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2017年1月31日 (火)

【Apple Music】 バーバラ・ハンニガン(Barbara Hannigan, soprano)という歌手

スザンナ・マルッキ指揮 ルカ・フランチェスコーニ作曲『エティモ』 ほか

Dutilleux Correspondances Esa-Pekka Salonen

上記二つのアルバムを歌っているバーバラ・ハンニガン(Barbara Hannigan, soprano)という歌手が気になったので、Apple Music で、検索してみたら、マーラーの4番が出てきた。それを試聴してみたところ、悪くないので、買おうか、と、思ったところ、残念ながら、日米英アマゾン、HMV.co.jp で売ってない。多分廃盤(下記)。

Hannigan
(C) Apple Music


バーバラ・ハンニガンは『ルル』も歌っている。それは、売っている。それ、買ってみようかな(下記)。

Lulu

Berg: Lulu (Barbara Hannigan / Natascha Petrinsky / Tom Randle / Orchestre symphonique de la Monnaie / Paul Daniel) [DVD] [2014]

2017年1月29日 (日)

「自分が思っていることを、何でも口に出して言う」という生き方は日本人には合わない

結論から言えば、自分が思っていることを、何でも口に出して言うという生き方は、孤独以外の何ももたらさない。
私は、2009年12月の自分の家の火事(被災体験)の教訓から「自分が思っていることを、何でも口に出して言う」という生き方を(今日まで)してきましたが、結局・・・友情、絆で結び付いた親しかった人々、ネット上の仲間、すべての人々・・・私は、その人達と口論し、その人達を罵倒し、その人達と絶縁をし、その人達を、失いました。
いま、私は、ひどい孤独感に苦しめられています。その孤独感は、頑固な吐き気と希死念慮を伴います。

「自分が思っていることを、何でも口に出して言う」という生き方は日本人には合わない。

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昔、ドイツ語会話の本を読んだとき「ドイツ人は自分の思っていることを、何でも口に出して言うので、初めてドイツで生活する日本人は、ドイツ人のその強い言動や態度に当惑させられます」と書いてあった。

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そして、2009年12月27日に発生した私の家の火災のとき、そしてそれからの日々、私は・・・こう思った:

「くそ! くたばっちまえ! 
「我が人生における最大の屈辱だ! あの時(自分が)思っていたことをはっきり口に出して言っておけば、こんな屈辱を味わうことはなかった!
「こんな屈辱は生まれて初めてだ〜! くそったれめ!
「我が人生における最大の屈辱を味わわされるとは!
「これからの人生において私は、自分の思っていることは、何でも口に出して、はっきり言うことにする。
「なぜなら、こんな屈辱は二度と味わいたくないから!

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少し具体的に書けば:

Aさん曰く:私に任せておけば大丈夫! ○月○日までに、それを、やり遂げてあげるよ。
私:宜しくお願い致します。

そして、来る(きたる)○月○日が来たとき:

Aさん曰く:私はそんなこと言った覚えないよ。
私:・・・

↑これは、ましな方です。←すなわち「本当に大丈夫ですか?」と、Aさんに、しっかり確認しなかった私が甘かった(←しかし、被災者は、被災者を支援する支援者に「本当に大丈夫ですか?」と聞く立場にありません。←なぜなら、被災者は支援される立場であり、それは弱い立場だからです。←というか、そもそも、被災直後の被災者は『それどころじゃない』)。

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私の人生における最大の屈辱:「私が2009年12月27日焼けだされた時、私の父が、私の母方の叔父から貸してもらった衣服について」&「その叔父が私を怠慢であると責めたことについて」

私は、私の父と二人暮らしです。男所帯です。火事のときも今も。

さて、

私と私の父は火災の日の夜(近所に住む)私の親戚さん宅=私の母方の叔父さん宅に一泊させてもらった(←それは良かったんですが、しかしその叔父さんに案内された部屋は寒くて私たちは一睡もできなかった)。そして、火災の約20日後に(私がその叔父さんに用があって)私がその叔父さんに電話すると、

その叔父曰く:お前、火事の日から20日以上経つのに、私に、何の連絡もしないとは、けしからん! お前、まだ「家」の取り壊しも終わってないじゃないか! 何、やってるんだ! 用がある時だけ電話するな! 火事の時に貸した服を、クリーニングに出して持って来い!
私:・・・
私の父曰く:服、借りてないよ・・・いや、待てよ・・・いま着ているこの服・・・これのことか? これ、借りたんじゃなくて、貰ったと思っていた。

