、しかし、筋書上、イゾルデは、マルケ王とトリスタンの二人の男と「肉体関係」を持つ(!)。結果的にではあるが、この十代の少女イゾルデは、二人の男性と同時に関係を持つ。これは、キリスト教世界では、姦淫である。ただし、楽劇『トリスタンとイゾルデ』には「キリスト教」という背景は、まったくない。

5.くせ者クルヴェナールは「タントリスの一件」を知っていた
クルヴェナールは「タントリスの一件」を知っていた。彼は、第3幕で、イゾルデを「die Ärztin(女医者)」と呼び「昔、モーロルトから受けた傷をとざした方(第3幕第1場)」と呼ぶ。つまり、クルヴェナールは「タントリスの一件」を知っていた、そのくせに、彼は、第1幕で、イゾルデを侮辱する歌を歌う。彼は、もしかして、トリスタンとイゾルデが愛しあっていることも知っていた。でなければ、彼は、第3幕で、イゾルデを、わざわざ、カレオール(フランス、ブルターニュ半島)のトリスタンのもとに呼んだりしない。
もともと、クルヴェナールは、トリスタンの後見人(あるいは、育ての親(?))
クルヴェナールは、トリスタンのコンプレックスや、トリスタンの置かれたシチュエーションを認識していたと考えることは、出来る。
このオペラの作者ワーグナーは、クルヴェナールを、ある種、二重人格の馬鹿者として描いているように私には見える。なぜなら、クルヴェナールは「タントリスの一件」「トリスタンのコンプレックス」「トリスタンとイゾルデの愛」それらを知っていて、その二人(トリスタンとイゾルデ)が陥ったジレンマと危機を(解決するどころか、逆に)悲劇に導くからである。

6.「タントリスの一件」は、公然の秘密だったのか?
クルヴェナールが「タントリスの一件」「トリスタンとイゾルデの愛」を知ったのはいつか? たとえば「クルヴェナールは、第1、2幕では、それ(タントリスの一件など)を知らなかった。彼は第2幕の後(すなわち、第2幕と第3幕の間に)、それを知った」と見ることができるかも知れない。もしそうだとすると、クルヴェナールは「タントリスの一件」を、第2幕と第3幕の間に、誰から教えてもらったのか? 第2幕と第3幕の間に、クルヴェナールはブランゲーネと密会して、ブランゲーネから「タントリスの一件」を教えてもらったのか? あるいは、クルヴェナールは「事の真相」を推理したのか? あるいは「事の真相」がトリスタン、イゾルデ、ブランゲーネ以外の「第3者」の手から漏れ、その情報を、クルヴェナールは得たのか?
あるいは、「タントリスの一件」は、このオペラの第1幕が始まる前から、そもそも「公然の秘密」だったのか(?)。

7.トリスタンが、マルケ王に、イゾルデの秘密をばらしたというのは真実か、はたまた、イゾルデの妄想か?
トリスタンが、マルケ王に、イゾルデとの政略結婚をすすめたとき、トリスタンは、マルケ王に「タントリスの一件」を、ばらした、と、イゾルデはトリスタンを責める(第1幕第5場)。
イゾルデ曰く:「お前(トリスタン)は、私(イゾルデ)をマルケ王にすすめた(!)」
すなわち、イゾルデのトリスタンを責める毒舌:

「トリスタンよ! お前はマルケ王にこう言ったのだ:『王様! イゾルデ君は、彼女の婚約者モーロルトを殺した仇である私(トリスタン)の致命傷を治してくれました。かの姫君は、仇に対しても厚意的で、やさしい女です。だから、彼女を妃となさいませ!』と。」

すなわち、イゾルデは、トリスタンその人が秘密にすべき「タントリスの一件」を、第三者(マルケ王)にばらしたと、主張、そして、トリスタンを責める:「憎むべきトリスタンは口が軽い男であり、恩を仇で返す裏切り者だ」と。

