2018年5月30日 (水)

ワーグナー:『ニュルンベルクのマイスタージンガー』全曲/モウフタール=サモライ演出、M.ボッシュ&ニュルンベルク国立劇場 [Blu-ray]

Meistersinger_2

Richard Wagner: Die Meistersinger von Nurnberg [Blu-ray]
Staatsphilharmonie Nürnberg
Marcus Bosch
2011年録画


ナチス党大会、ニュルンベルク裁判、つまり、ナチズムと因縁のある都市ニュルンベルクで『マイスタージンガー』を上演するのは不可能だと私は思っていた(そもそも、マイスタージンガーは、バイロイトを除いて、ドイツ国内では、あまり上演されないではないか?)。
しかし、この商品を見てびっくり。2011年、ニュルンベルクで『マイスタージンガー』が上演されてある。


【収録情報】
・ワーグナー:『ニュルンベルクのマイスタージンガー』全曲

アルベルト・ペーゼンドルファー(Br ザックス)
ヨッヘン・クプファー(Br ベックメッサー)
ミヒャエラ・マリア・マイヤー(S エーファ)
マイケル・パッチ(T ヴァルター)
ティルマン・リヒディ(T ダーフィト)
ライラ・プフィスター(Ms マクダレーナ)
グィド・イェンティエンス(Bs ポークナー)
マルティン・ベルナー(Bs コートナー)
クリストフ・ヴィットマン(T フォーゲルゲザンク)
クルト・ショーバー(Bs ナハティガル)
マルティン・プラッツ(T ツォルン)
フィリップ・カーマイケル(T アイスリンガー)
マルティン・ニヴァル(T モーザー)
ムン・ヨンジェ(Bs オルテル)
ヴラディスラフ・ソロディヤギン(Bs シュヴァルツ)
キム・デヨン(Bs フォルツ)
ランダル・ヤコプシュ(Bs 夜番)
ニュルンベルク国立劇場合唱団
ニュルンベルク・フィルハーモニー管弦楽団
マルクス・ボッシュ(指揮)

演出:ダフィト・モウフタール=サモライ
装置:ハインツ・ハウザー
衣装:ウルテ・アイッカー
照明:カールハインツ・コルンベルガー

収録時期:2011年10月
収録場所:ニュルンベルク国立劇場(ライヴ)

収録時間:270分
画面:カラー、16:9、HD
音声:PCM Stereo, DTS-HD Master Audio 5.0
字幕:独英仏
Region All

(HMV.co.jp より)




【参考】

2018年4月 2日 (月)

【ヤフオク】 中古とはいえ《シュティードリーの指輪》がこんなに安く取引されるとは驚き・・・というより「癪に障る」/私はそれをかなり高額で購入したのに(泣)

Ring


・関連記事

フリッツ・シュティードリー&メトロポリタンの《指輪》1951年ライブ録音


2018年3月23日 (金)

フリッツ・シュティードリー&メトロポリタンの《指輪》1951年ライブ録音

Fritz_stiedry

フリッツ・シュティードリーの《指輪》1951年ライブ録音

この録音にはところどころ欠落がある。それは録音方針によるものか当時の演奏方針によるものかは分からない。
録音は、1951年当時のプアなものであるが、私のオーディオ環境では、大音量で聴くと迫力満点。細かい音がよく聞こえる。この音源はやはりユーチューブで聴くのはダメ(!)。

これは古き良き時代のワーグナーだが、必ずしも大味ではなく粗くない。オケは、忠実に脇役・伴奏者としての役割・アンサンブルを現す。しかも、オケは、熱演にあっても、ねばっこさやしつこさがない。つまりオケも歌手も大味だが洗練されている。私は常々「オペラの主役は歌手と合唱」だと思っている。オケや指揮者は脇役なのだ。その点、このフリッツ・シュティードリーの歌手中心の演奏は正当。

シュティードリーの指揮は、テンポ・ルバートというより、ややアッチェレランドが快い(《黄昏プロローグ》のジークフリート・ブリュンヒルデの二重唱、ラインへの旅)。そして、クライマックスの盛り上げ方は自然体(《ワルキューレ第2幕》《ワルキューレ第3幕幕切れ》《黄昏第2幕、第3幕》)。《ジークフリート第3幕幕切れ》は自然体というより、すごい演奏だと思う。

ヴォータンはダブルキャスト。《黄金》におけるハンス・ホッターはゲスト出演。だが期待外れか。

横道にそれますが、それにしてもジークムントが「ノートゥング」をトネリコの幹から引き抜く直前、なんで「愛の断念」の動機が鳴るんだろうね。←それは効果的なのだが意味がわからない。なぜなら「愛の断念」と「ノートゥング」はつながらないと思うから。それとも、ジークムントとジークリンデの過酷な運命はまさに「愛の断念」を連想させるからか・・・いや違うな。

欲を言えば、シュティードリーの指揮に明快な個性・自己主張があれば良かったと思うが・・・逆に言えば、その「自己主張の無さ」がこの《指輪》の魅力か。ただし彼の指揮にも癖はある(ジークフリート暗殺の場面)。