私は、その叔父に反論せず、その服を洗濯して、その服を、1万円札と一緒に、その叔父に郵送しましたが・・・
私は、後日、彼に、こう言うべきだった(屈辱を晴らすために):「被災者を支援する者(=あなた)がその被災者(=私たち)に衣服などを渡したら、その渡された衣服などはその支援者(=あなた)からその被災者(=私たち)に無償で譲渡された物(無償で与えられた物)と看做されるのがフツーでしょう。そして、もし、その衣服が、大事な物であったなら、あなたは『すまんが、返して欲しい』と言うべきでしょう。あなたは、私たち被災者に対する考え方を全面的に改めるべきです」と。

【参考】

カレンダーを見れば分かるが、火災に遭ってから、まだ、ウィークデイは、13日しか経っていない。だから、燃えた家屋の取り壊しはまだ、日取りも決まってない。それを私の怠慢であると責める人がいる

2017年1月27日 (金)

John Cage (1912-1992): Two3 for shō and five water-filled conch shells by Stefan Hussong, accordion, conch shells & Wu Wei, sheng, conch shells

Cage

John Cage (1912-1992)
Two3 (1991)
for shō and five water-filled conch shells
Stefan Hussong (accordion, conch shells)
Wu Wei (sheng, conch shells)

cd 1
nos. 4 and 7 [12.50]
no. 2 [12.47]
nos. 1 and 6 [11.47]
no. 8 [10.23]

cd 2
no. 3 [14.40]
nos. 3 and 9 [14.14]
no. 9 [13.41]
nos. 5 and 10 [10.44]

Eine Koproduktion mit Deutschlandradio
Aufnahmen: 10.-12. Juni 2013, Deutschlandfunk Kammermusiksall, Köln
WERGO WER67582 [2 CDs: 102:00]


【収録情報】
● ケージ:Two3〜笙、水で満たされた5つの巻貝のための

Disc1
1. 第4番&第7番
2. 第2番
3. 第1番&第6番
4. 第8番

Disc2
1. 第3番
2. 第3番&第9番
3. 第9番
4. 第5番&第10番

 ステファン・フッソング(アコーディオン、巻貝)
 ウー・ウェイ(笙、巻貝)

 録音時期:2013年6月10-12日
 録音方式:ステレオ(デジタル/セッション)

(HMV.co.jp より)

※ 上記、HMV.co.jp の商品説明が参考になる。


私の評価:Stars5


「笙」のパートは、笙独奏曲「One9」と同一である。この作品は、10の楽章からなり、それらを演奏するのに、121分を要する(英語版ウィキペディア(Number Pieces の項)より)。

「Conch shell」というのは、ホラ貝のことかと思った。しかし、当該商品のブックレットの画像(下記)を見ると、それは、ホラ貝よりも、小さいものを含むようだ。

何かと騒がしい世の中にあって、この作品は、理屈抜きの静寂の音楽。全曲(約120分)に渡って、単調な静寂の音楽が続く。「静寂の音楽」と言えば、モートン・フェルドマンの作品を思い起されるかも知れないが、フェルドマンの作品が、論理的なアイデアに裏打ちされた作品であるのに対し、ケージのこの作品は、それに加え、徹底的に静的。私は、このアルバムを買う前、「笙」や「ホラ貝」の音が賑やかに鳴るのを期待したが、そうではなかった。この作品(Two3)のような音楽への評価は、完全に、リスナーの嗜好に依存すると思うが、私はコノ音楽を好きである。気に入った。私は、これを、真夜中に聴くと、音の美学に聴き惚れ、それに浸ってしまう。しつこいが「音の美学」といっても、この音楽が要求するもの、それは、ケージの一部作品やフェルドマンの音楽が要求するピアノ、ヴァイオリン、チェロなどのメジャーな(楽器の)ヴィルトゥオージティではない。ステファン・フッソング(アコーディオン、巻貝)と、ウー・ウェイ(笙、巻貝):二人のヴィルトゥオージが展開するアンサンブルは、まったく、エキサイトしないものであり、その静けさは、エクスタシーでもあり、また、エクスタシーを超えたものでもある。二人のアンサンブルは、セックスや生死を超え、あらゆる不安、抑うつ、恐怖から完全に解放された解放感、まったくポジティヴな死生観につながると思う。それは、狂気や恐怖とは、まったく縁がない音楽である。そういう体験(受容)をさせてくれるこの作品「Two3」は、今の時代だからこそ貴重であり、その点に価値有りだと思う。

