2015年9月 6日 (日)

【APPLE MUSIC/さらに連発】エマニュエル・アイムの「メサイア」も聴けますね

Emmanuelle_haim
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【APPLE MUSIC 検索のためのキーワード】 エマニュエル・アイム, Emmanuelle Haïm, Emmanuelle Haim

【参考】エマニュエル・アイムの「メサイア」
http://koshiro-m.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-a2b0.html


2014年11月26日 (水)

エマニュエル・アイムの「メサイア」

Haim

ヘンデル:オラトリオ『メサイア』 HWV.56

ルーシー・クロウ(ソプラノ)
ティム・ミード(カウンターテナー)
アンドルー・ステイプルズ(テノール)
クリストファー・パーヴス(バリトン)
ル・コンセール・ダストレ(合唱、オーケストラ)
エマニュエル・アイム(指揮)

Handel: Messiah
Edition by John Tobin, Bärenreiter 1966, 1972

Lucy Crowe (soprano)
Andrew Staples (tenor)
Tim Mead (counter-tenor)
Christopher Purves (baritone)
Le Concert d’Astrée Chœur et Orchestre
Chorus master David Bates
Choral consultant David Clegg
Emmanuelle Haïm
2013年録音(おそらくセッション録音)

私の評価:辛いですが、星3.5

【私事】

私は、自宅の火事の前、下記13種類の「メサイア」を持っていた。が、すべて消失。火事の後、買い戻したのは、ヤーコプス盤とコリン・デイヴィス盤のみ。

メサイア(1972年録音),クレンペラー,フィルハーモニア管弦楽団
メサイア(1972年),リヒター,Lpo
メサイア(ドイツ語版、1974年),チャールズ・マッケラス,オーストリア放送交響楽団&合唱団
メサイア(1979年),ホグウッド,エンシェント室内
メサイア(1982年),ガーディナー,EBS
メサイア(1985年),ショルティ,Cso
メサイア(1988年),ピノック,イングリッシュ・コンサート
メサイア(1996年),マクリーシュ,ガブリエリ・コンソート&プレイヤーズ
メサイア(2004年),アーノンクール,CMW
メサイア(2006年),ヤーコプス,フライブルク・バロック
メサイア(2006年),コリン・デイヴィス,Lso
メサイア(2007年),Harry Christophers,The Sixteen
メサイア(2008年),Stephen Layton,Polyphony,Britten Sinfonia

現在、私は、メサイア/ヤーコプス盤およびコリン・デイヴィス盤のみを持っている訳だが、前者ヤーコプス盤を再取得した理由は特にない(というか、ヤーコプス盤を再取得した理由:覚えていない)。後者コリン・デイヴィス盤を再取得した理由は、ソレが SACD 盤であること、と、コノ盤が比較的ゆったり演奏されている割には、退屈させないこと・・・だ。

ヘンデルの「メサイア」は名曲だが、《退屈する演奏》が少なくない。特に、第2部は退屈する。

【閑話休題:それはさておき】

福岡女学院という高校が主催して、年末恒例「クリスマスコンサート/メサイア」をやっている。主催者は高校だが、演奏するのは高校生ではなく、福岡のプロアマ演奏家たち(?)、シニアが多い(?)、ソノ高校の生徒さんは合唱団の一部としてのみ出場する。ソレを、私は2〜3回、聴きに行ったことがある(←アマチュアの演奏であるが上手い)。←さて、福岡女学院主催「メサイア」は「抜粋版」である・・・ただし、「抜粋版」とは言っても、省略される部分は比較的少ない。彼らの「メサイア」は「ハイライト版」ではなく、オラトリオ「メサイア」の体裁をなしている。しかし、その際、やっぱり第2部の省略が多い。

