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2016年9月24日 (土)

トマ・ピケティ著「21世紀の資本」を読んで(13)/黒田総裁の「いやいやながらのUターン」/私(藤四郎)の考え:よく分からないが要するにさっさと「資本税」を導入して貧乏人にお金をまわせばデフレは消えるんじゃないの(?)/【2016−10−6 追加】 貧乏人にお金をまわせば・・・←「お金」じゃなくて商品券がいい。貯蓄されないように・・・

Piketty

21世紀の資本 単行本 - 2014/12/9
トマ・ピケティ

・・・

黒田総裁の「いやいやながらのUターン」
これから政府と日銀の「総力戦」が始まる

2016.9.23(金)池田 信夫

 注目されていた日本銀行の「総括的な検証」と、金融政策の「新しい枠組」が発表された。おおむね予想された通り「2%のインフレ目標」を無期延期し、マネタリーベース(現金供給)という指標を実質的に取り下げる方針転換である。

 ただこの発表は難解な「日銀文学」で書かれており、行間を読まないと意味が分からない。普通のビジネスマンが理解するのは容易ではないと思われるので、ここではその内容をやさしく解説し、それが何を意味するのかを考えてみよう。(2016年9月23日 jbpress.ismedia.jpより)

(下に続く)

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2016年9月23日 (金)

Irma Issakadze plays J. S. Bach: Six Partitas BWV 825-830

Issakadze

J. S. Bach: Six Partitas BWV 825-830
Irma Issakadze, piano
2010年録音
OehmsClassics

Disc 1 72:29

Partita No. 1 in B flat major BWV 825
01 Praeludium 1:43
02 Allemande 3:15
03 Corrente 2:56
04 Sarabande 5:50
05 Menuet I 1:04
06 Menuet II 0:40
07 Giga 1:39

Partita No. 3 in A minor BWV 827
08 Fantasia 2:38
09 Allemande 4:22
10 Corrente 2:40
11 Sarabande 6:13
12 Burlesca 2:14
13 Scherzo 1:07
14 Gigue 2:56

Partita No. 4 in D major BWV 828
15 Ouverture 5:30
16 Allemande 10:31
17 Courante 3:31
18 Aria 2:03
19 Sarabande 6:38
20 Menuet 1:19
21 Gigue 3:20

Disc 2 77:16

Partita No. 2 in C minor BWV 826
01 Sinfonia. Grave adagio - Andante - Allegro 4:49
02 Allemande 4:29
03 Courante 2:34
04 Sarabande 3:20
05 Rondeaux 1:17
06 Capriccio 3:18

Partita No. 5 in G major BWV 829
07 Praeambulum 2:00
08 Allemande 5:14
09 Corrente 1:36
10 Sarabande 5:19
11 Tempo di Minuetto 1:24
12 Passepied 2:24
13 Gigue 3:39

Partita No. 6 in E minor BWV 830
14 Toccata 8:42
15 Allemanda 4:23
16 Corrente 4:46
17 Air 2:06
18 Sarabande 6:53
19 Tempo di Gavotta 2:46
20 Gigue 5:57

・・・

【収録情報】
CD1
J.S.バッハ:
・パルティータ第1番変ロ長調 BWV.825
・パルティータ第3番イ短調 BWV.827
・パルティータ第4番ニ長調 BWV.828
CD2
・パルティータ第2番ハ短調 BWV.826
・パルティータ第5番ト長調 BWV.829
・パルティータ第6番ホ短調 BWV.830

 イルマ・イサカーゼ(ピアノ)

 録音時期:2010年3月21-23日、5月3-5日
 録音場所:バイエルン放送第2スタジオ
 録音方式:デジタル(セッション)

(HMV.co.jp より)

・・・

私の評価:聴き易いのが魅力だが、無条件にこのアイテムを薦められない:星3.5。

・・・

Apple Music にて試聴し、購入したが、期待はずれだった、か?←微妙(!)。

・・・

バッハの「パルティータ BWV 825-830」は、彼が「クラヴィーア・ユーブング、作品1(第1巻)」【注】として出版した典雅且つ複雑・多様な作品集である。私にとって、このアルバムは、その作品集をもう一度聴き直す機会になった。