とにかく「タントリスの一件」は、イゾルデにとって、極めて重大な秘密であり、それは、彼女にとって、恥辱なのである。その秘密を、トリスタンが、第三者に漏らしたのであれば、それは、許しておけぬ・・・否、トリスタンが「タントリスの一件」を第三者に漏らしたことは、死をもってつぐなわなければならない裏切りだ・・・と、イゾルデはトリスタンを責める。しかし、そもそも、トリスタンが「タントリスの一件」をマルケ王にばらしたというのは本当のことなのだろうか・・・あるいは、それは、イゾルデの妄想なのだろうか)。いずれにしても、イゾルデとトリスタンの「タントリスの一件」に対する《認識のずれ》は、決定的である。すなわち、その二人にとって「タントリスの一件」に係る《認識》《思惑》は違いが大きすぎる。トリスタンにとってそれは、マルケ王にイゾルデをめとらせるための「方便」でしかない。イゾルデにとってそれは、トリスタン暗殺の動機である。「タントリスの一件」についての2人の《認識のずれ》は、トリスタンとイゾルデとを切り離す昼の縛めだ。

【注】何故、トリスタンは、このような「政略結婚」を思いついたのか? それは、トリスタンもまた、イゾルデのそばにいたかったからである。

8.楽劇『トリスタン』に、まともなドイツ語をしゃべる人がいない、あるいは、少ない
私は、当初、この『トリスタンとイゾルデ』という楽劇の中には、まともなドイツ語をしゃべる登場人物が、なかなか居ないと思った。私は、第2幕の終わりのところ(第3幕第3場)で、マルケ王が、トリスタンを責めるとともに、自らも傷ついたことを嘆き、己の情けなさを告白するとき「あ〜、やっと、まともなドイツ語をしゃべる人が出てきた」と、思ったことがあったが・・・いまは、そう思わない・・・改めて、このオペラを聴いてみると、あの、マルケの長い独白におけるドイツ語もまた、いかれているように思うようになった。
さて、私は「事の真相」を知りつつ、どうしようもなかった、あわれなクルヴェナールに同情した。私は、私のそのクルヴェナールへの同情ゆえに、また、彼が間抜けの三枚目であるがゆえに、むしろ、彼こそが、まともなドイツ語をしゃべっているように思えるようになった。
そしてもう1人、クルヴェナール以外に、まともなドイツ語をしゃべっている登場人物を付け加えるなら、それは、ブランゲーネだ。ブランゲーネは「タントリスの一件」を知らなかったという意味で、このオペラのリスナーの立場に近い。
クルヴェナール、ブランゲーネ、この二人の「名脇役」だけが、まともなドイツ語をしゃべっているように私には思える。

9.「トリスタン和音」愛し合っているが結ばれない
ワーグナーの狙いは、二人の主人公だけではなく、このオペラを鑑賞する鑑賞者をも現実から遠ざけさせることと、それによって、鑑賞者にも、死や裏切りに対する〈抵抗力〉を与えることだ(「人をめろめろにさせる享楽・快楽」へと導く)。例の薬は、ツールであり「裏切りや死や姦淫に対する免疫」を聴衆に与える(ただし、そのツールは副作用が強すぎる)。←そして、それは、ジークフリートが飲んだ「忘れ薬」なのである(ジークフリートも、忘れ薬を飲んだあと、すぐに、グートルーネに惚れてしまう。惚れ薬!)。その「忘れ薬」が、トリスタンには女主人イゾルデに対するコンプレックスを忘れさせ、イゾルデには矜持を忘れさせ、「聴衆」には日常性を忘れさせる。そして「トリスタン和音」=「トリスタンたちの禁断の媚薬」なのである。
トリスタンとイゾルデは、10代の少年少女である(この作品の筋は、ある意味、少年少女の恋愛ごっこ)。そして、イゾルデは、このオペラのもとになった叙事詩に歌われてあるように金髪であらねばならない。金髪の十代の少女。こんなこと書くと、人種差別になるが、私は、金髪の少女が怖い。何を考えているか分からない(!)。もし、イゾルデが黒髪の少女だったら、この御家騒動は、どこにでも転がっているお話に見えるが、金髪の少女が主人公(!)。しかも美しい髪の少女。そういう少女がイゾルデを演じたらどうなるか、見てみたい。

