2018年3月21日 (水)

(C) Apple Music R.シュトラウス:交響詩『ドン・キホーテ』、チェロ・ソナタ、他 オフェリー・ガイヤール、ジュリアン・マスモンデ&チェコ・ナショナル交響楽団、ヴァシリス・ヴァルヴァレソス、他

Gaillard
(C) Apple Music 検索キーワード:Ophélie Gaillard

私は、R.シュトラウスの交響詩『ドン・キホーテ』を全然知らないので、これが良いのか良くないのか全然わからないが、私は美人に弱いので、これを買ってみようかな。


【収録情報】
リヒャルト・シュトラウス:
1. チェロ・ソナタ ヘ長調 op.6
2. ロマンス ヘ長調
3. 交響詩『ドン・キホーテ』(騎士的な性格の一つの主題による幻想的変奏曲) op.35
4. あした〜4つの歌 op.27より(作曲者によるチェロ、ピアノとソプラノのための編曲版)

オフェリー・ガイヤール(チェロ)
アレクサンドラ・コヌノヴァ(ヴァイオリン:3)
ドヴ・シェインドリン(ヴィオラ:3)
ヴァシリス・ヴァルヴァレソス(ピアノ:1,4)
ベアトリス・ウリア・モンゾン(メゾ・ソプラノ:4)
チェコ・ナショナル交響楽団(2.3)
ジュリアン・マスモンデ(指揮:2,3)

録音時期:2017年7月12-15日(2,3)、2018年1月22,23,31日(1,4)
録音場所:プラハ、チェコ・ナショナル交響楽団スタジオ(2,3) パリ(1,4)
録音方式:ステレオ(デジタル/セッション)

(HMV.co.jp より)

2015年9月25日 (金)

リヒャルト・シュトラウス作曲:楽劇《バラの騎士》の感想文を、だらだら書く(6)/貴族と商人の力関係が逆転/ゾフィーは、オクタヴィアンの助けが在ったとはいえ、オックスとの結婚を、自由意志で断ることができた

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Stemme

リヒャルト・シュトラウス作曲:
楽劇《バラの騎士》
ニーナ・ステンメ Nina Stemme(元帥夫人)
ヴェッセリーナ・カサロヴァ Vesselina Kasarova(オクタヴィアン)
マリン・ハルテリウス Malin Hartelius(ゾフィー)
アルフレート・ムフ Alfred Muff(オックス)
チューリッヒ歌劇場合唱団
チューリッヒ歌劇場管弦楽団
フランツ・ヴェルザー=メスト Franz Welser-Möst(指揮)
スヴェン=エリック・ベヒトルフ Sven-Eric Bechtolf(演出)
2004年録音
EMIミュージック・ジャパン

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以下、箇条書き。

・この作品は、親離れ子離れのお話である。元帥夫人は、みずから、オクタヴィアンを諦める代わりに、オックスにはゾフィーを諦めさせる。

・ゾフィーは、オクタヴィアンの助けが在ったとはいえ、親に逆らうことができた。すなわち、彼女は、オックスとの結婚を、彼女の自由意志で、(あっさり)断ることができた。元帥夫人の時代には、親に逆らうことはできなかった。時代は変わったのだ。市民階級の台頭。貴族と商人の力関係が経済的に逆転。(←「【注2】ファニナルが、元帥夫人、オックス、オクタヴィアンよりも、経済的に上位にあること・・・その根拠を私は示すことができる。それについては後日このブログに書く(当該ページの一番下)」)に対する私の見解です。

・そして、第3幕、オックスが退場する前に、交わされる会話:

元帥夫人:あなたは騎士でいらっしゃると思いますが、それなら今は全く何もお考えにならないと思います。それが私があなたに期待することなのです。

男爵:そういうお言葉にはいたみ入ります。何と申し上げてよいのか。レルヒェナウ家の者は、他人の楽しみを妨げるほど野暮ではありませんでした。この仮装あそびもなかなか面白いと思います。しかし、今となっては私はあなたの保護を必要と致すのです。わたしは今まで起こったことを大目に見て、忘れてしまうつもりでいますが。とにかく、ファニナル君に会いたいと・・・

元帥夫人:あなたは静かに出て行かれるが、よろしい。(台詞続く)←ここで、元帥夫人は、オックスに、つっかかって(飛びかかって)、オックスの胸を叩き、そして、床に倒れてしまう。(下記参照)

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(↑オックスに、つっかかる(飛びかかる)元帥夫人。おどろくオックス。後ろにゾフィー)
(C) 『ばらの騎士』全曲/メスト/ステンメ/EMI [DVD] 第3幕より

↑【当ブログの開設者より】 私は、こんな元帥夫人を見たことがない。《権力も財力も地位も名誉も爵位も威厳もあるはずの》元帥夫人が、まるで、オックスに、だだをこねているように見える。

その後、元帥夫人は、オクタヴィアンの手を借りて、すぐに立ち上がり:

元帥夫人:(台詞続き)物事には終わりがあることがわからないのですか? 婚約のことや、その他すべてこれに関係したことが今でもう終わったのですよ。(下記参照)

Stauss_rosenkavalier_3_2_small_2
(↑元帥夫人は、オクタヴィアンの手を借りて、すぐに立ち上がる。左にオクタヴィアン。右にオックス)
(C) 『ばらの騎士』全曲/メスト/ステンメ/EMI [DVD] 第3幕より

↑その後、オックスは諦めて退場する。

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【当ブログの開設者より】

私の考えでは、上の場面での、元帥夫人のオックスに対する心の中の言葉は:

「私(元帥夫人)も、あなた(オックス)も、落ちぶれゆく階級なのよ! あなた(オックス)は、そのことが、まだわからないの!」

(続く)

(続き)

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【当ブログの開設者より】

(話が前後するが)上の場面の少し前の場面:オクタヴィアンが元帥夫人の愛人であったことが発覚。↑その事実は、オックスより、ゾフィーにとって、ショックが大きかった。ゾフィーの心の中の言葉は:

「だまされたのはあなた(オックス)ですが、私も受け入れがたい真実を突きつけられました。(オックスの肩の上に手を置き)私、あなた(オックス)に、同情しちゃうわ(!)。私たち、信頼を裏切られたという意味では、同じ立場なのよ。」(下記参照)

Stauss_rosenkavalier_3_3_small_2
(↑元帥夫人とオクタヴィアンが親しげにしているのを見て2人が愛人関係であったことに気づくゾフィー)
(↑オックスの肩に手を置くゾフィー)
(C) 『ばらの騎士』全曲/メスト/ステンメ/EMI [DVD] 第3幕より

2015年6月11日 (木)

リヒャルト・シュトラウス作曲:楽劇《バラの騎士》の感想文を、だらだら書く(5)/楽劇《バラの騎士》は、何を言いたいのか?