同アルバム、私の第一印象は:力強い、元気が良い、そして、録音が良い(大音量で聴くと気持ち良い。彼女はカワイを弾いている?)。イサカーゼの元気の良さが逸脱なのか、逸脱ではないのか、は、リスナーの「受容」に依存すると思う。すなわち、イサカーゼの微妙な揺れ(1番クーラント、サラバンド、2番カプリッチョ、3番全曲)、アクセント(1番メヌエット〜ジーグの加速、4番序曲の力強さと技巧、5番テンポ・ディ・メヌエットの速度)、過度なフォルテ(2番ロンド、3番クーラント、ブルレスカ〜ジーグ、6番サラバンド、ジーグ)などなどが面白い・・・が、その反面、それらの揺れやアクセントを耳障りと思う人もあるかも知れない。

・その他
2番サラバンド、4番アルマンド、6番アルマンダの「歌」、および、4番ジーグのなんだかあっけらかんとしたフーガ、および、第6番の「饒舌」が、目立った。

私は米国アマゾンのシュ・シャオ・メイのバッハ:パルティータ集(ASIN: B0062QFYR0)にレビューを書いた:「5.0 out of 5 stars, Zhu plays all Partitas fresh and new, May 11, 2012 / Gould plays it best, Hewitt plays it powerfully and beautifully and Zhu plays it new. グールドの演奏はベスト、ヒューイットのは力強く美しい、シュのは新しい」。そのレビューの文脈に乗っかれば、イサカーゼの BWV 825-830 は、やっぱり「cheerfully 元気」だ。イサカーゼのバッハ:パルティータ集は、グールド、ヒューイット、シュ・シャオメイには及ばないものの、ヒューイット、シュ・シャオメイの、ある意味、レベル高過ぎて取っ付きにくい演奏より(同じ言葉ばかり繰り返すが)元気が良いまたは健康的な演奏であり、そして、この盤は聴き易い(つまり、上記イサカーゼの「揺れやアクセント」が「複雑・多様」にフィットしている…私には。)。それらを評価し、星4つ・・・にしたいが、この盤には『クラヴィーア・ユーブング、作品1(第1巻)』且つ『パルティータ集』たる統一感(コンセプト)が、イマイチ…という欠陥あり、その点、同アルバムは、粗く、軽く、薄く、リスナーを飽きさせるかも(!)←それをおぎなう、アルゲリッチ的な知的技巧を聴きたかった。よって、星3.5。

【注】

以下、メモです。

「ザクセン=ヴァイセンフェルス公の現職の学長で、ライプツィヒの合唱団音楽監督のヨハン・セバスティアン・バッハにより、愛好家を心情的に慰めるため作曲されたプレリュード、アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグ、メヌエット、その他のギャラントな曲からなるクラヴィーア・ユーブング、作品1」。
 これから知られるように、バッハは、これらの6曲をあらためてパルティータと呼ばずに、「クラヴィーア・ユーブング、作品1」とした。ユーブング(Übung)は、コールユーブンゲン(ユーブンゲンはユーブングの複数)が示すように、音楽では練習あるいは練習曲と解されることが多いが、必ずしもそれがすべてとはかぎらない。もともとこの言葉には、実行とか実施の意味もある。したがって、クラヴィーア・ユーブングは、クラヴィーア練習曲とは別に、クラヴィーアで演奏する曲、つまりクラヴィーア演奏曲を意味するとみることもできる。いいかえると、バッハの場合は、「愛好者の心情を慰めるためのクラヴィーア用の曲」と考えていい。
 ここで「クラヴィーア・ユーブング」という言葉を使うことは、バッハ自身の創案によるだけではなかったようである。すでにバッハの前任者のクーナウは、7曲ずつのパルティータの集を2巻の《クラヴィーア・ユーブング》として出版して、きわめて好調な売り上げをみせていた。バッハもこの先例から、「パルティータ」という題名では、愛好者に敬遠される可能性があると心配してクーナウにならうのが得策だと思ったのだろう。バッハとしては、作品1というはじめての曲集の出版だっただけに、余計にその売れゆきを気にかけていたのだろう。
(「作曲家別名曲解説ライブラリー J. S. バッハ」284ページより)

