2017年4月20日 (木)

シモーネ・ヤングの《指輪》をちびちび聴く(その2)ヴァルキューレ第2幕第2場、第3幕、および、シモーネ・ヤングの《指輪》全曲へのレビュー

http://koshiro-m.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/post-4b01.html の続き

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Young

Wagner: Der Ring des Nibelungen
Philharmoniker Hamburg
Simone Young
2008/2010年録音


【前置き】

ついでに、私が、「ジークフリート第3幕」以外に好きな場面をあげると:

《ヴァルキューレ》第2幕第1場、フリッカとヴォータンのやりとり(フリッカがヴォータンをやり込める)場面。
《ヴァルキューレ》第2幕第2場(ヴォータンの苦悩)。
《黄昏》においては、第1幕第3場、ヴァルトラウテとブリュンヒルデの会話(前者が後者に指輪をラインの乙女たちに返して欲しいと、訴える場面)など
つまり、私は、あまりドラマティックじゃない場面もまた、これを好みます。


【本文】

【ヴォータンがブリュンヒルデに彼の苦悩を語る場面(第2幕第2場)】

ここは、ヴォータン役のファルク・シュトルックマン(Falk Struckmann)よりも、そしてオケよりも、「ヴォータンの語りの聴き手」であるブリュンヒルデが良い(←少ししか歌ってないにもかかわらず(汗;;)
さらに、ヴォータンの語りを聴き終えた後のブリュンヒルデ役のデボラ・ポラスキー(Deborah Polaski)の落ち着いた歌唱が良いと思った。

【第3幕】

「ヴァルキューレの騎行」は、オケが非力に聞こえる。

《ヴァルキューレ》第3幕第3場。ブリュンヒルデがヴォータンに許しを乞う場面(War es so schmählich, was ich verbrach, 私の犯したことは、そんなにも恥ずべきことでしたか)は、ある意味劇的場面であるが、その二人の対話は期待したほど良くなかった。だらだらしている。

ファルク・シュトルックマンという人は、リート歌手ではないようだが、ブリュンヒルデとの告別の歌を(あえて言えば)リートのように丁寧に歌っているのは良かった。「告別の歌」に続く管弦楽の後奏も繊細だ。

魔の炎の音楽は、ハープの音がよく聞こえて、微妙な色彩を放っていると思う。

第3幕第3場のヤングの指揮において「ジークフリートの動機」が劇的な伏線にはなっていないように感じられたが、気のせいか?


(下に続く)

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2017年4月15日 (土)

シモーネ・ヤングの《指輪》をちびちび聴く(その1)神々の黄昏(全曲)

http://koshiro-m.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/wagne.html に続く

http://koshiro-m.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/vs-f08c.html の続き

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Young

Wagner: Der Ring des Nibelungen
Philharmoniker Hamburg
Simone Young
2008/2010年録音


【前置き】

とにかく、この音盤は、私のオーディオシステムと相性が良い。大音量で聴くと迫力があり気持ちいい。


タイトル:「ちびちび聴く」と言いながら、以下、いきなり「神々の黄昏(全曲)」の感想文です(汗;;

・プロローグ前半(3人のノルンの会話)は特に良くない・・・が、後半「ジークフリートのラインへの旅」のアッチェレランドが良い(BEIDE Heil ! Heil ! Heil ! Heil ! 二人:元気でね!元気でね!元気でね!の後の間奏。あるいは、その前の歌唱 Heil dir, Brünnhilde, prangender Stern ! 元気でね!ブリュンヒルデ。きらめく星よ!あたりから、テンポが少し速くなる)。

・ただし、私の主観的感覚では、シモーネ・ヤングの指揮は、必ずしもライトモチーフが明確に聞こえない時があるような気がする。あるいは、彼女の指揮は、良くも悪くも全体的にライトモチーフを強調しない傾向にあるかも知れない。

・第1幕第1場。ハーゲンを歌っている歌手が上手いと思ったら、ハーゲン役はジョン・トムリンソン(John Tomlinson)だった。上手いはずだ(汗;;

・第1幕第3場(ヴァルトラウテとブリュンヒルデの対話、および、ジークフリートがブリュンヒルデの岩屋に侵入するところから幕切れまで)は、何を言いたいのかよく分からなかったが、再度聴いてみると何とか持ちこたえていると思った(Waltraute を Petra Lang が歌っている)。

・第2幕第3場。ハーゲンがギービッヒ家の家臣を呼び集める場面は不吉さが足りないと思う。

・第2幕第4場。「ブリュンヒルデがジークフリートを告発する場面」から「ジークフリートとブリュンヒルデがハーゲンの槍に命がけの誓いをする場面」まで。←ちょっと粗いと思う。

・私は「神々の黄昏」の第2幕第5場をあまり好きではないのだが、第2幕第5場冒頭のブリュンヒルデの独白「Welches Unholds List liegt hier verhohlen? ここには、どんな妖怪の悪巧みが潜んでいるの?」を、デボラ・ポラスキー(Deborah Polaski 1949年生まれ)は、ゆっくり、たっぷり歌っていて良いと思う。

・第3幕第2場は、ジークフリート(Christian Franz)とハーゲン(John Tomlinson)のやりとりの場面は、後者の歌唱が前者の歌唱をサポートしていると思う。ジークフリートの絶命の歌と、それに続く場面転換の「葬送行進曲」は、胸が熱くなる。「葬送行進曲」は大音量で演奏され迫力ある。

・第3幕第3場。この第3場のオケのパフォーマンスは全体的に良いと思う。「ブリュンヒルデの自己犠牲」は前半の語るように歌っている部分は良いが、最後の歌唱(Fliegt heim, ihr Raben ! Raunt es eurem Herren, was hier am Rhein ihr gehört ! 飛び帰れ!カラスたち!飼い主に知らせるのよ。このライン河のほとりで聞いたことを!)以降は迫力に欠ける(年齢的に体力不足か?)。ブリュンヒルデが「自己犠牲」を歌い終えた後、フィニッシュまでのオケのパフォーマンスは雄弁ではないが丁寧で良いと思う。

(続く)

2017年4月14日 (金)

フリッツ・シュティードリーの《指輪》/非常に悔しいが、高くて買えない(泣)

Stiedry_2

Wagner: Der Ring Des Nibelungen (New York -- January 27 and February 3, 10, and 17, 1951; Kirsten Flagstad, Astrid Varnay, Helen Traubel, Regina Resnik, Jarmila Novotna, Erna Berger, Karin Branzell, Blanche Thebom, Margaret Harshaw, Set Svanholm, Gunther Treptow, Leslie Chabay, Peter Klein, Hans Hotter, Ferdinand Frantz, Gerhard Pechner, Herbert Janssen, Lawrence Davidson, Luben Vichey, Deszo Ernster, Osie Hawkins, Brian Sullivan, Jerome Hines, Lucine Amara, Herta Glaz, Jean Madeira; Fritz Stiedry)


シモーネ・ヤングの《指輪》が、意外に良かった。←それで我慢します。

・シュティードリーの《指輪》(9000円。2017年4月14日現在)←安くなったら、買います。


【Amazon.co.jp へのリンク】

Wagner: Der Ring Des Nibelungen Fritz Stiedry

【Amazon.com および Amazon.de へのリンク】

Wagner: Der Ring Des Nibelungen Fritz Stiedry

Wagner: Der Ring Des Nibelungen Fritz Stiedry

2017年4月 9日 (日)

「ワルキューレ」第2幕第1場&「ジークフリート第3幕」/シモーネ・ヤング vs. ピエール・ブーレーズ

http://koshiro-m.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/post-4b01.html に続く