歌手の発声がそろっている。それは、指揮するのが難しいバイロイト祝祭劇場より、指揮するのが比較的難しくない「メト」の好条件が生かされているからか。それにしても当時の歌手はみんな声量あるし歌がうまいね。危なげない。歌詞も良く聞こえる。それは1951年当時、オペラの演出において、歌手の動きが激しいものではなかったから...だろうか。

とにかくこの《指環》はやや個性に欠けるが、テンポが速く聴き易い。分かり易い。疲れさせない。クナ、フルトヴェングラー、さらに近年の《指環》は演奏は上手いのだが聴くのが疲れる。

【私のオーディオ環境】 TANNOY Stirling HW, LUXMAN L-560, marantz sa-11s1, marantz sa-7s1


Der Ring des Nibelungen
Live recording in mono from
Metropolitan Opera, New York 1951
Conductor: Fritz Stiedry
Metropolitan Opera
Orchestra and Chorus

Das Rheingold
January 27, 1951
Wotan (Hans Hotter)
Donner (Osie Hawkins)
Froh (Brian Sullivan)
Loge (Set Svanholm)
Alberich(Lawrence Davidson)
Mime (Leslie Chabay)
Fasolt (Jerome Hines)
Fafner (Deszö Ernster)
Fricka (Margaret Harshaw)
Freia (Jarmila Novotna)
Erda (Karin Branzell)
Woglinde (Erna Berger)
Wellgunde (Lucine Amara)
Floßhilde (Herta Glaz)

Walküre
February 3, 1951
Siegmund (Günther Treptow)
Sieglinde (Astrid Varnay)
Wotan (Ferdinand Frantz)
Brünnhilde (Kirsten Flagstad)
Hunding (Lubomir Vichegonov)
Fricka (Blanche Thebom)
Gerhilde (Thelma Votipka)
Ortlinde (Irene Jessner)
Waltraute (Jeanne Palmer)
Schwertleite (Jean Madeira)
Helmwige (Regina Resnik)
Siegrune (Herta Glaz)
Grimgerde (Martha Lipton)
Roßweiße (Lucielle Browning)

Siegfried
February 10, 1951
Siegfried (Set Svanholm)
Mime (Peter Klein)
Brünnhilde (Helen Traubel)
Wanderer (Ferdinand Frantz)
Alberich (Gerhard Pechner)
Fafner (Deszö Ernster)
Erda (Karin Branzell)
Waldvogel (Erna Berger)

Götterdämmerung
February 17, 1951
Brünnhilde (Helen Traubel)
Siegfried (Set Svanholm)
Hagen (Deszö Ernster)
Alberich (Gerhard Pechner)
Gunther (Herbert Janssen)
Gutrune (Regina Resnik)
Waltraute (Margaret Harshaw)
Woglinde (Erna Berger)
Wellgunde (Lucine Amara)
Floßhilde (Herta Glaz)
1. Norne (Jean Madeira)
2. Norne (Martha Lipton)
3. Norne (Margaret Harshaw)


【追加】 私は2009年の私の自宅火災前、下記15種類の《指輪》を持っていたが、それらを焼損した(それらは老後の楽しみだった)。私はそれらを再取得せずに《指環》は「ティーレマン&バイロイト盤」「シモーネ・ヤング盤」しか買ってない。そして今回、シュティードリー盤を購入したのだが、もうこの3つ以上は要らないと私は思う。

1. フルトヴェングラー/スカラ座。1950年ライヴ録音
2. フルトヴェングラー/イタリア放送交響楽団。1953年演奏会形式ライヴ録音
3. クレメンス・クラウス/バイロイト。1953年ライヴ録音
4. クナッパーツブッシュ/バイロイト。1956年ライヴ録音
5. ショルティ/Vpo。1958/65年セッション録音
6. ベーム/バイロイト。1966/67年ライヴ録音
7. カラヤン/Bpo。1966/70年セッション録音
8. ブーレーズ/バイロイト。1979/80年ライヴ録音 [CD]
9. ブーレーズ/バイロイト。1980年録画 [レーザーディスク]
10. Marek Janowski/SKD。1980/83年セッション録音
11. レヴァイン/メトロポリタン。1987/89年セッション録音
12. ハイティンク/バイエルン放送交響楽団。1988/91年セッション録音
13. サヴァリッシュ/バイエルン国立歌劇場。1989年ライヴ録音
14. バレンボイム/バイロイト。1991/92年ライヴ録音
15. Copenhagen Ring/Michael Schonwandt(指揮), Kasper Bech Holten(演出), The Royal Danish Opera。2006年録画 [DVD]

2018年3月21日 (水)