ちなみに、《クラヴィーア・ユーブング》第2巻は「フランス風序曲(ロ短調)BWV 831」「イタリア協奏曲(ヘ長調)BWV 971。
第3巻は「前奏曲とフーガ 変ホ長調『聖アン』BWV 552」「21のオルガン・コラール BWV 669-689」「4つのデュエット BWV 802-805」。
第4巻は「ゴルトベルク変奏曲 BWV 988」

【独り言】

私は、イサカーゼのゴルトベルクと、彼女のこの「パルティータ集」を購入したが、私は、もう、イサカーゼを追っかけない。

【2016−9−27 しつこいですが追加】

本日、久しぶりに、グールドのパルティータ全曲を聴いたのですが、私が余り聴いたことなかった彼の3、4番、やっぱりうまかった。←安心して聴ける。

アルゲリッチとグールドのパルティータ第2番を聴き比べてみた。どちらも割とよく知られた名演だが、これは、聴き比べない方がいい。なぜなら、グールドがバッハを主たるレパートリーとしたのに対し、アルゲリッチは、そうではないから。

【2016−10−5 とんでもない追加】

よく聴くと、私は、この「パルティータ集 BWV 825-830」を、あまり好きではないようだ。

2016年9月22日 (木)

【放送予告】 NHK BSプレミアム 10月17日(月)【10月16日(日)深夜】午前0時00分〜◇バイロイト音楽祭2016 舞台神聖祭典劇『パルシファル』<指 揮>ハルトムート・ヘンヒェン<演 出>ウヴェ・エリック・ラウフェンベルク/収録:2016年7月25日 バイロイト祝祭劇場

10月17日(月)【10月16日(日)深夜】午前0時00分〜

◇本日の番組紹介
◇バイロイト音楽祭2016
舞台神聖祭典劇『パルシファル』【5.1サラウンド】
◇本日の番組紹介
ナレーション: 水落幸子(みずおち ゆきこ)

◇バイロイト音楽祭2016
舞台神聖祭典劇「パルシファル」
<演 目>
舞台神聖祭典劇「パルシファル」(全3幕)
ワーグナー 作曲

<出 演>
パルシファル:クラウス・フロリアン・フォークト
アンフォルタス:ライアン・マッキニー
クリングゾル:ゲルト・グロホウスキ
クンドリ:エレーナ・パンクラートヴァ ほか

<合 唱>バイロイト祝祭合唱団
<管弦楽>バイロイト祝祭管弦楽団
<指 揮>ハルトムート・ヘンヒェン

<演 出>ウヴェ・エリック・ラウフェンベルク

収録:2016年7月25日 バイロイト祝祭劇場(ドイツ)

(NHK オンラインより)

2016年9月20日 (火)

オットー・フリードリック著「グレン・グールドの生涯」に書いてある、私の好きな逸話など(4)グールドとテクノロジー/録音テープを重ね継ぎすることによって、ブルーノ・ワルターとクレンペラーの演奏をつなげる/「レコーディングの将来(1966年の論文)」より