Two3
(C) WERGO

2017年1月25日 (水)

ノーベル賞大隅さんから1億円寄付 基金設立(2017年1月25日)

ノーベル賞大隅さんから1億円寄付 基金設立

東京工業大学は、ノーベル医学・生理学賞を受賞した大隅良典さんが基礎研究の重要性を訴えていることを受け、若手の研究者や学生を支援する新たな基金を設立したと発表しました。基金には大隅さん自身もノーベル賞の賞金とほぼ同額の1億円を寄付したということで、基礎研究の振興が全国に広まるきっかけになってほしいとしています。(2017年1月25日 17時18分 NHK オンラインより)

(下に続く)

続きを読む "ノーベル賞大隅さんから1億円寄付 基金設立(2017年1月25日)" »

2017年1月24日 (火)

【memo】 ローレンツ変換の行列表現と「基本テンソル」/いまだに、テンソルという物が、分からない/そろそろ分かってもいいのになぁ(泣;;(その1)

http://koshiro-m.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/memo-e35e.html に続く
==

ローレンツ変換の行列表現

 ローレンツ変換(6.3)は行列

Formula173

と縦ベクトル
Formula174

を使って
Formula181_3・・・・・・(6.12)

と書ける。このような書き方をすると、基本テンソルとよばれる行列
Formula175

と転置ベクトル
tx=[x0 x1],tx'=[x0' x1']

を使って、世界距離の2乗(6.5)は
s2=txHx=tx'Hx'・・・・・・(6.14)

と書ける。転置ベクトルに対するローレンツ変換は、ローレンツ変換の行列Aの転置行列
Formula176

を用いて
tx'=t(Ax)=txtA・・・・・・(6.15)

と書ける。ここで恒等式t(Ax)=txtAを使った。世界距離の2乗(6.14)に(6.12)と(6.15)を代入すると
s2=txHx=txtAHAx

となる。この式から行列の間の関係式
tAHA=H・・・・・・(6.16)

を得る。この関係式は、添字が表に出てこないので、ローレンツ変換を2次元から4次元に拡張するのに便利な形をしている。

 行列Hは2乗すると
H2=I

となるので(Iは単位行列)、Hの逆行列をH-1と書くと
H-1=H

となる。式(6.16)の両辺に左からHをかけると
HtAHA=I

を得る。このことから、行列Aの逆行列をA-1=Bと書くと
A-1=B=HtAH・・・・・・(6.17)

となることがわかる。この式はs2の不変性から導かれたので、ローレンツ変換の1つの特徴である。またAの逆行列(6.17)を成分でかくと
Formula177・・・・・・(6.18)

となる。実際BとAを掛けて(6.8)
Formula171

を用いれば
Formula178

を得る。すなわち、BはAの逆行列である。

 (6.12)
Formula181_4

の両辺に行列Bを掛ければわかるように、(6.12)の逆変換は
x=Bx'・・・・・・(6.20)

あるいは
Formula179・・・・・・(6.20')

あるいは(6.18)により
Formula180・・・・・・(6.20")

となる。(物理入門コース 相対性理論 中野薫夫 岩波書店 103ページより)

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【2017−1−25 追加】

ところで、ココで使われている大文字の A, B, H は、アルファ、ベータ、イータだろうか。

【Apple Music で節約!】 アラベラ・シュタインバッハーが、いつの間にか、新しいアルバムを出しているが、私、ソレを、買わない→ Fantasies, Rhapsodies & Daydreams Arabella Steinbacher Orchestre Philharmonique de Monte-Carlo Lawrence Foster/ついでに、コレも買わない→ Hans Abrahamsen: Let me tell you Barbara Hannigan ←面白そうなんだけど…

Steinbacher
(C) Apple Music

Steinbacher_02
(C) PENTATONE

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Hannigan_2
(C) Apple Music


2017年1月22日 (日)

Rachmaninov & Prokofiev: Cello Sonatas with two smaller pieces by Tchaikovsky, Nina Kotova Fabio Bidini

Kotova

Rachmaninov & Prokofiev: Cello Sonatas
Nina Kotova, cello
Fabio Bidini, piano
2014年録音
WARNER CLASSICS

