2017年2月18日 (土)

John Cage As it is

Cage

John Cage (1912-1992)
As it is
Alexei Lubimov, Piano, Prepared Piano
Natalia Pschenitschnikova, Voice
Recorded December 2011
ECM


Track list

1. Dream (1948) (Alexei Lubimov) 08:28

2. The Wonderful Widow of Eighteen Springs (1942) (Alexei Lubimov, Natalia Pschenitschnikova) 03:02
Words by James Joyce

3. The Unavailable Memory of (1944) (Alexei Lubimov) 03:29

4. A Flower (1950) (Alexei Lubimov, Natalia Pschenitschnikova) 03:31

5. Music for Marcel Duchamp (1947) (Alexei Lubimov) 06:20

6. Experiences No. 2 (1948) (Alexei Lubimov, Natalia Pschenitschnikova) 03:33
Words by E. E. Cummings

7. A Room (1943) (Alexei Lubimov) 02:11

8-10. Three Songs (1932-33)
Words by Gertrude Stein
I. Twenty years after (Alexei Lubimov, Natalia Pschenitschnikova) 00:30
II. Is it as it was (Alexei Lubimov, Natalia Pschenitschnikova) 00:55
III. At East and ingredients (Alexei Lubimov, Natalia Pschenitschnikova) 01:23

11-12. Two Pieces for Piano (1946)
I (Alexei Lubimov) 05:03
II (Alexei Lubimov) 05:19

13-17. Five Songs (1938)
Words by E. E. Cummings
1. little four paws (Alexei Lubimov, Natalia Pschenitschnikova) 01:42
2. little Christmas tree (Alexei Lubimov, Natalia Pschenitschnikova) 03:37
3. in Just- (Alexei Lubimov, Natalia Pschenitschnikova) 01:11
4. hist whist (Alexei Lubimov, Natalia Pschenitschnikova) 00:59
5. Tumbling hair (Alexei Lubimov, Natalia Pschenitschnikova) 01:06

18. Prelude for Meditation (1944) (Alexei Lubimov) 01:25

19. She is Asleep (1943) (Alexei Lubimov, Natalia Pschenitschnikova) 07:49

20. Nowth upon nacht (1984) (Alexei Lubimov, Natalia Pschenitschnikova) 01:22
Words by James Joyce

21. Dream, var. (Alexei Lubimov) 08:25

Total Time 71:31


ジョン・ケージ:『アズ・イット・イズ〜ピアノ作品集、声楽作品集』

・『夢』
・『18回の春を迎えた陽気な未亡人』
・『…の思い出せない記憶』
・『花』
・『マルセル・デュシャンのための音楽』
・『エクスペリエンス第2番』
・『部屋』
・『3つの歌曲』
・『ピアノのための2つの小品』
・『5つの歌曲』
・『瞑想への前奏曲』
・『彼女は眠っている』
・『危険な夜』
・『夢』

 アレクセイ・リュビモフ(ピアノ、プリペアド・ピアノ)
 ナターリア・プシェニチニコーヴァ(ヴォーカル)

 録音時期:2011年12月
 録音場所:スイス・ドイツ語放送チューリッヒ放送局スタジオ
 録音方式:ステレオ(デジタル/セッション)

(HMV.co.jp より)


こういう音楽は、本当は何も考えないで聴くのが良いのだろうけど、一応、作曲年は分かっている方が良いと思ったので、英語版ウィキペディア(List of compositions by John Cage)で、作曲年を調べて、それを上記にコピーした。が、間違いがあるかも知れない(当アルバムのブックレットには作曲年は書いてない)。


私は、プリペアド・ピアノというのは嫌いだったが、これは気に入った。その理由は、多分、このアルバムの選曲が良いからだろう・・・すなわち、このアルバムはプリペアド・ピアノの曲だけからなるのではなく、それ以外の曲を混ぜ合わせてある(←このアルバムが、プリペアド・ピアノの曲だけのアルバムだったら、それは美しく聴こえなかっただろう)。

HMV.co.jp の商品説明「ミニマル独特の静謐さを湛えた作品が、深い洞察と類い稀なる表現力で奏でられていきます」と書いてあるが、その通りである:たとえば、スティーヴ・ライヒのミニマル・ミュージックが「(私の主観では)ある種の実験的音響空間」のようなものであるのに対し、ケージのミニマルは「ミニマルの良さを取り入れたもの」(←もしかしたら、それは、モートン・フェルドマンの「繰り返し」に近いものかも知れない)。

ナターリア・プシェニチニコーヴァ(Natalia Pschenitschnikova ←名前が難しい)は「フルート奏者」であるとのことだが(HMV.co.jp の商品説明参照)、確かに、彼女の歌唱は「弱く、貧弱な肺活量で」効果的な音(声)を出しているように聴こえる(たとえばフルートで弱音を発音するように)。軽やかである。

以上を補足すれば、このアルバムは(ありきたりな言葉だが)異次元的。


【各作品について】

・第2曲(Track 2)のリュビモフのプリペアド・ピアノの音は、ほぼ打楽器的。
・第3、5曲(Track 3, 5)は、やや東洋的。
・第4曲(Track 4)は、歌詞のない歌曲。伴奏はものを叩く音。美しい。
・第6曲(Track 6)はやや宗教曲的(スピリチュアル?)。
・第7曲(Track 7)は純ミニマル、非常に打楽器的。
・第9曲「Two Pieces for Piano (1946)」(Track 11-12)は、10分を超える。このアルバムの中では最も長い曲・・・だがこの曲の印象は薄い。
・「Five Songs (1938)」(Track 13-17)も印象薄い(ちなみに、このアルバムにおいて、それぞれの歌曲の歌詞(ジェイムズ・ジョイス、E・E・カミングス、ガートルード・スタイン)も味わうべきだが、私の語学力ではそれができない。英語に堪能な方は、それらの歌曲における音楽と詩の結びつきが分かるかも知れない)。
・「She is Asleep (1943)」(Track 19)は歌詞のない歌曲。シュールな曲。
・「Nowth upon nacht (1984)」(Track 20)は爆発音で始まる(スピーカの音量を大きくしていたらスピーカが壊れそう)。このアルバムの中で唯一強烈な表現・・・ジョイスの詩が、叫びのように歌われてる。