Gould_friedrich

オットー・フリードリック著「グレン・グールドの生涯」

 グールド自身もかなりの夢想家だった。音楽におけるこのテクノロジーの革命が絶頂に達すると、聴き手の解放が、いやもっと正確に言えば、受動的な立場から積極的な参加者へと聴き手の変身が起こるだろう、と信じていた。「つまみをいじるのも、限られた形ではあるが、一個の解釈行為である」と「レコーディングの将来(注:1966年発表の論文)」で書いている。「四十年前、聴き手の選択の自由は『オン』や『オフ』の印のついたスイッチを入れたり切ったりすることに限られ、最新の機器でも、ヴォリュームを少し調整するくらいだったかもしれない。だが今日、さまざまなコントロールが可能となり、聴き手は分析的な判断が求められている。だが、これらのコントロールはごく初歩的で、微調整をしているにすぎない。というのは、現在研究段階にある技術がひとたび家庭の再生装置に組み込まれたならば、聴き手の参加度はいっそう拡大するからだ。」
 この「新しい種類の聴き手」が、自分の膨大なコレクションのあらゆるテープを再編集できるようになれば、グールドはたいへん満足しただろう。「例えば、ベートーヴェンの第五交響曲第一楽章は、呈示部と再現部はブルーノ・ワルターの演奏が好きで、展開部はテンポの大きく異なるクレンペラーの指揮がいいとする。……ピッチと速度の相互関係はひとまず置いておくが、クレンペラーの録音から該当箇所の小節を切り取って、ワルターの演奏の途中にスプライシング(注:録音テープを重ね継ぎすること)によってはさみ込めるのである。その際に、テンポが変わったり、ピッチが上下することもない。……」
 パラダイスの夢想は、どんなものであれ、それを夢想した人間が自分のために望んだものになってしまうことはまず避けられない。口には出さないが、他人も同じことを望んでいるのだと決めてかかっている。《ヴァルキューレ》第二幕で、ブリュンヒルデは戦士ジークムントに対して、死んだ勇者の行くヴァルハルの殿堂がいかに素晴らしい場所かを約束する。「見事な肉体をもった死せる勇者たちがあなたを抱き締め、厳かに歓迎してくれる」のである。一方、T・S・エリオットは、河馬が最終的に聖人に列せられ、「黄金の竪琴を奏で」、雪のように白く洗われ、「殉教した乙女たちの接吻を受ける」と『河馬』という詩の中で予言している。そしてグールドはといえば、音楽ファンが会社で一日懸命に働いたあと家に帰り、ただちにグールド的スタジオに向かい、テープ編集をして夕べを費やすようになる日を夢見ていたのである。グールドは言った。「究極的には、聴き手は自分自身のための作曲家になるのである。」
(オットー・フリードリック著「グレン・グールドの生涯」204ページより)

クラシック音楽の聴き手がテープを継ぎ合わせてブルーノ・ワルターとクレンペラーの演奏をつなげることは「許されること」であるばかりか「聴き手とは逆の立場」=「演奏者という立場」にあったグールドにとって、それは「夢」であった(勿論、グールドは、聴き手でもあった)。

2016年9月19日 (月)

【Apple Music】 高橋アキ & Kronos Quartet の「Morton Feldman: Piano and String Quartet」復活!/そして「Aki Takahashi plays Morton Feldman」に入っている「Palais de Mari (1986)」/↑この2つの録音を聴いて、あなたが、何も感じなかったら…

Feldman_01
(C) Apple Music 検索キーワード:高橋アキ

>>2015年8月11日
>>
>>一方、《超名演》高橋アキ & Kronos Quartet の「Morton Feldman: Piano and String Quartet」が、
>>Apple Music から消えました(!)何故消えた(?)消すなよ(!)
←コレ、復活しました!(上記)

・・・

そして、

Feldman_02
(C) Apple Music 検索キーワード:同上

「Aki Takahashi plays Morton Feldman」に入っている「Morton Feldman: Palais de Mari (1986)」(上記)

↑この2つの録音を聴いて、あなたが、何も感じなかったら、あなたは、モートン・フェルドマンを、聴かない方が良い。

2016年9月18日 (日)

Anna Christensson plays Henning Mankell: Solo Piano Works / World Premiere Recording

Christensson

Henning Mankell (1868-1930)
Solo Piano Works
Anna Christensson, piano
2008年録音
PHOENIX EDITION

World Premiere Recording

[CD 1] 67:14
Three Preludes, op 56
01. Waves 2:34
02. Summer 4:02
03. Nenia 3:49

04. Valse mesto, op. 58 5:55

Three Legends, op. 59
05. Without Title 7:18
06. Atlantis 9:20
07. Sister Beatrice 13:11