【メサイア/デイヴィス盤(Handel: Messiah)について】

コリン・デイヴィスの第2部は、アイム盤よりテンポが遅く、ゆったり演奏されているのに、退屈しない。デイヴィス盤の演奏は、メサイア第2部「受難」において、←チャールズ・ジェネンズ Charles Jennens が書いた(選んだ)やや複雑な文脈からなる台本において、《語り口が上手い》、または、《きめが細かい》(←たとえば、テノール独唱「あなたがたの非難が彼の心を砕いた Thy rebuke hath broken His heart」から「しかしあなたは彼の心を地獄に置き去りにせず But Thou didst not leave His soul in hell」まで)←第2部「受難」の神学的意味をリスナーに《追いかけさせる》。また、順番は前後するが、第2部合唱「そして、彼が打たれた傷によって私たちは癒された。And with His stripes we are healed.」を、デイヴィスはアカペラで歌わせている。←そのような工夫が、リスナーに、キリスト受難の意味を考えさせる・・・すなわち、コリン・デイヴィスは「メサイア第2部」を「受難曲」となしたと思う。

【メサイア/エマニュエル・アイム盤について】

古楽器演奏(Historically informed performance)である。
合唱、20名。オケ、26名。
独唱合唱共に、アルトは男声。

本盤、メサイア/エマニュエル・アイム Emmanuelle Haïm 盤も第2部は退屈する。

全体的に、テンポが速い。

・独唱/合唱について

独唱合唱共に、華やか、祝祭的、テクスチュアが繊細。←デュナーミク、アーティキュレーションが、微妙に凝っていて、良い意味で若干癖がある。
独唱合唱共に、「メリスマ」あるいは「装飾的歌い方」が効いているのが心地よい。
第1部合唱「我々にひとりの子供が生まれた。For unto us a Child is born」のソプラノのメリスマが心地よい。←そして、ソノ合唱、および、オケの演奏は祝祭的。【追加】ワーグナーのマイスタージンガーのように聞こえる。
第1部ソプラノ独唱「大いに喜べ、シオンの娘よ! Rejoice greatly, O daughter of Zion!」におけるルーシー・クロウ(ソプラノ)の声が若々しく美しい。←これも、メリスマ(あるいはヴィブラート)が効いている。第3部冒頭ソプラノ独唱の「私を贖う方は生きておられることを私は知る。I know that my Redeemer liveth」の歌唱も同様に見事。とにかく、私は、ルーシー・クロウ Lucy Crowe (* 1978 oder 1979 in Staffordshire)(ソプラノ)と、ル・コンセール・ダストレ合唱団の女声(ソプラノ)が気に入った。

【エマニュエル・アイムが2000年に創設した「ル・コンセール・ダストレ合唱団および合奏団」】

「ル・コンセール・ダストレ合奏団」は健闘しているし、ピュアであるが、《悪い意味で》新しいと思う。←モダン楽器の豊かな表現力、たとえばコリン・デイヴィスのロンドン・シンフォニーの表現力に負けると思う。
「ル・コンセール・ダストレ合唱団」は上手いと思う。(HMV.co.jp 参照)

==

【蛇足1】

歌詞について。間違いやすい箇所、あるいは分かりにくい箇所:

Unto which of the angels said He at any time,
Thou art my Son, this day have I begotten Thee?
(Hebrews 1:5)

Let all the angels of god worship Him.
(Hebrews 1:6)

御子は天使にまさる
いったい神は、かつて天使のだれに、/「あなたはわたしの子、/わたしは今日、あなたを産んだ」と言われたでしょうか(いや、言われなかった)。
(ヘブライ人への手紙 1:5)

(更にまた、神はその長子をこの世界に送るとき、)/「神の天使たちは皆、彼を礼拝せよ」(と言われた。)
(ヘブライ人への手紙 1:6)

文字通り、主イエス・キリストは天使にまさるということ。

--

Thou art gone up on high,
Thou hast led captivity captive,
and received gifts for men;
yea, even for Thine enemies,
that the Lord God might dwell among them.
(Psalm 68:19)

(主よ、神よ)/あなたは高い天に上り、人々をとりことし/人々を貢ぎ物として取り、背く者も取られる。彼らはそこ(シナイの神の聖所)に住み着かせられる。
(詩編 68:19)

主語は「主」「神」です。

--

Why do the nations so furiously rage together?
and why do the people imagine a vain thing?
The kings of the earth rise up,
and the rulers take counsel together
against the Lord and against His anointed.
(Psalm 2:1〜2)