2017年1月27日 (金)

John Cage (1912-1992): Two3 for shō and five water-filled conch shells by Stefan Hussong, accordion, conch shells & Wu Wei, sheng, conch shells

Cage

John Cage (1912-1992)
Two3 (1991)
for shō and five water-filled conch shells
Stefan Hussong (accordion, conch shells)
Wu Wei (sheng, conch shells)

cd 1
nos. 4 and 7 [12.50]
no. 2 [12.47]
nos. 1 and 6 [11.47]
no. 8 [10.23]

cd 2
no. 3 [14.40]
nos. 3 and 9 [14.14]
no. 9 [13.41]
nos. 5 and 10 [10.44]

Eine Koproduktion mit Deutschlandradio
Aufnahmen: 10.-12. Juni 2013, Deutschlandfunk Kammermusiksall, Köln
WERGO WER67582 [2 CDs: 102:00]


【収録情報】
● ケージ:Two3〜笙、水で満たされた5つの巻貝のための

Disc1
1. 第4番&第7番
2. 第2番
3. 第1番&第6番
4. 第8番

Disc2
1. 第3番
2. 第3番&第9番
3. 第9番
4. 第5番&第10番

 ステファン・フッソング(アコーディオン、巻貝)
 ウー・ウェイ(笙、巻貝)

 録音時期:2013年6月10-12日
 録音方式:ステレオ(デジタル/セッション)

(HMV.co.jp より)

※ 上記、HMV.co.jp の商品説明が参考になる。


私の評価:Stars5


「笙」のパートは、笙独奏曲「One9」と同一である。この作品は、10の楽章からなり、それらを演奏するのに、121分を要する(英語版ウィキペディア(Number Pieces の項)より)。

「Conch shell」というのは、ホラ貝のことかと思った。しかし、当該商品のブックレットの画像(下記)を見ると、それは、ホラ貝よりも、小さいものを含むようだ。

何かと騒がしい世の中にあって、この作品は、理屈抜きの静寂の音楽。全曲(約120分)に渡って、単調な静寂の音楽が続く。「静寂の音楽」と言えば、モートン・フェルドマンの作品を思い起されるかも知れないが、フェルドマンの作品が、論理的なアイデアに裏打ちされた作品であるのに対し、ケージのこの作品は、それに加え、徹底的に静的。私は、このアルバムを買う前、「笙」や「ホラ貝」の音が賑やかに鳴るのを期待したが、そうではなかった。この作品(Two3)のような音楽への評価は、完全に、リスナーの嗜好に依存すると思うが、私はコノ音楽を好きである。気に入った。私は、これを、真夜中に聴くと、音の美学に聴き惚れ、それに浸ってしまう。しつこいが「音の美学」といっても、この音楽が要求するもの、それは、ケージの一部作品やフェルドマンの音楽が要求するピアノ、ヴァイオリン、チェロなどのメジャーな(楽器の)ヴィルトゥオージティではない。ステファン・フッソング(アコーディオン、巻貝)と、ウー・ウェイ(笙、巻貝):二人のヴィルトゥオージが展開するアンサンブルは、まったく、エキサイトしないものであり、その静けさは、エクスタシーでもあり、また、エクスタシーを超えたものでもある。二人のアンサンブルは、セックスや生死を超え、あらゆる不安、抑うつ、恐怖から完全に解放された解放感、まったくポジティヴな死生観につながると思う。それは、狂気や恐怖とは、まったく縁がない音楽である。そういう体験(受容)をさせてくれるこの作品「Two3」は、今の時代だからこそ貴重であり、その点に価値有りだと思う。

Two3
(C) WERGO

2015年5月 1日 (金)

John Cage One7 Four6 Sabine Liebner

Cage

John Cage (1912 - 1992)
One7 (1990)
Four6 (1992)
Sabine Liebner
WERGO
2012/13年録音

※楽曲の演奏時間は、それぞれ、30分。

楽曲解説については、HMV.co.jp をお読み下さい。

また、英語版ウィキペディアもご参照下さい(下記)。

・楽曲名「One7」「楽器の指定なし」「作曲年:1990」「This piece is the first part from Four6. The performer chooses 12 different sounds and plays within flexible time brackets. (この作品は、Four6 の第1部である。演奏者は、12の異なる音を選び、フレキシブルな括弧の技法で演奏する)(英語版ウィキペディアより)」
「フレキシブルな括弧の技法」については、私のブログのエントリー:ジョン・ケージの「ONE - ONE2 - ONE5をご参照下さい。

・楽曲名「Four6」「楽器の指定なし」「作曲年:1992」「Each performer chooses 12 different sounds and plays within flexible time brackets. The sounds must have fixed amplitude, overtone structure, etc. The first performer's part may be performed solo, as One7. (それぞれの演奏者は、12の異なる音を選び、フレキシブルな括弧の技法で演奏する。それらの音は、固定された振幅と倍音の構造その他を持たねばならない。(この作品の前に)第1演奏者が、独奏曲(すなわち、One7)を、演奏しても良い)(英語版ウィキペディアより)」

私は、Four6 より、One7 のほうが、断然好きだ。One7 の静寂は美しい。この曲の冒頭は、約33秒間、音が無い。One7 において奏される「音」は、演奏(パフォーマンス)というより、操作(オペレーション)であると思う。その「オペレーション」は、楽器と道具とストップウォッチがあれば、そして、《多様でやや複雑だが比較的演奏容易な》特殊奏法をマスターできれば、素人にも再現できるかも知れない(その意味で、One7 には身近さがある)。
他方、Four6 は、本来、4人で演奏される作品であり、One7 のオペレーションより複雑で、素人には再現できない(←リープナーは、Four6 を多重録音しており一人4役をこなしている。←これは、素人には再現できない)。そして、この Four6 は、さわがしい。