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Young

Wagner: Der Ring des Nibelungen
Philharmoniker Hamburg
Simone Young
2008/2010年録音


私は《指輪》において、劇的場面だけでなく、劇的ではないが重要な場面を聴くのが好きだ。たとえば、「ワルキューレ」第2幕第1場のフリッカがヴォータンを説教する場面:すなわち、フリッカがヴォータンに「フンディングとジークムントとの決闘において、フンディングを勝たせなさい」と説く場面・・・シモーネ・ヤング盤のその場面は、最初に聴いた時、一本調子の棒読みに聞こえた・・・が、改めて聴いてみると、それは特に悪くはない(良くもないけど(笑))。

しかし、ピエール・ブーレーズ盤におけるフリッカ(ハンナ・シュヴァルツ、Hanna Schwarz 私はこの歌手が好き!)の歌唱は強烈で良いと思う。それは「フリッカがヴォータンを説得するのではなく、まさにヴォータンがフリッカを説得する」ように聞こえる。ヴォータンはフリッカをなだめ、落ち着かせ、おのれの考えを理解するよう彼女に求めるが、ヴォータンの説得は失敗する。そして、ヴォータンの自己矛盾があらわになる。

同第2幕第1場におけるヴォータンの苦悩は、ブーレーズ盤、ヴォータン役のドナルド・マッキンタイヤーの歌唱よりもフリッカ役のハンナ・シュヴァルツの歌唱(の強烈さ)によって強調される。フリッカはヴォータンを攻撃し追いつめていく。


【余談】

ところで、

私は《指輪》において、神々は不老不死であるが、その代わり、(神々は)生殖能力を持たないような気がする。ブリュンヒルデもジークムントも生殖によって生まれた個体ではなく、ヴォータンの DNA を埋め込まれたクローン人間のような気がする。
繰り返すが《指輪》における神々は、子孫を作ることができない。自分の分身を作ることだけしかできない。そもそも、神々の一族自体がクローン人間たちのように思える。

(下に続く)

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2016年12月 2日 (金)

おすすめできるアイテムではないが HMV に注文した『シモーネ・ヤングの指輪』が安い/だが、これは「メーカー取り寄せ」「出荷遅延」(2016年10月19日)/【後日談】 結局、同商品 HMV で入手を断念/11月30日、これをアマゾンにて注文(¥6,010)/ところが、その2日後(2016年12月2日)さらに安くなった(¥4,969)/あら悔しい!

【2016−12−2 追加】

【後日談】

<--- HMV.co.jp からのメール ココから --->

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HMV エルパカよりご注文商品手配状況のお知らせ - - - - - - - - 2016年11月19日
============================================================================

(中略)

================================================================
ご注文商品の詳細
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ご注文商品のお取り寄せ期間を以下のように変更させて頂いております。
- - - - - - 商品 No.1 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
受注番号 : 44127890
アーティスト: ワーグナー(1813-1883)
タイトル : 『ニーベルングの指環』全曲 シモーネ・ヤング&ハンブルク州立歌劇場、シュトルックマン、ポラスキ、他(2008、2010 ステレオ)(14CD)
フォーマット: B14
数量 : 1
単価 : \4,990
状況 : お取り寄せ 16-60日間 → 入荷未定 に変更

<--- HMV.co.jp からのメール ココまで --->

結局、シモーネ・ヤングの『指輪』を、HMV.co.jp で入手するのを断念した。

そして、

>>ワーグナー:楽劇「ニーベルングの指環」全曲 シモーネ・ヤング《14枚組》 Import

↑これ、amazon.co.jp にて、価格1万円以上だったのが、安くなったので、私は、これを、2016年11月30日に、amazon.co.jp にて ¥6,010 で注文。ところが、その2日後(12月2日現在)同商品は amazon.co.jp にて、さらに安くなりました(¥4,969)。私が先に ¥6,010 で注文した同商品は、キャンセルできませんでした。あら悔しい!(下記)

【参考画像 アマゾン 12月5日現在】

Ring_young
amazon.co.jp(上記)へのリンク

・・・・・・・・・・

【参考画像 HMV.co.jp 10月19日現在】

Simone_2

・・・

私が、2016年09月18日、HMV.co.jp に注文した「シモーネ・ヤングの指輪」。←これは、なぜか、いつの間にか、価格が安くなっていた(ご注文履歴の価格が自動的に ¥4,990 に変わっていた!)。←注文したときより、安いです。←注文したときは、たしか、¥6,065 だった!
だが、私、これを、2016年09月18日に注文したが、2016年10月19日現在、入手できていない。←「メーカー取り寄せ」「出荷遅延」すなわち「ご注文番号 (xxxxxxxx) でご注文いただきました商品は取引先からの商品入荷が遅れており、ご案内差し上げておりました予定日での商品ご用意が困難になっております。」(←手に入るのだろうか?)

(2016年10月19日現在)

2016年9月 7日 (水)

【Apple Music】 を聴く時、私の iMac の内蔵ヘッドフォン・アンプは、意外に音が良い

例えば、【Apple Music】 &ヘッドフォンで、《神々の黄昏》ティーレマン&バイロイト2008年盤を聴く時、その音は十分、鑑賞に堪える。したがって、ヘッドフォン(AKG K601)で、【Apple Music】 を聴く限りにおいては、ヘッドフォン(AKG K601)以外には、ハード(CD プレーヤ、ヘッドフォン・アンプほか)は要らないと思った(!)もとより、ソフト(神々の黄昏/ティーレマン CD 盤など)が、要らない・・・。

Imac_late_2013_2
↑私の iMac は、コレだと思う。

・・・

Headphone
↑ヘッドフォン・ジャック(背面、一番左)

・・・

Thielemann
(C) Apple Music
↑《指輪》ティーレマン&バイロイト2008年盤

・・・

Adaptor
↑ヘッドフォンを、iMac のヘッドフォン・ジャックに繋ぐためのアダプター

・・・

↑【Apple Music】&ヘッドフォンの音が、こんなに良い音なら、

もし、あなたが、音楽愛好者として、

1.音に拘(こだわ)らないならば、

2.かつ、iMac ユーザーならば、

3.そして、オデオで音楽を聴くことに拘らないならば、

4.そして、オデオとソフト(CD/SACD)にお金をかけたくないならば、

5.そして、あなたが、ヘッドフォンを嫌いでないなら、否、むしろ、ヘッドフォンを好むリスナーなら、

あなたが、音楽(クラシック音楽&その他のジャンルの音楽)を聴くために、

あなたには、iMacと、ヘッドフォンさえあれば、あとは何も要らない(!)

と思った。

・・・

追加1)書き忘れてました。いままで、私は、Apple Music を、iMac 内蔵スピーカで聴いてました。

追加2)これも書き忘れていました。Apple Music は、月額980円(税込)です。

追加3)iPhone の音は?

