2018年1月10日 (水)

アマゾン・カスタマーレビューで「いいえ」に投票した人の数(反対票の数)が表示されなくなって面白くなくなった

アマゾン・カスタマーレビューで「いいえ」に投票した人の数(反対票の数)が表示されなくなって面白くなくなった。

すなわち、以前は:

<---引用ここから--->

○○人中、○○人のお客様がこれが役に立ったと考えています.

<---引用ここまで--->

と表示されてあったのに・・・いまは(下記)。


Reviews
(C) Amazon.co.jp 「騎士団長殺し」のカスタマーレビューより

2017年9月 8日 (金)

【メモ】 トリスタンとイゾルデについての覚え書き/書き直し

ワーグナー作曲 楽劇『トリスタンとイゾルデ』を鑑賞するにあたって押さえておきたいことを箇条書きします。

【前置き】

要するにこのオペラは誰がイングランドとアイルランドの王位・家督を継ぐか、その跡目争い(あるいは御家騒動?)の物語だと見ることができよう。というのもこのオペラの背景にはイングランドとアイルランドいずれもお世継ぎが決まっていないという事情が在るからだ。そしてもしトリスタンがマルケ王に反逆しマルケ王を殺し自らが王になれば、そこにはフロイト的『父殺し』の深層が加わる。

1. トリスタンは孤児。イゾルデはプリンセス(!)
トリスタンは孤児でありイングランドの正当な王位継承権者ではなかった。トリスタンはマルケ王の従僕(der Knecht)であり且つよそ者である。そのことはイングランドの臣民たちも認識していたと思う。トリスタンはマルケ王の「おい」であるはずだがその証拠はない。分かりやすく言ってトリスタンは何処の馬の骨か分からない男である。それに対しイゾルデはアイルランドの「プリンセス(!)」。彼女がアイルランド王家において男子を出産すればその子はアイルランドの正当な王位継承権者となるだろう・・・すなわちイゾルデは女主人(die Herrin)でありトリスタンは従僕(der Knecht)。そのことによって第1幕におけるイゾルデはトリスタンをひどく見下している。またトリスタンはイゾルデに対して強いコンプレックスを抱いている。

2. 政略結婚(1)
イゾルデとマルケ王の結婚は政略結婚である。そしてそれはイングランドとアイルランドとの不仲(争い)を和解させ得る。もしイゾルデがマルケ王の男子を産めばその子はイングランドとアイルランドを和解させ両国を統治する王となるかも知れない(しかし一般的に女性にとって「政略結婚」ほど屈辱的なことはないだろう)。

3. 政略結婚(2)
もしイゾルデがマルケ王に嫁ぐためにイングランドに向かう船上でトリスタンを毒殺すればその「政略結婚」はおじゃんになる。それはイゾルデにとって本意であったか不本意であったか。それを我々は言い得ないだろう。
イゾルデの本意はとにかくトリスタンとセックスすること(!)。私は、第1幕第5場にてイゾルデとトリスタンが二人だけになった時にかわされる二人の「ねちっこい会話」を聴くとイゾルデがトリスタンに「さっさと私とセックスしなさいよ」と言っているように聞こえる・・・少なくとも私にはそう聞こえる。
しかもイゾルデの欲求は性欲の最大の充足である不倫である。イゾルデはマルケ王とトリスタンの二人の男性と関係を持つ。
トリスタンもまた不倫の一歩手前まで来ている。トリスタンにもまた「愛の妙薬」に屈したいという潜在意識がある。

問:あの〜、トリスタンが、イゾルデをめとることはできなかったのですか?
答:いや、それはできない:なぜなら、トリスタンとイゾルデの身分が違い過ぎるから。

4. イゾルデが求めたのは「マルケ王との婚姻を前提とした裏切り(!)」
第1幕、イゾルデは(識別できるように)印をつけた死の薬(毒薬)をブランゲーネに持って来させる(それをトリスタンと二人で飲むためである)。イゾルデはブランゲーネに「死の薬を持って来い」と命じるが果たしてそれが「毒薬」であったか「愛の妙薬」であったかは重要ではない。
イゾルデの目的はトリスタンにマルケ王を裏切らせることだった・・・そして、イゾルデとトリスタンが「同じ杯から薬を飲むという行為そのもの」が(その薬が毒であれ媚薬であれ)結果としてイゾルデとトリスタンによるマルケ王への裏切りだ(!)。その杯の中身は何でも良い。