Let us break their bonds asunder,
and cast away their yokes from us.
(Psalm 2:3)

なにゆえ、国々は騒ぎ立ち/人々はむなしく声をあげるのか。
なにゆえ、地上の王は構え、支配者は結束して/主に逆らい、主の油注がれた方に逆らうのか
(詩編 2:1〜2)

「我らは、枷をはずし/縄を切って投げ捨てよう」と(言って彼らは逆らう)。
(詩編 2:3)

これらは、メシアに逆らう者たちの、ネガティヴな文。

--

The Kingdom of this world is become
The Kingdom of our Lord and of His Christ;
(Revelation 11:15)

この世の国は、我らの主と、/そのメシアのものとなった。
(ヨハネの黙示録 11:15)

↑これは、分かりにくくないね(汗;;

==

【蛇足2】

「メサイア」を生演奏で聴いた経験から
「メサイア」の生演奏では、合唱団が起立したり着席したりするので、CD で聴くのと違って、演奏に「間」があります。

==

【追加 2014−11−29】

・合唱指揮について 

コノ演奏「メサイア」には合唱指揮者はいないのか、と、気になって、リーフレットを見てみたら、

> Chorus master David Bates
> Choral consultant David Clegg

とある。私は、レビューに、

「(独唱合唱共に)テクスチュアが繊細。←デュナーミク、アーティキュレーションが、微妙に凝っていて、良い意味で若干癖がある。」

と書いたが、ソレは、上記2名による「歌唱指導」に負うところがあるだろう。

2010年4月21日 (水)

ウゴルスカヤのヘンデル

Ugorskaja

George Frideric Handel
Suites for piano (1720, Vol. 1)
Suite No. 2 in F major HWV 427
Suite No. 6 in F sharp minor HWV 431
Suite No. 3 in D minor HWV 448
Suite No. 4 in E minor HWV 429
Suite No. 5 in E major HWV 430
Dina Ugorskaja, piano
Recording: VII 2009
Bayerischer Rundfunk / Avi - Service for music

技巧にはまったく不満はないが、この人の演奏は「色気がない」というか「華がない」というか、冷たい感じがする。ただ、こういうモダンピアノの演奏は、iMac で聴いても、面白い演奏なのか否かが、わかならい。実に、もどかしい思いに悩まされる。

http://www.dina-ugorskaja.de

【追記】
上記 URL で、ウゴルスカヤの「ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第32番 ハ短調」の動画を見られる。それを見て我思うに、ウゴルスカヤの「第32番」より、シモーネ・ディナーシュタインの演奏のほうが「面白い」「アプローチがユニーク」「新しい演奏」ではないかと推測した。

2009年12月14日 (月)

コロリオフのヘンデル


Koroliov


Händel
Piano Suites
D minor HWV 437
D minor HWV 428
G minor HWV 432
G major HWV 441
Evgeni Koroliov, piano
Kammermusikstudio Stuttgart 22. - 26. 1. 2007
Profil / Edition Günter Hänssler

HWV 441 は、Allemande - Allegro - Corante - Aria. Presto - Menuetto - Gvaotta - Double - Gigue だが、単一主題による変奏曲のように聞こえる。このアルバムにおいて、コロリオフは、ヴァリエーション、パッサカリアを含む大曲ばかり選曲しているようだ。「形式にのっとりながらも熱い演奏をする」それがコロリオフの魅力の一つだと思うが、それをこのアルバムにも聞くことができると思う。

彼の演奏は、シルマーのより作品の性格を良く伝える。HWV 428 の Allegro におけるフーガは、バスの声に、ハッとさせられる。その次の Allemande は叙情を強調した演奏であり美しい(私は、バッハにおいてもコロリオフの弾く Allemande が好きだ)。第5曲は、Air だが、これが、装飾音が細やかで『アランフェス協奏曲』の第2楽章(だったっけ)に感じが似ている(その後、ヴァリエーションが5つ続く)。細やかな表現において、コロリオフの演奏のほうがシルマーに勝ると思う。シルマーのほうが剛胆ということか。