2016年9月 3日 (土)

《ニーベルングの指輪》の隠れた名演/アルトゥル・ボダンツキー(Artur Bodanzky)&フリッツ・シュティードリー(Fritz Stiedry)の「ジークフリート第3幕第3場」を聴く

このエントリーは、このブログの読者ねこのみーさんと私のコメント交換がもとになっています。

【前置き】

>>>私の経験上、以前好きだった曲を全部聴き通す気が起こらないのは9割方、自分の不調のせいでは無く、演奏のつまらなさから来てると思います

私が今、所有する《指輪》全曲は、ベーム盤とティーレマン&バイロイト2008年盤のみ(あ、それから、《ジークフリート》全曲/ブーレーズ/バイロイト [3cds] を最近購入)。
私の家が火事になる前は、以下の《財産》を私は所有していた(私はそれらを聴くのを老後の楽しみにしていた。よって、以下のアイテム、ほとんど聴いてない):

1. フルトヴェングラー/スカラ座。1950年ライヴ録音
2. フルトヴェングラー/イタリア放送交響楽団。1953年演奏会形式ライヴ録音
3. クレメンス・クラウス/バイロイト。1953年ライヴ録音
4. クナッパーツブッシュ/バイロイト。1956年ライヴ録音
5. ショルティ/Vpo。1958/65年セッション録音
6. ベーム/バイロイト。1966/67年ライヴ録音
7. カラヤン/Bpo。1966/70年セッション録音
8. ブーレーズ/バイロイト。1979/80年ライヴ録音 [CD]
9. ブーレーズ/バイロイト。1980年録画 [レーザーディスク]
10. Marek Janowski/SKD。1980/83年セッション録音
11. レヴァイン/メトロポリタン。1987/89年セッション録音
12. ハイティンク/バイエルン放送交響楽団。1988/91年セッション録音
13. サヴァリッシュ/バイエルン国立歌劇場。1989年ライヴ録音
14. バレンボイム/バイロイト。1991/92年ライヴ録音
15. Copenhagen Ring/Michael Schonwandt(指揮), Kasper Bech Holten(演出), The Royal Danish Opera。2006年録画 [DVD] ←ほとんど見てない

私は、「ジークフリート第3幕第3場」が好きなので【注1】、それだけに注目して、「ジークフリート第3幕第3場」だけを、Apple Music, YouTube などで試聴した。しかし、私の記憶において良い印象を持っていたバレンボイム盤、ブーレーズの映像盤、サヴァリッシュの映像盤(サヴァリッシュの映像盤を私は初めて見たが最悪!)、(火事の後に購入した)ティーレマン&バイロイト2008年の「ジークフリート第3幕第3場」を聴いたが、どれも、ピンと来なかった!

(あ、忘れていました。「ジークフリート第3幕」シモーネ・ヤング盤は、悪くなく良くもない。Apple Music にて試聴)。

<--- 注1:ココから --->

【注1】 私が、「ジークフリート第3幕」を、好きな理由:

・ブリュンヒルデが、永遠の若さを失う(つまり、彼女は年を取ればお婆ちゃんになる)。
・ブリュンヒルデが、永遠の処女性を失う。
・ブリュンヒルデが、ジークフリートのなかば強引な求婚に戸惑う。
・ブリュンヒルデが、指輪の呪いを忘れてしまう。
・神々の滅亡が決定的になる。

・ジークフリートは、ブリュンヒルデの岩屋を2回、訪れるのだが、その2回目(神々の黄昏第1幕第3場)においては、ジークフリートは正気ではない。つまり、ジークフリート第3幕第3場は、神々の黄昏第1幕第3場の《怖い伏線》になっている。

・ジークフリート第3幕において、ジークフリート第2幕までに比べ、オーケストレーションのド迫力が増した(ジークフリート第3幕の幕切れは複数の音楽が同時に鳴らされゴチャゴチャになる)。すなわち、ジークフリート第3幕において作曲技法が進化している。なぜなら、ワーグナーは、ジークフリート第2幕と第3幕との間に《トリスタン》と《マイスタージンガー》を書いたからだ。

・ジークフリート第3幕第3場のブリュンヒルデが目覚める時の音楽は、神々の黄昏プロローグ冒頭の動機として、また、第3幕におけるジークフリート絶命の時に歌われる歌として、再現・回想される。それが、私には、ドラマティックというより感傷的(乙女チック?)に聞こえる。それが、私は好きだ。

ついでに、私が、「ジークフリート第3幕」以外に好きな場面をあげると:

《ヴァルキューレ》第2幕第1場、フリッカとヴォータンのやりとり(フリッカがヴォータンをやり込める)場面。
《ヴァルキューレ》第2幕第2場(ヴォータンの苦悩)。
《黄昏》においては、第1幕第3場、ヴァルトラウテとブリュンヒルデの会話(前者が後者に指輪をラインの乙女たちに返して欲しいと、訴える場面)など
つまり、私は、あまりドラマティックじゃない場面もまた、これを好みます。

<--- 注1:ココまで --->

現在のところ、このブログの読者ねこのみーさんが、推薦するアルトゥル(アルトゥール)・ボダンツキー(Artur Bodanzky、メトロポリタン、1937年盤)、および、フリッツ・シュティードリー(Fritz Stiedry、メトロポリタン、1951年盤)のみ、私の嗜好に合う。

《指輪》の名盤と呼ばれるものは、いろいろある。その数は少なくない。が、要するに、今の私が、面白いと思う演奏は意外に少ない・・・ような気がする・・・すなわち今の私が、面白いと思う音源は、ボダンツキー盤&シュティードリー盤の2つしかない。もっとも、私は、その2つの《指輪》の全部を聴いた訳ではない。繰り返すが、その2つのアイテム:《指輪》ボダンツキー盤とシュティードリー盤・・・←今の私は、その「ジークフリート第3幕第3場」しか聴いていない(汗;;)(←前者は Apple Music にて試聴。後者は YouTube にて試聴。)(下記、参照のこと)。
 

Ring_02
フリッツ・シュティードリー(Fritz Stiedry、1883年生 - 1968年没、メトロポリタン、1951年盤。ASIN: B00005MOAA)
および、アルトゥル(アルトゥール)・ボダンツキー(Artur Bodanzky、1877年生 - 1939没、メトロポリタン、1937年盤。ASIN: B000067UM3)
アマゾンJP および (C)Apple Music より

(2016−8−28)

(このエントリーは、更に続きます。続きは、後日書きます)

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(続き)

下記《ジークフリート》ゼバスティアン・ヴァイグレ(Sebastian Weigle)&フランクフルト歌劇場(2010/12年)から「ジークフリート第3幕第3場」だけを Apple Music で試聴したけど、ピンと来なかった。ブリュンヒルデ(スーザン・ブロック)が良くなかった。

ゼバスティアン・ヴァイグレは、《マイスタージンガー》バイロイト2008年 [Blu-ray] が良かったので期待したが・・・。
 

Weigle
(C) Apple Music

(2016−8−30)

(続く)

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(続き)

【前置き】

Ring
(C) Apple Music。左上から順に、フルトヴェングラー&スカラ座、フルトヴェングラー&イタリア放送、クレメンス・クラウス、ショルティ、カラヤン

【本文】

そして、フルトヴェングラー、クレメンス・クラウス、クナッパーツブッシュ、ショルティ、ベーム、カラヤンの「ジークフリート第3幕第3場」を聴き比べる。

・「ジークフリート第3幕第3場」フルトヴェングラー&スカラ座盤

これは名演だと思う。以下の部分(幕切れ)は、フルトヴェングラーの得意技であるところのスピード感が、保持されている。







BRÜNNHILDE
Lachend muß ich dich lieben,
lachend will ich erblinden,
lachend laß' uns verderben,
lachend zugrunde gehn!
Fahr' hin, Walhalls leuchtende Welt!
Zerfall in Staub deine stolze Burg!
Leb' wohl, prangende Götterpracht!
End' in Wonne, du ewig Geschlecht!
Zerreißt, ihr Nornen, das Runenseil!
Götterdämm'rung, dunkle herauf!
Nacht der Vernichtung, neble herein!
Mir strahlt zur Stunde Siegfrieds Stern;
Er ist mir ewig, ist mir immer,
Erb' und Eigen, ein' und all':
leuchtende Liebe, lachender Tod!

