2011年10月 9日 (日)

ミカエル・ジャレル作曲「Music for a While」ほか

Music_for_a_while

Michael Jarrell:
1. Music for a While (1995) pour ensemble instrumental 17:28
2. Formes-Fragments llb (1999) pour quatre voix, ensemble instrumental et électronique 12:43
3. ...car le pensé et l'être sont une même chose (2002) pour six voix solistes 12:12
4. Essaims-Cribles (1986 - 88) Ballet de chambre pour clarinette basse et ensemble instrumental 18:06
Ensemble Klangforum Wien
Neue Vocalsolisten Stuttgart
Ernesto Molinari, clarinette basse
Emilio Pomárico, direction
Enregistrement: 2004
AEON

このアルバムは、作品はどれも良いのだが、残念ながら指揮とアンサンブルが作品に負けている。
「Formes-Fragments llb」は、レオナルド・ダ・ヴィンチの断片による。多分フランス語で歌われている。
「...car le pensé et l'être sont une même chose」は、古代ギリシアの哲学者パルメニデスによる。こっちは多分古代ギリシャ語で歌われている。


2011年8月16日 (火)

スザンナ・マルッキ指揮 ミカエル・ジャレル作曲『カッサンドル』(3)

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==

Cassandre

Michael Jarrell (*1958 )
Cassandre (1994)
a spoken opera for ensemble and actress

1. Apollon te crache dans la bouche... [5' 02]
2. Hécube, ma mère... [3' 24]
3. Le cyprès... [3' 39]
4. Vers le soir... [2' 06]
5. Quand je remonte... [3' 04]
6. Premier interlude instrumental [2' 26]
7. Polyxène, ma soeur [3' 00]
8. C'était la veille du départ... [6' 27]
9. Remarquez bien... [1' 35]
10. Deuxième interlude instrumental [1' 40]
11. C'était une journée pareille... [2' 34]
12. Je vis mon frère Hector... [3' 55]
13. Enée vint à la nouvelle lune... [2' 09]
14. Depuis qu'en ce lieu... [5' 18]
15. L'effondrement vint vite... [2' 49]
16. Oui. Ce fut ainsi... [4' 16]
TT: 53' 26

Astrid Bas, actress
Susanna Mälkki, conductor
Ensemble intercontemporain / IRCAM
Recorded: 2008
KAIROS

ミカエル・ジャレル:『カッサンドル』(1994)〜アンサンブルと女優のための朗読オペラ
アストリッド・バス(朗読)
アンサンブル・アンテルコンタンポラン
スザンナ・マルッキ(指揮)
録音:2008年

【原作】

Kassandra

カッサンドラ (クリスタ・ヴォルフ選集) 中込啓子訳 恒文社

【対訳】
ミカエル・ジャレル作曲 アンサンブルと女優のための朗読オペラ『カッサンドル』(1994) 対訳

--

スザンナ・マルッキ指揮 ミカエル・ジャレル:『カッサンドル』のブックレットに、フィリップ・アルベラ(Philippe Albèra)という人の解説がある。それによると、ミカエル・ジャレルは、この作品を、最初はホメーロスの「イーリアス」とクリスタ・ヴォルフの「カッサンドラ」を基にしたオペラとして書こうとしたらしい。しかし、その創作の過程で、湾岸戦争、ユーゴスラビア紛争が起こり、このオペラをそれらの戦争と結びつけずにはいられなくなった。そして、クリスタ・ヴォルフの「カッサンドラ」にますます深く魅せられ、ジャレルは、カッサンドラの「言葉」が「歌われること」に疑問を持つようになった。

このオペラが、「語られる」のは良いと思う。しかも、フランス語であるのは良いと思う。なぜなら、このオペラが、原作の言語であるドイツ語で語られたら、その残酷な場面(アキレウスの残虐行為、その報い)から「ニーベルンゲンの歌」を類推しただろう。しかし、このオペラにワーグナー的ミュトロギー(神話学)を見ることは、このオペラを理解できなくする。このオペラのミュトロギーとワーグナーのそれとは違う。やはり、このオペラはフランス語があっている。ただし、このオペラにはドイツ語版、英語版もあるようだ。