<--- 引用 ココから ウィキペディアより --->

「ワーグナーの台本に特徴的なもののひとつに『媚薬』がある。伝説では脇役的な意味でしかなかった媚薬を、ワーグナーは本作で二人が『死の薬』と信じてあおる設定とした。このために愛は死の中にのみ実現可能という、『愛=死』の強いメッセージを込めることに成功している。これについて、トーマス・マンは『このとき二人は水を飲んでもよかったのだ』と述べている。また、ヴィーラント・ワーグナーは、本作の媚薬は『以前から存在していた愛情を舞台上に視覚化する契機』であり、媚薬が情熱の告白の一歩前にいた二人を告白に踏み切らせたとする」

<--- 引用 ココまで ウィキペディアより --->

5. イゾルデが求めたのは「トリスタンとの不倫」(再び)
二人が飲んだ薬は肉体的死をもたらすものではなく精神的死(理性・道徳・倫理・正義の死)をもたらすものである。つまりその媚薬は二人に「しきたりの中で生きること」をやめさせ愛の死に追いやる。愛と死がイコールでつながる。それがこのオペラの重要なテーマだ。
「薬」を二人が一緒に飲むことは二人を性の欲動へと駆り立てる。そのきっかけだ。

6. 第1幕冒頭、イゾルデの狂乱
このオペラの第1幕冒頭のイゾルデの狂乱は『神々の黄昏』においてブリュンヒルデがジークフリートに裏切られたことを知ったときの狂乱に似ている。ただし両者は「文脈(前後の筋書き)」が違う。両者の違いは、イゾルデの場合、イゾルデの狂乱の理由が当初「聴衆(このオペラを聴く聴衆)」にはまったく分からない。それに対しブリュンヒルデの場合、彼女の狂乱は楽劇『ニーベルングの指輪』の最も重要なモチーフである「指輪の呪い」がもたらしたことであるのを「聴衆」は知っている。

7. 淫らなドラッグ
しかしながらトリスタンたちが飲んだ「愛の妙薬」もジークフリートが飲んだ「忘れ薬」も「目の前に居る異性を愛せ!」・・・という淫らな行為に陥れるドラッグだ。そしてそれは「聴衆」をもめろめろにさせ・・・また「聴衆」をも愛の享楽・快楽へと導く。トリスタン、イゾルデ、ジークフリートが飲んだ液体はワーグナーが発明した最も淫らなドラッグだ。

8. トリスタンの後見人クルヴェナールは『タントリスの件』を知っていた
『タントリスの件』とはかつてイゾルデが彼女の婚約者モーロルトを殺した「仇」であるトリスタンに一目惚れし瀕死のトリスタンを救命し解放したというエピソードである(第1幕にてイゾルデによって語られる)。
クルヴェナールは、第3幕で、イゾルデを「die Ärztin(女医者)」と呼び、彼は彼女を「昔、あなたがモーロルトから受けた傷をとざした方(第3幕第1場)」と呼ぶ。つまり、クルヴェナールは『タントリスの件』を知っていた。
にもかかわらず、クルヴェナールは第1幕で「トリスタンの命の恩人であるイゾルデ」を侮辱する歌を歌う(クルヴェナールはバカである)。

9. クルヴェナールはトリスタンとイゾルデが愛しあっていることをも知っていた(?)
クルヴェナールはもしかしてトリスタンとイゾルデが愛しあっていることをも知っていた。そうでなければ彼は第3幕でイゾルデをわざわざトリスタンの下(もと):カレオール(トリスタンの故郷。ブルターニュ半島、フランス)に呼んだりしない。