難(かた)すぎないオペレーションと静謐。←「One7」は、夜の音楽だと思う。One7 を、夜聴くと、その静寂に、私は、心奪われる(←加えて、「One7」は、昼間に大音量で聴くと、迫力が聞ける)。

このアルバムのリーフレットにはスコア(譜例)が載っていない。よって「ケージが記した音符や指示」←このアルバムはそれら分からないのが残念だ(←一方、ケージの「ONE」を含むアルバムには、ジャケットにスコアの一部が掲載されていたので、「ケージが記した音符や指示」が、演奏者によって如何に再現されるか? ←その有様を、一部、リスナーはイメージすることができる(下記)。

Cage_6
「ONE」前半/アルバム「ONE - ONE2 - ONE5」のジャケットより
(C) NEOS

2014年5月 9日 (金)

ジョン・ケージの「北のエチュード(Etudes Boreales)」ほか

Boreales

John Cage (1912-1992)
Etudes Boreales
Harmonies
10'40.3"

Friedrich Gauwerky, violoncello
Mark Knoop, piano
Aufnahmen: 2009
WERGO

1 Harmony XXVII for Violoncello and Piano (1976) [1:45]
(Reflection - Supply Belcher)

2-5 Etudes Boreales for a Percussionist Using a Piano (1978) [18:01]

6 Harmony XXII for Violoncello and Piano (1976) [4:27]
(Wisdom - Jacob French)

7 10'40.3" for a String Player, as part of: 26'1.1499" for a String Player (1955) [10:40]

8 Harmony XXIV for Violoncello and Piano (1976) [2:37]
(St. Thomas - William Billings)

9-12 Etudes Boreales for Cello Solo and Piano Solo (1978) [19:44]

13 Harmony XIII for Violoncello and Piano (1976) [1:46]
(Worchester - William Billings)

--

私の評価:★★★★☆

--

このアルバムは、「Harmony」以外は、チェロもピアノも超絶技巧。
「北のエチュード(Etudes Boreales)」に、「Freeman Etudes」のすごさが聞ける。

「北のエチュード(Etudes Boreales)」は、「南のエチュード(Etudes Australes)」「Freeman Etudes」と対をなす小品と見なされている(The set is a small counterpart to Cage's other etude collections - Etudes Australes for piano and Freeman Etudes for violin.)(ウィキペディアより)

このアルバムは、「北のエチュード(Etudes Boreales)」の全曲録音ではない。「北のエチュード」は、4つのパートからなる。このアルバムに収められたのは、その2つ。「北のエチュード」以外の曲は、おそらく「北のエチュード」とは無関係な作品。つまり、このアルバムは、寄せ集め。このアルバムは、寄せ集めの良さはあるが、それが「北のエチュード」の全曲録音を含まないのは残念。演奏者 Friedrich Gauwerky, violoncello と Mark Knoop, piano は、その超絶技巧曲を演奏する力量を持っているのだから・・・。

1、3、5、7曲目の「Harmony」は、チェロとピアノのための編曲集。Supply Belcher, Jacob French, William Billings というアメリカ独立戦争時代の作曲家を取り上げている。のほほんとしている。

2曲目「Etudes Boreales for a Percussionist Using a Piano (1978)」
ピアノ独奏曲。
題名通り、ピアノを打楽器のように叩いて演奏している。鍵盤を叩く音や内部奏法も聞こえる。トラック2(第1曲)は、意外に静かである。トラック4(第3曲)の2分29秒などで、耳をつんざく破壊音が聞こえる(多分、ピアノ線を道具ではじく音)。そんな、特殊奏法は、実際にピアノを壊してしまうかも知れない。だが、ケージの特殊奏法は、大音量かつ鮮明な音で聴くと強烈すぎてうるさいが、オーディオ装置で音質を適度に調節して聞くと意外に美しい(?)

4曲目「10'40.3" for a String Player」
チェロ独奏曲。
この作品は、「Time-length compositions」と呼ばれる作品の一つで、そのタイトルは、演奏時間を示す。冒頭から、チェロの胴体を叩く音が聞こえる。それから、動物(または怪獣)の鳴き声のような音。そして、この作品は、終始、チェロ独奏者が、声を出しながら演奏される。「北のエチュード」と同様、技巧的。技巧的で、乾いた音楽。

6曲目「Etudes Boreales for Cello Solo and Piano Solo (1978)」
チェロとピアノのための曲。
この曲が、このアルバムのメインだろう。これは良い演奏だ。二人、すなわち、Friedrich Gauwerky, violoncello と Mark Knoop, piano のコラボレーションが素晴らしい。美しい演奏だと思う。
私の主観では「トラック9(第1曲)」は、東洋的に聞こえる。
「北のエチュード」は、被献呈者に「演奏不能」と言われた難曲。ピアノは、ほとんど、打楽器のように奏され、チェロは、滅茶苦茶に動く。ただし、「北のエチュード」は「Freeman Etudes」と違って、音域が限られる箇所があるようだ(The difference between the works is that in Etudes Boreales the pitch range is limited at any given time, and changes throughout the pieces, whereas in Freeman Etudes the range was unlimited.)(ウィキペディアより)

「南のエチュード(Etudes Australes)」と同様、「北のエチュード(Etudes Boreales)」は、北の「星座」に関連がある。

このアルバムは、リスナーを不安に陥れるかも知れない。「Harmony」は、古い音楽だが、音を止めながら演奏されるのが、不安げだ。「北のエチュード」は、美と暴力が同居しているし・・・。

2014年5月 8日 (木)

ジョン・ケージの「ASLSP」(1985)

Cage_2

John Cage (1912-1992)
ASLSP for piano solo (1985)
Sabine Liebner, piano
Recording 2009
NEOS

01 No. 1 [08:20]
02 No. 7 (as 2nd piece) [07:38]
03 No. 2 [06:12]
04 No. 3 [05:48]
05 No. 4 [10:18]
06 No. 5 [10:29]
07 No. 7 [07:43]
08 No. 8 [07:32]
Total [64:05]

--

私の評価:★☆☆☆☆

--

オルガン2/ASLSP

Organ2/ASLSP (英:As Slow as Possible) は、ジョン・ケージが作曲した楽曲(オルガン曲またはピアノ曲)であり、最も長い、永続的な演奏がまだ行われている曲である。