ブリュンヒルデ
笑いながら、私は、あなたを愛さなければならない、
笑いながら、私は盲目になりたい、
笑いながら、私たちは、滅びましょう!
笑いながら、没落しましょう!
さらば、ヴァルハラの輝ける世界よ!
ちりとなれ、汝(ヴォータン)の誇らしき城よ!
さらば、見せかけの神々の華やかさよ!
歓喜して果てよ、汝(ヴォータン)、永劫の族よ!
引きちぎれ! 汝らノルンよ、ルーネの縄を!
神々の黄昏よ、帳を下ろせ!
壊滅の夜よ、霧に包まれよ!
私にはいまや、ジークフリートの星が輝き、
彼は、私にとって永遠にして、いつまでも変わらない、
わが遺産にしてわが財産、唯一にしてすべて、
輝ける愛よ! 笑う死よ!



・「同」フルトヴェングラー&イタリア放送交響楽団盤

フルトヴェングラーは「イタリア放送盤」で、上記歌詞を聞き取り易くするために、スカラ座盤より、幾分ゆっくり指揮しているのだろうが、それ故に、私の主観では、ブリュンヒルデが吐き出す恐ろしい言葉「Götterdämm'rung, dunkle herauf! 神々の黄昏よ、帳を下ろせ!」「Nacht der Vernichtung, neble herein! 壊滅の夜よ、霧に包まれよ!」「leuchtende Liebe, lachender Tod! 輝ける愛よ! 笑う死よ!」(の意味)が、弱められていると思う。ここは、ヒステリックな演奏が良い。ここは、思いっきり強調した方がいい。なぜなら、ブリュンヒルデのこれらの言葉によって、《神々の黄昏》において、ジークフリート、ブリュンヒルデが死ぬ時、ブリュンヒルデがワルハラの城に火を放つ時「なにがどうしてこうなったか」という因果応報が、リスナーの頭に、スッと入る・・・と同時に、リスナーはカタルシスを得られる、と私は、思う。

・「同」クレメンス・クラウス&バイロイト

クラウスの《ばらの騎士》は素晴らしかったが、この「ジークフリート第3幕第3場」は、若干流れが悪い(あるいは、乗りが悪い?)。最後の二重唱(幕切れ)は健闘している。ただし、繰り返すが、クラウスの演奏にしては、流れが悪く、大味かも知れない。

・「同」クナッパーツブッシュ&バイロイト

平凡。迫力なし。

・「同」ショルティ&Vpo

ショルティのファンには悪いが、この指揮者は何も分かってない。

・「同」ベーム&バイロイト

このジークフリート第3幕は、ヴォルフガング・ヴィントガッセンとビルギット・ニルソンの声量が生かされている点において悪くないですね(歌詞がよく聞こえる)。

・「同」カラヤン&Bpo

私は、フルトヴェングラー/イタリア放送交響楽団盤の感想文で、「ジークフリート第3幕第3場」は「ヒステリックな演奏が良い」と書いたが、このカラヤン盤「ジークフリート第3幕第3場」は、その正反対である。はっきり言って、これは、BGM である。しかし、カラヤン盤は(高級)オーディオで大音量で鳴らしてみたい・・・リスナーに、そう思わせる魅力があると思う。ショルティ盤は「これは本当に、ウィーン・フィルなのか」と思わせる強音(Apple Music で試聴する限り、ショルティ盤は弦も管も強すぎる。もっとも、それがショルティの魅力であるが・・・)。それに対し、カラヤン盤は、何と言っても、ベルリン・フィルが美しい。すなわち、カラヤンはベルリン・フィルをコントロールしている(音質的にオケが歌唱より強いと思わせられる箇所があるが・・・)。ベルリン・フィルは当然、音を外さない。歌唱もまた音を外していない(いや、ブリュンヒルデのおたけびなど聴くと、必ずしも歌手が歌唱が音を外していないとは言えまいか? すなわち、歌唱は少しぐらい音を外す方が面白いし、迫力あると私は思う)。カラヤン盤。←これなら、作品《指輪》をつまみ食いしても良いと私は思わせられた。カラヤンの《指輪》は、配役が、ユニークなのが魅力、また、ショルティ盤と同様、数年の時間をかけてセッション録音されているという、ある意味良い条件をカラヤンは生かしたであろうか。

【追加】

↑これは、もしかして、録音が良い? 現在私は、《指輪》ステレオ録音は、ベーム盤、ティーレマン&バイロイト2008、ブーレーズ盤(ジークフリートのみ)しか持たない。Apple Music で聴いた限りでは、カラヤン盤は、もしかしたら、ティーレマン盤より、音がいいかも知れない。ただ、私は、カラヤンの美学は好きではない(嫌いでもない)。《指輪》カラヤン盤には、私にとって、聴くに値しない部分があるかも知れない。←でも、欲しい。最近、廉価盤が出たし・・・(下記)

Karajan
WAGNER/DER RING DES NIBELUNGEN Import/KARAJAN

(2016−9−1)

(続く)

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(続き)

【本文】

アルトゥル(アルトゥール)・ボダンツキー(Artur Bodanzky)フリッツ・シュティードリー(Fritz Stiedry)

ボダンツキーのファーストネーム「Artur」は、ドイツ語では「アルトゥル」と発音される。しかし、人名の正しい発音は、ご本人に聞いてみないとわからない。

「ジークフリート第3幕第3場」ボダンツキー盤の最大の魅力は、急激な「アップテンポ」と知的な指揮である。そういうことは、フルトヴェングラーや、若い頃のカラヤンも得意だった。が、その2人よりボダンツキーのほうが技量が上だ(←つまり、フルトヴェングラー、カラヤン&バイロイト(1951)【注2】には、ボダンツキーのような圧倒的技量がなかった訳である)。そして、ボダンツキーに並ぶもう1人の指揮者は、フリッツ・シュティードリーである。その2人(ボダンツキー、シュティードリー)の「アップテンポ」は、指揮者のアッチェレランドというより、歌手の力量とスキルによるものである。そして、そのことは、オペラという芸術においては「歌手が主役であり指揮者は脇役(守り立てる人)あること」を感じさせる。思うに、歌手が指揮者に合わせるより、指揮者が歌手に合わせる方が合理的であろう。なぜなら、歌手は旋律を暗譜し歌詞を暗記し演技をこなし、その上で、ベストを要求されるからである。

逸話
ボダンツキーは速めのテンポ設定で有名で、トランプのために早めに仕事を切り上げたいからああしているのだと、ときに陰口を叩かれることもあった。
(ウィキペディアより)

私もそう思った。
ボダンツキーのテンポの上げ方は、快く、格好よく、気持ち良い。
私は、ボダンツキーは、指揮をしている途中で、オシッコしたくなって、テンポを上げたように聞こえた(勿論、それは私の冗談・・・だが、繰り返すが、ボダンツキーのテンポの上げ方は、たとえ、オシッコのせいであったとしても、それは格好いい)。

「ジークフリート第3幕第3場」ボダンツキー(指揮)のほうが、シュティードリー(指揮)より安定感があると思う。が、ボダンツキー盤は録音が古いので(1937年録音)音が悪いのが残念(!)