ブックレットにあるミカエル・ジャレル:『カッサンドル』のフルスコアの一部(画像1、画像2 <--- クリックすると見ることができます)を見ると、まるで歌われるオペラのように、特定の拍に特定の単語(Traître, un espion, ennemi, D'un)が指定してある。

この作品は、言葉と音楽が密接に結びついている(上記参照)。それを、実現したアストリッド・バス(朗読)とスザンナ・マルッキ(指揮)は素晴らしい。たとえば、トラック12で、トロイロスがアキレウスに殺される場面は、早口で語られるが、そこでは、語りと音楽を同期させるのが難しかっただろう。このように言葉と音楽を緻密に同期することを指示したスコアを絶妙に朗読しているアストリッド・バスはスコアを読める人ではないかと思う。彼女とスザンナ・マルッキの共同作業は素晴らしい。

もし可能なら、この作品を日本語でやって欲しい。また、英語や(上で私は否定したが)ドイツ語でもやって欲しいと思う。この作品は歌われるオペラと違って、多国語で演奏されるのが比較的容易だと思うのだが、どうだろうか。

【トラック9】
Alors mes bras partirent vers le ciel. Je ne sais pas: l'ai-je crié ou l'ai-je seulement chuchoté? Nous sommes perdus. Malheur, nous sommes perdus.
そのとき、私は両腕をぐっと高く上げて叫んだ。いや、大声で叫んだのか、ただ、ささやいたのかは憶えがない。私は言った「私たちはもうだめだ。私たちはもうだめだ」

ここで「私たちはもうだめだ。私たちはもうだめだ(Nous sommes perdus. Malheur, nous sommes perdus)」を、アストリッド・バスは叫んでいない。それは、ジャレルのスコアに指示された表現を、忠実に表現しただけなのかも知れないが、その解釈はうまいと思う。トラック9の終わりは迫力ある。その後に、効果的な「第2間奏曲」が演奏されるが、それも迫力ある演奏である。

【トラック15】
フィリップ・アルベラの解説によると、この作品には、モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」のニ短調が使用されてあるとあるが、それはおそらく、トラック15の「トロイの木馬」の描写の部分だろう。

2011年8月14日 (日)

スザンナ・マルッキ指揮 ミカエル・ジャレル作曲『カッサンドル』(2)

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Cassandre

Michael Jarrell (*1958 )
Cassandre (1994)
a spoken opera for ensemble and actress

1. Apollon te crache dans la bouche... [5' 02]
2. Hécube, ma mère... [3' 24]
3. Le cyprès... [3' 39]
4. Vers le soir... [2' 06]
5. Quand je remonte... [3' 04]
6. Premier interlude instrumental [2' 26]
7. Polyxène, ma soeur [3' 00]
8. C'était la veille du départ... [6' 27]
9. Remarquez bien... [1' 35]
10. Deuxième interlude instrumental [1' 40]
11. C'était une journée pareille... [2' 34]
12. Je vis mon frère Hector... [3' 55]
13. Enée vint à la nouvelle lune... [2' 09]
14. Depuis qu'en ce lieu... [5' 18]
15. L'effondrement vint vite... [2' 49]
16. Oui. Ce fut ainsi... [4' 16]
TT: 53' 26

Astrid Bas, actress
Susanna Mälkki, conductor
Ensemble intercontemporain / IRCAM
Recorded: 2008
KAIROS

ミカエル・ジャレル:『カッサンドル』(1994)〜アンサンブルと女優のための朗読オペラ
アストリッド・バス(朗読)
アンサンブル・アンテルコンタンポラン
スザンナ・マルッキ(指揮)
録音:2008年

【原作】

Kassandra

カッサンドラ (クリスタ・ヴォルフ選集) 中込啓子訳 恒文社

【対訳】
ミカエル・ジャレル作曲 アンサンブルと女優のための朗読オペラ『カッサンドル』(1994) 対訳

--

(小説「カッサンドラ」の発想が興味深いのは)男が物語る戦争物語、すなわち「英雄歌謡」ではなく、「かぼそい傍流」である女の戦争物語を示唆したことだ。男は、戦争において勝ちいくさしか語らない。何故なら、敗けた国の男は死んでしまっているから。一方、敗けいくさを語るのは敗けた国の女たちでしかない。三枝和子さんの解説 『カッサンドラ』 --- 語り直された神話 カッサンドラ (クリスタ・ヴォルフ選集) 中込啓子訳 恒文社 248ページより