Four Pieces, op. 60
08. Barcarole 7:24
09. Evening Mood 5:38
10. Tempest Mood 3:31
11. Slow Waves 4:03

[CD 2] 67:05
01. Fantasy-Sonata No. 1, op 69 15:36
02. Fantasy-Sonata No. 3, op 72 15:50
03. Fantasy-Sonata No. 6, op 76 17:29
04. Ballade, No. 7 op 77 17:40

・・・

ヘニング・マンケル(1868-1930)
ピアノ独奏曲集
アンナ・クリステンソン(ピアノ)
世界初録音

・・・

私の評価:地味なので、星3.5

・・・

スエーデンのピアニスト:アンナ・クリステンソンによるスエーデンの作曲家:ヘニング・マンケルの作品集。

【Apple Music】で試聴して購入。検索キーワード:Anna Christensson

最初は、下手な演奏に聞こえた。たとえば、CD1 におけるクリステンソンの演奏は、ペダル使い過ぎなのか(?)それとも、スコアの指示の通りの演奏なのか(?)どっちなのか、疑われる。そして、当初、ヘニング・マンケルという無名(?)の作曲家の作品を取り上げるには、アンナ・クリステンソンは、力不足と思われた。

CD 1 には、技巧的な作品が入ってない。したがって「CD1 に収録されたヘニング・マンケルの知られざる作品」を世に出すためには、仮に、クリステンソンが秀でた技巧の持ち主だったとしても、彼女は彼女の技巧を生かして、リスナーを魅了することはできないと思った・・・

・・・が、よく聞いてみるとこのアルバムは良かった。CD1 が、印象薄いのに対し、CD2 において、マンケルの《ロマンティシズム》《より複雑で技巧的》《ユニークな作品》は「知らない作曲家と初めて出会う時のスリル」を私に感じさせる(そして、改めて CD1 を聴く。すると、印象薄い CD1 の静かな曲は、あたかも夜想曲であり、CD1 は、夜、流すと快いではないか!)。

His compositions are primarily pieces for solo piano and for chamber ensembles including piano. He was influenced by French Impressionism. 彼の作品は主にピアノ独奏曲、ピアノを含む室内楽曲である。フランス印象派の影響を受けた。(英語版ウィキペディアより)

「(ヘニング・マンケルは)ピアノ曲の作曲にのめり込んだ作曲家である」にもかかわらず「ほとんどヴィルトゥオージティ、難解さを感じさせない」それが、むしろ、彼の作品の魅力であると思う。そして、このアルバムおけるピアニスト:クリステンソンが奏するロマンティシズムは的を射ていると思う。すなわち、このアルバムにおいて、クリステンソンによる作曲家ヘニング・マンケル(の作風)へのアプローチ、解釈、そのためのリサーチは、いずれも上手く行っていると私は感じる。そして、ヘニング・マンケルの「(おそらく)どの楽派にも属さなかった反骨」は、ドビュッシー(1862-1918)やラヴェル(1875-1937)を苦手な私には、むしろ、親しみ易く新鮮(!)。

アンナ・クリステンソン(1982年生まれ)は若いが、既に円熟した演奏者だと思う・・・私が追っかけているダナエ・デルケンキャシー・クリエヴァネッサ・ベネリ・モーゼルの若々しさは、彼女には無い。

・・・

【おまけ】

【Apple Music】で試聴。

同ピアニスト:アンナ・クリステンソンによるスエーデンの作曲家:ヒルディング・ルーセンベリのピアノ独奏曲集は、余り面白くなかった(下記)。

Rosenberg_christensson_2
(C) Apple Music 検索キーワード:Anna Christensson

・・・

同ピアニスト:アンナ・クリステンソンによるスエーデンの作曲家:ヘニング・マンケルの「ピアノ協奏曲」他。これは良かったが、お金がないので買わない(下記)(泣。

Mankell
(C) Apple Music 検索キーワード:Anna Christensson

2016年9月15日 (木)

ケント・ナガノ&ベルリン・ドイツ交響楽団のブルックナー第3番(2003年録音)第6番(2005年録音)が廉価盤(?)だったので購入した/紙パック仕様/今は高い/買うなら安くなるのを待つ!