「ジークフリート第3幕第3場」フリッツ・シュティードリー盤においては、オケが強音を轟かせるのに対し、歌唱はそれに負けてない、かつ、その逆も言えるだろう。
この「ジークフリート第3幕第3場」シュティードリー盤でブリュンヒルデを歌っているのは、ヘレン・トローベル(Helen Traubel 1899 - 1972)、彼女は明るいですね。そして、元気がある。ジークフリートを歌っているのは、Set Svanholm(1904 - 1964)。この人の声も元気がある。ヘレン・トローベルの歌い方は古いと思いました。ただ、彼女の安定した声量は、魅力的&安心して聴けます。
実は、私は、キルステン・フラグスタート(1895 - 1962)、ビルギット・ニルソン(1918年 - 2005)が苦手なので、ヘレン・トローベルの明るいブリュンヒルデが気に入った(私は、生まれて初めてヘレン・トローベルを聴いた)。ブリュンヒルデが、十代の少女であると仮定するなら、明るい声も悪くなかろう。
とにかく、この録音全体が、もしかしたら、祝祭的(?)に明るい(?) この録音は、エンターテインメントと芸術性が両立している(?)と思いました。←もっと良く聴いてみないと分かりませんが・・・(汗;;

(続き)

さて、私は、フリッツ・シュティードリーの《神々の黄昏》全曲を、YouTube で試聴した。そして、私は、ヘレン・トローベルは、声量・実力において、フラグスタート、ニルソンに劣らないと思った。そして、演奏も良し。というわけで、買うなら、シュティードリー盤だ!・・・否、カラヤン盤も捨てがたいネ(汗;;)。←お金があれば両方欲しい・・・というか、カラヤン盤はもともと持ってたのだ! くやしいな〜

・ボダンツキーとシュティードリーの《指輪》におけるカットまたは省略について
ボダンツキーとシュティードリーの《指輪》には、おそらく、当時のメトロポリタンの慣例によって「カットまたは省略(あるいは割愛)」がある。「ジークフリート第3幕第3場」においては、






BRÜNNHILDE
(wendet sanft das Haupt zur Seite und richtet ihren Blick nach demTann)
Dort seh' ich Grane,
mein selig Roß:
wie weidet er munter,
der mit mir schlief!
Mit mir hat ihn Siegfried erweckt.


から、


SIEGFRIED
Durch brennendes Feuer fuhr ich zu dir!
Nicht Brünne noch Panzer barg meinen Leib:
nun brach die Lohe mir in die Brust.
Es braust mein Blut in blühender Brunst;
ein zehrendes Feuer ist mir entzündet:
die Glut, die Brünnhilds Felsen umbrann,
die brennt mir nun in der Brust!
O Weib, jetzt lösche den Brand!
Schweige die schäumende Glut!
ブリュンヒルデ
(穏やかに頭をかたわらに向け、もみの木のほうに目をやる)
あそこに、グラーネが見える、
私の愛馬が、
元気に草を食んでいる、
私と一緒に眠っていたのに!
私と一緒にジークフリートが目覚めさせたのね。






ジークフリート
燃え盛る炎を超えて、おれはあなたのもとへやってきた!
鎖かたびらもよろいも、おれの身体を被ってはなかった。
いま、炎がおれの胸に入り込んでいる。
おれの血は沸騰して、情熱が燃え盛っている、
身を蝕む火が、おれのなかで点火された。
ブリュンヒルデの岩山のまわりに燃えていた灼熱の炎、
それがいまや、おれの胸に燃えている!
さあ、あなたが、この火事を消してくれ(激情を静めてくれ)!
泡立つ情熱を黙らせてくれ!

までが、カットされている。

↑すなわち「BRÜNNHILDE:Kein Gott nahte mir je! 神でさえ、私に近づくことはなかった!」の手前までが、カットされている。ボダンツキーとシュティードリーの《指輪》は、その他の箇所にもカットがある。←私が《指輪》全曲カラヤン盤を再取得したい理由の一つは、それがノーカットだからです。

【まとめ】

以上、このエントリーは【前置き】が長く、【本文】が短い(汗;; ←要するに、このエントリーの主旨は従来の《指輪》名盤に対する批判です。

【参考】

ワーグナー作曲 ジークフリート 第3幕 歌詞対訳

(2016−9−2)

(続く)

===========

(続き)

《指輪》ティーレマン&バイロイト2008年盤は、もしかしたら、下手(?)

(2016−9−3)

(続く)

===========

(続き)

【注2】 訂正します。《ジークフリート第3幕第3場》カラヤン&バイロイト(1951)。これは、悪くなかった。

Karajan
(C) Apple Music

(2016−9−5)

2016年8月16日 (火)

「ブーレーズの指輪/CD 盤」を聴きたい(←再発売して欲しい)

1976年(私が高校生の時)、私は、ラジオで「ブーレーズの指輪全曲(バイロイト音楽祭の放送用音源。FM-NHK)」を聴いて、ワグネリアンになった、と、記憶しています(それ以前、私はワーグナーを聴いたことがなかった)。
その後、社会人になって「ブーレーズの指輪の映像」を、レーザーディスクで購入(高価で重かった)。
そして、その約10〜20年後、「同 CD 盤(ASIN: B000I8OFIM)」を購入するも、火事に遭って、全部消失。

私は、いま、「ブーレーズの指輪/CD 盤」を聴きたくなったのだが、現在、それは廃盤。そして、アマゾン・マーケットプレイスでは、プレミアム付きのとんでもない値段で売られている(ぼったくり! 日米アマゾン。下記。)
幸い、【Apple Music】で、それ(ブーレーズの指輪全曲。下記)を聴くことはできるのだが・・・それを聴いたら、ますます、「ブーレーズの指輪/CD 盤」を懐かしく思い、欲しくなった。←(高級)オデオで聴きたい!
中古で良いから、13000円ぐらいで売ってないかな〜! というか、再発売して欲しい。

【参考画像】

Ring
(ブーレーズの指輪/CD 盤。Apple Music(Center)。米国アマゾンで、$224.86。アマゾンジャパンで、¥ 46,963)

・・・

【追加】

ブーレーズの指輪は、私にとって、懐かしいだけでなく、演奏が良かったと思う。

・・・

【関連記事】

ジークフリート第3幕聴き比べ(2)←このエントリーで、私は、「指輪/カール・ベーム盤」について、うだうだ書いてますが、改めて聴いてみると、ベーム盤(ジークフリート第3幕)は、ヴォルフガング・ヴィントガッセンとビルギット・ニルソンの声量が生かされている点において悪くないですね(歌詞がよく聞こえる)。

2016年8月 6日 (土)

Tristan und Isolde Christian Thielemann Staged by Katharina Wagner Bayreuth Festival 2015 [Blu-ray] [Import]

Tristan

RICHARD WAGNER
Tristan und Isolde
Stephen Gould, Evelyn Herlitzius
Georg Zeppenfeld, Iain Paterson
Christa Mayer
Bayreuth Festival Orchestra
Christian Thielemann
Staged by Katharina Wagner
Recorded live at Bayreuth Festival 2015
Blu-ray Video
Deutsche Grammophon

・・・

【収録情報】

● ワーグナー:楽劇『トリスタンとイゾルデ』(全曲)

 スティーヴン・グールド(トリスタン)
 ゲオルク・ツェッペンフェルト(マルケ王)
 エヴェリン・ヘルリツィウス(イゾルデ)
 イアン・パターソン(クルヴェナール)
 ライムント・ノルテ(メロート)
 クリスタ・マイヤー(ブランゲーネ)
 タンゼル・アクゼイベック(牧人、水夫)
 カイ・シュティーファーマン(舵手)
 バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団
 クリスティアン・ティーレマン(指揮)

 カタリーナ・ワーグナー(演出)

 収録時期:2015年7、8月
 収録場所:バイロイト祝祭劇場(ライヴ)

・・・

【注意1】

この商品(ASIN: B01E7ZORYS)を、アマゾンジャパンで買うには勇気が要った。なにしろ、リージョンコード: リージョンB(ヨーロッパ、中近東、アフリカ、オセアニア)。米国アマゾンでは同商品(ASIN: B01E7ZORYS)に「Playback Region B/2 :This will not play on most Blu-ray players sold in North America, Central America, South America, Japan, North Korea, South Korea, Taiwan, Hong Kong and Southeast Asia. 北米、中米、南米、日本、北朝鮮、韓国、台湾、香港、東南アジアで売られているほとんどのブルーレイプレーヤーでは再生しない」との注意書きがある。しかし、私は、あえて、コレをアマゾンジャパンで購入。はたして、我が家のブルーレイプレーヤー(=ブルーレイレコーダー)では、普通に再生できた。しかし、アマゾンジャパンの「登録情報」に「リージョンB」と記してあるのだから、これは、日本製ブルーレイプレーヤーでは再生しないと考えるのが、当然だろう。ご注意下さい。