Tristan

トリスタンとイゾルデ(1902年)エドモンド・レイトン(1853 - 1922)

・・・

【2016−12−13 追加】

Tristan_chord
トリスタン和音(midi

2015年10月 6日 (火)

モーツァルトの借金の理由は、フリーメーソンへの献金と活動資金だったのかも知れない(消去法的推理&根拠となる資料なき推測)

(私が以前から思っていたこと)

モーツァルトの多額の借金の理由は、フリーメーソンへの献金と活動資金だったのかも知れない

サブタイトル:モーツァルトの借金の理由について「消去法的推理」&「根拠となる資料なき推測」


モーツァルトは、『ピアノ協奏曲(第14番)変ホ長調 K.449 1784年2月9日完成』以降、「自作品目録」を付けている。その「自作品目録」は、彼の作品が、いくらで売れるか、いくらに換価できるか、その収入額を、彼が管理(整理)するための家計簿のようなものだったと思われる。そんな几帳面な人が、ギャンブル、浪費、贅沢、女遊びなどのために、借金するだろうか? モーツァルトには金銭感覚が無かったということは考えにくいと私は思う。【2016−10−1 追加】「作曲家別名曲解説ライブラリー モーツァルト I (265ページ)」には「ピアノ協奏曲(第17番)ト長調 第3楽章 アレグレット ト長調 2分の2拍子。変奏形式。主題と5つの変奏にプレストのフィナーレが続く。その主題(譜例5)は、モーツァルトが1784年5月27日に購入したムクドリが歌うことができたという(その旋律がモーツァルト家の現金出納帳に書き込まれている)」と書いてある。モーツァルト家は、ちゃんと現金出納帳を付けていたのである。


モーツァルトの作品全集=コンパクト・ディスク約170枚、バッハ作品全集=約コンパクト・ディスク約170枚であるとすると、35歳で亡くなったモーツァルトと、65歳で亡くなったバッハの作品の量が、ほぼ同じである。そのことは、モーツァルトの作品の量が、いかに大量であるかを示すと思う。彼は、特に、オペラの作曲を欲した。そして、それ(オペラ作曲)を実践するには、はなはだしい時間・精神力・体力を要したと思う。そんなに多くの作品を書いたモーツァルトに、ギャンブル、女遊びにうつつを抜かす時間が、物理的に存在しただろうか?


もしかしたら、モーツァルトは、息抜きに、たまに、ギャンブルなどをしたかも知れない、が、ギャンブルなどに、のめり込む時間は彼にはなかったと思う。たとえば、彼がギャンブルをしている最中に、彼の頭に美しい旋律が思い浮かんだとする。そして、彼がそれを譜面に書きとめることができなかったとする。そして、そののち、その美しい旋律を、彼が忘れてしまったとする。そんな痛い目にあったら、モーツァルトは、もう2度とギャンブルをやらなかっただろう。


モーツアルトは、ギャンブル、浪費、贅沢、女遊びに、うつつを抜かすはずない。なぜなら、彼は、フリーメーソンだったからである。フリーメーソンの教義は「不道徳」や「倫理に反する行い」を禁じていたはずだからである。


コンスタンツェは悪妻だったのであろうか? モーツァルトの死後、モーツァルトの借金返済に奔走したコンスタンツェ。もし、コンスタンツェが悪妻であり、彼女の贅沢や浪費が、モーツァルトの借金の理由であったなら、彼女は、モーツァルトの死後、借金返済などせずに、その借金を踏み倒していただろう。思うに、コンスタンツェは、多分、律儀な人だった。なぜなら、理由はなんであれ、彼女は、モーツァルトの死後、モーツァルトが遺した借金の大部分を返済したと言われているからである(ただし、出典不明)。そんな、律儀な人が、そもそも、夫名義の多額の借金をするとは考えにくい。
また、コンスタンツェは、フリーメーソンの女性会員だったかも知れない(フリーメーソンに女性が加入できたかどうか、私は知らないが)。もし、彼女が、フリーメーソンであったなら、彼女もまた「不道徳」や「倫理に反する行い」をしなかったと、私は思う。