Bruckner_nagano

・・・

Window
アマゾンの注文履歴

・・・

【Amazon.co.jp へのリンク】

ケント・ナガノ&ベルリン・ドイツ交響楽団のブルックナー第3番

ケント・ナガノ&ベルリン・ドイツ交響楽団のブルックナー第6番


2016年9月13日 (火)

【メモ】 Anna Christensson という人が Henning Mankell ヘニング・マンケルという、おそらく、スエーデンの作曲家の作品を演奏している/これは悪くなさそう

Mankell
(C) Apple Music & Amazon (ASIN: B001U1L9N0)


芸術のために芸術を愛する者にとっては、細かなとるに足らぬものの中にこそ、強い満足を汲み取る場合がしばしばあるものだ(シャーロック・ホームズ)/ブルックナー第8番を改めて聴く(1)/ティントナー

Sinopoli
ブルックナー:交響曲 第3番 第4番 第5番 第7番 第8番 第9番
ジュゼッペ・シノーポリ(第8番は、1994年ライヴ録音)

Nagano
ブルックナー : 交響曲 第4番 第7番 第8番(第8番は、2009年セッション録音)
ケント・ナガノ

Kegel
ブルックナー:交響曲第8番
ヘルベルト・ケーゲル(1975年ライヴ録音)

Thielemann
ブルックナー:交響曲第8番
クリスティアン・ティーレマン(2009年ライヴ録音)

Young
ブルックナー:交響曲第8番
シモーネ・ヤング(2008年ライヴ録音)

Karajan
ブルックナー:交響曲第8番
カラヤン(1988年セッション録音)

Wand
ブルックナー:交響曲第8番
ギュンター・ヴァント(2001年ライヴ録音)

・・・

私の主観。

太陽もあと約50億年もすればこの赤色巨星と化し、白色矮星へと変化していくだろうとされている(ウィキペディアより)←その時、人類は他の惑星に移住しないと絶滅する。そして、ブルックナー第8番第4楽章における第1楽章第1主題の再現・・・すなわち、第4楽章再現部における第3主題再現とコーダの間(←フィニッシュのところではない)で再現される「第1楽章第1主題」において聴かせて欲しい!その「人類の絶滅」を!なぜなら、私はそこが一番好きだから!「ア〜もうこの世は終わった〜!」

ところが、いくつかのブル8(上記)の第4楽章で、その箇所(第1楽章第1主題の再現)に着目し、その音を聴いてみたが、どれも(私のイメージと)違う。そして、たどり着いたのは、ゲオルク・ティントナーの演奏(!)・・・それが、それ(私の人類絶滅のイメージ)になんとなく近い演奏かも・・・という結果に終わってしまった(ただし、火事になる前に私が持っていた32種のブル8の中にもっと良いものが在ったかも知れない。要するに現在私は、どのブル8が私のお気に入りだったか、記憶を失い、それを見失っている)

芸術のために芸術を愛する者にとっては、細かなとるに足らぬものの中にこそ、強い満足を汲み取る場合がしばしばあるものだ(シャーロック・ホームズ名言集より)←客観性を欠くマイオピニオンをごまかすのに便利な言葉(汗;;

Tintner
ブルックナー:交響曲全集
ゲオルク・ティントナー(第8番は、1996年セッション録音)

2016年9月 7日 (水)

【Apple Music】 を聴く時、私の iMac の内蔵ヘッドフォン・アンプは、意外に音が良い

例えば、【Apple Music】 &ヘッドフォンで、《神々の黄昏》ティーレマン&バイロイト2008年盤を聴く時、その音は十分、鑑賞に堪える。したがって、ヘッドフォン(AKG K601)で、【Apple Music】 を聴く限りにおいては、ヘッドフォン(AKG K601)以外には、ハード(CD プレーヤ、ヘッドフォン・アンプほか)は要らないと思った(!)もとより、ソフト(神々の黄昏/ティーレマン CD 盤など)が、要らない・・・。