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・登場人物の身分

マリー・テレーズ(オーストリア陸軍元帥夫人、ヴェルデンベルク侯爵夫人)
オクタヴィアン(ロフラーノ伯爵)
オックス(フォン・レルヒェナウ男爵)
ファニナル(新貴族)

・楽劇《バラの騎士》は、何を言いたいのか?

↑このことについて、昔、或る人と議論したが、その時の答え(すなわち、楽劇《バラの騎士》は、何を言いたいのか?への答え)は、「元帥夫人の老い・衰え・諦観」であるということに落ち着いた。しかし、当時、私は、上記の答えは「ちょっと違うんじゃないかな〜【注1】」と、思いながらも、その問いに対する答えを、現在まで、保留したまま、封印していた。

結論を書こう:

「楽劇《バラの騎士》は、何を言いたいのか?」その答えは「元帥夫人の老い・衰え・諦観」というテーマだけでなく「貴族階級(騎士階級)の没落とブルジョワジーの台頭」というテーマを含むということ。
ただし、それについては「今更あんた何言ってんの?! それについては、楽劇《バラの騎士》カラヤン新盤/国内盤 [CD] のリーフレットに書いてあるじゃないか?!」と、このブログの読者の皆様に、私は、うっちゃられるかも知れない・・・。

以下、黒田恭一氏のコメント(楽劇《バラの騎士》カラヤン新盤/国内盤 [CD] のリーフレットより):

<---引用ここから--->

 「ホフマンスタールのうみだした、はなやいだなかにもいくばくかの感傷をひめて人の心をとらえずにはおかない、『音楽のための喜劇』の登場人物たちは、彼ら自身が、黄昏の近づきつつあった文明の象徴である」。これはイギリスの音楽評論家ウィリアム・マンが《ばらの騎士》について書いた文章の一部である。さらに、ウィリアム・マンはこうも書いている。「リヒャルト・シュトラウスがこのような象徴を示しえたのは、感覚的なリズムのゆたかさと沸きたつような気分とを奇蹟的にそなえているウィンナ・ワルツを、時代錯誤になるのも敢えて辞さず、作品にとりいれたためである」。
 このレコードできける演奏をいうためのキー・ワードがここにある。「黄昏」という言葉である。元帥夫人がそうであるように、黄昏を予感したとき、人は、後ろをふりむく。シュトラウスも、単にその作品に「黄昏の近づきつつあった文明の象徴である」人物を登場させただけではなく、黄昏の接近を予感していたに違いなかった。《ばらの騎士》が「音楽のための喜劇」であるにもかかわらず、全体が愁いの影に淡くおおわれていることと、そのこととは無関係ではない。

(中略)

 マリア・テレジアの治世にあった光輝くウィーンに刻々と近づきつつあった黄昏の象徴として元帥夫人がいる。そのような元帥夫人を描き出すことで、もうひとつの黄昏の接近を暗に語ろうとしたホフマンスタールとシュトラウスがいる。そして、そのようなホフマンスタールとシュトラウスによってうみだされた作品に、深い共感をもって手をふれたカラヤンがいる。幾重にも重なりあった黄昏の予感につつまれたウィンナ・ワルツは、いつもの弾けるような勢いをなくして、あのラヴェルが《ラ・ヴァルス》で描いた霧のなかで揺れ動くワルツにかぎりなく近づいているようである。
 ウィンナ・ワルツが泡立っているところでは、オクタヴィアンの若さが輝き、ゾフィーの可憐さが光る。しかし、たとえオクタヴィアンとゾフィーがこのオペラの表面にでてきているとはしても、ホフマンスタールとシュトラウスの視線は、そのふたりには向けられてはいない。過ぎた春をふりむく人は、春を走る若さの心もとなさと、昨日を持たない人の軽さを、春に見る。そのようなホフマンスタールとシュトラウスの視点を明確にするためには、やはりどうしてもワルツを霧の中で揺れ動かす必要があった。(黒田恭一/楽劇《バラの騎士》カラヤン新盤/国内盤 [CD] のリーフレットより)

<---引用ここまで--->

楽劇《バラの騎士》の時代設定は、いつなのだろうか。マリア・テレジアの在位は、1740年〜1780年である。マリア・テレジアの在位が、40年もあるので、《バラの騎士》の時代設定が、いつ頃なのか特定しにくい。
第1幕において、元帥夫人とオクタヴィアンが朝食を楽しんでいると元帥が帰って来たような物音がする。その時、元帥夫人が、元帥の急な帰宅と勘違いする場面で(←実はオックスの訪問だった)彼女が、

<---引用ここから--->

「私はナポリの将軍ではないから、立っている所には立っています」

と云うのは、1744年オーストリア軍がナポリを攻撃した際、イタリア軍が早々に退却した史実を指しているのである(渡辺護/楽劇《バラの騎士》カラヤン旧盤/国内盤のリーフレットより)」

<---引用ここまで--->

ということは、《バラの騎士》の時代設定は、1744年以前ではない。
 私は高校生の時、世界史の授業で、マリア・テレジア時代のオーストリアの歴史(オーストリア継承戦争、七年戦争など)を詳しく習った記憶がある。が、私は、それらの戦争のことも、マリア・テレジアの治世のことも全部忘れてしまった。
 元帥夫人の夫、つまり、元帥が、狩りにいって遊んでいることからすれば、《バラの騎士》の時代設定は、戦争のなかった、平和な時代(そして1744年以降)・・・しかし、黒田恭一氏が、キーワードとして「黄昏」という言葉を使っていることから、普通に考えると、《バラの騎士》の時代設定はマリア・テレジアの治世末期と考えてもいいと思う・・・だとすると、1780年に近い?・・・だとすると(飛躍するが)《バラの騎士》の時代背景はトマ・ピケティの「21世紀の資本」に引用された「ゴリオ爺さん(バルザック)」の時代(1819年のパリ)を連想させる(!)
もっとも、カラヤン新盤の歌詞対訳には「物語の場所はウィーン、マリア・テレジア女帝の(1717年生〜1780年没)統治時代の初期(1740年代)」と書いてある(←それは正しいと思う)。しかし、私は、《バラの騎士》の時代設定を、あえて、18世紀末と見る。

「ゴリオ爺さん(1819年のパリ)」の時代は、資本主義が発達した時代と言える(!):