Sergei Rachmaninov (1873-1943)
Sonata for cello and piano in G minor, Op. 19 [34:56]
1 Lento - Allegro moderato [12:29]
2 Allegro scherzando [6:26]
3 Andante [5:36]
4 Allegro mosso [10:24]

Sergei Prokofiev (1891-1953)
Sonata for cello and piano in C Major, Op. 119 [23:37]
5 Andante grave [11:06]
6 Moderato [4:38]
7 Allegro, ma non troppo [7:52]

Pyotr Ilyich Tchaikovsky (1840-1893)
8 Romance (No.5: Andante cantabile from 6 pieces, Op. 51) [5:21]
9 Meditation (No.5 from 18 pieces, Op. 72) [3:57]

Total Timing: 67:52


【収録情報】
● ラフマニノフ:チェロ・ソナタ ト短調 Op.19
● プロコフィエフ:チェロ・ソナタ ハ長調 Op.119
● チャイコフスキー:ロマンス Op.51-5
● チャイコフスキー:瞑想曲Op.72-5,

 ニーナ・コトワ(チェロ)
 ファビオ・ビディーニ(ピアノ)

 録音時期:2014年12月
 録音場所:ダラス、カルース・ホール
 録音方式:ステレオ(デジタル/セッション)

(HMV.co.jp より)


ニーナ・コトワ、大作(ラフマニノフ:チェロ・ソナタ)、傑作(プロコフィエフ:チェロ・ソナタ)に挑む。

私の評価:Stars4


私は、ラフマニノフ、プロコフィエフ、この2人の作曲家は苦手。だから、下記レビューは、引用部分を除いては、あまり参考にならないと思う。しかしながら、私は、ニーナ・コトワのこのアルバムを気に入りました。なぜなら、コトワというチェリストは(主観的で抽象的表現だが)リスナーに向いて演奏している(=リスナーにやさしい。フレンドリー)と感じるからです。彼女の演奏はソフトなのが良い。


楽曲についての大まかな説明は、ウィキペディアが参考になる。「ウィキペディア英語版(Cello Sonata (Rachmaninoff)より)」。それによると「ラフマニノフは(この作品19を)チェロ・ソナタと呼ぶのを嫌った。なぜなら、彼はこの作品においてチェロとピアノは対等であると思ったからである。Rachmaninoff disliked calling it a cello sonata because he thought the two instruments were equal.」また、同ページに「多くの主題は、ピアノにより開始され、それらは、チェロ・パートによって装飾・拡張される。Most of the themes are introduced by the piano, while they are embellished and expanded in the cello's part.」とある。

ピアノ・パートの重要性については、プロコフィエフのチェロ・ソナタについても同じことが言えると思う。なにしろ、プロコフィエフのチェロ・ソナタは、ロストロポーヴィチとスヴャトスラフ・リヒテルによる初演だからである(ウィキペディア日本語版(チェロソナタ (プロコフィエフ))より)

ただし、それぞれの作品(ラフマニノフとプロコフィエフのチェロ・ソナタ)の形式についての説明は、英語のリーフレット(輸入盤)にも書いてないようだ・・・どこかに書いてないかな・・・と思いつつ、グーグルで検索してみたら、下記ページを発見しました(←これは非常に参考になります)(←そして、当該ブログ開設者様へ、リンク快諾、有難うございます)。

eflatのチェロ講座/20世紀ロシア3大チェロソナタリサイタル楽曲解説(2012年11月9日)

上記ページによると「(ラフマニノフのチェロ・ソナタは)全楽章をとおして、厳格なソナタの形式を踏まえ、最後(第4楽章)もそれを踏襲している」「(プロコフィエフのチェロ・ソナタ、第1楽章の)一見、気まぐれに見えるこの楽章は、変則的なソナタ形式とみなすことができます」とのこと。

ラフマニノフのチェロ・ソナタもプロコフィエフのそれも、形式的にソナタ形式を踏襲しているということだが、それらは、ユニークにして難解なので、正直言って私には、それらのソナタ形式をつかめない(汗;;。

コトワのラフマニノフをアリサ・ウェイラーズテイン(ワイラースタイン)盤と比較すると、ウェイラーズテイン盤の方が、コトワのそれより力強くメリハリあり輪郭がはっきりしているので、前者の演奏の方が「聴き応えある」と思う人も多いと思う。