2009年11月30日 (月)

ラグナ・シルマーのヘンデル


Handel


Händel
Die Klaviersuiten
Ragna Schirmer, piano
Recording: August / September 2008, Freylinghausensaal der Franckeschen Stiftung, Halle / Saale - Steinway D
Berlin Classics

CD 1 HWV 434, 436, 441, 428, 435
CD 2 HWV 427, 437, 439, 438, 430, 433
CD 3 HWV 426, 431, 429, 440, 432

録音は、ヘンデルの出身地ザーレ河畔ハレにあるフランケッシュ財団所有のフライリングハウゼンザールにて。その模様は、Amazon.de で見ることができる。

このアルバムは、私にとって、よだれが出るような御馳走だ。曲の順番が、番号順ではないのは、おそらく、曲の性格を考慮し、流れを配慮したからだと思う(その点は、リーフレットには書いてない)。CD 1 は、激しい曲を集めていると思う。CD 2 は、比較的静かな曲が多い。CD 3 は、よりチェンバロ的な奏法の HWV 426 に始まり、その後、充実した作品でばっちり締めくくっている。

ハノーファーの南の都市ヒルデスハイム Hildesheim 出身のシルマーの演奏は、熱くて明朗。安定した技巧。彼女のタッチは美しい。妙な感想だが、同じように熱いアルゲリッチのバッハと比較して思うに「シルマーはドイツ的」。だが、彼女の演奏を「きつい。重すぎる」と感じる人もあるだろう。つまり、ヘンデルのクラヴィーア曲が本来チェンバロで演奏されたことを思えば、彼女の演奏は重すぎるかも知れない。

この商品購入後、私は、その CD 3枚を一気に聴き通してしまった。年末になって、こういうピアニストに出会えたのは、私にとって、うれしいクリスマスプレゼントだった。

ヒューイットも、うかうかしていられないぞ。

Handel_schirmer

ジャケット背表紙

2009年11月27日 (金)

スティーヴン・レイトンのメサイア


Layton


Handel
Messiah
Julia Doyle, soprano
Iestyn Davies, countertenor
Allan Clayton, tenor
Andrew Foster - Williams, bass
Polyphony
Britten Sinfonia
Stephen Layton, conductor
Recorded: 2008
hyperion

スティーヴン・レイトンが、ポリフォニーという合唱団(総勢31名)とブリテン・シンフォニアというオケ(総勢25名)を指揮したメサイア(合唱のアルト・パートは男女混合のようです)。このメサイアは、どの版をもとにした演奏か分からないが、テンポ、デュナーミク、アーティキュレーションが独特なのが良い【注1】

合唱はうまい。私は、今回、イギリスの合唱団が歌うメサイアを、2セット購入した(ザ・シックスティーン盤とレイトン盤)。その理由は、イギリスの合唱団のきれいな合唱(モンテヴェルディ合唱団のような)を新しい録音で聴きたかったからであるが、このポリフォニーの合唱は、ザ・シックスティーンの合唱と同様、期待どおりきれいだった。

独唱歌手は、テノールとバスの声が、かすれているように聞こえるが、私の耳の錯覚かな。カウンターテナーはうまい。ソプラノはうまくはないが清楚。

肝心のスティーヴン・レイトンのアプローチであるが、最初はザ・シックスティーン盤と同様、面白さに欠けると思ったが、2回目に聴いてみたら少し面白くなった。なんか、音楽がモーツァルト的に聞こえるのが不思議なので「あれ! この版は特殊な版かな」と思ったが、その点はリーフレットに明記されてないので分からない。