上記2と関連するが、モーツァルトが、くだらない「ギャンブル、浪費、贅沢、女遊び」に、うつつを抜かすということが、考えにくい理由として、以下のことが考えられると思う:すなわち、そのようなこと(ギャンブル、浪費、贅沢、女遊びに、うつつを抜かすこと)が、モーツァルトの創作活動に支障を来す、ということだ。モーツァルトは、作曲に専念する時、精神的安定を求めたと思う。そして、彼は、創作活動のために、本来は、「金銭的余裕」「財政的安定」そしてなにより「心身ともに健康および体力」を欲したと私は思う:つまり、創作活動のプロセスにおいて、彼が、くだらない問題=ストレス(=ギャンブル、浪費、贅沢、女遊びのための借金)を抱え込むことは彼の創作活動の支障になることであっただろう。しかし、他方、フリーメーソンのためなら、彼は、あえて借金したのだ!

7(こじつけ)
以下、逆説・こじつけだが、フリーメーソンへの献金と活動資金のための借金(およびその返済の労)は、モーツァルトにとって、むしろ、「見返りのある」行為だったのかも知れない。フリーメーソンへの献金と活動資金のための借金(およびその返済の労)は、彼にとって「格別」な行為であり、それは、あるいは、彼にとって、彼の創作活動への良き刺激・誘因だったかも知れない。しつこいが、フリーメーソンへの献金と活動資金のための「借金」。彼は、あえて、それをした。そして、その借金の返済という義務。それは、モーツァルトにとって「有意義な」義務であり、それは、むしろ、モーツァルトをして、創作のきっかけとなり、それをうながし、それへと駆り立てたかも知れない(?)


フリーメーソンへの献金・寄付などは、領収書が残らない。金銭出納簿にも記されない。だから、それは、見えない借金である。


モーツァルトは、晩年、フリーメーソンにおける「階級」「序列」が高くなり、そのために「多額の献金」を負担する義務を負ったのかも知れない。

おわりに
繰り返しますが、以上は、「消去法的推理」&「根拠となる資料なき推測」です。

2015年9月25日 (金)

リヒャルト・シュトラウス作曲:楽劇《バラの騎士》の感想文を、だらだら書く(6)/貴族と商人の力関係が逆転/ゾフィーは、オクタヴィアンの助けが在ったとはいえ、オックスとの結婚を、自由意志で断ることができた

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Stemme

リヒャルト・シュトラウス作曲:
楽劇《バラの騎士》
ニーナ・ステンメ Nina Stemme(元帥夫人)
ヴェッセリーナ・カサロヴァ Vesselina Kasarova(オクタヴィアン)
マリン・ハルテリウス Malin Hartelius(ゾフィー)
アルフレート・ムフ Alfred Muff(オックス)
チューリッヒ歌劇場合唱団
チューリッヒ歌劇場管弦楽団
フランツ・ヴェルザー=メスト Franz Welser-Möst(指揮)
スヴェン=エリック・ベヒトルフ Sven-Eric Bechtolf(演出)
2004年録音
EMIミュージック・ジャパン

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以下、箇条書き。

・この作品は、親離れ子離れのお話である。元帥夫人は、みずから、オクタヴィアンを諦める代わりに、オックスにはゾフィーを諦めさせる。

・ゾフィーは、オクタヴィアンの助けが在ったとはいえ、親に逆らうことができた。すなわち、彼女は、オックスとの結婚を、彼女の自由意志で、(あっさり)断ることができた。元帥夫人の時代には、親に逆らうことはできなかった。時代は変わったのだ。市民階級の台頭。貴族と商人の力関係が経済的に逆転。(←「【注2】ファニナルが、元帥夫人、オックス、オクタヴィアンよりも、経済的に上位にあること・・・その根拠を私は示すことができる。それについては後日このブログに書く(当該ページの一番下)」)に対する私の見解です。