この曲は、1985年の作品『ASLSP』を改作する形で、1987年にオルガンのために書かれた。

ピアノ版の代表的な演奏時間は、20分から70分である[1]。

ドイツ、ハルバーシュタットのブキャルディ廃教会でのオルガン版の演奏が2001年に始まった。この演奏は、639年以上の期間をかけるよう設定され、2640年に演奏終了予定である。(日本語ウィキペディアより)

--

HMV レビュー

ザビーネ・リープナー/ジョン・ケージ:ASLSP

ASLSPとは「as slow as possible(できるだけ遅く)」の略で、奏者は文字通り極めてゆっくりと弾くことを要求されます。ケージは指示を「as slow as possible」としか書いておらず、どれくらいの速さで弾くかは奏者に委ねられています。何の脈絡もないように並べられた協和音、不協和音、単音が不規則な強さ、感覚で延々と続く音空間は日本庭園の「ししおどし(鹿威し)」か「水琴窟(すいきんくつ)」を聴くようでもあり、まさにケージ・ワールド。このディスクはCD1枚に収まる良心的な作りですが、本作のオルガン版は2001年5月に演奏が開始され、演奏終了は2639年の予定とか。演奏はアメリカ実験音楽を得意とし、目の覚めるようなクリアな音が持ち味のリープナー。就寝時のお休みミュージックにもおすすめ。(TOBU)(HMV.co.jp より)

--

最悪。

上記ウィキペディアにあるように、演奏に639年以上かかるオルガン曲「ASLSP」のピアノ版。

リープナーのピアノによる演奏は、64分05秒。

演奏時間が長いピアノ独奏曲は、モートン・フェルドマンが得意とした。フェルドマン自身、ピアニストであり、彼は、強烈にピアニストをインスパイアする楽曲を、名ピアニストに提供した(それらのピアノ曲はことごとく成功!)。それに対し、ケージのこの作品は、何が言いたいのか分からない・・・このピアノ曲「ASLSP」は、ピアニストを、決してインスパイアさせることはないだろう。ウソだと思ったら、下記のスコアを、弾いてみれば分かる。それは「ASLSP」の第1番と第2番のスコアである(アルバム「ASLSP」のジャケットより)。この作品は、最初から最後まで、下記スコアの「無意味さ」の繰り返し。一方で、ケージは、「南のエチュード」という傑作を書いているのだから、彼は、フェルドマンに劣らない、すぐれたピアニストだったはずなのだが・・・理解に苦しむ。

Aslsp_score_small
アルバム「ASLSP」のジャケットより(画像をクリックすると拡大します)
(C) NEOS


ジョン・ケージの「ONE - ONE2 - ONE5

Cage_4

John Cage (1912-1992)
ONE - ONE2 - ONE5
Sabine Liebner, piano
Recording 2009
NEOS

1 ONE for piano solo (1987) [10:05]
2 ONE2 for 1-4 pianos (1989) [40:40]
3 ONE5 for piano solo (1990) [20:34]

--

私の評価:★★★☆☆

--

ジョン・ケージの「Number Pieces」について英語版ウィキペディアに書いてある、その内容を、大まかに訳す:
「Number Pieces」は、ケージの最後の6年、1987年から1992年までに書かれた。それぞれの作品の「作品名」は、その作品の演奏者の数、および、(指数に)その作品の作品番号を示す(たとえば、ONE5は、一人の演奏家のための作品5)。「Number Pieces」のほとんどは、ケージの「括弧の技法(bracket technique)」で書かれている。それらの括弧は音の「断片」である(それは、しばしば、一音であり、デュナーミクの表示が伴うものと伴わないものがある)。そして、それらの「(音の)断片」の「開始時刻」と「終止時刻」が「分」と「秒」で、スコアに指示されてある。その「時刻」は、固定されてあるものもあれば(fixed (e.g. from 1.15 to 2.00) )、幅を持たせてあるものもある(flexible (e.g. from anywhere between 1.15 and 1.45, and to anywhere from 2.00 to 2.30))。

ONE
10の括弧からなる。9番目の括弧以外は幅を持たせてある(flexible)。10の括弧は、ト音記号譜とヘ音記号譜の2つの譜表が対をなしている(下記参照)。その「対」は必ずしもシンクロしない。

ONE2
独奏者は、複数のピアノを移動しながら弾く。ダンパーにくさびが打たれ、ピアノの音は終始、自由に鳴り響く(vibrate)。

ONE5
左手のための21の括弧。右手のための24の括弧。

--

括弧を[]で示せば、開始の[ において開始のピアノ音が発音され、その後[]の中のピアノ音が発音されては減衰し静寂が聞こえる。そして、閉じの ]において閉じのピアノ音が発音され「発音 - 静寂 - 発音」が閉じられる。このアルバムに収められた作品は、「発音」のあとの「静寂」が美しい。だが、「発音 - 静寂 - 発音」そして、括弧の技法という「ケージの試み」・・・それらの「美」は、それらを聴く人の嗜好に依存すると思う(私は、なんとなく、第3曲の「ONE5 for piano solo (1990)」が、気に入った)。第2曲「ONE2」は、最初聴いた時、私は全然ピンと来なかった・・・が、「ONE2」は、一人の独奏者が、複数のピアノを弾くので、第1、3曲より音に広がりがある・・・そして、第2曲は、まさに、ザビーネ・リープナーの演奏技術を聴くべき音源だと思う。第2曲は、電子音(冒頭、22分50秒、26分45秒、31分34秒あたり)や特殊奏法が使われている。

Cage_6
「ONE」前半/アルバム「ONE - ONE2 - ONE5」のジャケットより
(C) NEOS

2014年4月24日 (木)

ジョン・ケージの「Solo for Piano (1957-1958)」と「Music for Piano 1-84 (1952-1956)」を聴いて

Cage

John Cage (1912-1992)
Solo for Piano (1957-1958)
Sabine Liebner, piano
Recording 2012
WERGO