<---引用ここから--->

この激動は過去何世紀も続いたアンシャン・レジームの下では考えられなかったような社会的地位の変化を可能にしていた。この新しい社会のルールに自分を進んで合わせた人々の中には、つましい境遇からより上層へと登ることのできた者もいたが、もちろん古くからの由緒正しい富める者たちには忌み嫌われた。(ウィキペディア、ゴリオ爺さんの項より)

<---引用ここまで--->

要するに、黒田恭一氏が、すなわち、
「マリア・テレジアの治世にあった光輝くウィーンに刻々と近づきつつあった黄昏の象徴として元帥夫人」
と言うのなら、
「オックスもオクタヴィアンも黄昏つつある階級」であり、
ファニナルとゾフィーは、
「(古くからの由緒正しい富める者たちには忌み嫌われたが)上層へと登ることのできた者」であった・・・
と、考えても良かろう・・・いや、ずばりそう考えることにする・・・私は。【注2】

ちなみに、ファニナルは「ネーデルランドにいる軍隊にへ物資を供給している家です」とあるように、彼は、アンシャン・レジーム下の「農地の大地主」というより、むしろ商人であろう。彼は「ウィーン市内に宮殿を持っていて、ウィーン郊外に家を12軒も持っている」・・・ファニナルは、19世紀初めの資本家ではないが、おそらく「アンシャン・レジームの下では考えられなかったような社会的地位の変化」に乗っかって、財を成した人ではなかろうか。

私は、エントリー「リヒャルト・シュトラウス作曲:楽劇《バラの騎士》の感想文を、だらだら書く(2)」において、

「そもそも、元帥夫人は、何故、オクタヴィアンを『バラの騎士』として紹介(指名)したのか? その目的は? その理由は?
元帥夫人の《名案》の《名案》たるゆえんは?」

という問いを発した。いま私は、私自身が発したその問いに対する「回答」を書く:

すなわち、元帥夫人が、オクタヴィアンを『バラの騎士』として紹介(指名)した理由。それは、以下のことを実現させるため:

「オクタヴィアンよ! あなたはいつまでも爵位や貴族階級(騎士階級)にしがみついていないで新興ブルジョワジーの婿になりなさい! そのほうがあなたもあなたの子孫も、黄昏ることなく、安泰! いやそれどころか栄えるだろう!」

元帥夫人が「オクタヴィアンを『バラの騎士』として紹介(指名)した」理由は、オクタヴィアンとゾフィーをくっつけるためだった。
元帥夫人は「オクタヴィアンを『バラの騎士』として紹介(指名)する」という「トリック」で、裏で糸を引き、オクタヴィアンとゾフィーの結婚を実現させた・・・というのが、私の解釈。
(分かりやすいように繰り返すが)元帥夫人がオクタヴィアンを「バラの騎士」に紹介(指名)すれば、必然的に、オクタヴィアンは、ゾフィーと出会う(←これが元帥夫人の第1の目的)。そして、2人は、互いにひかれ合い恋に落ちる(←これが元帥夫人の第2の目的。←だが、それは偶然? 否、元帥夫人にとって「オクタヴィアンとゾフィーとの恋」は『希望的観測』というより『必然』だった)。
オクタヴィアンとゾフィーを結婚させる(←これが元帥夫人の第3の目的)。そして言うまでもなく:
元帥夫人が「オクタヴィアンを『バラの騎士』として紹介(指名)した」第一の目的は、オクタヴィアンをしてオックスとゾフィーの縁談を破談させること。それが、元帥夫人の、オクタヴィアンを「バラの騎士」として紹介(指名)した真の目的ではなかったか?(←ファニナル邸で、オックスとオクタヴィアンが、ぶつかるのは目に見えてた)
元帥夫人は、「第1幕」の終わりに、オクタヴィアンに「あとで、プラーター公園(ウィーンの公園)で、会いましょう」と言っている。彼らは「第1幕」の後(第2幕の前)で会ったのである。←その時、元帥夫人は、オクタヴィアンに「オックスが結婚する少女がどんな少女か見ておいで」そして「オックスがファニナル邸でどう振る舞うかを見ておいで」と告げたに違いない。

元帥夫人は、ゾフィーに、自分と同じ人生を歩ませたくなかった。

時代は変わった。

←そして、上記の解釈を、私に、思いつかせるプロダクションは、私が所有する楽劇《バラの騎士》のソフトウェアの中では、下記、ニーナ・ステンメ主演のプロダクション [DVD] だけだ。

【注1】

もし、楽劇《バラの騎士》の言いたいことが「元帥夫人の老い・衰え・諦観」であるとすれば、そのことは、第1幕の元帥夫人のモノローグ、および、元帥夫人とオクタヴィアンのデュエットにおいて、「伏線」として歌われ、第2、3幕にて、その伏線が、現実になる。しかし、私が思うに:
「第2、3幕に対する第1幕の伏線の張り方が、あからさま、あるいは、ありきたり過ぎる(!)。
「第2、3幕は、第1幕の伏線を現実化するため《だけ》にあるのか(?)。
「間もなく現われるフランツ・カフカと同時代のフーゴ・フォン・ホーフマンスタールが、そんな、単純な筋書き・台詞を書くか(?)

【参考】

フーゴ・フォン・ホーフマンスタール(1874-1929)
「バラの騎士」(1911年)

フランツ・カフカ(1883-1924)
「失踪者」(アメリカ)(1912年/1927年)
「変身」(1912年/1915年)
「審判」(1914年-1915年/1925年)
「城」(1922年/1926年)

【注2】

ファニナルが、元帥夫人、オックス、オクタヴィアンよりも、経済的に上位にあること・・・その根拠を私は示すことができる。それについては後日このブログに書く。

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Stemme

リヒャルト・シュトラウス作曲:
楽劇《バラの騎士》
ニーナ・ステンメ Nina Stemme(元帥夫人)
ヴェッセリーナ・カサロヴァ Vesselina Kasarova(オクタヴィアン)
マリン・ハルテリウス Malin Hartelius(ゾフィー)
アルフレート・ムフ Alfred Muff(オックス)
チューリッヒ歌劇場合唱団
チューリッヒ歌劇場管弦楽団
フランツ・ヴェルザー=メスト Franz Welser-Möst(指揮)
スヴェン=エリック・ベヒトルフ Sven-Eric Bechtolf(演出)
2004年録音
EMIミュージック・ジャパン

(続く)

2015年6月 8日 (月)

リヒャルト・シュトラウス作曲:楽劇《バラの騎士》の感想文を、だらだら書く(4)

