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2017年4月 7日 (金)

また、クラシック音楽以外の話、すみません/ 【メモ】 2017年4月11日放送 NHK 時論公論 「超少子高齢化 求められる社会保障は」/2017年4月6日放送 NHK 時論公論 「2025年ショック! 医療と介護は?」/団塊の世代が全員75歳以上/5人に一人が75歳以上、そして3人に一人が65歳以上/国の形が変わる/私は、2025年、ちょうど65歳だ/あと8年しかない(溜息)

2017年4月11日放送 時論公論 「超少子高齢化 求められる社会保障は」

これからの社会保障などの制度設計の土台となる、今後50年間の日本の人口推計が公表されました。
前回5年前の推計に比べて、出生率が上昇し、少子高齢化のスピードはやや緩やかになったものの、人口の多い団塊ジュニア世代、今の40代が出産可能な年齢をすぎたため、いよいよ日本は超少子高齢化の険しい坂道を長期にわたって登っていくことになります。
(NHK オンラインより)

(下に続く)

2017年4月6日放送 時論公論 「2025年ショック! 医療と介護は?」

今回のテーマは、2025年問題です。
あとわずか8年で、戦後の世代として最もボリュームの厚い団塊の世代が全員75歳以上となります。
これによって、日本は、5人に一人が75歳以上、そして3人に一人が65歳以上という、かつて経験したことのない、超高齢社会に突入します。国の形が変わる、といって過言ではありません。
その時、最も対応に迫られる分野の一つが、医療と介護です。
(NHK オンラインより)

(下に続く)

(上の続き)

2017年4月11日放送 時論公論 「超少子高齢化 求められる社会保障は」

これからの社会保障などの制度設計の土台となる、今後50年間の日本の人口推計が公表されました。
前回5年前の推計に比べて、出生率が上昇し、少子高齢化のスピードはやや緩やかになったものの、人口の多い団塊ジュニア世代、今の40代が出産可能な年齢をすぎたため、いよいよ日本は超少子高齢化の険しい坂道を長期にわたって登っていくことになります。

何十年も先のことなど自分には関係ないと思う方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、皆さんのお子さんやお孫さんが今よりはるかに重い負担や給付の削減という厳しい現実に直面することになるのです。
ここでは、▼今回の推計でも、高齢者一人を現役世代一人で支える「肩車型社会」になることが避けられないという現実。そして、▼今、私たちの世代が何に取り組まなくてはならないのか。とりわけ、改革が遅れている社会保障の課題を考えていきたいと思います。

では、新しい人口推計の内容を見ていきます。おととしの国勢調査の結果をもとに推計されています。
▼まず総人口です。現在の人口は1億2700万人。
これが、50年後の2065年には8800万人に減少します。
今の人口規模の3分の2に縮小します。
▼次に、高齢化率です。
今は、65歳以上の人の割合が27%、これが2053年に38%まで上昇し、その後も38%の高い状態が続くと推計されています。
▼一方、現役世代、15歳から64歳までの人の割合は、今の61%から51%に減少します。

前回5年前の推計と比べますと、出生率の見通しなどが上がり、少子高齢化のスピードはやや緩やかになりました。
しかし、今後は出産できる年齢の女性の数そのものが急速に減っていきます。
仮にこれから多少出生率が上がったとしても、出生数そのものが大きく増えることはもはや期待できません。
一人の高齢者を何人の現役世代で支えるかという数字をみても、今は、2.3と、一人の高齢者を二人の現役世代で支える社会ですが、50年後には1.3と、一人の高齢者を一人の現役世代で支える「肩車型社会」になることに変わりはなく、より厳しい時代が近づいているのです。

日本は今後30年から40年もの間、超少子高齢化の険しい坂道を登り続けていくことになります。人手不足が一段と進み、低成長が予測されています。
高齢者や女性の力、AI・人工知能などを活用しながらどう経済活動を維持していくのか。インフラや交通網の維持にどう取り組むのか。地方のコミュニティーの消滅をどう防ぐのか、外国人の受け入れをどう考えるのかなど課題は尽きませんが、中でも、見直しが最も遅れているものの一つが社会保障です。

実は、消費増税とセットで行われた社会保障改革では、8年後の2025年までしか将来像が示されませんでした。
2025年は最も人口の多い団塊の世代が全て75歳以上となる時代。
都市部で医療や介護が必要な高齢者が急増する為、今、政府は、在宅での医療や介護に取り組む医師や看護師を増やしていこうとしています。
しかし、二度の消費増税の先送りなどで、財源が今後どの程度確保できるのかわからず、この2025年までの対策でさえ、どこまで実現できるか見通せない状況です。

そして、さらに厳しい時代に入るのが、団塊ジュニア世代(今の40代)が高齢期に入る2030年代後半からです。この時期は、高齢者数が2042年にピークを迎える一方、働く世代も急速に減少します。しかも、この世代は、就職氷河期のころ社会人となったため、やむなく非正規で働き始めた人も多く、収入が少ないために将来低所得となる見込みの人が上の世代より多くいると言われています。また、未婚率も高いうえに、持ち家がある人の割合が低いのです。