Fraction 1 [09:32]
Fraction 2 [10:36]
Fraction 3 [09:52]
Fraction 4 [09:52]
Fraction 5 [10:37]
Fraction 6 [08:03]
Fraction 7 [11:20]
Total [69:52]

評価:★☆☆☆☆

HMV.co.jp に、分かりやすい解説があるので、それをご参照下さい。

上記、「Fraction(断片)」は、便宜的に付けられた、CD上のトラック。原作のスコアは、切れ目なし。
全体的に静謐な中、時々、巨大な響きがする(大音量で聴くと、びっくりさせられる)。
しかし、音楽的には、モートン・フェルドマンのような美はなく、実験音楽的としても、ただ、急に大きな音がするということで驚かされる以外、面白くない。時々奇妙で気持ち悪い音
(Fraction 2 の5:00あたりでは、紙をくしゃくしゃと丸めるような音。Fraction 3 の9:14あたりでは、泡のような音。Fraction 4 の5:00あたりでは、電子音のような音。その後、次々に気持ち悪い音)
が聞こえるが全然面白くない(Fraction 5 の大音響はこけおどし)。この作品に、「1974年に発表された、伝統的な楽器と記譜法に対するケージの興味を示す、一連のヴィルトゥオーゾ作品の初期作品『南のエチュード』」のような有無を言わさない圧倒的な存在価値はない。ケージという人は、プリペアド・ピアノを止めてから、年を経、奇跡のように質・量ともに充実した「南のエチュード」に至った。「南のエチュード」のヴァイオリン版が「Freeman Etudes」である。それに対し、これは、ケージの駄作。

「63ページ、84の異なるタイプのグラフィック譜から成ります。この楽譜は、一見すると楽譜のようですが、実際の音の高さやリズムなどは指定されていないもので、いわば演奏者への「提案」のようなもの。」
この録音は、ケージではなく、ザビーネ・リープナーを聴くべき録音だと思う。

【参考】
ジョン・ケージの『南のエチュード』聴き比べ(1)

ジョン・ケージの「Freeman Etudes」

Cage_3

「Solo for Piano」のスコア断片。23ページ。ザビーネ・リープナーによる演奏上の注意書き。

==

Cage_music_for_piano

John Cage (1912-1992)
Music for Piano 1-84 (1952-1956)
Sabine Liebner, piano
Recording 2003
NEOS

CD 1

[01] 03:39 Music for Piano 1 (1952) [03:39]
[02] 04:29 Music for Piano 2 (1953) [04:29]
[03] 01:30 Music for Piano 3 (1953) [01:30]
[04] 17:20 Music for Piano 4-19 (1953) [17:20]
[05] 02:16 Music for Piano 20 (1953) [02:16]
[06] 31:01 Music for Piano 21-36 (1955) [31:01]

total time: 60:34

CD 2

[01] 21:09 Music for Piano 37-52 (1955) [21:09]
[02] 16:29 Music for Piano 53-68 (1956) [16:29]
[03] 16:01 Music for Piano 69-84 (1956) [16:01]

total time: 53:50

評価:★★★★☆

こっちは、「Solo for Piano」と違って、気に入った。

Q.どういうところが気に入ったか? 
A.精緻である。

こっちは、プリペアド・ピアノが生かされている。

この作品の「ピアノ曲としての体裁」を、一言で言えば、プリペアド・ピアノによる「シェーンベルク」かな・・・。

私事だが、私の部屋は、小音量でなら、真夜中でも、音楽を聴いても良い。なぜなら、私の部屋は、音が外に漏れないように断熱材を多く壁に埋め、窓は二重窓。それが私のリスニングルームの防音効果。

この作品は、真夜中に聞くのが良い。

突然、でかい音で、リスナーを驚かせる「Solo for Piano」は、大音量で聞かないと面白くないが、この作品集「Music for Piano 1-84 (1952-1956)」は、ある意味、静かなノクターンである。

こっちのほうが、「Solo for Piano (1957-1958)」より古い作品であるが、完成度は高いと思う。なんとなれば、無調だが心地よく、また、実験的ではないから。

私は、ジョン・ケージを知らない。彼のプリペアド・ピアノの技法も、それによる作品も、私は知らない。

私は、プリペアド・ピアノが嫌いだが、この作品集は、正直言って美しい。

音がうなっている。(うなり、ウィキペディア参照)

2014年4月 7日 (月)

ジョン・ケージの「Freeman Etudes」

Cage_1

John Cage (1912-92)
Freeman Etudes, Books One and Two (1977-1980)
Irvine Arditti, violin
Recorced 1990

Book One
Etude 1 [3:00]
Etude 2 [3:01]
Etude 3 [3:01]
Etude 4 [3:08]
Etude 5 [3:01]
Etude 6 [3:00]
Etude 7 [3:04]
Etude 8 [3:03]

Book Two
Etude 9 [3:02]
Etude 10 [3:06]
Etude 11 [3:06]
Etude 12 [3:00]
Etude 13 [3:08]
Etude 14 [3:00]
Etude 15 [3:00]
Etude 16 [3:05]


Cage_2

John Cage (1912-92)
Freeman Etudes, Books Three and Four (1980, 1989-1990)
Irvine Arditti, violin
Recorced 1993

Books Three
1 Etude 17 [3:09]
2 Etude 18 [3:06]
3 Etude 19 [3:08]
4 Etude 20 [3:05]
5 Etude 21 [3:13]
6 Etude 22 [3:03]
7 Etude 23 [3:05]
8 Etude 24 [3:08]

Book Four
9 Etude 25 [3:12]
10 Etude 26 [3:03]
11 Etude 27 [3:05]
12 Etude 28 [3:01]
13 Etude 29 [3:09]
14 Etude 30 [3:11]
15 Etude 31 [3:08]
16 Etude 32 [3:02]

「破綻した音楽であり、佐村河内氏が最も嫌う音楽の最右翼。こんな音楽を書くから、佐村河内氏みたいな人間が出てくる」と、いまの話題に無理矢理結びつけて、レビューを書こうと思ったが、この作品は、そんなちゃちな音楽ではなかった。
「Freeman Etudes」は、単なる超絶技巧曲ではない。全体に、統一性、必然性のようなものを感じる。論理的に書かれた音楽だと思う。その理由は、