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・第3幕におけるライトモチーフ

23a フーガ主題(midi
Rosenkavalier_23a

「導入曲として極めて技巧的なフガートがあるが、その大部分が囁(ささや)きのように聞こえる。その主題(23)はすでに第1幕からヴァルツァッキの動機(11a、b)とし現れていたものである。そしてこの第4小節目にはこのイタリア人たちのお辞儀の動機(オクターブ下降)も現われる。それにつづいて、『陰謀をたすける人々』の動機(23b、c、d)が現われる。
 しかもこれらの諸動機をまとめる役割をしているのはオクタヴィアンの動機(1a)であり、いまやオクタヴィアンはオックスをやっつける陰謀の主謀者となり、ヴァルツァッキなどがこれに加わっていることが示されている。(渡辺護)」

【ブログ開設者より】私は、第3幕導入曲における動機(23a、b、c、d)を聴き取れない。第3幕導入曲は、フガート主題に乗って多くの動機が演奏されているようだが、私は、そのフガート主題が聴き取れない。ただひとつ、私に分かるのは、この導入曲は、複数のリズム、すなわち、「ポリリズム(2拍子系と3拍子系)」が生かされているということだ。

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23b 陰謀をたすける人々(midi
Rosenkavalier_23b

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23c 陰謀をたすける人々(midi
Rosenkavalier_23c

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23d 陰謀をたすける人々(midi
Rosenkavalier_23d

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24a 食卓のワルツ(midi
Rosenkavalier_24a

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24b 料理屋主人のワルツ(midi
Rosenkavalier_24b

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24c 給仕人ののワルツ(midi
Rosenkavalier_24c

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24d 無邪気をよそおうマリアンデル(midi
Rosenkavalier_24d

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24e オックスのいいわけ(midi
Rosenkavalier_24e_2

「(前略)マリアンデルは寝台を見つける(媾曳(あいびき)の動機9b、オーボエ)。オックスはマリアンデルの腰に手をかける。彼女はオックスに花婿の身であることを思い出させる(ゾフィーの動機15)
 これに対してオックスは騎士は都合の悪いことは外に置くのだ、ここには花婿がいるのではなく恋人がいるのだと云いわけをするが、ここでは嘲るようなワルツがオーボエで出る。(24e)(渡辺護)」

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24f オックスをじらすマリアンデル(midi
Rosenkavalier_24f

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24g センチなマリアンデル(midi
Rosenkavalier_24g

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25 アンニーナ(midi
Rosenkavalier_25

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26 警部(midi
Rosenkavalier_26

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番号なし 三重唱『私が誓ったことは…(Hab' mir's gelobt, Ihn lieb zu haben in der richtigen Weis'. 元帥夫人)』(midi
Rosenkavalier_numberless

「(前略)これに艶麗(えんれい)を極めた三重唱が続く。ところがこの、元帥夫人によって歌い出させれる3拍子のメロディーは、前にマリアンデルが酒を拒絶した部分のワルツの旋律を変えたものである(24b)。アーネスト・ニューマンは、何故こうしたのか判らないと云っているが、ウィリアム・マンは個々にファース(ファルス)と真の人間感情とを結びつける意義があると見ている。たしかにさっきまでは喜劇であったことが、ここでは深い感情に高められて、美しく歌い上げられるのである。(渡辺護)」

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27 愛の二重唱(midi
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(以上、楽劇《ばらの騎士》全曲/商品番号 TOCE-6444 - 46/東芝EMI株式会社(国内盤)リーフレットより。ただし「番号なし 三重唱「私が誓ったことは…」「作曲家別名曲解説ライブラリー R.シュトラウス」よりを除く)

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当ブログエントリー「ばらの騎士 譜例集」は、「Firefox v38.0.5」の「リーダービュー(記事のヘッダーやサイドバーなどを取り払って本文だけを表示する機能)」で見るほうが読みやすい。(下記)

Readerview

(続く)

2015年6月 6日 (土)

リヒャルト・シュトラウス作曲:楽劇《バラの騎士》の感想文を、だらだら書く(3)

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・第2幕におけるライトモチーフ

14a ファニナル(midi
Rosenkavalier_14a

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14b マリアンネ(midi
Rosenkavalier_14b

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14c 花婿としてのオックス(midi
Rosenkavalier_14c

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15 ゾフィー(midi
Rosenkavalier_15

「(前略)ファニナルが大げさに感動して、ゾフィーに別れを告げる所ではじまるが、ゾフィーが父の手に接吻すると、ゾフィーの動機(15)が現われる。しかしこの感傷的な気分はすぐに消えて、あわただしい調子が続く。ゾフィーの結婚に向かう決心には愛が少しもない。と云って宗教的な諦めの気持でもないことは彼女の歌の数多くの臨時記号のついた旋律が余りロマン的にならないことでも判る。(渡辺護)」

【ブログ開設者より】私は、この動機(15)が、分からない。また、渡辺護氏の解説文「と云って宗教的な諦めの気持でもないことは彼女の歌の数多くの臨時記号のついた旋律が余りロマン的にならないことでも判る。」の意味も分からない。

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16a 銀のばら(midi
Rosenkavalier_16a

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16b ゾフィー(midi
Rosenkavalier_16b

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16c ばらの香り(midi
Rosenkavalier_16c

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16d 芽生える恋(midi
Rosenkavalier_16d

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17a いとこ(midi
Rosenkavalier_17a

「(前略)二人は腰をおろし、ゾフィーは彼女のよく知っているオクタヴィアンの身の上を語る。その主題を「いとこの動機」(17a)とでも名づけて置こう。(渡辺護)」

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17b オクタヴィアンと元帥夫人の愛(midi
Rosenkavalier_17b

「(上の続き)ゾフィーがオクタヴィアンの愛称「カンカン」を口にのぼすと、管弦楽はオクタヴィアンと元帥夫人の愛をほのめかす(17b)。この旋律は憧憬の諸動機(3aなど)を発展させたもの。そしてこの旋律の伴奏に5bの動機が織り込まれているのも面白い。(渡辺護)」

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18 浮き立つオックス(midi
Rosenkavalier_18

「(上の続き)やがて変ニ長調となってファニナルとオックスが登場する。からいばりする花婿のうれしそうな動機(14c)はここではっきりした形をとる。しかしこの動機も、歩行するオックスの動機(7a)の変形である。
 人々の対話は次第に緊迫し、オクタヴィアンがコップを押しつぶす所で最高潮となる。ここでは数種の動機が現れるが、その中重要なのは。オックスが『パリでは……若い夫婦のすることを人を呼んで見物させる」と云う所の管弦楽の走句(18)である。この走句は第3幕の大団円で重要な働きをする。ゾフィーもオックスの厚かましさに我慢ができなくなり、身もだえして彼の抱擁からのがれようとする(19)。(渡辺護)」

【ブログ開設者より】私は、動機(18)が、分からない。

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19 身もだえするゾフィー(midi
Rosenkavalier_19