《ニュルンベルクのマイスタジンガー》第2幕(聖ヨハネ祭の前夜)にて、何故あのような騒動が起こるのかやっとわかりました

私は《マイスタージンガー》の第2幕(聖ヨハネ祭の前夜)が、なんであんな「どんちゃん騒ぎ」になるのかが分からなかった。30年来聞いても ...。
(もしかして同第2幕はワーグナーの失敗作かと思ったりした)
それがまさか「某物理学の掲示板」で分かるとは! スッキリした。やっぱり同作品はよくできてる。

【参考】

聖ヨハネ祭の前夜には、魔女や精霊が現れるという言い伝えがあるが,その夜を舞台にしたシェークスピアの『真夏の夜の夢』も、やはりこのような伝説を背景としている[1]。(ウィキペディアより)

これを指摘している文献を、私は今まで見たことない。

【参考】

NACHTWÄCHTER

Hört, ihr Leut', und laßt euch sagen,
die Glock' hat Eilfe geschlagen:
bewahrt euch vor Gespenstern und Spuk,
daß kein böser Geist eu'r Seel' beruck'!
Lobet Gott, den Herrn!

夜回り番

さあさ,皆の衆,よく聞くがよかろう,
時計は十一時を打ちました。
妖怪と化け物にご用心!
どなたも悪魔に魂をさらわれぬように!
主なる神を讃えましょう!
(同第2幕幕切れより)
高辻知義訳


2018年2月27日 (火)

カール・ベームのワーグナー:序曲・前奏曲集

Bohm

Wagner: Ouvertüren & Vorspiele
Wiener Philharmoniker
Karl Böhm
録音:1978 / 1980年
UCCG-5254

アマゾンJPの先行レビューアーさんが「地味」「色気が無い」「官能性にかける」と書かれているが、それは半分当たってるが半分間違っている。
マイスタージンガーのエクスタシーはすごい(大音量で聴くとド迫力がある)・・・しかも緻密。クライマックスの手前の例の三つの主題が同時に演奏されるところで『歌合戦における聴衆のベックメッサーへの嘲笑』のモチーフが奏されることを、私はこのベーム盤を聴いて初めて気づいた。

マイスタージンガー以外の演奏にはエクスタシーないな...。もとい。トリスタン前奏曲は「バイロイト・ライブ(1966年)」ほど強烈なアクセントはないが穏やかに昇天させてくれる。
しかし、タンホイザー、パルジファルは粗い。


【収録情報】
ワーグナー:
1. 『ニュルンベルクのマイスタージンガー』第1幕への前奏曲
2. 『ローエングリン』第1幕への前奏曲
3. 『ローエングリン』第3幕への前奏曲
4. 『さまよえるオランダ人』序曲
5. 『トリスタンとイゾルデ』第1幕への前奏曲
6. 『タンホイザー』 序曲
7. 『パルジファル』第1幕への前奏曲

 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 カール・ベーム(指揮)

 録音時期:1978年11月、1979年3月(1,6,7)、1980年6月(2-5)
 録音場所:ウィーン、ムジークフェラインザール
 録音方式:ステレオ(セッション)

(HMV.co.jp より)

2018年1月25日 (木)

Irina Mejoueva plays Bösendorfer

Mejoueva

Irina Mejoueva plays Bösendorfer
2017年セッション録音


私の評価:このアルバムは音響的に成功している:Stars5


【前書き】

<---引用ここから--->
ベーゼンドルファーなどのヨーロッパの名門メーカーは、ピアノをチェンバロの発展形として、音響的に残響豊かな宮廷で使用する前提でピアノを造っていた。これに対しスタインウェイは、産業革命により豊かになったアメリカ市民が利用していた、数千人を収用できる音響的に貧弱な多目的ホールでの使用を念頭においていた。そのために、今では常識となっている音響工学を設計に初めて取り入れた。結果、スタインウェイは構造にいくつか特色がある。(ウィキペディア、スタインウェイ・アンド・サンズの項より)
<---引用ここまで--->

【本文】

『ベーゼンドルファーはチェンバロの発展形(上記参照)』。筆者が思うにベーゼンドルファーは、或る意味、打楽器的ではない(!)。そして、1000人収容のコンサートホールにおいて「ベーゼンドルファー・インペリアル」で「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲《皇帝》」を弾くときなどは、ピアニストには、バックハウス並みの豪快さ、名人芸的技巧が要求されるだろう。

さて、同アルバムにて、メジューエワが弾いているのは「ベーゼンドルファー モデル 290 インペリアル(97鍵)」ではなく「ベーゼンドルファー モデル 275(1991年頃製造、92鍵)」だ。だが、後者の低音の迫力は前者に劣らぬ。されば、その音を如何に録音するか? (ベーゼンドルファーという楽器は録音が難しい楽器・・・らしい)

昔、私の知り合いの或る学者さんが(=チェンバロのエキスパートさんが)

>>チェンバロは、その胴体の中に、頭を突っ込んで聴くと一番良い音が聴ける

と冗談を仰ってましたが「ベーゼンドルファー」もまた《胴体の中に、頭を突っ込んで》=《オンマイクで》録音するのが良いか? はたまた、その響きをやや遠方から拾えば良いのか? 