クリスタ・ヴォルフの小説「カッサンドラ」は、女性の視線から見たトロイア戦争である。

この小説の分量は、ドイツ語の原書(Kassandra Suhrkamp Verlag)で、179 ページ(ペーパーバック)であり、小説としての長さは中編小説である。この小説が面白くなるのは、カッサンドラが精神錯乱を起こし、自室に閉じ込められる場面からである(逆から言えば、この小説は、その場面の前までは、はっきり言って退屈する)。パリスが、ヘレネーの夫、スパルタのメネラオスを前に、ヘレネーをスパルタから奪うことを宣言したあと、カッサンドラは、身の毛もよだつ叫び声を上げ、精神錯乱の発作を起こす。

C'est alors qu'un voile s'abattit sur ma pensée. L'abîme s'ouvrit. Ténèbres. Je m'y engouffrai. Paraît-il que j'éructais d'une manière effrayante, que l'écume jaillissait de ma bouche. Sur un signe de ma mère les gardes m'ont saisie aux aisselles et m'ont traînée hors de la salle. On m'a enfermée dans ma chambre.

それから、私の思考に帳が降りた。深淵が口を開けた。暗闇。私は落ちた。私の口は泡を吹いていたという。母の合図で、警護の者たちが、私の脇をつかみ、大広間から外に引っぱり出した。私は自分の部屋に閉じ込められたそうだ。

その場面は、原書では(179 ページ中)79ページにある。上記、マルッキ指揮による CD 盤では、その場面は、(16トラック中)第8トラックの3分10秒にて聞かれる。原書79ページは、小説のほぼ半ばにさしかかる場所である。上記 CD 盤にて、当該箇所が聞かれるのは、全曲のほぼ折返し地点である。

その場面で、カッサンドラは、パリスのヘレネー誘惑・誘拐がトロイアに苦難をもたらすことを、トロイヤ人に知らしめる。カッサンドラの叫び:

Malheur, criait-elle. Malheur. Ne laissez pas partir le vaisseau!
「ああ、何という事だ」私の声は叫ぶ「ああ、何という事だ。決して船を出してはなりません!」

は、トロイアの王家とその家臣たちにとって事件であった。カッサンドラのトロイヤ戦争への関与が始まる。

ここに私は、戦争が、男社会形成・男社会の価値尺度のつくられていくプロセスであるのを見るのと同時に、女の抵抗が --- つまり、カッサンドラの抵抗が、戦争への抵抗であることを見る。それをヴォルフは描いた:

ギリシャ神話は、このトロイア戦争を物語ったホメーロスの『イーリアス』と『オデュッセイアー』のなかに、はじめて文学として登場する。ここでは、戦争の物語が直ちに男社会形成の物語として、男社会の価値尺度のつくられていくプロセスを私たちに明らかにする。ヴォルフはまさにこの場所に立って、ホメーロスではない、女のトロイア戦争を書こうとした。そのことによって、男社会成立の原点に立って、女の言葉で語ろうとした。女ホメーロスの出現である。三枝和子さんの解説 『カッサンドラ』 --- 語り直された神話 カッサンドラ (クリスタ・ヴォルフ選集) 中込啓子訳 恒文社 247ページより

しかし、私はまた、カッサンドラが本当の戦争のプロセスを知ることはなかったことをも、ヴォルフは書いたと思う。戦争のプロセスは、カッサンドラの内部にも(彼女は自尊心によってプリアモスやパリスに抵抗した)、外部にもあった(ポリュクセネの破滅を阻止できなかった)。彼女は、戦争にどう関わっていけばいいのか、分らなかった。
彼女は予言することはできた。