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20a オックスのワルツ(midi
Rosenkavalier_20a

「(上の続き)やがてオックスはいい気になって小唄を歌う。有名なオックス男爵のワルツ(20a)である。『ばらの騎士』の中の最も有名な、この旋律はシュトラウスの純然たる創作でなくて、ヨーゼフ・シュトラウスの『ディナミーデン』作品173のワルツに拠ったものである。しかし極めてウィーン風の感じのするものである。尚、20cの旋律は一般に『レルヒェナウの幸運』とよばれているものであるが、ウィリアム・マンも指摘しているように、これはレルヒェナウ家の幸運をあらわす場合ではなく、オックスとアンニーナとの交渉がある時に現われる。そして、マックス・ホップの云うように、『レルヒェナウの幸運』を現わす主題は『オックスのワルツ』の旋律につづく別の旋律(20b)である。この旋律はレルヒェナウの幸運を歌っているのである。しかし、20cもこの旋律の終わりの部分を変化させたものであることは事実だ。(渡辺護)」

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20b オックスのワルツ(midi
Rosenkavalier_20b


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20c オックスのワルツ(midi
Rosenkavalier_20c

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21 若き恋人たち(midi
Rosenkavalier_21

「(前略)音楽は『流れるように』と指定された部分になる。ゾフィーのの歌ものびのびとして来る。殊に中心的な部分(変イ長調)は美しく、オクタヴィアンの動機(1a)(Was sie ist)を導入して、この動機を発展させた、若き恋人たちの主題(21)が現われる。これは16cとも関連がある。この二重唱にはトリスタンの夜の歌への依拠が見られる。
 強い不協和音が鳴って、突然イタリア人たちが二人をつかまえる。(以下略)(渡辺護)」

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22 不機嫌なオックス(midi
Rosenkavalier_22

(以上、楽劇《ばらの騎士》全曲/商品番号 TOCE-6444 - 46/東芝EMI株式会社(国内盤)リーフレットより)

(続く)

2015年6月 4日 (木)

リヒャルト・シュトラウス作曲:楽劇《バラの騎士》の感想文を、だらだら書く(2)

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・第1幕におけるライトモチーフ(序奏のあとから、第1幕最後まで)

3 オクタヴィアンと元帥夫人の愛(midi
Rosenkavalier_3

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4 モハメッド(midi
Rosenkavalier_4

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5a 朝食(midi
Rosenkavalier_5a

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5b 元帥夫人とオクタヴィアンの親しさ(midi
Rosenkavalier_5b

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6a 小間使いに変装するオクタヴィアン(midi
Rosenkavalier_6a

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6b マリアンデル(midi
Rosenkavalier_6b

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7a 歩行するオックス(midi
Rosenkavalier_7a

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7b 上機嫌のオックス(midi
Rosenkavalier_7b

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7c 貪欲なオックス(midi
Rosenkavalier_7c

「元帥夫人がオックスに『あなたは仲々健啖家の御様子ね』と云うとき、貪欲なオックスの動機(7c)が現れる。そして、この動機のあとに6aが続く。(渡辺護)」

【ブログ開設者より】私は、この動機(7c)をつかめない。

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8 書記(midi
Rosenkavalier_8

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9a 親愛のそぶり(midi
Rosenkavalier_9a

【ブログ開設者より】おそらく、元帥夫人が示す、オクタヴィアンへの親愛のそぶり。

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9b オックスとマリアンデルの媾曳(あいびき)(midi
Rosenkavalier_9b

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10 オックスの漁色(ぎょしょく)ぶり(midi
Rosenkavalier_10

【ブログ開設者より】渡辺護氏は、ブックレットに、以下のように書いているが、私はその意味が分からない。

「オックスの『村のドン・ファンぶり』の長々しい自慢話がはじまる。(中略)この好色談の主題は、元帥夫人が『あなたはそれを仕事にしていらっしゃるようね』と歌う旋律(10)が主となる。ことにその上昇する音階はたびたび現れてオックスの厚かましい態度を示す。この動機の音形は次に続く三重唱にも基礎となっている。オックスはマリアンデルを自分の花嫁の小間使いにくれと云い出す。この少女はきっと貴族の落とし子に違いない、とオックスが云うので、夫人は名案を思い付き、マリアンデルにオクタヴィアンのメダリヨン(ペンダントとして用いるメダル型の装飾品)を持って来させる。ここからワルツのリズムとなる。親愛のそぶり(9a)を以て夫人はオクタヴィアンを『ばらの騎士』として紹介する。オックス男爵がメダリヨンをみつめると、小間使いとの相似に気づく。オクタヴィアンの動機がマリアンデルの動機(6b)やオクタヴィアンの変装の動機(6a)と接続して現れる。」

以上、長い引用になったが、要するに、(渡辺護氏が言うところの)元帥夫人の《名案》、すなわち、「元帥夫人がオクタヴィアンを『ばらの騎士』として紹介したこと」は、どういう意味で《元帥夫人の名案》だったのか? そもそも、元帥夫人は、何故、オクタヴィアンを『バラの騎士』として紹介(指名)したのか? その目的は? その理由は?
元帥夫人の《名案》の《名案》たるゆえんは?

←繰り返すが、渡辺護氏は「この少女(マリアンデル)はきっと貴族の落とし子に違いない、とオックスが云うので、夫人は名案を思い付き、マリアンデルにオクタヴィアンのメダリヨンを持って来させる。」と書いているが、私には、その意味が分からない。

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11a ヴァルツァッキ(midi
Rosenkavalier_11a

【ブログ開設者より】渡辺護氏は、「イタリア人、ヴァルツァッキは後にも出るので、その動機を示す必要があろう(11a、11b)。」と書いているが、私は、この動機をつかめない。

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11b ヴァルツァッキ(midi
Rosenkavalier_11b

同上。

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12a レツヒェナウ家の従者たち(midi
Rosenkavalier_12a

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12b 婚約(midi
Rosenkavalier_12b

「男爵と書記とのやりとり。ここには美しい婚約の動機が現れる(12b)。(渡辺護)」

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13a 若きレジ公爵令嬢の動機(midi
Rosenkavalier_13a_3

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13b 思いにふける元帥夫人(midi
Rosenkavalier_13b

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13c 思いにふける元帥夫人(midi
Rosenkavalier_13c

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13d 元帥夫人の悟達(ごたつ)(midi
Rosenkavalier_13d

(以上、楽劇《ばらの騎士》全曲/商品番号 TOCE-6444 - 46/東芝EMI株式会社(国内盤)リーフレットより)

(続く)

2015年6月 2日 (火)