その難題を、同アルバムは解決していると思う。すなわち:


1.同録音の「特徴」は、ベーゼンドルファーの「特徴」であるところの《こもった音》・・・その《こもった音》の《うなり》が良く録れていること。それは、楽器とマイクとの距離が適度であることを物語っていると思う。

2.他方、メジューエワの怪演・・・その怪演の際、その《こもった音》の中、彼女の打鍵がノイズなく聴ける。

上記、1.2を快く聴かせる音盤を私は他に知らない。

という訳で・・・たまにこういう演奏・録音を聴かせるメジューエワ・・・彼女からは目を離せない(!)。

「うなり」についてはウィキペディア参照のこと。

【参考】 私のオーディオ環境:TANNOY Stirling HW, LUXMAN L-560, marantz sa-11s1


【収録情報】

イリーナ・メジューエワ・プレイズ・ベーゼンドルファー〜ベートーヴェン:テンペスト、ワーグナー/リスト編:イゾルデの愛の死、ドビュッシー:沈める寺、他

● ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第17番ニ短調 op.31-2『テンペスト』
● シューベルト:即興曲 変イ長調 op.142-2
● シューベルト/リスト編:連祷
● リスト:エステ荘の噴水
● ワーグナー/リスト編:イゾルデの愛の死
● ドビュッシー:沈める寺
● ラフマニノフ:プレリュード op.32-12

 イリーナ・メジューエワ(ピアノ/ベーゼンドルファー Model 275)

 録音時期:2017年4月23日
 録音場所:神奈川県、相模湖交流センター
 録音方式:ステレオ(デジタル96kHz-24Bit/セッション)

(HMV.co.jp より)

2017年12月 4日 (月)

(C) Apple Music ワーグナー:『ジークフリート』全曲 ヤープ・ファン・ズヴェーデン&香港フィル、マティアス・ゲルネ、サイモン・オニール、他(2017 ステレオ)(4CD)/ワーグナー:アリア集 ニーナ・シュテンメ、フランツ・ヴェルザー=メスト、小澤征爾、ウィーン国立歌劇場(2003-2013)

Zweden
(C) Apple Music 検索キーワード:Wagner Zweden

《ジークフリート》第3幕、ジークフリートとブリュンヒルデの二重唱は何だか古臭い歌い方をしている。過去に発売された《ジークフリート》第3幕との差別化がないと思う。これは美しい演奏だが美しいだけではダメだ。

《ジークフリート》第3幕の幕が下りる直前にて『もう神々の滅亡は決定的になったこと』を言い表すためには「トンデモナイ歌唱」が要求されると思うが、この演奏はその点、弱いと思う。
やっぱり退屈する。買わない。

【収録情報】
● ワーグナー:『ジークフリート』全曲

 ジークフリート…サイモン・オニール(テノール)
 ミーメ…デヴィッド・ケンジェロシ(テノール)
 さすらい人…マティアス・ゲルネ(バス・バリトン)
 アルベリヒ…ヴェルナー・ファン・メケレン(バス・バリトン)
 ファーフナー…ファルク・シュトルックマン(バス・バリトン)
 森の小鳥…ヴァレンティナ・ファルカス(ソプラノ)
 エルダ…デボラ・ハンブル(メゾ・ソプラノ)
 ブリュンヒルデ…ハイディ・メルトン(ソプラノ)
 香港フィルハーモニー管弦楽団
 ヤープ・ファン・ズヴェーデン(指揮)

 録音時期:2017年1月6-25日 ライヴ録音
 録音場所:香港カルチュラル・センター・コンサート・ホール
 録音方式:ステレオ(デジタル/ライヴ)

(HMV.co.jp より)




Stemme
(C) Apple Music 検索キーワード:Wagner Stemme

《ジークフリート 第3幕》
不老不死の神性から、人間の乙女になってしまったブリュンヒルデ。
この場面で、ブリュンヒルデを歌う歌手は、神と人間の両面を歌わなければならないが、ステンメの歌唱には神性も乙女チックもない。

また《ジークフリート 第3幕》で、ブリュンヒルデは「指輪の呪い」を忘れてしまう。神々の黄昏が決定的になってしまう。ステンメの歌唱にはその切迫感がない。
また《ジークフリート 第3幕》大団円・・・迫力に乏しい。平凡か(?)。退屈してしまう。下手だ。