10. クルヴェナールはくせ者
このオペラにおいてワーグナーはクルヴェナールを愚者として描いているように私には思える。なぜならクルヴェナールは『タントリスの件』『トリスタンとイゾルデの愛』を知っていながらトリスタンとイゾルデが陥ったジレンマを解決しようとしない(!)。彼は傍観者である。

11. トリスタンがマルケ王にイゾルデの秘密をばらしたというのは真実か?
トリスタンがマルケ王にイゾルデをめとるようにすすめたとき「トリスタンはマルケ王に『タントリスの件』をばらした」と言ってイゾルデはトリスタンを責める(第1幕第5場)。すなわちイゾルデはトリスタンが秘密にすべき『タントリスの件』を第三者(マルケ王)にばらしたと言ってトリスタンを責める:「憎むべきトリスタンは口が軽い男であり、恩を仇で返す裏切り者だ(!)」と。
とにかく『タントリスの件』はイゾルデにとって極めて重大な秘密であり、それは彼女にとって恥辱なのである。その秘密をトリスタンが第三者に漏らしたのであれば、それは死をもってつぐなわなければならないトリスタンの裏切り(!)。

12. トリスタンがマルケ王にイゾルデの秘密をばらしたというのはイゾルデの妄想か?
しかし、そもそもトリスタンが『タントリスの件』をマルケ王にばらしたというのは本当のことなのだろうか・・・あるいはそれはイゾルデの妄想か(?)・・・いずれにしても重要なことはトリスタンとイゾルデの『タントリスの件』に対する《認識のずれ》《思惑の違い》である:トリスタンにとって『タントリスの件』はイゾルデをマルケ王にめとらせるための「方便」に過ぎない・・・が、イゾルデにとってそれは「トリスタン暗殺の動機」である。

13. そもそも『タントリスの件』は公然の秘密だったのかも知れない
思うに『タントリスの件』はこのオペラの第1幕が始まる前からそもそも「公然の秘密」だったのかも知れない。

14. トリスタンがマルケ王にイゾルデとの結婚をすすめたもう一つの理由(?)
たとえば『風と共に去りぬ』のスカーレットがメラニーの兄と結婚したのはアシュリーに接近するためだった。つまりスカーレットがメラニーの兄と結婚すればそのことでスカーレットはメラニーの義理の姉になる・・・そのことでスカーレットはメラニーの夫アシュリーに接近できる。トリスタンの場合も上記と同じ事が言えると思う:すなわち、イゾルデがマルケ王と結婚すればトリスタンはマルケ王の妃イゾルデに仕えることができる。そのことでトリスタンはイゾルデに接近できるというわけだ。

15. 「トリスタン和音」(1)
「トリスタン和音」=愛し合っているが結ばれない=ワーグナーが一番言いたかったことはこれだろう。
ワーグナーは二人の主人公だけではなくこのオペラの「聴衆」をも現実から遠ざけさせる・・・ワーグナーは「聴衆」の《死や裏切りに対する免疫力》を高める・・・トリスタン和音は「聴衆」をめろめろにさせ享楽・快楽へと導く。
繰り返すがトリスタンとイゾルデが愛の媚薬を飲むときにオーケストラによって演奏される「トリスタン和音」は「聴衆」の《裏切りや姦淫や死に対する免疫力》を高める。トリスタンとイゾルデが飲んだ「媚薬」はジークフリートが飲んだ「忘れ薬」と同じ物である(すなわちジークフリートも忘れ薬を飲んだあとすぐにグートルーネに惚れてしまう:それは惚れ薬!)。
その「忘れ薬(愛の媚薬)」がトリスタンをしてイゾルデに対するコンプレックスを忘れさせ、イゾルデをしてプライドを忘れさせる。そしてその忘れ薬が「聴衆」をして日常性を忘れさせる。