リヒャルト・シュトラウス作曲:楽劇《バラの騎士》の感想文を、だらだら書く(1)

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Rosenkavalier

R.シュトラウス:楽劇《ばらの騎士》全曲
エリーザベト・シュワルツコップ(元帥夫人)
オットー・エーデルマン(オックス)
クリスタ・ルートヴィヒ(オクタヴィアン)
エバーハルト・ヴェヒター(ファニナル)
テレサ・シュティッヒ=ランデル(ゾフィー)
フィルハーモニア管弦楽団および合唱団
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
1956年録音(セッション)
商品番号 TOCE-6444 - 46
東芝EMI株式会社(国内盤)
1990年9月27日発売

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Rosenkavalier_score_1
R.シュトラウス:楽劇《ばらの騎士》全曲/商品番号 TOCE-6444 - 46/東芝EMI株式会社(国内盤)には、「ばらの騎士」の示導動機(ライトモチーフ)の譜例が、約60記載・添付されている(表面)

Rosenkavalier_score_3
同上(裏面)

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「ばらの騎士」の示導動機(ライトモチーフ)の充実した譜例が、どこかにないか、探してみたら見つかった(上記)。そこで、まず、上記の資料から、同作品の示導動機(ライトモチーフ)を、ピックアップしてみよう。

※なお、以下、譜例および解説の著作権は渡辺護氏と東芝EMI株式会社に帰属する。

楽曲の解説(渡辺護)

■第1幕

 短い導入曲に於いてシュトラウスは元帥夫人とオクタヴィアンの愛の行為を描いている。このようなかなりあからさまな音画、シュトラウスは「火の飢饉」や「アラベラ」でも用いている。このような描写が卑猥にならずに行なわれ得るのも音楽の役得というべきか。ここではオクタヴィアンの若さと元帥夫人の複雑な情感が描写の対象である。先ず最初の上昇し、突き進むようなホルンの楽句(1a)はオクタヴィアンである。それを包み込む元帥夫人の動機(1b)は女性的で柔軟で、自ら陶酔を求めるようである。オクタヴィアンは経験が浅く、少し猪突的だが、元帥夫人は快楽を熟知していて、期待したものを実現させようとする。(中略)だからウィリアム・マンが見たように、この最高潮は経験の浅いオクタヴィアンに早すぎる最高潮が来てしまい、元帥夫人の取り残された感じが彼女のあきらめの動機(2a)を導き出すのである。

・第1幕 序奏におけるライトモチーフ

1a オクタヴィアン(midi
Rosenkavalier_1a

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1b 元帥夫人(midi
Rosenkavalier_1b_2

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1c オクタヴィアン(midi
Rosenkavalier_1c
【ブログ開設者より】この動機は、上記のカラヤン盤では、1分20秒あたりで、初めて明確に聞こえる。

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1d 愛の抱擁(midi
Rosenkavalier_1d

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2a 元帥夫人(あきらめ)(midi

Rosenkavalier_2a

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2b 元帥夫人(愛の幸福の思い出)(midi
Rosenkavalier_2b

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2c 元帥夫人(愛の陶酔と断念の苦痛)(midi
Rosenkavalier_2c

(以上、上記商品リーフレットより)

(続く)

2015年3月27日 (金)

Richard Strauss: Der Rosenkavalier: Karajan / Vpo, Della Casa, Edermann, Jurinac, Güden ('60)

Rosenkavalier

Richard Strauss: Der Rosenkavalier: Karajan / Vpo, Della Casa, Edermann, Jurinac, Güden ('60)

Die Feldmarschallin, Fürstin Werdenberg: Lisa Della Casa
Der Baron Ochs auf Lerchenau: Otto Edelmann
Octavian: Sena Jurinac
Sophie: Hilde Güden
Chor und Orchester der Wiener Staatsoper
Conductor: Herbert von Karajan
Salzburg, Neues Festspielhaus, 26 July 1960

第1幕、元帥夫人とオックスのテンポの速いやり取り、さらに、オクタヴィアンが加わっての丁々発止とやり合うパフォーマンスは絶妙。
リーザ・デラ・カーザという人は、余韻が美しい。
ただし、残念ながら、第3幕の元帥夫人:デラ・カーザは弱いと思う。

私は、マリア・ライニングの若々しさの方が、元帥夫人に合っていると思う。

2014年10月21日 (火)

リヒャルト・シュトラウスの「ヴァイオリン・ソナタ 作品18」聴き比べ

【楽曲説明】

Richard Strauss (1864-1918)
Sonata for Violin and Piano in E-flat, Op. 18 (1887)
I. Allegro, ma non troppo
II. Improvisation (Andante cantabile)
III. Finale (Andante - Allegro)

この作品を初めて聞いた時、「何ともつかみ所がない作品」と、私は思った。が、第3楽章《フィナーレ》(ロンド形式)における下記主題(譜例1)は、「若きシュトラウスの《ドン・ファン》や《英雄の生涯》への野心をみせる」。
コノ主題(譜例1)が、コノソナタにおいて最も印象的かつ格好いい主題だろう。すなわち、リヒャルト・シュトラウスでないと書けない《開始》!

Strauss_vn__sonata_3_0
【譜例0】第3楽章冒頭、ピアノだけのゆるやかな前奏(アンダンテ、8分の6拍子、midi

Strauss_vn__sonata_3_1
【譜例1】第3楽章、ピアノだけのゆるやかな前奏(譜例0)に続く速い主部。アレグロ、4分の3拍子、midi

繰り返すが「これは、8度で激しく始まり、若いシュトラウスの熱と力を示し、《ドン・ファン》や《英雄の生涯》への野心をみせる。」(作曲家別名曲解説ライブラリー R.シュトラウスより)

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さて、前後するが、

第1楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ 変ホ長調 ソナタ形式
第1楽章(ソナタ形式)の主題、モチーフを、以下に羅列する。それらの譜例が、第1楽章を把握するのに役立てばいいと私は思う・・・というか・・・私は、私自身のために、以下の譜例を作った・・・作らざるを得なかった(私自身がコノソナタを理解するために)。というのも第1楽章は正調ソナタ形式であるが、規模が大きく、やや複雑な楽章だからである。

Strauss_vn__sonata_1_1_1
【譜例2】第1楽章 第1主題は、ピアノで激しく始まる。midi

Strauss_vn__sonata_1_1_2
【譜例3】第1楽章 第1主題(ヴァイオリン)。midi

Strauss_vn__sonata_1_1_3
【譜例4】第1楽章 第1主題のつづき(第1主題冒頭とコントラストを為す美しい旋律)。midi

Strauss_vn__sonata_1_1_4
【譜例5】第1楽章 もう一つの情熱的な旋律。midi

Strauss_vn__sonata_1_2
【譜例6】第1楽章 第2主題。midi

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第2楽章 アンダンテ・カンタービレ 変イ長調 3部形式 「即興曲 Improvisation」