イゾルデもイマイチか(?)。
買わない。

【収録情報】
ワーグナー:
1. 『さまよえるオランダ人』より「Johohoe! Traft ihr das Schiff im Meere an(ヨホホヘ! 大海原で、おまえたち、出会ったことがおありかね)」
2. 『さまよえるオランダ人』より「Wirst Du des Vaters Wahl nicht schelten?(おまえは、お父さんの選択に抗議しないのかい?)」
3. 『ワルキューレ』より「Raste nun hier, gonne Dir Ruh!(ここで止まろう! 休もう!)」
4. 『ジークフリート』より「Heil dir, Sonne! Heil dir, Licht!(お日さま・・・ありがとう! 光よ・・・ありがとう!)」
5. 『ジークフリート』より「 O Siegfried! Siegfried! Seliger Held!(ああ、ジークフリート! 幸せな勇者!)」
6. 『ジークフリート』より「Dort seh'ich Grane, mein selig Ross(あら、グラーネがいたわ。かわいい私の馬・・・)」
7. 『ジークフリート』より「Ewig war ich, ewig bin ich(永劫の昔から、ずっといつも)」
8. 『トリスタンとイゾルデ』より「Erfuhrest du meine Schmach(さあ、私の恥辱の意味を知りたいのなら)」
9. 『トリスタンとイゾルデ』より「Mild und leise wie er lachelt(イゾルデの愛の死)」

ニーナ・シュテンメ(ソプラノ)
トルステン・ケルル(テノール:1)
ファルク・シュトルックマン(バリトン:2)
フランツ・ハヴラタ(バス:2)
ヨハン・ボータ(テノール:3)
スティーヴン・グールド(テノール:4-7)
ウィーン国立歌劇場合唱団(1)
ウィーン国立歌劇場管弦楽団
小澤征爾(指揮:1,2)
フランツ・ヴェルザー=メスト(指揮:3-9)

録音時期:2003-2013年
録音場所:ウィーン、国立歌劇場
録音方式:ステレオ(ライヴ)

(HMV.co.jp より)

2017年9月 8日 (金)

【メモ】 トリスタンとイゾルデについての覚え書き/書き直し

ワーグナー作曲 楽劇『トリスタンとイゾルデ』を鑑賞するにあたって押さえておきたいことを箇条書きします。

【前置き】

要するにこのオペラは誰がイングランドとアイルランドの王位・家督を継ぐか、その跡目争い(あるいは御家騒動?)の物語だと見ることができよう。というのもこのオペラの背景にはイングランドとアイルランドいずれもお世継ぎが決まっていないという事情が在るからだ。そしてもしトリスタンがマルケ王に反逆しマルケ王を殺し自らが王になれば、そこにはフロイト的『父殺し』の深層が加わる。

1. トリスタンは孤児。イゾルデはプリンセス(!)
トリスタンは孤児でありイングランドの正当な王位継承権者ではなかった。トリスタンはマルケ王の従僕(der Knecht)であり且つよそ者である。そのことはイングランドの臣民たちも認識していたと思う。トリスタンはマルケ王の「おい」であるはずだがその証拠はない。分かりやすく言ってトリスタンは何処の馬の骨か分からない男である。それに対しイゾルデはアイルランドの「プリンセス(!)」。彼女がアイルランド王家において男子を出産すればその子はアイルランドの正当な王位継承権者となるだろう・・・すなわちイゾルデは女主人(die Herrin)でありトリスタンは従僕(der Knecht)。そのことによって第1幕におけるイゾルデはトリスタンをひどく見下している。またトリスタンはイゾルデに対して強いコンプレックスを抱いている。

2. 政略結婚(1)
イゾルデとマルケ王の結婚は政略結婚である。そしてそれはイングランドとアイルランドとの不仲(争い)を和解させ得る。もしイゾルデがマルケ王の男子を産めばその子はイングランドとアイルランドを和解させ両国を統治する王となるかも知れない(しかし一般的に女性にとって「政略結婚」ほど屈辱的なことはないだろう)。

3. 政略結婚(2)
もしイゾルデがマルケ王に嫁ぐためにイングランドに向かう船上でトリスタンを毒殺すればその「政略結婚」はおじゃんになる。それはイゾルデにとって本意であったか不本意であったか。それを我々は言い得ないだろう。
イゾルデの本意はとにかくトリスタンとセックスすること(!)。私は、第1幕第5場にてイゾルデとトリスタンが二人だけになった時にかわされる二人の「ねちっこい会話」を聴くとイゾルデがトリスタンに「さっさと私とセックスしなさいよ」と言っているように聞こえる・・・少なくとも私にはそう聞こえる。
しかもイゾルデの欲求は性欲の最大の充足である不倫である。イゾルデはマルケ王とトリスタンの二人の男性と関係を持つ。
トリスタンもまた不倫の一歩手前まで来ている。トリスタンにもまた「愛の妙薬」に屈したいという潜在意識がある。

問:あの〜、トリスタンが、イゾルデをめとることはできなかったのですか?
答:いや、それはできない:なぜなら、トリスタンとイゾルデの身分が違い過ぎるから。

4. イゾルデが求めたのは「マルケ王との婚姻を前提とした裏切り(!)」
第1幕、イゾルデは(識別できるように)印をつけた死の薬(毒薬)をブランゲーネに持って来させる(それをトリスタンと二人で飲むためである)。イゾルデはブランゲーネに「死の薬を持って来い」と命じるが果たしてそれが「毒薬」であったか「愛の妙薬」であったかは重要ではない。
イゾルデの目的はトリスタンにマルケ王を裏切らせることだった・・・そして、イゾルデとトリスタンが「同じ杯から薬を飲むという行為そのもの」が(その薬が毒であれ媚薬であれ)結果としてイゾルデとトリスタンによるマルケ王への裏切りだ(!)。その杯の中身は何でも良い。