16. 「トリスタン和音」(2)
だがトリスタンとイゾルデはまだ十代の少年少女である。この作品のストーリーは十代の少年少女の恋愛ごっこ、あるいはスキャンダルなのである。「落ち」をつければ、このオペラのストーリーは十代から二十代に我々が経験する恋愛ごっこ・・・それがトンデモナイ災いになってしまった(!)。
ただし下記のトリスタン和音だけは本物(!)。その和音はワーグナーとヴェーゼンドンク夫人が陥った危機から生まれた(!)。ワーグナーはその危機を作品に託し昇華した。


Tristan_chord

トリスタン和音(midi)

2017年2月13日 (月)

【泣き言】 便秘がこんなに苦しいとは思わなかった

私の家は、私の父と私、二人の男所帯(←みじめ)。父は87才。私は57才。

私は、私の父との同居によるストレスで常に体調悪いのですが、

いまにして、改めて思うに、便秘が苦しい:

吐き気、胃痛、目がかすむ・・・。

自分の顔を鏡で見ると、顔色がものすごく悪い。

記録によると、2012年の4月〜9月の6ヶ月間に、私は、便秘の薬ほか、市販の薬代に、141,281円も支出している。←それでも、私の便秘は治らなかった。←私の預金額が少なくなった原因はこれだ(泣;;

ガスがたまると苦しい。ガスコンやガスピタン飲んでます。

Medicine_1

Medicine_2

2014年9月撮影

2017年1月29日 (日)

「自分が思っていることを、何でも口に出して言う」という生き方は日本人には合わない

結論から言えば、自分が思っていることを、何でも口に出して言うという生き方は、孤独以外の何ももたらさない。
私は、2009年12月の自分の家の火事(被災体験)の教訓から「自分が思っていることを、何でも口に出して言う」という生き方を(今日まで)してきましたが、結局・・・友情、絆で結び付いた親しかった人々、ネット上の仲間、すべての人々・・・私は、その人達と口論し、その人達を罵倒し、その人達と絶縁をし、その人達を、失いました。
いま、私は、ひどい孤独感に苦しめられています。その孤独感は「頑固な吐き気と希死念慮」を伴います。

【結論】

「自分が思っていることを、何でも口に出して言う」という生き方は日本人には合わない。

<---参考 ここから--->

昔、ドイツ語会話の本を読んだとき「ドイツ人は自分の思っていることを、何でも口に出して言うので、初めてドイツで生活する日本人は、ドイツ人のその強い言動や態度に当惑させられます」と書いてあった。

<---参考 ここまで--->

そして、2009年12月27日に発生した私の家の火災のとき、そしてそれからの日々、私は・・・こう思った:

>くそ! くたばっちまえ! 
>我が人生における最大の屈辱だ! あの時(自分が)思っていたことをはっきり口に出して言っておけば、こんな屈辱を味わうことはなかった!

>こんな屈辱は生まれて初めてだ〜! くそったれめ!
>我が人生における最大の屈辱を味わわされるとは!
>これからの人生において私は、自分の思っていることは、何でも口に出して、はっきり言うことにする。
>なぜなら、こんな屈辱は二度と味わいたくないから!

==

少し具体的に書けば:

Aさん曰く:私に任せておけば大丈夫! ○月○日までに、それを、やり遂げてあげるよ。
私:宜しくお願い致します。

そして、来る(きたる)○月○日が来たとき:

Aさん曰く:私はそんなこと言った覚えないよ。
私:・・・

↑これは、ましな方です。←すなわち「本当に大丈夫ですか?」と、Aさんに、しっかり確認しなかった私が甘かった(←しかし、被災者は、被災者を支援する支援者に「本当に大丈夫ですか?」と聞く立場にありません。←なぜなら、被災者は支援される立場であり、それは弱い立場だからです。←というか、そもそも、被災直後の被災者は『それどころじゃない』)。

==

私の人生における最大の屈辱:「私が2009年12月27日焼けだされた時、私の父が、私の母方の叔父から貸してもらった衣服について」&「その叔父が私を怠慢であると責めたことについて」

