2009年8月30日 (日)

シモーネ・ヤングのブルックナー8番


Simone8


Anton Bruckner
Symphony No. 8 C minor
First version 1887
Simone Young
Philharmoniker Hamburg
Recorded live December 14 & 15, 2008, Laeishalle Hamburg

CD 1
1. Allegro moderato 16: 05
2. Scherzo 14: 37
CD 2
3. Adagio 27: 44
4. Finale 24: 10

Total 82: 36

同じ曲を集中的に聴いていると、感覚が麻痺するので、ブルックナー第8番を聴くのを私は中断していた。久しぶりに、シモーネ・ヤングのブルックナー第8番を私は聴いてみた。私の嗜好では、これが現在のベストだ。

ブルックナー第8番は初稿版が好きという私の嗜好からして、その条件でベスト盤を選ぶなら、選択肢は、インバル(1982年録音)、Georg Tintner(1996年)、Dennis Russell Davies(2004年)およびヤング盤しかない。

Georg Tintner のは聴くのが疲れる。Dennis Russell Davies は期待しなかった割に良かったが可もなく不可もない。インバルは、録音が古い・・・という主観的印象が消去法的にヤング盤へと私を導いた。そして、改めてヤング盤を聴いてみた。彼女は第3, 4楽章(それぞれ329小節、771小節もある)を巧くまとめ上げているので、気に入った。

シモーネ・ヤングのブルックナー第8番第3楽章は、もう少し速いテンポで指揮しても良かったのではないかと思うが、彼女の第4楽章は、改訂稿よりはるかに長いこの楽章を巧くまとめていると思うし、聴き惚れさせられる。

やっぱり、第4楽章は、第7番の音楽で終わらせられていると私は思う(再現部の第3主題の再現のあと第1楽章の第1主題が回想され、木管でカッコーみたいな音形が出て来るところ・・・ここは第7番に似ているようでありそうでないようでもあり微妙・・・)。そのことを、彼女は意識して指揮しているように聞こえる。

ヤングの指揮は、アンサンブルが問題。というかはっきり言ってこのアンサンブル、良いのか悪いのか判断できなかった(オケの問題か、録音の問題か、指揮者の力量の問題か)。しかし、ブルックナー第8番の初稿版を、演奏会で聴いたら「多分こういう音がするだろう」と私は感じた。そしてヤングは、ウィーン・フィルやベルリン・フィルを指揮しても、おそらく、こういう音を出すだろうと私は思う。

ブルックナー第8番の初稿版のスコアを見たヘルマン・レーヴィ(Hermann Levi, 言わずもがなですがパルジファルの初演をした人)が以下のように言っているのは、うなずけるような気がする。


そして私をことのほか驚かせたのは、第七番との類似性であり、形式のほとんど型どおりである点です。第一楽章の開始は素晴らしいですが、展開部については私はどう扱ったらよいかわかりません。そして、最後の楽章。これは私には閉ざされた書物です・・・【注】

レーヴィは、第4楽章について否定的見解をもらしているが、第8番の第4楽章が第7番と類似性を持つことを彼が否定しているとは、私は考えない。

【注】作曲家 人と作品 ブルックナー(121ページより)

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2009年7月23日 (木)

煮ても焼いても食えない作品 コンヴィチュニーのブルックナー8番


Konwitschny


Anton Bruckner
Sinfonie Nr. 8 c-Moll (Originalfassung)
Rundfunk-Sinfonieorchester Berlin
Franz Konwitschny
18, 19, 21/Dezember/1959 Funkhaus Nalepastraße Saal 1 Berlin
WELTBLICK SSS0012-2
MONO