理由1 全4巻、全32曲の「練習曲集」であるという点で、『南のエチュード』Etudes Australes (1974) と共通する。ただし「Freeman Etudes」は標題を持たない(Freeman は人名)。そして、それは『南のエチュード』と違って音が「天体」や「易」などに基づいていない・・・あるいは「何か」に基づいて書かれているとしても、標題『南のエチュード』が、暗示または示唆する美しさは「Freeman Etudes」には、ないと思う。
理由2 各曲の演奏時間が、すべて約3分で、統一されている。
理由3 「どの曲も同じような曲」と思ったが、この練習曲集もまた『南のエチュード』と同様に、各曲、性格が違う、そして「変遷」しているようだ(もっとも、私にはそれを分析し指摘する分析力はない)。

アルバムのリーフレットにも、ウィキペディアにも、この作品は、"practicality of the impossible"(不可能の実践)と謳われているが、その意味を考える必要はないと思う。実際に、この作品は、Irvine Arditti の助けを借りて全曲が完成されているし、Irvine によって演奏され、録音されている。不可能どころか、「可能性の追求」ではなかろうか。
この作品の魅力は、大音量で聴いたときの快感・・・それに尽きる。作曲者の意図を知ることや、専門家による解説は要らないと思う。
この曲がいかれていると言うなら、いまの世の中のほうがよっぽどいかれている。

百見は一聞にしかず
ユーチューブで聴いて下さい


【参考】

Cage_freeman_small
「第18曲の前半」リーフレットより (C)1994 mode records.(画像をクリックすると大きくなります)

2014年3月17日 (月)

ジョン・ケージの『南のエチュード』聴き比べ(1)

Etudes_australes_sultan

John Cage:
Etudes Australes (1974) (complete)
Grete Sultan, piano
1978/82年録音

CD 1 [72:13]
Book 1 [34:12]
Etude #1 [3:45]
Etude #2 [4:23]
Etude #3 [3:54]
Etude #4 [4:04]
Etude #5 [4:19]
Etude #6 [4:01]
Etude #7 [4:56]
Etude #8 [3:49]

Book 2 [37:53]
Etude #9 [4:59]
Etude #10 [4:24]
Etude #11 [4:30]
Etude #12 [3:46]
Etude #13 [4:05]
Etude #14 [5:09]
Etude #15 [4:19]
Etude #16 [5:36]

CD 2
Book 3 [45:13]
Etude #17 [5:04]
Etude #18 [5:12]
Etude #19 [4:56]
Etude #20 [5:00]
Etude #21 [5:22]
Etude #22 [6:50]
Etude #23 [6:07]
Etude #24 [6:26]

CD 3
Book 4 [52:14]
Etude #25 [6:22]
Etude #26 [6:40]
Etude #27 [5:29]
Etude #28 [6:48]
Etude #29 [7:04]
Etude #30 [7:03]
Etude #31 [7:18]
Etude #32 [4:47]

Grete Sultan, piano
Recorded: 1978 (CD 1) 1982 (CD 2, 3)
WERGO

--

Etudes_australes_liebner

ジョン・ケージ:
『南のエチュード』全曲(4CD)
ザビーネ・リープナー(ピアノ)
2011年録音

CD 1
第1巻
・Etude Nr. 1 [8:19]
・Etude Nr. 2 [8:01]
・Etude Nr. 3 [8:06]
・Etude Nr. 4 [7:58]
・Etude Nr. 5 [8:15]
・Etude Nr. 6 [8:19]
・Etude Nr. 7 [8:19]
・Etude Nr. 8 [8:11]

CD 2
第2巻
・Etude Nr. 9 [8:17]
・Etude Nr. 10 [8:12]
・Etude Nr. 11 [7:50]
・Etude Nr. 12 [8:19]
・Etude Nr. 13 [7:50]
・Etude Nr. 14 [8:19]
・Etude Nr. 15 [8:18]
・Etude Nr. 16 [7:51]

CD 3
第3巻
・Etude Nr. 17 [8:14]
・Etude Nr. 18 [8:05]
・Etude Nr. 19 [8:04]
・Etude Nr. 20 [8:12]
・Etude Nr. 21 [8:08]
・Etude Nr. 22 [8:07]
・Etude Nr. 23 [8:22]
・Etude Nr. 24 [7:57]

CD 4
第4巻
・Etude Nr. 25 [8:17]
・Etude Nr. 26 [8:21]
・Etude Nr. 27 [8:14]
・Etude Nr. 28 [8:14]
・Etude Nr. 29 [8:07]
・Etude Nr. 30 [7:55]
・Etude Nr. 31 [7:48]
・Etude Nr. 32 [8:08]

ザビーネ・リープナー(ピアノ)

録音時期:2011年
録音場所:ドイチュラントフンク・カンマームジークザール
録音方式:デジタル(セッション)
WERGO

--

グレーテ・スルタン(Grete Sultan)盤は、Amazon.co.jp にて中古で購入(1,840円)。
英国アマゾンでは、おそらく最後の1セット(新品)が、32.26ポンドで売ってます(2014−3−18 現在)

--

この作品の感想文を書くために、日記にメモして来たこと。その中で「忘れる前に書いて置いたほうがいい」と思うことを書く。

--

グレーテ・スルタン(Grete Sultan)とザビーネ・リープナー(Sabine Liebner)の演奏を比較したとき、まずはじめに目につくのは、演奏時間の違いである(上記)。前者が全曲演奏時間、約3時間30分であるのに対し、後者は約4時間20分。リープナー盤がスルタン盤より約50分も長い。いずれにしても、長尺である。