私は、私の父と二人暮らしです。男所帯です。火事のときも今も。

さて、

私と私の父は火災の日の夜(近所に住む)私の親戚さん宅=私の母方の叔父さん宅に一泊させてもらった(←それは良かったんですが、しかしその叔父さんに案内された部屋は寒くて私たちは一睡もできなかった)。そして、火災の約20日後に(私がその叔父さんに用があって)私がその叔父さんに電話すると、

その叔父曰く:

>お前、火事の日から20日以上経つのに、私に、何の連絡もしないとは、けしからん! お前、まだ「家」の取り壊しも終わってないじゃないか! 何、やってるんだ! 用がある時だけ電話するな! 火事の時に貸した服を、クリーニングに出して持って来い!
>私:・・・
>私の父曰く:服、借りてないよ・・・いや、待てよ・・・いま着ているこの服・・・これのことか? これ、借りたんじゃなくて、貰ったと思っていた。

私は、その叔父に反論せず、その服を洗濯して、その服を、1万円札と一緒に、その叔父に郵送しましたが・・・
私は、後日、彼に、こう言うべきだった(屈辱を晴らすために):

>被災者を支援する者(=あなた)がその被災者(=私たち)に衣服などを渡したら、その渡された衣服などはその支援者(=あなた)からその被災者(=私たち)に無償で譲渡された物(無償で与えられた物)と看做されるのがフツーでしょう。そして、もし、その衣服が、あなたにとって大事な物であったなら、あなたは『すまんが、その衣服を返して欲しい』と言うべきでしょう。あなたは、私たち被災者に対する考え方を全面的に改めるべきです、と。

【参考】

カレンダーを見れば分かるが、火災に遭ってから、まだ、ウィークデイは、13日しか経っていない。だから、燃えた家屋の取り壊しはまだ、日取りも決まってない。それを私の怠慢であると責める人がいる

2016年3月 8日 (火)

アナログ音源の《余計な》リマスタリングに反対/あるいは、プリテンダーズ、カーリー・サイモンの CD 購入

Pretenders

Pretenders

--

リマスタリング
(中略)
そのため、現在では「マスタリングといえど積極的な音づくりを行う」、「出来る限りミキシング時の音を尊重し、マスタリングでは最低限の処理以外行わない」、「TDデータがCD規格(16Bit/44.1KHz)を大きく上回る品質(24Bit/96KHzなど)なので、CD規格の品質にコンバートした際の変質を考慮して積極的な処理を行う」またはそれらの折衷方針など、マスタリング・エンジニアやミュージシャンの意向によりマスタリングに対する姿勢や処理方針は千差万別となってきている。
(ウィキペディアより)

私は、機会あって、プロのレコーディング・エンジニアさんに質問したことがありました:「なぜ、アナログ録音された音源は、デジタルメディアに変換された時(コンパクト・ディスク)、それは、元の音(アナログ録音された音:LPレコードの音)とは、違う音になってしまうのか?」と。
そのプロのレコーディング・エンジニアさん曰く「アナログとデジタルは、音が違う(!)。両者を同じにすることは不可能」←アナログとデジタルはどう違うのか?両者を同じにすることは何故不可能なのか?ということも、彼に説明してもらいましたが・・・その際、立ち話だったし、彼が何言ってんのか良く分からなかったことを詳しく問いただす時間もなかった。よって、詳しいこと・肝心なことは、いま、記憶にない(汗

上記、プリテンダーズは、おそらく、アナログ録音。そして、上記をいま、私は、CD プレーヤーで再生しているが、確かに「ドンシャリ」気味・・・というか、低音効いてなくて、高音はノイジーで、全体的に、それら音のバランスは悪い。しかし、コレは、下手なリマスターより良いと私は思う。すなわち:

・クレンペラーの「マタイ:CD盤」は、比較的聞き苦しくなかった。
・しかし、カール・ベームのモーツァルト(OIBP(Original Image Bit Processing))は最悪だった。←コレは(異論もあろうが)ベームの指揮ではない・・・と、言ってもいいと、私は思う。

--

【続き】

【クラシック音楽から離れて】

プリテンダーズのついでに購入したカーリー・サイモンの5枚組。その中の「ノー・シークレッツ」に収められた「うつろな愛」はカッコいい。

And all the girls dreamed that they'd be your partner
They'd be your partner, and...