「コトワ盤」は、ビディーニのピアノ伴奏の音量が大きい。が、それは、ビディーニが、コトワを、よくサポートしているのか、それとも、よくサポートしていないのか・・・意見が分かれると思う。上記ラフマニノフのチェロ・ソナタも、プロコフィエフのそれもピアノ伴奏が重要だが、このビディーニの伴奏は、全曲の楽想の中で、適宜、控えめに弾いたり、または、エキサイトして弾いたりしていると思う。ただし、この2人のアンサンブルは、絶妙とまでは言えないと思う。


【最後に】

とは言え、コトワのラフマニノフは、第4楽章「アレグロ・モッソ」が鮮やか。コトワのプロコフィエフは、第1楽章の技巧が気持ち良い(9分40秒〜)。

 
 
Kotova
(C) Apple Music

2017年1月20日 (金)

モートン・フェルドマンの弦楽四重奏曲第2番を再度聴く(2015年10月18日)

2015年10月18日のエントリー「モートン・フェルドマンの “Trio (1980) [DVD]” を視聴する/フェルドマンの弦楽四重奏曲第2番を再度聴く」を、2つに分けて、再度掲示します。←読みにくいから。

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Feldman

Morton Feldman
String Quartet No. 2 (1983)
Flux Quartet

DISC1 75' 24
DISC2 75' 18
DISC3 67' 52
DISC4 74' 27
DISC5 75' 08
Total: 6 hours 7 minutes and 7 seconds

Recorded: 2001
Mode Records

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【注意】

この商品にも、オーディオDVD盤(The DVD Edition)が、存在するようなので、購入時には、ご注意下さい。

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【本文】

モートン・フェルドマンの「弦楽四重奏曲第2番(以下、SQ2 と略す)」は、


DISC1 トラック5の15分あたりで、まともな調性が聞こえるし、楽想の変化に受けを狙った感があるし(←たとえば、DISC2 トラック2の10分50秒あたり、および、同 TRACK5 の0分50秒あたりで、あたかもリスナーを退屈させないための強音が聞こえる)


さらに、この「SQ2」もまたリピートが多いが、それらは(たとえば“Trio (1980)” のリピートとは違って)リスナーに緊張を求めるリピートではない。それらのリピートは聞き流してもいいのではなかろうか(←さもなければ、リスナーは、6時間という長時間において、緊張を強いられる)。


そして、この「SQ2」には《奇をてらう音形》(←おそらくフェルドマンにしては珍しい)が、多からず少なからず出て来る。DISC4 トラック4の16分00秒あたりで《Jazz》になる。


また、「SQ2」は、繰り返すが、“Trio (1980)” と違って、リスナーに強い緊張を強いる弱音(静謐)の音楽ではない、と・・・私は思う。したがって、「SQ2」は、演奏時間が長いことを除けば、聞きやすい音楽なのかも知れない。


それにしても、この作品「SQ2」は、正直言って長い、長過ぎる(トマ・ピケティの「21世紀の資本」みたいに長い)。そのこと(演奏時間が長いこと)が、この作品の長所であり、短所であると思う。なぜなら、


1曲で6時間という「演奏の長さ」が、(リスナーをして)この作品にのめり込ませる、かも知れない(マニアックな面白さ)。しかし、他方、この作品の「長過ぎる長さ」は、この作品をあえて聴こうとする人を少なくする理由となる。


私は、3で、《奇をてらう音形》(←おそらくフェルドマンにしては珍しい)と書いたが、実は、この「SQ2」という作品自体《奇をてらった作品》と、言えるだろう。←もしかして、当たり前か?!


「SQ2」は、“Trio (1980)” より、旋律、音形が分かりやすい。また、“ Trio (1980)” と違って、「フラジオレットだらけ」ということも無い。「SQ2」には、動的ジェスチャー(?)が多いと思う。「SQ2」の長さが、単なる「肥大化」ではなく、たとえば、それを「トルコ絨毯」に関係させて、理論的な長大化と捕らえることが出来れば、「SQ2」を《当然で自然な、理にかなった拡大の音楽》と捕らえることが出来るかも・・・。←しかし、残念ながら、私には、そのようなアナリーゼはできない。

(2015年10月18日)

モートン・フェルドマンの “Trio (1980) [DVD]” を視聴する(2015年10月18日)

2015年10月18日のエントリー「モートン・フェルドマンの “Trio (1980) [DVD]” を視聴する/フェルドマンの弦楽四重奏曲第2番を再度聴く」を、2つに分けて、再度掲示します。←読みにくいから。