カウンターテナー(イェスティン・デイヴィス Iestyn Davies)と合唱が、第8曲の「アリアと合唱 よきおとずれをシオンに伝える者よ "O thou that tellest good tiding"」をよく歌っているが、その第8曲「アリアと合唱」のあと、第9, 10曲「アカンパニアートとアリア 見よ、暗きは地をおおい "For behold, darkness shall cover the earth"、暗やみの中に歩んでいた民は "The people that walked in darkness"」は、少し「間」を置いて歌われている。私は毎年、クリスマスに近所で開催される女子高校主催の《メサイア》演奏会を聴きに行っている。実演の《メサイア》を聴くと、合唱団が歌う前と歌った後は、合唱団(私が聴きに行く合唱団は総勢約200名)が立ったりすわったりするのに時間がかかるので、その演奏は(メサイアを生で聴くと)CD と違って音楽がつながってはいない(つまり間があく)。したがって、第8曲の合唱が歌われたあと、第9曲のバス・アリアが歌われる際に「間」があるのは別に聞き苦しくない。それはむしろ、音楽の流れというか「劇の流れ」を良くしているかも知れない【注2】。そういう箇所が他にもある。

このメサイアは、肩が凝らない。気楽にクリスマス気分に浸れる演奏だ(もっとも、メサイアは言うまでもなくクリスマスのためのオラトリオではないが)。ただし、第2部をもうちょっと巧くまとめてくれていたら良かったと思う。この第2部は、緊張感ある一方、少しだれる。

私は、ザ・シックスティーン盤より、このレイトン盤のほうが面白かったし好きだ。

【注1】最後の「アーメン」を非常に遅く演奏しているが、こんなに遅いアーメンは初めて聴いたような気がする。

【注2】最初に聴いたときは、バスのアンドルー・フォスター=ウィリアムス(Andrew Foster - Williams)が歌う第9, 10曲は「弱い。だめだ。流れが悪い」と私に思わせた。しかし、2度目に聴くと、そうでもなかった。

2009年11月 5日 (木)

ザ・シックスティーンのメサイア


Sixteen


Handel
Messiah
Carolyn Sampson, soprano
Catherine Wyn-Rogers, alto
Mark Padmore, tenor
Christopher Purves, bass
Harry Christophers, conductor
The Sixteen
Recorded 2007
CORO

もったいぶった一本調子の演奏が面白くない。退屈する。疲れる。流れが悪い。

第6曲のアリア「But who may abide the day of his Coming? 彼が来る日を誰が耐えられようか?(いや、誰も耐えられない)」これは、メサイア(救世主)が来る時、人間は、その恐怖に耐えられないということを歌っている。しかも、メサイアつまりキリストさんは「a refiner's fire 精錬する者の火」まるで、火を吹くゴジラのように悪者たちを焼き殺す怖い人だと歌う。ところが、実際にやって来たキリストさんは、「こわい、こわい」と怖れられていたが、実はやさしい人だったというのがメサイア第1部の「落ち」である。つまり第6曲のアリア「But who may abide the day of his Coming? 彼が来る日を誰が耐えられようか?」は「キリストさんは怖い人かと思っていたらやさしい人だった」ということを強調するためのチャールズ・ジェネンズ(Charles Jennens、メサイアの台本を作った人)とヘンデルの演出だ。その演出は、この第6曲がシチリアーノ風の美しい歌であるがゆえになおさら効果的である(中間部は激しいが)。それを、キャサリン・ウィン=ロジャーズ(Catherine Wyn-Rogers、クリストファーズ指揮メサイアのアルト歌手)は、まるで棒読みで歌っている。

第7曲「And he shall purify」は荘厳な合唱。第8曲「受胎告知」はリズミックな3拍子だ。その後、すぐにキリストさんが生まれるかと思わせておきながら、第9, 10曲は短調で「闇の中の光」がものものしく歌われ、第11曲「For unto us a Child is born」でキリストさんが生まれる。

ハリー・クリストファーズの指揮はその第6 - 11曲が芝居じみていないのが気に食わない。つまりメサイアは少し芝居じみていないと面白くないというのが私の嗜好である。

第13曲、ルカ第2章第8 - 11節のキリスト誕生が天使たちによって羊飼いに伝えられるおめでたい情景へ至るまえに、第12曲「Pifa」が序として演奏されるが、それはオペラの間奏曲だ。オラトリオ《メサイア》は、短調、長調の曲【注】、美しい曲・激しい曲の交替が物語を盛り上げるまさに音楽劇であるはずだが、クリストファーズの指揮は、演劇的表現という視点から見て、私は味気なさを感じる。