・そして、第3幕、オックスが退場する前に、交わされる会話:

元帥夫人:あなたは騎士でいらっしゃると思いますが、それなら今は全く何もお考えにならないと思います。それが私があなたに期待することなのです。

男爵:そういうお言葉にはいたみ入ります。何と申し上げてよいのか。レルヒェナウ家の者は、他人の楽しみを妨げるほど野暮ではありませんでした。この仮装あそびもなかなか面白いと思います。しかし、今となっては私はあなたの保護を必要と致すのです。わたしは今まで起こったことを大目に見て、忘れてしまうつもりでいますが。とにかく、ファニナル君に会いたいと・・・

元帥夫人:あなたは静かに出て行かれるが、よろしい。(台詞続く)←ここで、元帥夫人は、オックスに、つっかかって(飛びかかって)、オックスの胸を叩き、そして、床に倒れてしまう。(下記参照)

Marschallin_1
(↑オックスに、つっかかる(飛びかかる)元帥夫人。おどろくオックス。後ろにゾフィー)
(C) 『ばらの騎士』全曲/メスト/ステンメ/EMI [DVD] 第3幕より

←【当ブログの開設者より】 私は、こんな元帥夫人を見たことがない。《権力も財力も地位も名誉も爵位も威厳もあるはずの》元帥夫人が、まるで、オックスに、だだをこねているように見える(言い過ぎか?)。

その後、元帥夫人は、オクタヴィアンの手を借りて、すぐに立ち上がり:

元帥夫人:(台詞続き)物事には終わりがあることが分からないのですか? 婚約のことや、その他すべてこれに関係したことが今でもう終わったのですよ。(下記参照)

Marschallin_2
(↑元帥夫人は、オクタヴィアンの手を借りて、すぐに立ち上がる。左にオクタヴィアン。右にオックス)
(C) 『ばらの騎士』全曲/メスト/ステンメ/EMI [DVD] 第3幕より

←その後、オックスは諦めて退場する。

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【当ブログの開設者より】

私の考えでは、上の場面での、元帥夫人のオックスに対する心の中の言葉は:

「私(元帥夫人)も、あなた(オックス)も、落ちぶれゆく階級なのよ! あなた(オックス)は、そのことが、まだわからないの!」

(続く)

(続き)

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【当ブログの開設者より】

(前後するが)上の場面の少し前の場面:オクタヴィアンが元帥夫人の愛人であったことが発覚。←その事実は、オックスより、ゾフィーにとって、ショックが大きかった。ゾフィーの心の中の言葉は:

「だまされたのはあなた(オックス)ですが、私も受け入れがたい真実を突きつけられました。(オックスの肩の上に手を置き)私、あなた(オックス)に、同情しちゃうわ(!)。私たち、信頼を裏切られたという意味では、同じ立場なのよ。」(下記参照)

Sophie
(↑元帥夫人とオクタヴィアンが親しげにしているのを見て2人が愛人関係であったことに気づくゾフィー)
(↑オックスの肩の上に手を置くゾフィー)
(C) 『ばらの騎士』全曲/メスト/ステンメ/EMI [DVD] 第3幕より

2014年12月30日 (火)

【節操のないクラシック音楽嗜好 年末SP】2014年 日本の世相を表わす動画

今年はインチキが多かった。そして、私たちは、それらにまんまとだまされた。

来年もペテン師が沢山現れるだろう。


The Mysterious Floating Orb

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2012年7月 9日 (月)

過去を振り返ると

いやでも火事のことを思い起こす

2012年5月21日 (月)

震災時のトイレ

Toilet

この方法は、いい方法だと思うのだが、便をどう処理するか書いてない。
土に埋めるしかないと思う・・・。

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【2016−3−3 追加】

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