<--- 引用 ココから ウィキペディアより --->

「ワーグナーの台本に特徴的なもののひとつに『媚薬』がある。伝説では脇役的な意味でしかなかった媚薬を、ワーグナーは本作で二人が『死の薬』と信じてあおる設定とした。このために愛は死の中にのみ実現可能という、『愛=死』の強いメッセージを込めることに成功している。これについて、トーマス・マンは『このとき二人は水を飲んでもよかったのだ』と述べている。また、ヴィーラント・ワーグナーは、本作の媚薬は『以前から存在していた愛情を舞台上に視覚化する契機』であり、媚薬が情熱の告白の一歩前にいた二人を告白に踏み切らせたとする」

<--- 引用 ココまで ウィキペディアより --->

5. イゾルデが求めたのは「トリスタンとの不倫」(再び)
二人が飲んだ薬は肉体的死をもたらすものではなく精神的死(理性・道徳・倫理・正義の死)をもたらすものである。つまりその媚薬は二人に「しきたりの中で生きること」をやめさせ愛の死に追いやる。愛と死がイコールでつながる。それがこのオペラの重要なテーマだ。
「薬」を二人が一緒に飲むことは二人を性の欲動へと駆り立てる。そのきっかけだ。

6. 第1幕冒頭、イゾルデの狂乱
このオペラの第1幕冒頭のイゾルデの狂乱は『神々の黄昏』においてブリュンヒルデがジークフリートに裏切られたことを知ったときの狂乱に似ている。ただし両者は「文脈(前後の筋書き)」が違う。両者の違いは、イゾルデの場合、イゾルデの狂乱の理由が当初「聴衆(このオペラを聴く聴衆)」にはまったく分からない。それに対しブリュンヒルデの場合、彼女の狂乱は楽劇『ニーベルングの指輪』の最も重要なモチーフである「指輪の呪い」がもたらしたことであるのを「聴衆」は知っている。

7. 淫らなドラッグ
しかしながらトリスタンたちが飲んだ「愛の妙薬」もジークフリートが飲んだ「忘れ薬」も「目の前に居る異性を愛せ!」・・・という淫らな行為に陥れるドラッグだ。そしてそれは「聴衆」をもめろめろにさせ・・・また「聴衆」をも愛の享楽・快楽へと導く。トリスタン、イゾルデ、ジークフリートが飲んだ液体はワーグナーが発明した最も淫らなドラッグだ。

8. トリスタンの後見人クルヴェナールは『タントリスの件』を知っていた
『タントリスの件』とはかつてイゾルデが彼女の婚約者モーロルトを殺した「仇」であるトリスタンに一目惚れし瀕死のトリスタンを救命し解放したというエピソードである(第1幕にてイゾルデによって語られる)。
クルヴェナールは、第3幕で、イゾルデを「die Ärztin(女医者)」と呼び、彼は彼女を「昔、あなたがモーロルトから受けた傷をとざした方(第3幕第1場)」と呼ぶ。つまり、クルヴェナールは『タントリスの件』を知っていた。
にもかかわらず、クルヴェナールは第1幕で「トリスタンの命の恩人であるイゾルデ」を侮辱する歌を歌う(クルヴェナールはバカである)。

9. クルヴェナールはトリスタンとイゾルデが愛しあっていることをも知っていた(?)
クルヴェナールはもしかしてトリスタンとイゾルデが愛しあっていることをも知っていた。そうでなければ彼は第3幕でイゾルデをわざわざトリスタンの下(もと):カレオール(トリスタンの故郷。ブルターニュ半島、フランス)に呼んだりしない。

10. クルヴェナールはくせ者
このオペラにおいてワーグナーはクルヴェナールを愚者として描いているように私には思える。なぜならクルヴェナールは『タントリスの件』『トリスタンとイゾルデの愛』を知っていながらトリスタンとイゾルデが陥ったジレンマを解決しようとしない(!)。彼は傍観者である。

11. トリスタンがマルケ王にイゾルデの秘密をばらしたというのは真実か?
トリスタンがマルケ王にイゾルデをめとるようにすすめたとき「トリスタンはマルケ王に『タントリスの件』をばらした」と言ってイゾルデはトリスタンを責める(第1幕第5場)。すなわちイゾルデはトリスタンが秘密にすべき『タントリスの件』を第三者(マルケ王)にばらしたと言ってトリスタンを責める:「憎むべきトリスタンは口が軽い男であり、恩を仇で返す裏切り者だ(!)」と。
とにかく『タントリスの件』はイゾルデにとって極めて重大な秘密であり、それは彼女にとって恥辱なのである。その秘密をトリスタンが第三者に漏らしたのであれば、それは死をもってつぐなわなければならないトリスタンの裏切り(!)。