--

この作品は、もともと、グレーテ・スルタンのために書かれたものである(英語版ウィキペディア参照。これ全部読めたらいいのだが英語なので読めない)。
そのことからして、ケージは、グレーテ・スルタンが演奏したテンポを、否定しなかっただろう。
上記で「否定しなかっただろう」という変な言葉を使った理由は以下である。
つまり、「作品」が作曲者ケージの手を離れる。そしてそれは解釈者スルタンに委ねられる。すると「作品」は解釈者スルタンのものになり、「作品」における作曲者の思惑が外れることもあろう。ゆえに、このアルバムで「スルタンが弾いたテンポ」はスルタンのものであり、ケージがイメージしたテンポとは違うかも知れない。
もちろん、その逆に、スルタンは、ケージに忠実なテンポで弾いているかも知れない。
また、もしかして、ジョン・ケージ(1912 - 1992)の死後、2011年に録音されたリープナーの『南のエチュード』の遅いテンポのほうも、案外、ケージは、よしとするかも知れない。

ちなみに、フェルドマンにおいても、リープナーのテンポは遅い演奏時間は長い(「トライアディック・メモリーズ」の高橋アキ盤60分17秒とリープナー盤124分09秒)。

--

そもそもこの作品には、テンポ指示が(多分)無い(上記英語版ウィキペディア掲載のスコアの一部参照のこと)。何故、ケージはテンポを指示しないのか(それはフェルマンにも言える)。♪=120 というテンポ指示を何故彼らは嫌うのか。
(たとえば、「トライアディック・メモリーズ/ユニバーサル・エディション」には、冒頭、「四分音符=63-66」と記載されてあるが、「テンポ指示は手書きのスコアには無い(No tempo indication in manuscript.)」と注釈がある)

--

私は、上に「長尺である」と書いたが、本当は長尺ではない。『南のエチュード』は、全4巻、全32曲のエチュードからなる。そして、その一つ一つの楽曲は、紛れもなく「エチュード(練習曲)」である。それはこの作品において重要なこと、また、この作品を聴く上でも重要なことだ。一つ一つの曲を独立した練習曲として聴くことができる。しかも、演奏技術を鍛えるための文字通り「練習曲」の性格を持つと思う。そういう点で、フェルドマンの長尺ピアノ曲とは性格が違う。

上記ウィキペディアに「The etudes, conceived as duets for two independent hands, are extremely difficult to play.(このエチュード集は、独立した両手のデュエットとみなされ、演奏するのが極めて難しい)」とある。

--

スルタン盤は、1978/1982録音なので、ジョン・ケージとモートン・フェルドマンの存命中の録音であり、スルタンの演奏は、ケージら二人が「アメリカ・ニューヨークから楽壇を変える『ニューヨーク楽派』の果敢な挑戦(ウィキペディアより)」のまっただ中に録音されたもの・・・その意味で、時代の音がすると思う(ただし「時代の音」というのは抽象的!)。

--

私は、グレーテ・スルタンというピアニストの演奏を、上記アルバムで、初めて聴いたが、技巧は優れている。
また、スルタンの『南のエチュード』は録音は古いが(アナログ録音)、その録音の「古さ」は、大音量で聴いても、さほど気にならない。。

--

リープナーの演奏は、暴力的・・・と言っていいほど強烈。
スタッカートというよりも、時折、あたかも鍵盤をひっぱたくような音・・・すぐにダンパーで消音・・・しかしピアノの胴体(?)から長い残響が聞こえる(私は最初、リープナーの第1曲目を「Amazon.co.jp MP3ダウンロード」で試聴したが、その1分40秒のフォルテッシモがカッコよかったので、このアルバムを購入した)。

--

リープナーの演奏は、どの曲も、8分前後であるのは、時計で計って演奏した? それから、リープナーの演奏は、時々、休止が入る(曲の途中で)。

--

スルタンは、この作品を、やや旋律的に弾いている。

この作品は、無調で書かれているが、時々調性を持つ和音が聞こえる(リープナーの第1巻第5曲の6分46秒など)。

--

スルタンとリープナーは、スコアから異なるテクスチュアを読み取った・・・(なんて、カッコいいこと言っているが)それが具体的に、どの曲のどの音にあらわれているか、指摘することは、私にはできない。だがあえて言えば、スルタンは、音の連続性を生かしている(スタッカートして音を切るが、音はうまくつながっているし、うまく混ざって聞こえる)。
リープナーも同じことをやっている。しかし、リープナーは、時折現れる持続音などの「音の持続性を、あくまで音の不連続性を生かすために」使っていると聞こえる。概して、スルタンの演奏は古い奏法であり、リープナーの演奏は新しい奏法。

--

スルタンの演奏は熱い。熱いだけでなく、激しい。南半球の星座や銀河の神秘的で強烈なまぶしさ、ダイナミックな宇宙(宇宙は決して静的はない)の像を見ているようだ。

リープナーの演奏は知的だが、第4巻(CD 4)はなかなか熱いと思う。
リープナーの鋭い音と録音の迫力は、どちらかというと、白色矮星のような高温の恒星を連想させる。また、超新星爆発(恒星の最後の輝き)、20世紀に発見され今日も観測されているニュートリノ、さらにヒッグス粒子など素粒子やビッグバン直後の宇宙の不思議、また、星間の暗さを想像させる。

満天の南の星空。どちらも、美しく輝かしい・・・。どちらも名演。

・おまけ
ジョン・ケージの作品に、こんなまともなものがあるとは思わなかった。

【2014−3−27 追加】

大事なことなので、もう一度書きます。この作品は、ジョン・ケージが、グレーテ・スルタンのために作曲した作品です。

2014年3月 2日 (日)

ジョン・ケージの『南のエチュード』聴き比べ(前書き)

Etudes_australes_sultan

Etudes Australes (1974) (complete)
Grete Sultan, piano
1978/82年録音


Etudes_australes_liebner

『南のエチュード』全曲(4CD)
ザビーネ・リープナー(ピアノ)
2011年録音


1974年に発表された『南のエチュード』は、伝統的な楽器と記譜法に対するケージの興味を示す、一連のヴィルトゥオーゾ作品の初期作品。32の練習曲から成るこの複雑なピアノ作品は、ケージが南半球の夜空を彩る星座の表から、易によって星(星座)を選び出し、その星座(星)を音高に置き換えたもの。ピアノの鍵盤を左右の手でフルに使うように記譜された楽譜とそこから生まれる音はまさに天体・宇宙をも思わせるスケールです。(HMV.co.jpより)