ところが、今の社会保障制度は、「高齢期には夫婦二人で持ち家で暮らす世帯」が多かった頃に制度設計されたものです。しかし、今後年金は実質減っていき、持家のない人が年金から家賃を負担するだけの余裕はありません。一人暮らしの増加で家族の支えもない人も増えていきます。今の制度のままでは、生活保護の受給者が膨れ上がると指摘され続けながら、まだ将来に向けた改革論議が進んでいないのです。

では、「肩車型社会」という厳しい現実が近付く中、これから先の社会保障制度をどう見直していけばいいのでしょうか。
まずは、2030年代後半以降を視野に入れた、給付の将来構想をつくるための議論を早く始める必要があります。
そもそも「高齢期には夫婦二人で持家で暮らす世帯」を標準としていたこれまでの社会保障の制度を、「一人暮らしで持ち家がない人でも支えられる制度」に変えなければなりません。しかし、これからの現役世代の負担の重さを考えれば、年金などの給付を大きく増やすことは難しいでしょう。

そこで、私は一つの案として、今の年金、医療、介護という社会保障の柱に加えて、低所得者の生活を下支えするために、新たに「住宅手当」の制度を社会保障の土台に組み込むことを検討してはどうかと思います。生活保護等もありますが、それとは別に新たに「手当」を設けて住まいさえ保障できれば、生活保護に陥らなくてすむ人たちが多くいるのではないか、という指摘も専門家の間で出ています。先進国でも住宅手当を設けている国が多いですし、増加する空き家を活用した現物給付を含めて、日本でも低所得者のための住まいの保障を社会保障とリンクさせてはどうでしょうか。

また、既存の制度についても、先を見据えた論議が必要です。
例えば医療。自己負担のあり方も見直していく必要が出てくるかもしれません。今、高度な治療技術や薬の開発が日進月歩で進んでいます。こうした治療が保険で受けられるようになれば喜ばしい事ですが、一方で保険財政をどう維持するかという問題が生じます。低所得者への配慮は必要ですが、例えば、費用が高い高度な治療の自己負担割合は据え置き、軽い風邪などの治療の負担割合は高くするなど、優先順位をつけていくことも必要になってくるかもしれません。

さらに、税や保険の負担のあり方についても根本的な見直しが必要です。日本の税と社会保険料の負担は、この20年、高所得者より低所得者層で増えてきました。これを早く、経済力に応じた負担の仕組みに見直さなければなりません。また、経済成長を待っているだけでは社会保障の改革は遅れるばかり。さらなる消費増税等の議論も、もはや避けて通れません。

そして、何と言っても、希望する人が子どもを産み、安心して子育てできる社会に早く変えていく必要があります。そのためにも、教育費の負担軽減や保育所の整備はもちろん、女性も高齢者も含めて働きやすい社会に変えること。また、元気な高齢者には働いてもらって社会を支える側に回ってもらうことも、現役世代の負担を和らげるうえで、重要なポイントとなります。さらに今後、人材を確保するために、外国人の受け入れの拡大の議論も避けて通れなくなるでしょう。

今後30〜40年続く、急速な超少子高齢化の時代を乗り切るために、今の時代を
転換期と位置付け、果敢に新しい社会のシステムを設計していくことができるのか。今、私たちの構想力が求められています。

(藤野 優子 解説委員)

(NHK オンラインより)


(上の続き)

2017年4月6日放送 時論公論 「2025年ショック! 医療と介護は?」

今回のテーマは、2025年問題です。
あとわずか8年で、戦後の世代として最もボリュームの厚い団塊の世代が全員75歳以上となります。
これによって、日本は、5人に一人が75歳以上、そして3人に一人が65歳以上という、かつて経験したことのない、超高齢社会に突入します。国の形が変わる、といって過言ではありません。
その時、最も対応に迫られる分野の一つが、医療と介護です。

< 何が焦点か? >

その医療と介護にかかるお金、診療報酬と介護報酬の同時改定の議論が厚生労働省で始まりました。6年に一度の大きな改定です。
2025年問題への対応が焦点です。

この同時改定の議論で、柱となる考え方が今、国が進めている、医療と介護の政策転換、「病院から、在宅へ」。地域包括ケアなどともいわれます。

そして、その在宅医療を進めるには医療と、介護を、もっと密接に連携させることが必要です。
そのための議論も見てみます。

< “重要な分水嶺” >

まず、医療と介護の同時改定とはどういうものかといいますと、医療にかかるお金、つまり、診療報酬は、2年に一度、改定されます。
介護報酬は3年に一度、改定されます。
つまり6年に一度、同時に改定されるわけで、それが来年、2018年にやってきます。

この同時改定について安倍総理大臣は国会審議の中で、こう答えています。

「団塊の世代のみなさんが、2025年には75歳以上になっている。その時に介護も医療も大丈夫かという不安を持っているのだろうと思う(中略)。
国民一人一人が適切な医療や介護を受けられるよう、今回の同時改定は、非常に重要な分水嶺と考えている。」
こう述べています。