【注意2】

下記の文章には、ネタバレあります。

【本文】

私の解釈。以下箇条書き。


まず、一つの仮定を書きます。
もし、トリスタンがマルケ王に対して謀反(むほん)を起こし、トリスタンがマルケ王との抗争に勝利したならば、そして、もし、イゾルデがトリスタンの子を産み、その子が男子だったなら、その子は、イングランド(とアイルランド)の王子となり、トリスタンとイゾルデはその後見人の地位を得るだろう。


要するに、このオペラは、誰が、イングランドとアイルランドの王位・家督を継ぐか、その跡目争い(あとめあらそい)の物語だと見ることができよう(または、御家騒動)。というのも、このオペラの背景には、イングランドとアイルランド両国、いずれにも、お世継ぎが居ないという事情が在るからである。


第1幕
第1幕で、イゾルデは、トリスタンに、マルケ王に対する謀反をうながしたと私は見る。
二人が愛し合えば、結果的に、トリスタンはマルケ王を裏切ることになる。そして、それは(イゾルデの誘惑による)トリスタンのマルケ王への謀反と、私は見る。


第2幕
第2幕の冒頭、および、第2場において、トリスタンとマルケ王の抗争はすでに決している。すなわち、イゾルデ、ブランゲーネ、トリスタン、クヴェナールは、第2幕の冒頭、および、第2場において、すでに、マルケ王に拘束されいてる。


第2幕は、トリスタン処刑にいたるプロセスである。マルケ王は、第2幕の冒頭からそのプロセスを高みの見物している。
そして、マルケ王は、現場(トリスタンとイゾルデの不義密通)を取り押さえ、トリスタンの謀反(未遂)を確認。トリスタンを捕縛。
そして、結果的には、マルケ王の指示(あるいは黙認)により、トリスタンは、メロートにより処刑され絶命。


すなわち、このオペラは(ローエングリンと同じく)政治的意味を持つ(「政略結婚」「抗争」「謀反」「御家騒動」「政治的スキャンダル」)。
さらに、もし、トリスタン、または、イゾルデによって「マルケ王を殺害」が実行されたなら、それは精神分析的「父殺し」の意味を持つ。
そして、私が感じた事:それは、そのマルケ王自身もまた、かつて「父殺し」によって、権力を手に入れたのではなかろうか。


トリスタンとイゾルデは、十代の少年少女であり、二人の愛は、恋愛ごっこに見える(スキャンダルの域を出ない)。第2幕の二人の二重唱の場面(カタリーナ・ワーグナー演出)は美しいが、それは「公園の遊具」みたいなオブジェ、その中で、二人はリストカットする・・・幼稚だ。
また、トリスタンとイゾルデの二重唱中、二人の背景に二人の人のシルエットが見える(それは美しい)。その二人は、大人から子どもに(更には、見えないが、胎児へ)と退化し、そのシルエットを映した光は合体する(それも美しい)。という訳で、トリスタンとイゾルデの愛は、これまた精神分析的「退行」なのだ。


第2幕第3場におけるマルケ王の長い独白は、謀反人トリスタンに対する尋問、そして、判決文の言い渡し。ただし、マルケ王は必ずしも残忍な悪役ではなく、彼の独白は、たとえば「受難曲」のポンテオ・ピラトのキリストへの尋問のように罪人をもてあましているように聞こえる部分があったが・・・しかしそれは私の聴き間違いだったかも知れない。


このオペラの悲劇の基は、そもそも、イゾルデの「矜持」と、トリスタンの「コンプレックス」にあったと思う(イゾルデは王女。トリスタンは孤児であった)。第1幕におけるイゾルデは、トリスタンを著しく見下している。たとえば、イゾルデは、トリスタンを口汚く罵る。
「Befehlen ließ dem Eigenholde Furcht der Herrin ich, Isolde!」訳すれば「(grüßen 挨拶を bitten お願いするのではなく)befehlen 命令 ließ させたのです! 女主人である私イゾルデへの畏れが。 あの自分ばかりが可愛い男に。」

Befehlen ließ dem Eigenholde Furcht der Herrin ich, Isolde!

この台詞は重要かつ難しい。語順を入れ替えると、Furcht der Herrin ich, Isolde ließ dem Eigenholde befehlen! 女主人である私イゾルデへの畏れが、あの自分ばかりが可愛い男への命令を、させる OR せしめる(使役)(ließは、過去形? 接続法第二式? 接続法ならその用法・ニュアンスは?←正直言って私には分からない(汗;;

【2016−9−29 追加】 ↑『私自身(=イゾルデ)』ではなく、『私への畏れ』が命令させたのです。なぜなら、トリスタンという男は『私自身(=イゾルデ)』が命令するに値しない男(『私自身(=イゾルデ)』が命令する価値のない男)だからです!…というニュアンスかも知れない…。

10
トリスタンとイゾルデの愛は、二人の身分の違いにより成就することはない(繰り返すが、イゾルデは王女。トリスタンは孤児)。トリスタンとイゾルデの愛が成就しないことを表わす「トリスタン和音」←演劇的にも音楽的にも、ワーグナーは、コレを一番いいたかったと思う(←その和音。電子ピアノで鳴らしてみると、本当に、ゾクゾクします)。

11
トリスタンとイゾルデが愛し合っていることは「公然の秘密」であったと、私は思う。
トリスタンとイゾルデの愛は、プラトニックであるべし(ワーグナーのヴェーゼンドンク夫人への愛のように)。または、「憧憬」であるべし。あるいは、二人の愛が、肉体関係にいたったとしても、それは「一線を越えるが」「許すしかない」と、マルケ王は考えることができたと思う(←源氏物語における光源氏の藤壷の女御のへの愛・姦通・藤壷の懐妊のように)。しかし、実際には、そうならなかった。

12
話は前後するが、第1幕において、イゾルデがトリスタンを暗殺しようと企てるとき、それは、イゾルデのイングランドに対する「反逆」「謀反」であった。なぜなら、そもそも、マルケ王とイゾルデの結婚は「イングランドとアイルランドの平和・和平」のための政略結婚だったからである。
もし、イゾルデがトリスタンを暗殺すれば「イングランドとアイルランドの平和・和平」は消える。両国は再び貢ぎ物を要求したりしつつ、しまいには両国は「戦争」へ突き進む怖れがある。「イングランドとアイルランドの戦争」は、両国の臣民・国民にとって、避けなければならないこと、そして、恐怖であったに違いない。

13
第3幕
第3幕は、トリスタンの葬儀および埋葬であろう(トリスタンは第2幕の幕切れで、メロートから刺されて絶命したと私は見る)。
クルヴェナールをはじめ4名が、トリスタンのなきがらを囲んでいるのは、トリスタンの霊を、あの世から呼び出す「降霊術」。そして、その「降霊術」で呼び出されたトリスタンの霊が、様々なことを物語り、様々な幻影を見る(首のないイゾルデ、身体のないイゾルデ、顔から血を流すイゾルデ)。

14
第3幕のカタリーナ・ワーグナーの演出:
第3幕の演出において、彼女は「トリスタンの苦悩がマイスタージンガー、パルジファルで超克されること」を前提していると、私は見た。