The Sixteen の合唱はうまい。ソプラノのキャロライン・サンプソン(Carolyn Sampson)もうまい。彼女は "Rejoice greatly, O daughter of Zion" を非常にうまく歌っている。さもなければ、私は、ザ・シックスティーンの《メサイア》を売っぱらってしまっていただろう。

【注】私は、絶対音感がないからメサイアが、何調を中心に書かれているか分からないが。

2009年11月 3日 (火)

ホグウッドのメサイア


Hogwood


ヘンデル
メサイア(1754年捨子養育院版)
ジュディス・ネルソン(ソプラノ1)
エマ・カークビー(ソプラノ2)
キャロライン・ワトキンソン(アルト)
ポール・エリオット(テノール)
デイヴィッド・トーマス(バス)
オックスフォード・クライスト・チャーチ聖歌隊
エンシェント室内管弦楽団
クリストファー・ホグウッド
1979年録音
ポリグラム株式会社

これは、ボーイソプラノの合唱が良い。

この演奏は、聴きやすいし、楽しめる。昔は、国内盤が、歌詞対訳付で2900円で売っていたのだが、いまは廃盤なのが残念。

これを聴くと、ヘンデルは、合唱のソプラノ・パートに、あまり難しい歌唱を要求していないようだ。"For unto us a Child is born" や ハレルヤコーラスを聴くと、そう思う。

ちなみに、ショルティ盤のオビには以下のような記述がある。


ショルティはヘンデルの生誕300年にあたる1985年に《メサイア》を発表することを決め、録音にとりかかった際、そのエディションの選択に関して非常に慎重な対応をとりました。何と、自分より30歳も年下のホグウッドにアドヴァイスを求めたほどです。結局、トービン版を採用するのですが、出来上がった演奏は意外なほどバロック様式を踏まえたものに仕上がっていました。

ホグウッドの音源は貴重だと思う。ショルティのメサイアは、バロックの専門家の演奏よりバロック音楽の楽しさを感じさせる。私がそう思う理由は、実は、Handel: Messiah Harry Christophers The Sixteenの演奏が面白くなかったからだ。それについてはまた後日書きます。

ヤーコプスのメサイア


Jacobs


Handel
Messiah
1750 version (conducted by the composer)
Kerstin Avemo, soprano
Patricia Bardon, alto
Lawrence Zazzo, contre-ténor
Kobie van Rensburg, ténor
Neal Davies, Bass
The Choir of Clare College
Freiburger Barockorchester
René Jacobs
Recorded 2006
harmonia mundi

これは、メリハリがあってスピーディな演奏が良いのだが、オケは美しくない。合唱はうまい。

クラシック音楽愛好者は、ある演奏の一箇所が気に入れば、その演奏が気に入ったりするが、この演奏は、Kerstin Avemo, soprano のアリア「Rejoice greatly, O daughter of Zion シオンの娘よ 大いに喜べ」が気に入った・・・というか、独唱者は、みんなうまい。それから、カヴァーデザインが良い(Jan Provost, Allégorie du Christ, 1510)

マッケラスのメサイア


Mackerras


Handel
Der Messias
bearbeitet von / arranged by Mozart
Edith Mathis, Sopran
Birgit Finnilä, Alt
Peter Schreier, Tenor
Theo Adam, Bass
Chor des Österreichischen Rundfunks (ORF) Wien
Symphonieorchester des Österreichischen Rundfunks (ORF)
Sir Charles Mackerras
Recorded 1974
ARCHIV

もう一つの私のお気に入りは、マッケラス指揮 モーツァルト編曲版。

録音は古いが、これも面白く楽しい。第15曲 アリア「Erwach zu Liedern der Wonne (Rejoice greatly, O daughter of Zion シオンの娘よ 大いに喜べ)」を、ペーター・シュライアーが歌っていて驚かされるが、この盤における、エディット・マティスが良い(エディット・マティスのファンである私にはうれしい録音)。

モーツァルト編曲なので、メサイアがますますオペラっぽく聞こえる。マッケラスの指揮は良い。

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