分水嶺とはどういうことか?こういうことです。

< 2025年問題とは? >

まず、日本の人口構成です。

御覧のように、日本の人口は2004年をピークに、すでに減りはじめています。
このように全体では減っているんですが、よくみると、75歳以上の人たちは、逆に、増え続けています。
そして、2025年にはおよそ650万人の団塊の世代の人たちが全員、75歳を超えます。それによって、75歳以上だけでおよそ2200万人という、大きな塊が生れます。
国民の5人に一人が75歳以上、そして3人に一人が65歳以上という、超高齢社会に突入するわけです。

では、75歳以上が増えるとどうなるのか?
社会保障費が急増します。

一人当たりの年間の医療費を見ますと、64歳までは、年間の平均で18万円かかっていますが、75歳以上になると、およそ90万7千円。およそ5倍の医療費がかかる計算です。

また介護費は、65歳から74歳までは年間で5万5000円なのに対し、75歳以上は、53万2000円に増えます。およそ9倍です。
この結果、年金なども含めた社会保障給付費全体で見ますと、2015年度は、およそ118兆円だったのに対し、2025年度は、148兆円。
およそ1点3倍に膨れ上がると、推計されています。

社会保障のお金は、保険料と税金で成り立っています。
このうち税金については、本来社会保障にあてるための、消費税増税が二回続けて延期されていまして、ただでさえ、苦しい状況です。

このままでは、医療や介護の保険料をさらに上げたり、利用するたびに払う自己負担を増やしたり、逆に、受けられるサービスをもっと削ったり、ということが避けられなくなります。
しかし、それでも、先ほどのような急激に膨れ上がる財源を確保することは、容易ではありません。
また、もし財源が確保できたとしても、今や最大の問題は、人手不足です。病院や施設だけで、医療・介護を担うことには限界があります。

< 病院から在宅へ >

そこで、今、国が、大きな政策転換として進めているのが「病院完結型」の医療から、自宅や地域で直す、「地域完結型」の医療です。

どういうことかといいますと、これまで日本の医療が目指してきたのは、病院が入院患者に対して短期的に集中した治療を行って、回復させ、社会復帰させるというものでした。
しかし、高齢化に伴って慢性疾患や複数の持病をかかえる人が増えます。
そうなると必要とされる医療のありかたも大きく変わってきます。
つまり、病気と共存しながら、日々がおくれるようにする、という、QOL、暮らしや生活の質を保つことを目指した治療。言いかえれば「治す医療」よりも、「治し・支える医療」が必要となってきます。

これが、「病院から在宅へ」、という政策転換の意味です。
そして、そのために、医療と介護の連携が急務の課題となっているわけです。

< 在宅医療の課題 >

ただ、在宅医療をめぐっては、
地域によって、また、担当する医師や施設によって
大きな差があることが問題となっています。

在宅医療を利用した患者や家族の間からは「希望通り、自宅で最期を過ごせて本当に幸せだった」と評価する声がある一方、「充分な手当てが受けられず、つらい思いをした。こんなことになるとは思わなかった」という、不満や批判の声も聞かれます。
だからこそ、今回の医療と介護の同時改定で、どうやって在宅医療を充実させられるのか?そこが大きな課題となっているわけです。

では、厚生労働省の意見交換会、どういう意見が出たのか?
医療、介護を連携させる大きな鍵としてテーマとなったのは、訪問看護でした。
病気にかかわる医療と、暮らしにかかわる介護。
その両方のかけ橋となれるのが看護師であり、訪問看護なわけです。

具体的には、訪問看護の拠点である、訪問看護ステーションが、患者や家族をもっと支援できるよう、“総合在宅ケアセンター”のようなものを設置して、福祉や介護も含めた、総合的な在宅支援ができるようにすべきではないか、という意見が出されました。

また、小規模な事業者が多いことから、できるだけ規模を大きくして、24時間、365日対応できるよう促してはどうか?という意見なども出ました。

そして、もう一つ、大きなテーマとなったのが在宅で最期を迎える、看取りの問題です。
というのも、超高齢社会は、亡くなる人が急増する、いわば「多死」社会でもあります。

年間の死亡者が、2015年の129万人から、2025年には154万人へと大きく増える見通しです。
今は8割の人が病院でなくなっていますが、こうなってくると、今後は、自宅や介護施設でみとりができる体制を急がないと、病院のベッドが足りなくなります。

この問題については、介護施設の中には、入所者がせっかくその施設で最期を迎えたいと思っていても、本人の意思には関係なく、病院に救急搬送してしまう例が多いとして、もっと看取りの体制を各施設が責任をもって整えるよう求めるべきではないか、という意見などが出ました。

いずれにしても、始まった議論から見えることは、在宅医療ができる、医師も看護師もあまりに不足していること。
そして、この問題そのものがまだまだ国民には広く知られていない、ということです。

2025年問題。あと8年しかありません。
もっともっと広く議論を進めることが必要だと思います。

(竹田 忠 解説委員)

(NHK オンラインより)

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