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Trio_1

Morton Feldman (1926-87)
Trio (1980) [DVD]
Aki Takahashi, piano
Rohan de Saram, cello
Marc Sabat, violin
Mode Records
演奏時間:1時間45分22秒
収録:2006年

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【HMV.co.jp へのリンク】

フェルドマン(1926-1987) ( Morton Feldman ) DVD
トリオ 高橋アキ、デ・サラム、サバット

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【注意】

私が購入した “Feldman Trio (1980) [DVD]” は「Region 0, NTSC」仕様でしたが、そうでないエディションがあるかも知れませんので、購入時には、ご注意下さい。

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【前置き1】

私が購入した “Feldman Trio (1980) [DVD]” ←新品未開封であるにもかかわらず、ディスクに傷だらけでした。ただし、再生に問題なしでした(下記):

Damage_of_disc

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【前置き2】

“Trio (1980)”は、私が、フェルドマンに出会った最初の作品。すなわち、“Trio (1980)”は、私が初めて聴いたフェルドマンの作品である。その経緯は、以下のとおり:

私は、ルチアーノ・ベリオの「セクエンツァ」(2006 mode records)を、2012年4月頃に購入し、それが痛く気に入った。←私が、ピアノ独奏者、高橋アキに惚れたのも、このアルバムによる・・・←それまで、私は、彼女の名前も顔も業績も知らなかった:

Sequenza IV for piano (1966) 12:05
Aki Takahashi 高橋アキ, recorded 1999

また、Rohan de Saram, cello を私が知ったのも、上のアルバムルチアーノ・ベリオの「セクエンツァ」(2006 mode records)に収録された:

Sequenza XIVa for cello (2002) 11:38
Rohan de Saram, recorded 2004

など、チェロ独奏曲であった。

ルチアーノ・ベリオの「セクエンツァ」(2006 mode records)において、私は、彼ら(高橋、de Saram)を知り、その演奏を私は大変気に入ったので、その2人が演奏する(当時、私が、その名も知らぬ作曲家であった)モートン・フェルドマンの“Trio (1980)”なる作品は、スゴい演奏であろうと期待し購入。←それが私のフェルドマンとの出会い。

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【本文】

この DVD は、聴衆を招いての、いわゆる、ライブ録音ではなく、スタジオでのセッション録音を記録した映像。

>For the stereo mix, the violin and piano are clearly separated left and right to accentuate their interplay.
>ステレオミックスにおいてヴァイオリンとピアノを左右に配し、そのインタープレイを強調した。
>It is notable to watch Rohan de Saram's additional role as conductor, often using his head to lead the trio thrugh Feldman's difficult time signatures.
>Rohan de Saram は指揮者の役割をしている。彼はフェルドマンの演奏困難なテンポ指示を、頭を使って、リードしている。(レコーディングについて プロデューサー Brian Brandt のメモ、リーフレットより)

Trio_2
(C) Mode Records

この DVD の映像では:
3人(左から、Aki Takahashi, piano, Rohan de Saram, cello & Marc Sabat, violin)は、ほぼ正三角形に位置している(上記参照)。

高橋は、スコアを見たり、拍子を取ったりしながらも、しばしば、de Saram, cello に視線を投げながら演奏している。

de Saram, cello は、高橋たちを見ないで、顔を上下左右に振りながら演奏している。←しかし、Saram のそのサインは、リピートの数を数えているようには見えない(彼らはどうやって、リピートの数を数えているのだろうか)。

以上、3人の関係をまとめれば、この演奏において、リーダーは、de Saram, cello である。しかし、de Saram は、フェルドマンが書いた複雑な音楽の流れ、拍、テンポを正確に《指揮》しなければならないという立場にあり、その点において、彼は束縛されていると思う。高橋は、ピアノという楽器の性格上、《無調ではないがちゃんとした調性を持たない作品 “Trio (1980)” の調性》《広い音域に渡る和音》そして《正確なリズム》を常に発音しなければならない。また、ピアノのパートは、時に強音を発音する(CDではCD1のトラック9の1分15秒。DVDでは27分19秒)。

私は相撲が好きなので、相撲に例えれば、ピアノ・パートは、コノ作品の先導、つゆはらいをしていると思う(←横綱土俵入りの例え)。de Saram, cello が、横綱(の役)である。Sabat, violin は、高音の弦楽器つまりヴァイオリン・パートなので、映える。よって、Sabat, violin は、コノ音楽の中の主人公たりうる:もしかしたら、結果的に、Sabat, violin が、一番気楽に弾いているのかも知れない・・・←映像から、そう見える。