1. Allegro moderato 15' 23
2. Scherzo 13' 57
3. Adagio 27' 11
4. Finale 24' 42

Total 81' 24

ブルックナー8番は、1887年版の方が改訂版よりよい。ブルックナー8番の1887年版と改訂版は、映画のディレクターズカット版と劇場公開版のような関係ではないと思う。改訂版は、たとえば海外ドラマを時間的制約のためカットして放送したもののように思える。1887年版は第1楽章をハ長調で終わらせていること、第3楽章のクライマックスがハ長調(改訂版では変ホ長調)であることは、第4楽章への伏線として効いていると思う。1887年版を聞き慣れてしまうと、改訂版は、ある箇所で唐突に音楽が進んでしまうように聞こえる。ブルックナーが改訂でカットした箇所は、この作品の全体を俯瞰した場合、全曲の統一性を図るために「必要」な箇所だったのではないだろうか。エレガントな改訂版は、第3楽章の耽美性が第3楽章の独立性(全曲の不統一性)を招いているような気もする。ブルックナーは全曲を、よりすっきりとまとめようとして逆に統一性を弱くしたと思う。私は、1887年版のスコアを取り寄せて、スコアを見ながらシモーネ・ヤング盤を聴いてみたが、この作品は意外に全楽章に共通の音形、旋律、音楽的素材を持つように思えた(具体的に指摘できないが)。

上記、フランツ・コンビチュニー指揮ベルリン放送交響楽団盤は、モノラル録音だが、ステレオ録音の下手なリマスタリングより聞きやすいと思う(3日にわたるスタジオ・セッションなので安心して聴ける)。ノイズが少ないし、低音も比較的(まあまあ)よく録れてる。この演奏は、ライプチヒ・ゲヴァントハウスの古色はなく、ベルリン放送交響楽団のスキのない実力が聞けると思う。こういうスキのない演奏を聞くと「改訂版のスキ」も見えなくなるような気がする。カラヤンやヴァントは、独自の美でブル8を振ってブル8を美化したと思う。その美は「いくらでも美しくできる美」であり、マイスター的伝統と現代のハイテク技術により制作された教会オルガンの美に似た美であると思う(ブル8は教会で録音されることが多いし残響など音響効果に凝った録音が多い...)。私は長くブルックナーの8番になじめなかった。やっと、ブル8に目ざめたのは、ヴァントのブルックナーの美に触れたのがきっかけだった。

ブルックナーの8番にはブルックナーの野生性や素朴さがあると思う(スケルツォはドイツの野人であり、第4楽章の第1主題はコサックの進軍である)。第7番の完成後、ブルックナーはすぐに第8番の作曲に取りかかっている。しかし、ブルックナーが、いかにすぐれた作曲家であったとしても、交響曲というジャンルにおいて、たて続けに大作を書くのはきつかっただろうと思う。第7番という大作完成後、ひと休みもできなかったことは、ベートーヴェンが第9番を書くのに10年の余裕を持てたのに比して「余裕のなさ」を感じる。さらに8番完成後すぐに(1887年に)9番に着手しているのは驚異的。ブルックナーはすでに60才を過ぎ、残された時間が少なかったことを自覚していたのか...。第7番が「ワーグナーへの敬意と追憶」というモチベーションを持つのに比べ、第8番は内面的でプラベートなモチベーションとテーマ性を感じさせる。それは彼の「野生性・素朴さ」の直接的現れであり、そしてそれらは彼が生来持っていた性格・パーソナリティかも知れない。あるいは「余裕のない老人の衰え」だったのかも知れない。余裕のない作家が創作の素材とできるものは「最も身近なもの」すなわち「自我」である。

とはいえ、老年ブルックナーの旺盛な創作意欲。第8番を完成させたブルックナーは偉い!