私は、小学生のとき、天文少年だった。小学6年生のとき、天体望遠鏡を買ってもらって、火星、木星、土星の輪、かに星雲、アンドロメダ大星雲、太陽の黒点などを観測した。

小学校の修学旅行で、阿蘇に行ったとき、雨上がりの夜空が晴れ渡り、澄んだ空気に、満天の星空を見た。夏の天の川はまぶしく輝き、本来見えるはずのない6等星よりも暗い星までも見えた・・・ような気がする。
それはまるで、天然のプラネタリウムであり、在るべきところに、在るべき星が在った。私は、当時、「全点恒星図 誠文堂新光社 1968年」(下記画像、火事で焼失)を所有していたが、その本に描いてある星が、すべて、在った。あんなに美しい星空は、めったに見られないのではないだろうか?
1等星がマイナス4等星ぐらいに見えた。その明るさは暴力的だった(いや暴力的という表現は不適切。訂正。その明るさは圧倒的だった)。
(ちなみに、金星の光度は-4.87等で、1等星の約170倍の明るさ)

今は、田舎の観光地に行っても、街の灯に邪魔されて、天の川、見えないよ〜。

--

ジョン・ケージは嫌いだった。プリペアド・ピアノが、私は嫌いだった。ピアノの内部奏法やプリペアド・ピアノは一部効果として使うのは面白いと思うが、
全曲がそればっかりというのは、嫌いだった。

ジョン・ケージの『南のエチュード』(1974年)は、上記、HMV.co.jp の商品説明にあるとおり、普通のピアノ曲である。私は、この作品が気に入った。全4巻、32曲の練習曲集だ。ザビーネ・リープナーの演奏で、全曲約4時間20分。

--

私が、阿蘇で見た星々と、グレーテ・スルタン(Grete Sultan)が演奏する『南のエチュード』は似ている。


Star_chart
全点恒星図 誠文堂新光社 1968年

(続く)

その他のカテゴリー

100万アクセスを超える | 21世紀の資本 | Apple Music | disc of the year | index | おすすめブログへのリンク | その他の作曲家 | アイヴズ, チャールズ | アナログ・レコード購入記 | ウォルフ(または、ウルフ), クリスチャン | ウストヴォーリスカヤ, ガリーナ | エッセー、戯言(たわごと) | エトヴェシュ | エルガー, エドワード | オーディオ | カーター, エリオット | ガーシュイン | ガーランド, ピーター | クセナキス, ヤニス | クルターグ | クーシスト, ヤーッコ | クープラン | グバイドゥーリナ | グラス, フィリップ | グラズノフ | グリゼー, ジェラール | グリーグ | グールド, グレン | ケージ, ジョン | ゲーム | コダーイ, ゾルターン | コリリアーノ, ジョン | コルンゴルト | コンスタンティネスク, パウル | サロネン, エサ=ペッカ | シェルシ, ジャチント | シェーンベルク | シベリウス | シマノフスキ, カロル | シャリーノ, サルヴァトーレ | シュトックハウゼン | シュトラウス, リヒャルト | シュニトケ | シュヴィッタース, クルト | シューベルト | シューマン, クラーラ | シューマン, ローベルト | ショスタコーヴィチ | ショパン | ジャズ | ジャレル, ミカエル | ジョドロフスキ, ピエール | スキャンダル | スクリャービン | ステーンハンマル, ヴィルヘルム | ストラヴィンスキー | スポーツ | ゾーン, ジョン | タヴナー, ジョン | チャイコフスキー | チン, ウンスク(陳銀淑) | デュティユー | トーマス, オーガスタ・リード | ドビュッシー | ニールセン | ハイドン, フランツ・ヨーゼフ | ハチャトリアン | ハルトマン, カール・アマデウス | バッハ, カール・フィリップ・エマヌエル | バッハ, ヨーハン・ゼバスティアン | バルトーク | バーバー | パソコン・インターネット | ヒグドン | ヒンデミット | フェルドマン, モートン | フランク, セザール | フランチェスコーニ, ルカ | ブクステフーデ | ブラームス | ブリテン | ブルックナー | プロコフィエフ | ヘンデル | ベッファ, カロル | ベリオ, ルチアーノ | ベルク | ベンジャミン, ジョージ | ベートーヴェン | ペンデレツキ | マヌリ, フィリップ | マルタン, フランク | マンケル, ヘニング | マントヴァーニ, ブルーノ | マーラー | ミュライユ, トリスタン | ミュレンバッハ, アレクサンダー | ムソルグスキー | メシアン | メトネル | メンデルスゾーン | モンテヴェルディ | モーツァルト | ヤナーチェク | ユン, イサン(尹伊桑) | ライヒ, スティーヴ | ラフマニノフ | ラモー | ラヴェル | リゲティ, ジェルジュ | リスト | リーム, ヴォルフガング | ロスラヴェッツ, ニコライ | ロック、ポップス | ワーグナー | 上山和樹 | 介護 | 伊福部昭 | 住まい・インテリア | 住宅瑕疵担保履行法 | 原子力発電 | 岡林信康 | 心と体 | 教育 | 文化・芸術 | 新垣隆 | 日本の農業と漁業 | 日記・コラム・つぶやき | 映画・テレビ | 書籍・雑誌 | 東日本大震災(2009/12/27に発生した私の家の火災による被災体験の教訓から) | 東日本大震災(2009/12/27に発生した私の家の火災による被災体験の教訓から)というカテゴリーについて | 災害 | 犯罪 | 環境 | 相対性理論 | 社会 | 科学 | 経済・政治・国際 | 衝撃的な報告をしなければなりません(新たに買いたい CD など) | 衝撃的な報告をしなければなりません(買い戻したい CD など) | 被災(2009/12/27 私と私の家族が火災で焼けだされてしまいました) | 親知らず | 訃報 | 近況報告 | 防災 | 電磁気学 | 音楽

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

カテゴリー

無料ブログはココログ