Marc Sabat, violin は、時折、de Saram, cello を見ながら、マイペースで弾いているように見える。

いずれにしても、この作品(“Trio (1980)”)を演奏するには、また、この作品(のアンサンブル)を成立させるためには、高度な技巧を持つ演奏者3人を要する。コノ商品 [DVD] の映像から、そのことが分かる。コノ商品 [DVD] の良さは、あたかも、リスナーが、“Trio (1980)” という作品が録音されている現場に立ち会うことができる・・・こと。

ちなみに、ヴァイオリンとチェロのパートは、ほとんど、フラジオレットとピチカートで演奏される。そのためか、両者の音程の差は小さく聞こえる(また、ヴァイオリンとチェロの音は小さい)。

【2015−10−18 追加】

>この作品は、ピアニストではなくチェリストが音楽をリードしているのだと思う。題名は「ピアノ・トリオ」ではないし・・・。
>Rohan de Saram がリピートの回数を頭で数えているのだろう。CD 2 のトラック12の0分56秒では、Aの音が50回以上も繰り返される。

>Aの音が50回以上も繰り返される。

↑コノ商品 [DVD] の、T2, C25, 1分31秒あたり。
↑「フィリップ・ガストンのために」の主題(C - G - As - Es, それは John Cage を意味する)のあとの部分。
↑de Saram, cello は、ここで、顔を上下左右に動かすが、そのジェスチャーでは、リピートの回数は、カウントできないであろう。
↑私は、ここで、リピートの回数をカウントしているのは、3人の演奏者以外の人か?と思っていたが・・・たとえば、大きな画用紙(スケッチブック)に、数字を書いて、それを3人の演奏者に見せながら、みんなでカウントダウンする・・・(←そんなアホな!)

(2015年10月18日)

2017年1月15日 (日)

マーラー作曲 交響曲 第5番 嬰ハ短調 第1部(第1、2楽章)について/アナリーゼ失敗・挫折/← この記事は火災で焼損したシノーポリのマーラー全集を再取得したのをきっかけに書きました

Sinopoli

Mahler: Die 10 Symphonien & Orchesterlieder
Giuseppe Sinopoli
Edita Gruberová, Waltraud Meier, Bryn Terfel u. a.
Philharmonia Orchestra
Staatskapelle Dresden
AMbient Surround Imaging
Eloquence

・・・

皆さん、よくご存知と思いますが、ウィキペディアによると、マーラー作曲「交響曲第5番」の「第2楽章は、第1楽章の素材が随所に使われ、関連づけられている」とのことです。しかしながら、私は、その関連性が分からないので、とにかく、同曲の第1、2楽章の主な素材を、楽譜作成ソフト「Finale」にコピーして勉強してみました(以下、譜例に付した「説明文」は、ウィキペディア、および、グスタフ・マーラー全作品解説事典より)。

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第1楽章
葬送行進曲(正確な速さで〈tempo giust=心拍の速さで の意味?〉。厳粛に。葬列のように) 嬰ハ短調 2分の2拍子 二つの中間部を持つABACAの形式(小ロンド形式) 最後のAは断片的で、主旋律が明確に回帰しないため、これをコーダと見て、ABAC+コーダとする見方もある。

【譜例1】 交響曲第4番第1楽章で姿を見せたトランペットの不吉なファンファーレが、重々しい葬送行進曲の開始を告げる(ABACAの最初のA)。(midi
Mahler_05_1_a_2

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【譜例2】 譜例1の続き。(midi
Mahler_05_1_b

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【譜例3】 譜例2の続き。(midi
Mahler_05_1_c

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【譜例4】 譜例3の続き。(midi
Mahler_05_1_d

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【譜例5】 (A)の主要主題は弦楽器で「いくらかテンポを抑えて(Etwas gehaltener)」奏され、付点リズムが特徴。この主題は(例えば譜例6のように)繰り返されるたびに変奏され、オーケストレーションも変化する。(midi
Mahler_05_1_e

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【譜例6】 (再びファンファーレの導入句がきて)主要主題(譜例5)が変奏される(A)。(midi
Mahler_05_1_ee_temp_2

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【譜例7】 ふと心なごむかのような、新たな楽想(A)。(グスタフ・マーラー全作品解説事典より
この旋律は、第2楽章に出てくると思う(シノーポリ盤で6分21秒あたり)。(midi
Mahler_05_1_f