15
第3幕の最後(第3場)に、クルヴェナールやメロートを始め多くの人が死ぬのは「ハムレット的悲劇」の「パロディー」に過ぎないと思う(よって、意味ないと思う)。
ただし「愛の死」の後、マルケ王がイゾルデを連れ去るのは「現実」である。なぜなら、イゾルデは、いまや、イングランドが手に入れた、アイルランドに対する「人質」だからである。

以上、長くなりましたが、最後に:
ティーレマンの指揮は完璧!
このプロダクションは、ティーレマン(指揮)も、歌手陣も、2003年のウィーン・シュターツオーパー盤より、多分、良いと思う。
カタリーナ・ワーグナーの演出は、第1幕こそ、上も下も分からないアップサイドダウンであるが、第2幕の愛の二重唱の場面は美しい。第3幕の「お化け屋敷」はやめて欲しかった。
しかし、カタリーナの演出は、ほぼ、私の解釈に合います・・・気に入りました。

【関連記事】

【メモ】 トリスタンとイゾルデについての覚え書き

2016年3月 3日 (木)

【メモ】 トリスタンとイゾルデについての覚え書き

ワーグナー作曲 楽劇『トリスタンとイゾルデ』を鑑賞するにあたって、押さえておきたいことを箇条書きします。

1.トリスタンは、孤児
トリスタンは、孤児であり、イングランドの正当な王位継承権者ではなかった。トリスタンは、マルケ王の従僕(der Knecht)であり、且つ、よそ者である。そのことは、イングランドの臣民たちも認識していたと思う。彼は、マルケ王の「おい」であるが、その証拠はない(DNA 鑑定すれば、マルケ王とトリスタンの血のつながりは判定できるが。←勿論冗談です)。分かりやすく言って、トリスタンは、何処の馬の骨か分からない男である。それに対し、イゾルデは、アイルランドの王女である。彼女は結婚して男子を出産すれば、その子は、アイルランドの正当な王位継承権者になれる。又は、もっと簡単に考えれば、彼女が結婚すれば、彼女の夫が王になる。さらに簡単に考えれば、イゾルデみずからが、アイルランドの女王として王位を継承することも考えられる。
イゾルデは女主人(die Herrin)であり、トリスタンは従僕(der Knecht)。そのことによって、トリスタンには、イゾルデに対して、強いコンプレックスを抱いている。

2.政略結婚
イゾルデとマルケ王の結婚は、政略結婚であり、それは、アイルランドとイングランドの不仲(争い)を和解させ得る(もし、イゾルデが、マルケ王の男子を産めば、その子は、アイルランドとイングランドを和解させ統治する王となることが出来るかも知れない)。しかし(ある意味)女性にとって「政略結婚」ほど屈辱的なことはない。もし、イゾルデが、マルケ王に嫁ぐために、イングランドに向かう船上で、トリスタンを毒殺すれば、この「政略結婚」は・・・、おじゃんになる。それは、イゾルデにとって、本意であったか、不本意であったか。←それを我々は言い得ないだろう。イゾルデの、本意は、とにかく、トリスタンとセックスすること(←私は、第1幕第5場にて、イゾルデとトリスタンが二人だけになった時にかわされる二人の「ねちっこい会話」を聴くと、イゾルデがトリスタンに「さっさと私とセックスしなさいよ」と言っているように聞こえる)。
しかも、イゾルデの欲求は、性欲の最大の充足である不倫である(そして、重要なことは、トリスタンもまた、その不倫の一歩手前まで来ている)。

問い:あの〜、トリスタンが、イゾルデをめとることはできなかったのですか?

いや、それはできない。なぜなら、分かりやすく言って、イゾルデとトリスタンの身分は違いすぎる。つまり、イゾルデは王女であるのに対して、トリスタンは従僕・家臣(トリスタンは身分が低い)。さらに、彼の出自(=トリスタンは孤児であること)。それらが、2人の結婚を邪魔している。この2人の「政略結婚」は成立しない。

3.イゾルデが求めたのは「マルケ王との婚姻」&「トリスタンとの不倫」
イゾルデは、「識別できるように」印をつけた死の薬(毒薬)を、ブランゲーネに持って来させる。それを、トリスタンと二人で飲むためである。イゾルデは、ブランゲーネに「死の薬を持って来い」と命じるが、それが、本当に「毒薬」だったかどうか、は重要ではない。同様に、ブランゲーネが実際に持ってきた薬が「愛の妙薬」であったかどうかも重要ではない。イゾルデの目的は、トリスタンをして、マルケ王を裏切らせることだった・・・そして、イゾルデとトリスタンが、同じ杯から、薬を飲むという行為自体が、その裏切りへのきっかけ(あるいは裏切りそのもの!)。その杯の中身は何でも良い。

ワーグナーの台本に特徴的なもののひとつに「媚薬」がある。伝説では脇役的な意味でしかなかった媚薬を、ワーグナーは本作で二人が「死の薬」と信じてあおる設定とした。このために愛は死の中にのみ実現可能という、「愛=死」の強いメッセージを込めることに成功している[23]。これについて、トーマス・マンは「このとき二人は水を飲んでもよかったのだ」と述べている。また、ヴィーラント・ワーグナーは、本作の媚薬は「以前から存在していた愛情を舞台上に視覚化する契機」であり、媚薬が情熱の告白の一歩前にいた二人を告白に踏み切らせたとする[24]。(ウィキペディアより)

二人が飲んだ薬は、肉体的死をもたらすものではなく、精神的死(精神的にあの世に行ってしまうこと)をもたらすものであり、その場合の「死」は裏切り、姦淫なのだ(つまり、その媚薬は、二人を「しきたり」の中で生きることをやめさせ、愛の死に追いやる。愛と死が、イコールでつながる。それがこのオペラの重要なテーマだ)。その薬を二人が一緒に飲むことは、二人を性の欲動へと駆り立てる。

4.第1幕冒頭、イゾルデの狂乱
このオペラの第1幕冒頭のイゾルデの狂乱は、「神々の黄昏」においてブリュンヒルデがジークフリートに裏切られたことを知ったときの狂乱に似ている。ただし、その二つは「前後の筋書き(文脈)」が違う。両者の違いの一つは、イゾルデの場合、その狂乱の激しさの理由が、当初、聴衆には、まったく分からない。それに対し、ブリュンヒルデの場合、ジークフリートの裏切りが、楽劇『ニーベルングの指輪』の最も重要なモチーフである「指輪の呪い」の「帰結」であることを、聴衆は既に知っている(「指輪の呪い」は、楽劇「ラインの黄金」にまで遡ることが出来る)。しかし、トリスタンたちが飲んだ「愛の妙薬」も、ジークフリートが飲んだ「忘れ薬」も「目の前に居る女を愛せ!」という最も淫らな行為を強いる。そして、それは、聴衆をも「めろめろにさせる享楽・快楽」へと導く。イゾルデ、トリスタン、ジークフリートが飲んだ液体は、ワーグナーが、発明した最も淫らなドラッグだ(!)