Strauss_vn__sonata_2_7_2_2
【譜例7】中間部。
「ピアノの3連譜のうえに情熱をこめた旋律があらわれる(midi)。この部分は、とくに即興曲にふさわしいといえるかもしれない。旋律はまもなく繊細になり、ピアノは精巧になる。すると、ヴァイオリンは弱音器をつけて、ピアノの精巧な音の間にこまかい音の音形(譜例8、midi)を加え、まもなく、絶妙な旋律を流す。」(作曲家別名曲解説ライブラリー R.シュトラウスより)

Strauss_vn__sonata_2_8_2
【譜例8】

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【リヒャルト・シュトラウスの「ヴァイオリン・ソナタ」聴き比べ】

Frang

Grieg: Violin Sonata No. 1 in F major Op. 8
Bartók: Sonata for solo violin
R. Strauss: Violin Sonata in E Flat major Op. 18
Vilde Frang, violin
Michail Lifits, piano
Recorded: 2010
EMI

Steinbacher

César Franck (1822-1890)
Sonata for Piano and Violin in A (1886)
Richard Strauss (1864-1949)
Sonata for Violin and Piano in E-flat, Op. 18 (1887)
Arabella Steinbacher, violin
Robert Kulek, piano
Pentatone Classics SACD PTC5186470
2012年録音

Migdal

Ludwig Van Beethoven: Sonate Nr. 6 A-Dur op. 30 Nr 1
Claude Debussy: Sonate g-Moll
Richard Strauss: Sonate Es-Dur op. 18
Liv Migdal, violin
Marian Migdal, piano
ARS Produktion SACD ARS38145
2013年録音


リヒャルト・シュトラウスの「ヴァイオリン・ソナタ」作品18
上記の3つの中では、ヴィルデ・フラング(Vilde Frang、1986年8月19日生)の演奏が私は一番好きだ。
彼女の演奏は悪い意味で若い。しかし、彼女のテンポの設定・変化、デュナーミクには節度とナイーブさがあり、それらは耳障りが良い。さらに言えば彼女の演奏は見通しが良い。自然体。

・第1楽章
力強いフレーズは力強いが、彼女はその力強さに《泣き》を添える(展開部など、3分12秒以降)。そして、緩やかなフレーズは軽やかに歌う(11分01秒などに、グリッサンド OR ポルタメントを効かしている。それは下品じゃない)。

・第2楽章
カンタービレ。なよやか。

・第3楽章
「若きシュトラウスの《ドン・ファン》や《英雄の生涯》への野心をみせる」主題(譜例1)で爆発している。Vilde Frang, violin と Michail Lifits, piano は、第3楽章を第1、2楽章に対して明確に差別化しているようだ・・・すなわち第3楽章のパワフルさが生かされている。

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リヒャルト・シュトラウスの「ヴァイオリン・ソナタ」作品18
シュタインバッハー(Arabella Steinbacher、1981年11月14日生)は、前のモーツァルトと同様、「より手堅く、より正攻法に」に弾いていると思う。そして、シュタインバッハーの演奏は、その「手堅さ」「正攻法」さらに「正確さ」において、ヴィルデ・フラングより格が上だと思う。しかし、シュトラウス23才のときの「ヴァイオリン・ソナタ」に、「より手堅く、より正攻法に、より正確に」は、要らないと思う。それよりも、「ヴァイオリン・ソナタ」作品18は、泣き、歌われることに魅力があると思う・・・シュタインバッハーも新鮮に歌っているが、私は、ヴィルデ・フラングの古くさい歌の方を好む。
シュタインバッハーは、このアルバム(SACD)でも、「日本音楽財団より貸与されている1716年製ストラディヴァリウス『Booth』」を弾いているが、必ずしも音が美しくない。<最初聞いた時、私は私のオーディオが壊れたかと思った。

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リヒャルト・シュトラウスの「ヴァイオリン・ソナタ」作品18


リフ・ミグダル Liv Migdal(あるいは、リーフ・ミグダル)は、1988年生まれのドイツのヴァイオリニスト。彼女は、ヴィルデ・フラングより年下だが、フラングより大人っぽいシュトラウスを聞かせていると思う。しかし、ソレが必ずしも、魅力的に聞こえない。


ヴィルデ・フラングの演奏はむしろ新鮮ではないと思われる。しかし、フラングの古くさい指使い(分かりやすく言ってアンネ=ゾフィー・ムターのような)のほうが、むしろシュトラウスの「ヴァイオリン・ソナタ」の「擬古典的と若々しさ」の同居を引き出していると思う。たとえば、ミグダルの第3楽章は面白くない(第3楽章、3分00秒のアルペジオはよく聞こえるが鮮やかでないような気がする)。


ピアノ伴奏者の Marian Migdal は、彼女の父親。コノ父娘による「ベートーヴェン:作品30の1」のインティメートな雰囲気は、父親 Marian Migdal のピアノの《ろうたけた優美さ》に負うところが大きいだろう。しかし、シュトラウス「ヴァイオリン・ソナタ」のほうは、その《ろうたけた優美さ》が必ずしも生かされていないように思える。さらに「Jean-Baptiste Vuillaume aus dem Jahr 1872」というヴァイオリンの音色も生かされていないように思われる。
リフ・ミグダルは「Jean-Baptiste Vuillaume aus dem Jahr 1872」というヴァイオリンを弾いているが、その楽器の特長は、やはり、ベートーヴェンとシュトラウスより、おそらくドビュッシーにおいて聞かれるんじゃないか・・・(私、ドビュシー苦手だから分からない)。

【参考】
VUILLAUME, Jean Baptiste (1798 - 1875)
ジャン・バティスト・ビョームは、19世紀にフランスの弦楽器業界を世界に広め、その中心的な役割を果たした人物です。彼自身は、弓製作者ではなく、バイオリン製作をしていましたが、彼は弓を非常に重要な物と考え、その発展の為に様々な発明をしました。そして沢山の職人を育て、価値ある弓を残しています。(弦楽器専門店 ラルジュより)

2014年10月 7日 (火)

リヒャルト・シュトラウス「ピアノ伴奏付き歌曲全集(9CDs)」を少しずつ聴く(CD 2)

このエントリーは、http://koshiro-m.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-ad0e.htmlの続きです。