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【譜例8】 (ABACAの最初のA)の終わり。(midi
Mahler_05_1_ff_2

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【譜例9】 さらにファンファーレが顔を出すと、「突然、より速く、情熱的に荒々しく(Plötzlich schneller. Leidenschaftlich. Wild.)」第1トリオが始まる(Bの始まり)。(midi
Mahler_05_1_g

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【譜例10】 譜例9が2回出た後、ヴァイオリンに。刹那的な希望を感じさせる、上行と下行を含む動機が現れる(B)。(グスタフ・マーラー全作品解説事典より)(midi
Mahler_05_1_h_2

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【譜例11】 (やがてトランペットがファンファーレを出して)主部が回帰する。主要主題(譜例5)は今度は木管に出る。(ABACAの2つ目のA)(midi
Mahler_05_1_hh

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【譜例12】 チェロに、譜例7が再現する(2つ目のA)。
【当ブログ開設者より】 え〜っと、この旋律は、第1楽章の第2主題じゃないかと思えるのだが…。(midi
Mahler_05_1_hhh

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【譜例13】 2つ目のAの終わり(多分、第312小節〜)には、『亡き子をしのぶ歌』の第1曲「いま太陽は晴れやかに昇る」からの引用があり、ティンパニのきざむリズムが残る。(midi
Kindertotenlieder_3

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【譜例14】 第2トリオ(C)(イ短調)は弦によって始まる陰鬱なもの。(midi
Mahler_05_1_i

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【譜例15】 譜例14の続き(C)。言うまでもないことだが、マーラーは、譜例15のような3連符のリズムパターンを、第1楽章においても、第2楽章においても、好んで使っている。(midi
Mahler_05_1_ii

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【譜例16】 「第1楽章の終わり」=「ABACAの3つ目のA」または「ABAC+コーダのコーダ」の終わり。
悲しみの頂点で、トランペットと大太鼓が残って、曲は、静かに結ばれる。(mp3
Mahler_05_1_jj

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【まとめ】 マーラー作曲「交響曲第5番 第1部(第1楽章と第2楽章)」の関連は、同曲第3部(第4楽章と第5楽章)の関連に比べると関連性が小さいと思う(あるいは、それは複雑で分かりにくいと思う)。けだし、同曲第2楽章において、第1楽章の素材は「現れるがすぐに消えていく」。私が、第1部において「パロディー」と見なすのは『亡き子をしのぶ歌』(譜例13)だけだ(また、私が重視する旋律は、譜例7だけである)。少なくとも、同曲第1部には、同曲第3部の第4、5楽章間に存する明快な関連はないと思う:すなわち、後者の関連性=同曲第5楽章に、マーラーの「のろけ」が聞かれること(=あからさまなパロディー。愛の調べ。下記)。

フィナーレで「これでもか、これでもか」というほどの歓びを表す音楽は、第4楽章の中間部(譜例4、midi)である。そして、第4楽章のこの旋律が、フィナーレをクライマックス(譜例1)へと導く。

Mahler_5_4_28
マーラー作曲「交響曲第5番」第4楽章の中間部(譜例4、midi

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あ〜、くたびれた。

(続かない)

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【2017−1−13 追加】

あ、そういえば、マーラーの曲って、意外に、ユニゾンが多いですね。譜例11など。

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【2017−1−14 追加】

マーラー5番、いつかもう一度ゆっくりアナリーゼしてみようか!

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【2017−1−16 注意】

上記譜例、正確でない部分がある可能性は、当然あります。

2017年1月 5日 (木)

量子コンピューター実現に不可欠な技術開発 東大(2016年1月3日)/【参考1】 量子テレポーテーションとは?/【参考2】 アインシュタインと量子テレポーテーション

量子コンピューター実現に不可欠な技術開発 東大

現代のスーパーコンピューターでは何千年もかかると言われる極めて複雑な計算を、わずか数時間で解くという、夢の超高速コンピューター「量子コンピューター」の実現に向けて、東京大学のグループが世界的に注目されている「量子テレポーテーション」と呼ばれる現象をめぐり、重要な成果を得たことがわかりました。超高速コンピューターの実現に欠かせない、情報の瞬間移動を無制限に繰り返せるようにする新たな技術の開発の成功で、グループではことしから大規模な計算を精度高く行うための研究を本格化させることにしています。(2016年1月3日 18時37分 NHK オンラインより)

(下に続く)

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