【注】私が「淫ら」という言葉を連発するので、目障りかもしれませんが、しかし、筋書上、イゾルデは、マルケ王とトリスタンの二人の男と「肉体関係」を持つ(!)。結果的にではあるが、この十代の少女イゾルデは、二人の男性と同時に関係を持つ。これは、キリスト教世界では、姦淫である。ただし、楽劇『トリスタンとイゾルデ』には「キリスト教」という背景は、まったくない。

5.くせ者クルヴェナールは「タントリスの一件」を知っていた
クルヴェナールは「タントリスの一件」を知っていた。彼は、第3幕で、イゾルデを「die Ärztin(女医者)」と呼び「昔、モーロルトから受けた傷をとざした方(第3幕第1場)」と呼ぶ。つまり、クルヴェナールは「タントリスの一件」を知っていた、そのくせに、彼は、第1幕で、イゾルデを侮辱する歌を歌う。彼は、もしかして、トリスタンとイゾルデが愛しあっていることも知っていた。でなければ、彼は、第3幕で、イゾルデを、わざわざ、カレオール(フランス、ブルターニュ半島)のトリスタンのもとに呼んだりしない。
もともと、クルヴェナールは、トリスタンの後見人(あるいは、育ての親(?))
クルヴェナールは、トリスタンのコンプレックスや、トリスタンの置かれたシチュエーションを認識していたと考えることは、出来る。
このオペラの作者ワーグナーは、クルヴェナールを、ある種、二重人格の馬鹿者として描いているように私には見える。なぜなら、クルヴェナールは「タントリスの一件」「トリスタンのコンプレックス」「トリスタンとイゾルデの愛」それらを知っていて、その二人(トリスタンとイゾルデ)が陥ったジレンマと危機を(解決するどころか、逆に)悲劇に導くからである。

6.「タントリスの一件」は、公然の秘密だったのか?
クルヴェナールが「タントリスの一件」「トリスタンとイゾルデの愛」を知ったのはいつか? たとえば「クルヴェナールは、第1、2幕では、それ(タントリスの一件など)を知らなかった。彼は第2幕の後(すなわち、第2幕と第3幕の間に)、それを知った」と見ることができるかも知れない。もしそうだとすると、クルヴェナールは「タントリスの一件」を、第2幕と第3幕の間に、誰から教えてもらったのか? 第2幕と第3幕の間に、クルヴェナールはブランゲーネと密会して、ブランゲーネから「タントリスの一件」を教えてもらったのか? あるいは、クルヴェナールは「事の真相」を推理したのか? あるいは「事の真相」がトリスタン、イゾルデ、ブランゲーネ以外の「第3者」の手から漏れ、その情報を、クルヴェナールは得たのか?
あるいは、「タントリスの一件」は、このオペラの第1幕が始まる前から、そもそも「公然の秘密」だったのか(?)。

7.トリスタンが、マルケ王に、イゾルデの秘密をばらしたというのは真実か、はたまた、イゾルデの妄想か?
トリスタンが、マルケ王に、イゾルデとの政略結婚をすすめたとき、トリスタンは、マルケ王に「タントリスの一件」を、ばらした、と、イゾルデはトリスタンを責める(第1幕第5場)。
イゾルデ曰く:「お前(トリスタン)は、私(イゾルデ)をマルケ王にすすめた(!)」
すなわち、イゾルデのトリスタンを責める毒舌:

「トリスタンよ! お前はマルケ王にこう言ったのだ:『王様! イゾルデ君は、彼女の婚約者モーロルトを殺した仇である私(トリスタン)の致命傷を治してくれました。かの姫君は、仇に対しても厚意的で、やさしい女です。だから、彼女を妃となさいませ!』と。」

すなわち、イゾルデは、トリスタンその人が秘密にすべき「タントリスの一件」を、第三者(マルケ王)にばらしたと、主張、そして、トリスタンを責める:「憎むべきトリスタンは口が軽い男であり、恩を仇で返す裏切り者だ」と。

とにかく「タントリスの一件」は、イゾルデにとって、極めて重大な秘密であり、それは、彼女にとって、恥辱なのである。その秘密を、トリスタンが、第三者に漏らしたのであれば、それは、許しておけぬ・・・否、トリスタンが「タントリスの一件」を第三者に漏らしたことは、死をもってつぐなわなければならない裏切りだ・・・と、イゾルデはトリスタンを責める。しかし、そもそも、トリスタンが「タントリスの一件」をマルケ王にばらしたというのは本当のことなのだろうか・・・あるいは、それは、イゾルデの妄想なのだろうか)。いずれにしても、イゾルデとトリスタンの「タントリスの一件」に対する《認識のずれ》は、決定的である。すなわち、その二人にとって「タントリスの一件」に係る《認識》《思惑》は違いが大きすぎる。トリスタンにとってそれは、マルケ王にイゾルデをめとらせるための「方便」でしかない。イゾルデにとってそれは、トリスタン暗殺の動機である。「タントリスの一件」についての2人の《認識のずれ》は、トリスタンとイゾルデとを切り離す昼の縛めだ。

【注】何故、トリスタンは、このような「政略結婚」を思いついたのか? それは、トリスタンもまた、イゾルデのそばにいたかったからである。

8.楽劇『トリスタン』に、まともなドイツ語をしゃべる人がいない、あるいは、少ない
私は、当初、この『トリスタンとイゾルデ』という楽劇の中には、まともなドイツ語をしゃべる登場人物が、なかなか居ないと思った。私は、第2幕の終わりのところ(第3幕第3場)で、マルケ王が、トリスタンを責めるとともに、自らも傷ついたことを嘆き、己の情けなさを告白するとき「あ〜、やっと、まともなドイツ語をしゃべる人が出てきた」と、思ったことがあったが・・・いまは、そう思わない・・・改めて、このオペラを聴いてみると、あの、マルケの長い独白におけるドイツ語もまた、いかれているように思うようになった。
さて、私は「事の真相」を知りつつ、どうしようもなかった、あわれなクルヴェナールに同情した。私は、私のそのクルヴェナールへの同情ゆえに、また、彼が間抜けの三枚目であるがゆえに、むしろ、彼こそが、まともなドイツ語をしゃべっているように思えるようになった。
そしてもう1人、クルヴェナール以外に、まともなドイツ語をしゃべっている登場人物を付け加えるなら、それは、ブランゲーネだ。ブランゲーネは「タントリスの一件」を知らなかったという意味で、このオペラのリスナーの立場に近い。
クルヴェナール、ブランゲーネ、この二人の「名脇役」だけが、まともなドイツ語をしゃべっているように私には思える。

9.「トリスタン和音」愛し合っているが結ばれない
ワーグナーの狙いは、二人の主人公だけではなく、このオペラを鑑賞する鑑賞者をも現実から遠ざけさせることと、それによって、鑑賞者にも、死や裏切りに対する〈抵抗力〉を与えることだ(「人をめろめろにさせる享楽・快楽」へと導く)。例の薬は、ツールであり「裏切りや死や姦淫に対する免疫」を聴衆に与える(ただし、そのツールは副作用が強すぎる)。←そして、それは、ジークフリートが飲んだ「忘れ薬」なのである(ジークフリートも、忘れ薬を飲んだあと、すぐに、グートルーネに惚れてしまう。惚れ薬!)。その「忘れ薬」が、トリスタンには女主人イゾルデに対するコンプレックスを忘れさせ、イゾルデには矜持を忘れさせ、「聴衆」には日常性を忘れさせる。そして「トリスタン和音」=「トリスタンたちの禁断の媚薬」なのである。
トリスタンとイゾルデは、10代の少年少女である(この作品の筋は、ある意味、少年少女の恋愛ごっこ)。そして、イゾルデは、このオペラのもとになった叙事詩に歌われてあるように金髪であらねばならない。金髪の十代の少女。こんなこと書くと、人種差別になるが、私は、金髪の少女が怖い。何を考えているか分からない(!)。もし、イゾルデが黒髪の少女だったら、この御家騒動は、どこにでも転がっているお話に見えるが、金髪の少女が主人公(!)。しかも美しい髪の少女。そういう少女がイゾルデを演じたらどうなるか、見てみたい。

Tristan

トリスタンとイゾルデ(1902年)エドモンド・レイトン(1853 - 1922)

・・・

【2016−12−13 追加】

Tristan_chord
トリスタン和音(midi

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