コンヴィチュニーの第8番のストレートなパフォーマンスを聴いて改めてそう思う。

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2009年7月21日 (火)

煮ても焼いても食えない作品 シモーネ・ヤングのブルックナー8番


Simone8


Anton Bruckner
Symphony No. 8 C minor
First version 1887
Simone Young
Philharmoniker Hamburg
Recorded live December 14 & 15, 2008, Laeishalle Hamburg
OEHMS CLASSICS

CD 1
1. Allegro moderato 16: 05
2. Scherzo 14: 37
CD 2
3. Adagio 27: 44
4. Finale 24: 10

Total 82: 36

ブルックナーの交響曲第8番を、32種類(下記)も買ってしまったが、私の結論は「ブルックナーの第8番は1887年版のままで良かったのではないか」ということ。さらに「ブルックナーは、第8番を改訂せずに、さっさと第9番を書き上げれば良かったと思うこと」である。今後、1887年版が演奏される機会が多くなれば、ブルックナーのファンが、彼の最後の交響曲が未完に終わったことを惜しみ悔しむ気持ちは増すかも知れない(私の意見に共感してくれるブルックナーファンが増えるかも知れない)。なぜなら、私の考えでは、第8番から第9番への進歩は、第7番から第8番へのそれより大きく、第9番こそブルックナーの交響曲の最高峰だと思うからだ。

私がこだわるのは第8番の第4楽章である。たしかに、この交響曲は、スケルツォを第2楽章に持ち、巨大な第3楽章を持つ点で、ベートーヴェンの第9番を模範にしていると思う。しかし第8番の第4楽章は、結局、第1主題と第7番の第1楽章に収束してしまうと思う(再現部前と再現部の第1主題の再現に第7番の第1楽章が回想されるから)。第8番の第4楽章の手法は第7番の最終楽章の延長線上にある手法だと思う。というのもこの楽章は比較的(提示部に)忠実な再現部を持つが大きなコーダを持つことなく(一応全楽章を回想するがこれも形式的に思える)あっさり終わってしまうからだ。それは、ソナタ形式を大きく逸脱しないという点で第7番の第4楽章に類似していると思う。さらに、この楽章は休止が多くコラール風の旋律が多い。その点もベートーヴェンの第九を模倣したのかも知れない。休止とコラールはカンタータやオラトリオを思わせる。ブルックナーは、第九の終楽章のカンタータを真似したのかも知れない。しかし、それも形式的な模倣に過ぎず中途半端に思える。

これは彼女の第4番でも指摘したが、シモーネ・ヤングのブルックナー8番は粗いと思う。この演奏は、ブルックナーをよく研究していることをうかがわせるし、その点、細心な演奏である反面、アンサンブルの悪さバランスの悪さを合わせ持つ(木管が聞こえない)。美しいブルックナーを求める人はこの商品は買わない方が良いと思う。しかし、仮に彼女がこの作品に、あえて美しさや重々しさを与えず、研究成果だけを表したとしたら、彼女はしたたかだと思う。なぜなら、この作品がブルックナーの交響曲の通過点に過ぎないことをリスナーに認識させてくれるかも知れないからである。