12. トリスタンがマルケ王にイゾルデの秘密をばらしたというのはイゾルデの妄想か?
しかし、そもそもトリスタンが『タントリスの件』をマルケ王にばらしたというのは本当のことなのだろうか・・・あるいはそれはイゾルデの妄想か(?)・・・いずれにしても重要なことはトリスタンとイゾルデの『タントリスの件』に対する《認識のずれ》《思惑の違い》である:トリスタンにとって『タントリスの件』はイゾルデをマルケ王にめとらせるための「方便」に過ぎない・・・が、イゾルデにとってそれは「トリスタン暗殺の動機」である。

13. そもそも『タントリスの件』は公然の秘密だったのかも知れない
思うに『タントリスの件』はこのオペラの第1幕が始まる前からそもそも「公然の秘密」だったのかも知れない。

14. トリスタンがマルケ王にイゾルデとの結婚をすすめたもう一つの理由(?)
たとえば『風と共に去りぬ』のスカーレットがメラニーの兄と結婚したのはアシュリーに接近するためだった。つまりスカーレットがメラニーの兄と結婚すればそのことでスカーレットはメラニーの義理の姉になる・・・そのことでスカーレットはメラニーの夫アシュリーに接近できる。トリスタンの場合も上記と同じ事が言えると思う:すなわち、イゾルデがマルケ王と結婚すればトリスタンはマルケ王の妃イゾルデに仕えることができる。そのことでトリスタンはイゾルデに接近できるというわけだ。

15. 「トリスタン和音」(1)
「トリスタン和音」=愛し合っているが結ばれない=ワーグナーが一番言いたかったことはこれだろう。
ワーグナーは二人の主人公だけではなくこのオペラの「聴衆」をも現実から遠ざけさせる・・・ワーグナーは「聴衆」の《死や裏切りに対する免疫力》を高める・・・トリスタン和音は「聴衆」をめろめろにさせ享楽・快楽へと導く。
繰り返すがトリスタンとイゾルデが愛の媚薬を飲むときにオーケストラによって演奏される「トリスタン和音」は「聴衆」の《裏切りや姦淫や死に対する免疫力》を高める。トリスタンとイゾルデが飲んだ「媚薬」はジークフリートが飲んだ「忘れ薬」と同じ物である(すなわちジークフリートも忘れ薬を飲んだあとすぐにグートルーネに惚れてしまう:それは惚れ薬!)。
その「忘れ薬(愛の媚薬)」がトリスタンをしてイゾルデに対するコンプレックスを忘れさせ、イゾルデをしてプライドを忘れさせる。そしてその忘れ薬が「聴衆」をして日常性を忘れさせる。

16. 「トリスタン和音」(2)
だがトリスタンとイゾルデはまだ十代の少年少女である。この作品のストーリーは十代の少年少女の恋愛ごっこ、あるいはスキャンダルなのである。「落ち」をつければ、このオペラのストーリーは十代から二十代に我々が経験する恋愛ごっこ・・・それがトンデモナイ災いになってしまった(!)。
ただし下記のトリスタン和音だけは本物(!)。その和音はワーグナーとヴェーゼンドンク夫人が陥った危機から生まれた(!)。ワーグナーはその危機を作品に託し昇華した。


Tristan_chord

トリスタン和音(midi)


【2018−2−27 追加】

ところで、私はこのオペラの第2幕第3場における『マルケ王の長い独白(マルケ王がトリスタンに裏切られた苦悩を訴える場面)』において、「《トリスタンとイゾルデ》全曲を通して初めてまともなドイツ語を話す人が出て来た」と思っていたが、その場面を改めて聴いてみると、やっぱりマルケ王のその独白におけるドイツ語も変だと思った。

2017年4月20日 (木)

シモーネ・ヤングの《指輪》をちびちび聴く(その2)ヴァルキューレ第2幕第2場、第3幕、および、シモーネ・ヤングの《指輪》全曲へのレビュー

http://koshiro-m.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/post-4b01.html の続き

==

Young

Wagner: Der Ring des Nibelungen
Philharmoniker Hamburg
Simone Young
2008/2010年録音


【前置き】

ついでに、私が、「ジークフリート第3幕」以外に好きな場面をあげると:

《ヴァルキューレ》第2幕第1場、フリッカとヴォータンのやりとり(フリッカがヴォータンをやり込める)場面。
《ヴァルキューレ》第2幕第2場(ヴォータンの苦悩)。
《黄昏》においては、第1幕第3場、ヴァルトラウテとブリュンヒルデの会話(前者が後者に指輪をラインの乙女たちに返して欲しいと、訴える場面)など
つまり、私は、あまりドラマティックじゃない場面もまた、これを好みます。


【本文】

【ヴォータンがブリュンヒルデに彼の苦悩を語る場面(第2幕第2場)】

ここは、ヴォータン役のファルク・シュトルックマン(Falk Struckmann)よりも、そしてオケよりも、「ヴォータンの語りの聴き手」であるブリュンヒルデが良い(←少ししか歌ってないにもかかわらず(汗;;)
さらに、ヴォータンの語りを聴き終えた後のブリュンヒルデ役のデボラ・ポラスキー(Deborah Polaski)の落ち着いた歌唱が良いと思った。