という部分が作曲技法において典型的な「ブリッジ」と呼ばれる部分である・・・ということを、昔、ネット上で読んだことがあるような気がするが・・・。

Simon

Carly Simon Original Album Series

--

【さらに続き】

それにしても、私が聴いているオーディオ・システムは、それこそ典型的なクラシック音楽向きなのだろうか? ロックを聴く時、全然(!)魅力的な音じゃない(?)

--

【2016−3−13 さらに追加】

私は、上記『Pretenders(邦題:愛しのキッズ)』を、輸入盤(¥ 1,755 )で、購入したが、同アルバムは、国内盤があった(解説・歌詞・対訳付)。しかも安い。¥ 1,652(2016年3月13日現在)。← くそ〜! ←国内盤も買う!

【2016−3−19 追加】

国内盤購入。

Pretenders


2016年3月 3日 (木)

【メモ】 何故、私が、女性音楽家ばかり聴くのか?/クラシック音楽界における女性の進出は、性差別の反動か?/クラシック音楽界で、女が、男を押しつぶし、その上に、ふんぞりかえる時代が来るのは遠い未来ではないかも知れない

最近まで、クラシック音楽の世界では、女性は、蔑まれ差別されていたと思う。確かに、従来、リリー・クラウス、クララ・ハスキル、イングリット・ヘブラー、マルタ・アルゲリッチなど、多くの女性演奏者が存在し活躍していた。しかし、ウィーン・フィルのメンバーには、性差別によって、最近まで、女性はいなかった(1997年まで。 ウィキペディアより)。作曲家クラーラ・シューマン(1819-1896)やアルマ・マーラー(1879-1964)は、家庭の主婦になってしまった。

しかし、今日、上記の性差別の反動により、女性のクラシック音楽界への進出は目覚ましいと思う。「女性演奏者」のみならず「女性指揮者」「女性作曲者(ソフィア・グバイドゥーリナ、また、近年高く評価されているガリーナ・ウストヴォーリスカヤなど)」は、おそらく、女が男並みに優れていることを、誇示、又は、証明するために、男性アーティストをしのがんと努めたため、彼女らは、男性アーティストより、ユニークで新しい。それに対し、今日の若手・中堅男性アーティストは、昔の巨匠に及ばない。あるいは、彼らは、昔の巨匠や、いまや高齢化したアーティストたちの後釜になりたがっているに過ぎない・・・と、私は見る。

今日の男性アーティストらは、若くない、新しくない。そして、いまの世に活躍している男性アーティストの平均年齢は高いと思う。さらに、いま商品として売られている男性アーティストは老人・死んだ人が多いような気がする(HMV.co.jp のトップ・ページを見ると、死んだ人(男性)が残した録音の、廉価のボックス・セットのセールが多いと思う)。

男性若手アーティストと言えば、彼らは、昔の巨匠や、その弟子の世代の音楽家たちを、追っかけているだけかも知れない(似た者同士が張り合っているような気がする。例えば具体的にそういう男性アーティストを挙げろと言われても、私は、そんな人を、あまり聴かなくなったから思いつかない・・・否、敢えて言えば、指揮者では、クリスティアン・ティーレマン以外は、およそ、どんぐりのせいくらべに思える)。
クラシック音楽界で、女が、男を押しつぶし、その上に、ふんぞりかえる時代が来るのは遠い未来ではないかも知れない。

【追伸】

早く、シモーネ・ヤングの「ブルックナー全集」出ないかな〜

--

Bernstein
(C) HMV.co.jp

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