交響曲第8番(1955年録音)2. Fassung 1888/90 Edition Schalk/von Oberleithner (1892),Knappertsbusch,バイエルン国立,LIVE
交響曲第8番(1955年),Eduard von Beinum,RCO,LIVE
交響曲第8番(1959年)Originalfassung,Franz Konwitschny,ベルリン放送,STUDIO
交響曲第8番(1963年)改訂版,Knappertsbusch,ミュンヘン・フィル,STUDIO
交響曲第8番(1963年)1890年版,Carl Schuricht,Vpo,STUDIO
交響曲第8番(1964年)1887-90 Nowak,ヨッフム,Bpo,STUDIO
交響曲第8番(1966年)ノーヴァク版,ショルティ,Vpo,STUDIO
交響曲第8番(1971年)2nd Version,ベーム,バイエルン放送,LIVE
交響曲第8番(1975年),Herbert Kegel,RSOL,STUDIO
交響曲第8番(1976年)ノーヴァク版1889-90,ベーム,Vpo,STUDIO
交響曲第8番(1976年)ノーヴァク版1890,ヨッフム,SKD,STUDIO
交響曲第8番(1982年)1887年第1稿,Eliahu Inbal,RSOF,STUDIO
交響曲第8番(1982年)1890年ノーヴァク版,テンシュテット,Lpo,STUDIO
交響曲第8番(1984年)1890年ノーヴァク版,Carlo Maria Giulini,Vpo,STUDIO
交響曲第8番(1985年)Originalfassung,Heinz Rogner,ベルリン放送,STUDIO
交響曲第8番(1988年)ハース版,カラヤン,Vpo,STUDIO
交響曲第8番(1989年),マゼール,Bpo,STUDIO
交響曲第8番(1990年)1890年ノーヴァク版,ショルティ,Cso,LIVE
交響曲第8番(1993年)1890年ノーヴァク版,Sergiu Celibidache,ミュンヘン・フィル,LIVE
交響曲第8番(1993年)1890年ノーヴァク版,Jesus Lopez-Cobos,Cincinnati Symphony,STUDIO
交響曲第8番(1994年)1890年ノーヴァク版,シノーポリ,SKD,STUDIO
交響曲第8番(1996年)1887年ノーヴァク版,Georg Tintner,National Symphony Orchestra of Ireland,STUDIO
交響曲第8番(1996年)ハース版,ブーレーズ,Vpo,LIVE
交響曲第8番(1999年)ノーヴァク版,Riccardo Chailly,RCO,STUDIO
交響曲第8番(2000年)ハース版,ヴァント,ミュンヘン・フィル,LIVE
交響曲第8番(2000年)ノーヴァク版,Nikolaus Harnoncourt,Bpo,LIVE
交響曲第8番(2001年)ハース版,ヴァント,Bpo,LIVE
交響曲第8番(2003年)ハース版,Marcus R. Bosch,sinfonieorchester Aachen,LIVE
交響曲第8番(2004年)Version 1884-1887,Dennis Russell Davies,Bruckner Orchester Linz,LIVE
交響曲第8番(2005年)ハース版,大植英次,大阪フィル,LIVE
交響曲第8番(2005年)ハース版,Herbert Blomstedt,GOL,LIVE
交響曲第8番(2008年)First version 1887,Simone Young,Philharmoniker Hamburg,LIVE

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ブルックナー:交響曲第8番[1887年第1稿(ノーヴァク版)]

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2008年11月18日 (火)

シモーネ・ヤングのブルックナー4番


Young

Anton Bruckner
Symphony No. 4 "Romantische"
E-Flat Major, original version 1874
Simone Young
Philharmoniker Hamburg

2007年、ハンブルクにおけるライヴ録音

1. Allegro 19:54
2. Andante quasi allegretto 18:28
3. Sehr schnell. Trio. Im gleichen Tempo 12:45
4. Finale [Allegro moderato] 18:53

Total 70:01

この人の指揮は、音色の変化が華やかだが、そのテクスチュアは決して完成されたものではなく、むしろ未熟で粗く聞こえ、それがかえって新鮮さを感じさせ心地よい。それは、このヴァージョンが初稿版であるからだろうか。さらに、この人の表現においては、本来この作品が持つ魅力が至る所から聞こえてくるような気がする。たとえばあっけらかんとしたポリフォニーなどから...

この作品が「ロマンチック」と呼ばれる所以は、巨匠たちの演奏や過去に良い評価を受けた演奏(シノーポリなど)より、むしろシモーネ・ヤングの演奏から聴き取れるような気がする。それは、彼女の第4番が初稿版であり、年を重ね大成したブルックナーの作曲技術で書き改められノーブルに生まれ変わった改訂版の様式美より、未完成な天真爛漫さを持つからかも知れない。

この演奏を聞いたあとに、比較のために、他の指揮者による改訂版を、改めて聴き直してみると「ブルックナーは受けを狙って改訂しちゃったんだなあ。初稿版のままでもよかったのに」と思わせられるのが面白い。

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