しかし、

mon ròle c'était de dire non.
「いやだ」と言うことが私の定めだった

彼女は予言者であったが、自分がいかに行動すべきかは知り得なかった。

征服された一族の女奴隷たちには、相も変わらず勝利者側の繁殖力を増進していかざるを得ないでないか。わたしはそれを知らなかったのか?(中略)すべてのトロイアの女性たちを(中略)われわれ一門の死に巻き込む以外に何もできなかったというのは、王家の娘(カッサンドラ)の思い上がりなのだろうか?(「カッサンドラ」本文 28ページ 中込啓子訳より)

戦争の勝利者は、敗戦国の女を得ることによって、さらに繁殖力を増す。カッサンドラは、自分はそれを知らなかったのか、と自問する。そのような問いを繰り返しながら、カッサンドラは、「戦争」と「国家の滅亡」の隠れた理由と真実を学習する。それらは、21世紀を生きる私たちにとっての指針かも知れない。

ちなみに、ドイツ語版ウィキペディアでは、登場人物と旧東ドイツとを下記のように関係づけている

Eumelos → Sicherheitsdienst / Staatssicherheit (Stasi) 東ドイツ (ドイツ民主共和国)の秘密警察・諜報機関である国家保安省
Priamos → Staatsapparat 国家機関
Hekabe → Partei (SED) ドイツ社会主義統一党
Marpessa → arbeitende Masse 労働者階級である一般大衆
Arisbe → Frauenbewegung 女性運動

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2011年8月12日 (金)

スザンナ・マルッキ指揮 ミカエル・ジャレル作曲『カッサンドル』(1)

Cassandre

Michael Jarrell (*1958 )
Cassandre (1994)
a spoken opera for ensemble and actress

1. Apollon te crache dans la bouche... [5' 02]
2. Hécube, ma mère... {3' 24]
3. Le cyprès... [3' 39]
4. Vers le soir... [2' 06]
5. Quand je remonte... [3' 04]
6. Premier interlude instrumental {2' 26]
7. Polyxène, ma soeur [3' 00]
8. C'était la veille du départ... [6' 27]
9. Remarquez bien... [1' 35]
10. Deuxième interlude instrumental [1' 40]
11. C'était une journée pareille... [2' 34]
12. Je vis mon frère Hector... [3' 55]
13. Enée vint à la nouvelle lune... [2' 09]
14. Depuis qu'en ce lieu... [5' 18]
15. L'effondrement vint vite... [2' 49]
16. Oui. Ce fut ainsi... [4' 16]
TT: 53' 26

Astrid Bas, actress
Susanna Mälkki, conductor
Ensemble intercontemporain / IRCAM
Recorded: 2008
KAIROS

ミカエル・ジャレル:『カッサンドル』 (1994)〜アンサンブルと女優のための朗読オペラ
アストリッド・バス(朗読)
アンサンブル・アンテルコンタンポラン
スザンナ・マルッキ(指揮)
録音:2008年

【原作】

Kassandra

カッサンドラ (クリスタ・ヴォルフ選集) 中込啓子訳 恒文社

【HMV.co.jp へのリンク】
ミカエル・ジャレル (1958 - ):『カッサンドル』マルッキ&アンサンブル・アンテルコンタンポラン

【対訳】
ミカエル・ジャレル作曲 アンサンブルと女優のための朗読オペラ『カッサンドル』(1994) 対訳

これは、今年購入した CD の中で、一番気に入った。このレーベルの音盤は、どれも録音が良い。アストリッド・バス(朗読)、スザンナ・マルッキ(指揮)がうまい。それから、この作品は原作(クリスタ・ヴォルフ作、小説「カッサンドラ」Christa Wolf Kassandra, 1983)が良い。

カッサンドラは、トロイアの王女である(ウィキペディア参照のこと、カッサンドラー、カサンドラ)。彼女は、アポロンから予言の能力を授けられるが、彼女がアポロンの愛を拒んだので、その予言は誰にも信じられないという条件が付けられた。したがって、彼女は、トロイアが滅亡する過程において、不吉な前兆をすべて正しく予言するが、誰にも信じられなかった。

カッサンドラ (クリスタ・ヴォルフ選集) 恒文社版の訳者、中込啓子さんの解説:

本書クリスタ・ヴォルフの『カッサンドラ』では、カッサンドラは、ギリシャ人に滅ぼされた直後に、トロイアから、ギリシャ方の総大将アガメムノンの捕虜になって、船旅をへてギリシャ本土のアガメムノンの国ミュケナイに連れてこられる。カッサンドラは、物語の始めから終わりまで、ミュケナイの獅子門前にとまっている馬車の中にいる。予見する能力のあるカッサンドラには、アガメムノンが獅子門をくぐり、緋色の絨毯を敷きつめた道を歩いていったあとに、宮殿の中で殺害されるとわかっている。そして、あと数時間で自分自身もアガメムノンの館で殺されるとわかっている。(「カッサンドラ」中込啓子訳 230ページより)

この小説は、ミュケナイの獅子門前で自分の死を待つカッサンドラによって数時間に語られた回想・述懐からなる。英語版ウィキペディアには、カッサンドラの語りは「意識の流れ(stream-of-consciousness)」で語られると書いてあるが、この小説は、同じ古代ギリシャの叙事詩を題材にしたジェイムズ・ジョイスの「ユリシーズ」に比べると、難解ではないと私は思った。ただ、この小説において難しいのは文体である。平たく言えば、この小説では「直接話法」と「間接話法」が明確ではない。

1. 彼女は「私は彼を愛している」と言った(直接話法)
2. 彼女は、彼女は私を愛していると言った(間接話法)

1 と 2 が同じであるとする。もし、1 の引用府(カッコ)を消すと

彼女は私は彼を愛していると言った

となり、意味が正確に通じなくなる。

この小説「カッサンドラ」では、直接話法の引用府がない。また「誰が言ったのか」が省略されている箇所が多い。

【具体例】
Die Königin, sagte der Vater mir in einer unserer vertrauten Stunden, Hekabe herrscht nur über solche, die beherrschbar sind. Sie liebt die Unbeherschbaren. - Mit einem Schlag sah ich den Vater in anderem Licht. Hekabe liebte ihn doch? Zwifellos. Also war er unbeherrscht?

「王妃はね」と、父は(私と二人だけで)互いにくつろいでいたときに「ヘカベーは意のままにできる者だけを支配する。ヘカベーは、意のままにならない者たちを愛す」と言った。たちまち、私は父の別の側面を見た。ヘカベーは父を愛していたのか? それは疑いない。ならば、父は意のままにならない人だったのか?

この小説においては、登場人物の発言に対して、カッサンドラの自問自答や疑問が次々に飛び出す。(そもそも、「ヘカベーは意のままにできる者だけを支配する。ヘカベーは、意のままにならない者たちを愛す」という言葉が突飛であるが)「たちまち、私は父の別の側面を見た」という彼女の思いは、発言者、プリアモスの言葉に対する彼女の分析であり、「ヘカベーは父を愛していたのか? それは疑いない」は、彼女の自問自答であり、「父は意のままにならない人だったのか?」は、父親の発言に投げかけらる疑問である。

この文章を別の文章で書けば、

「王妃はね」と、父は(私と二人だけで)互いにくつろいでいたときに「ヘカベーは意のままにできる者だけを支配する。ヘカベーは、意のままにならない者たちを愛す」と言った。それは私にとって意外な言葉であった。だから父の言葉に、私は父の別の側面を見る思いがした。私が知る限り、ヘカベーが父を愛していたのは、疑いない。そうであれば、父は意のままにならない人だったということになる

つまり・・・カッサンドラの母ヘカベーは、確実に支配できる者だけを支配した。彼女は自分の支配欲をコントロールし満たしていた。そんなヘカベーから、父プリアモスは決して支配されることなく、しかも、愛されていた。プリアモスは、愛されてはいたが、決してヘカベーに支配されていなかった・・・愛と支配、その二つをあえて結びつけて強調し、自分のヘカベーに対する優位性をほのめかすプリアモス。そんなプリアモスに、カッサンドラは彼の別の側面を、ある日突然見た・・・

カッサンドラは、こう言いたかったのではないかと、読者は推測し補足しながら読まなければならない。実は、この小説を読み進めていくと、上記のプリアモスの発言は真実であることが見えてくる。しかし、読者は、それが見えてくるまでは、カッサンドラの語りは真実とずれがあるのではないかという留保を強いられると思う。この小説におけるあやふやな話法は、文体の問題にとどまらないと私は思う

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