【第3幕】

「ヴァルキューレの騎行」は、オケが非力に聞こえる。

《ヴァルキューレ》第3幕第3場。ブリュンヒルデがヴォータンに許しを乞う場面(War es so schmählich, was ich verbrach, 私の犯したことは、そんなにも恥ずべきことでしたか)は、ある意味劇的場面であるが、その二人の対話は期待したほど良くなかった。だらだらしている。

ファルク・シュトルックマンという人は、リート歌手ではないようだが、ブリュンヒルデとの告別の歌を(あえて言えば)リートのように丁寧に歌っているのは良かった。「告別の歌」に続く管弦楽の後奏も繊細だ。

魔の炎の音楽は、ハープの音がよく聞こえて、微妙な色彩を放っていると思う。

第3幕第3場のヤングの指揮において「ジークフリートの動機」が劇的な伏線にはなっていないように感じられたが、気のせいか?


(下に続く)

続きを読む "シモーネ・ヤングの《指輪》をちびちび聴く(その2)ヴァルキューレ第2幕第2場、第3幕、および、シモーネ・ヤングの《指輪》全曲へのレビュー" »

2017年4月15日 (土)

シモーネ・ヤングの《指輪》をちびちび聴く(その1)神々の黄昏(全曲)

http://koshiro-m.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/wagne.html に続く

http://koshiro-m.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/vs-f08c.html の続き

==

Young

Wagner: Der Ring des Nibelungen
Philharmoniker Hamburg
Simone Young
2008/2010年録音


【前置き】

とにかく、この音盤は、私のオーディオシステムと相性が良い。大音量で聴くと迫力があり気持ちいい。


タイトル:「ちびちび聴く」と言いながら、以下、いきなり「神々の黄昏(全曲)」の感想文です(汗;;

・プロローグ前半(3人のノルンの会話)は特に良くない・・・が、後半「ジークフリートのラインへの旅」のアッチェレランドが良い(BEIDE Heil ! Heil ! Heil ! Heil ! 二人:元気でね!元気でね!元気でね!の後の間奏。あるいは、その前の歌唱 Heil dir, Brünnhilde, prangender Stern ! 元気でね!ブリュンヒルデ。きらめく星よ!あたりから、テンポが少し速くなる)。

・ただし、私の主観的感覚では、シモーネ・ヤングの指揮は、必ずしもライトモチーフが明確に聞こえない時があるような気がする。あるいは、彼女の指揮は、良くも悪くも全体的にライトモチーフを強調しない傾向にあるかも知れない。

・第1幕第1場。ハーゲンを歌っている歌手が上手いと思ったら、ハーゲン役はジョン・トムリンソン(John Tomlinson)だった。上手いはずだ(汗;;

・第1幕第3場(ヴァルトラウテとブリュンヒルデの対話、および、ジークフリートがブリュンヒルデの岩屋に侵入するところから幕切れまで)は、何を言いたいのかよく分からなかったが、再度聴いてみると何とか持ちこたえていると思った(Waltraute を Petra Lang が歌っている)。

・第2幕第3場。ハーゲンがギービッヒ家の家臣を呼び集める場面は不吉さが足りないと思う。

・第2幕第4場。「ブリュンヒルデがジークフリートを告発する場面」から「ジークフリートとブリュンヒルデがハーゲンの槍に命がけの誓いをする場面」まで。←ちょっと粗いと思う。

・私は「神々の黄昏」の第2幕第5場をあまり好きではないのだが、第2幕第5場冒頭のブリュンヒルデの独白「Welches Unholds List liegt hier verhohlen? ここには、どんな妖怪の悪巧みが潜んでいるの?」を、デボラ・ポラスキー(Deborah Polaski 1949年生まれ)は、ゆっくり、たっぷり歌っていて良いと思う。

・第3幕第2場は、ジークフリート(Christian Franz)とハーゲン(John Tomlinson)のやりとりの場面は、後者の歌唱が前者の歌唱をサポートしていると思う。ジークフリートの絶命の歌と、それに続く場面転換の「葬送行進曲」は、胸が熱くなる。「葬送行進曲」は大音量で演奏され迫力ある。

・第3幕第3場。この第3場のオケのパフォーマンスは全体的に良いと思う。「ブリュンヒルデの自己犠牲」は前半の語るように歌っている部分は良いが、最後の歌唱(Fliegt heim, ihr Raben ! Raunt es eurem Herren, was hier am Rhein ihr gehört ! 飛び帰れ!カラスたち!飼い主に知らせるのよ。このライン河のほとりで聞いたことを!)以降は迫力に欠ける(年齢的に体力不足か?)。ブリュンヒルデが「自己犠牲」を歌い終えた後、フィニッシュまでのオケのパフォーマンスは雄弁ではないが丁寧で良いと思う。

(続く)

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