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Strauss

Richard Strauss (11 June 1864 – 8 September 1949)
Complete Works for Voice and Piano
Release: 11 June 2014
Cat. #: TP1039312 | 9CD Set
Label: TwoPianists Records
Recorded at: Garmisch-Partenkirchen - Germany, November 1-30, 2013

CD 2
1. Die Nacht Op.10/3 11/8/1885 Anke Vondung Christoph Berner 夜 Op.10-3 21才
2. Zueignung Op.10/1 13/8/1885 Anke Vondung Christoph Berner 献呈 Op.10-1 21才
3. Nichts Op.10/2 15/8/1885 Anke Vondung Christoph Berner 何もなく Op.10-2 21才
4. Die Georgine Op.10/4 18/8/1885 Anke Vondung Christoph Berner ダリア Op.10-4 21才
5. Geduld Op.10/5 29/8/1885 Anke Vondung Christoph Berner 待ちわびて Op.10-5 21才
6. Allerseelen Op.10/8 31/10/1885 Anke Vondung Christoph Berner 万霊節 Op.10-8 21才
7. Die Verschwiegenen Op.10/6 11/11/1885 Anke Vondung Christoph Berner 黙して Op.10-6 21才
8. Die Zeitlose Op.10/7 12/11/1885 Anke Vondung Christoph Berner サフラン Op.10-7 21才

9. Wer hat’s getan? TrV 142 13/11/1885 Anke Vondung Christoph Berner 誰がしたの? TrV 142 21才
10. Madrigal Op.15/1 Markus Eiche Wolfram Rieger マドリガル Op.15-1 不明
11. Winternacht Op.15/2 27/11/1886 Markus Eiche Wolfram Rieger 冬の夜 Op.15-2 22才
12. Lob des Leidens Op.15/3 30/11/1886 Markus Eiche Wolfram Rieger 悲しみの賛歌 Op.15-3 22才
13. Aus den Liedern der Trauer Op.15/4 3/12/1886 Markus Eiche Wolfram Rieger その心に似て Op.15-4 22才
14. Heimkehr Op.15/5 Markus Eiche Wolfram Rieger 帰郷 Op.15-5 不明
15. Seitdem dein Aug‘ in meines schaute Op.17/1 Martin Mitterrutzner Wolfram Rieger あなたの瞳が私を見て Op.17-1 不明
16. Ständchen Op.17/2 22/12/1886 Martin Mitterrutzner Wolfram Rieger セレナード Op.17-2 22才
17. Das Geheimnis Op.17/3 Martin Mitterrutzner Wolfram Rieger 秘密 Op.17-3 不明
18. Aus den Liedern der Trauer Op.17/4 3/3/1887 Martin Mitterrutzner Wolfram Rieger 暗いヴェールにおおわれて Op.17-4 22才
19. Barkarole Op.17/6 22/3/1887 Martin Mitterrutzner Wolfram Rieger 舟歌 Op.17-6 22才
20. Nur Mut! Op.17/5 9/4/1887 Martin Mitterrutzner Wolfram Rieger 勇気を出してOp.17-5 22才
21. Wie sollten wir geheim sie halten Op.19/4 2/1/1888 Brenden Gunnell Malcolm Martineau 二人の秘密をなぜ隠すのか Op.19-4 23才
22. Schön sind, doch kalt die Himmelssterne Op.19/3 3/1/1888 Brenden Gunnell Malcolm Martineau 美しく、しかし冷たい空の星よ Op.19-3 23才
23. Mein Herz ist stumm Op.19/6 12/1/1888 Brenden Gunnell Malcolm Martineau 私の心は沈黙し冷える Op.19-6 23才
24. Breit‘ über mein Haupt Op.19/2 1/2/1888 Brenden Gunnell Malcolm Martineau あなたの黒髪を私の頭に広げてください Op.19-2 23才
25. Wozu noch, Mädchen Op.19/1 5/2/1888 Brenden Gunnell Malcolm Martineau おとめよ、それが何の役に立つというのか Op.19-1 23才
26. Hoffen und wieder verzagen Op.19/5 Brenden Gunnell Malcolm Martineau 希望と失望 不明

【上記収録曲の表記について】
ドイツ語題名。"TrV":Franz Trenner、Florian Trenner 父子によって編纂されたリヒャルト・シュトラウスの作品番号。作曲年月。演奏歌手名。ピアノ伴奏者名。日本語題名。作曲年齢。赤字は、ルチア・ポップの「シュトラウス歌曲集」に収録されている曲。

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ルチア・ポップの歌唱と、Anke Vondung の歌唱(作品10)を比較して
前者が円熟だとすれば、後者は未熟と言ってもいいかも知れない(後者にポップの繊細さは聞こえないと思う)。

第5曲「待ちわびて(Geduld Op.10/5 29/8/1885)」について
Anke Vondung の激しさは説得力あるし、彼女の歌唱に、歌詞の意味・味わいを伝える表現力は、聴こえる。しかし、まだ若い(良く言えば、若々しい?!)。

CD 2 の収録曲は、基本的に、Anke Vondung 以外の歌手 Markus Eiche, Martin Mitterrutzner, Brenden Gunnell の歌唱についても、Anke Vondung と同様の印象を受けた。

CD 2 の収録曲は、第1曲から第9曲までが Hermann von Gilm (1812-1864) の詩に作曲されたもの、第11曲から第26曲がまでが「Adolf Friedrich, Graf von Sckack (1815-1894)」の詩に作曲されたものであることが面白い・・・が、後者は正確な日本語歌詞対訳がいま手元に無いので、音楽が詩に、どのように結び付いているか、分からない。

*ただし、第14曲「帰郷(Heimkehr Op.15/5)」のみは、ルチア・ポップの「シュトラウス歌曲集」に収録されている。

第11曲「冬の夜(Winternacht Op.15/2 27/11/1886)」、第13曲「その心に似て(Aus den Liedern der Trauer Op.15/4 3/12/1886)」、第16曲「セレナード(Ständchen Op.17/2 22/12/1886)」、第21曲「二人の秘密をなぜ隠すのか(Wie sollten wir geheim sie halten Op.19/4 2/1/1888)(三連符)」はピアノ伴奏が力強いまたは技巧的。
コノボックスセットで、ピアノを弾いてる人は、概して上手いと思う。

【参考】
ルチア・ポップの「R. シュトラウス歌曲集」歌詞対訳

【追加】
ところで、ルチア・ポップの「R. シュトラウス歌曲集」定価1500円は、また廃盤のようだ(EMI は名盤を廃盤にしてしまう)。よって、同音源を求めるなら、 HMV.co.jp にて、ルチア・ポップ EMI録音集(7CD)を買うか、または、アマゾンで、Icon Lucia Popp (7cds) を買わなければならない。

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