Imac_late_2013_2
↑私の iMac は、コレだと思う。

・・・

Headphone
↑ヘッドフォン・ジャック(背面、一番左)

・・・

Thielemann
(C) Apple Music
↑《指輪》ティーレマン&バイロイト2008年盤

・・・

Adaptor
↑ヘッドフォンを、iMac のヘッドフォン・ジャックに繋ぐためのアダプター

・・・

↑【Apple Music】&ヘッドフォンの音が、こんなに良い音なら、

もし、あなたが、音楽愛好者として、

1.音に拘(こだわ)らないならば、

2.かつ、iMac ユーザーならば、

3.そして、オデオで音楽を聴くことに拘らないならば、

4.そして、オデオとソフト(CD/SACD)にお金をかけたくないならば、

5.そして、あなたが、ヘッドフォンを嫌いでないなら、否、むしろ、ヘッドフォンを好むリスナーなら、

あなたが、音楽(クラシック音楽&その他のジャンルの音楽)を聴くために、

あなたには、iMacと、ヘッドフォンさえあれば、あとは何も要らない(!)

と思った。

・・・

追加1)書き忘れてました。いままで、私は、Apple Music を、iMac 内蔵スピーカで聴いてました。

追加2)これも書き忘れていました。Apple Music は、月額980円(税込)です。

追加3)iPhone の音は?

2016年9月 3日 (土)

台風12号、9月5日(月)に、九州直撃するという予報がでている。コワイ!(2016年9月3日)/奄美地方や九州南部に近づくおそれ/この台風は、九州に上陸後、熱帯低気圧に変わって本州を縦断し大変な被害をもたらすかも知れない/犠牲者がでませんように!(2016年9月2日)

台風12号 九州に避難指示や避難準備情報

台風12号の接近に伴い、九州の各地では避難指示や、お年寄りや体が不自由な人など避難に時間がかかる人に早めの避難を呼びかける避難準備情報が出ています。(2016年9月4日 21時53分 NHK オンラインより)

(下に続く)

--

台風12号、9月5日(月)に、九州直撃するという予報がでている。コワイ!

Typhoon_02
(C) 毎日新聞

これは、九州人にとって一番ヤバいコースかも・・・。(私は九州在住者です)

2016年09月03日 10時28分 毎日新聞より

(下に続かない)

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台風12号 奄美地方や九州南部に近づくおそれ

Typhoon
(C) NHK

強い台風12号は、暴風域を伴ったまま、鹿児島県の奄美地方に近づき、その後、4日にかけて九州にかなり近づく見込みです。台風が近づくと、急に雨や風が強まるおそれがあり、気象庁は暴風や高波、それに大雨による土砂災害などに警戒するよう呼びかけています。(2016年9月2日 23時10分 NHK オンラインより)

(下に続く)

続きを読む "台風12号、9月5日(月)に、九州直撃するという予報がでている。コワイ!(2016年9月3日)/奄美地方や九州南部に近づくおそれ/この台風は、九州に上陸後、熱帯低気圧に変わって本州を縦断し大変な被害をもたらすかも知れない/犠牲者がでませんように!(2016年9月2日)" »

(C) Apple Music Irma Issakadze plays J. S. Bach: Six Partitas BWV 825-830

Issakadze
(C) Apple Music 検索キーワード:Issakadze

【メモ】 これは悪くない・・・と思う


《ニーベルングの指輪》の隠れた名演/アルトゥル・ボダンツキー(Artur Bodanzky)&フリッツ・シュティードリー(Fritz Stiedry)の「ジークフリート第3幕第3場」を聴く

このエントリーは、このブログの読者ねこのみーさんと私のコメント交換がもとになっています。

【前置き】

>>>私の経験上、以前好きだった曲を全部聴き通す気が起こらないのは9割方、自分の不調のせいでは無く、演奏のつまらなさから来てると思います

私が今、所有する《指輪》全曲は、ベーム盤とティーレマン&バイロイト2008年盤のみ(あ、それから、《ジークフリート》全曲/ブーレーズ/バイロイト [3cds] を最近購入)。
私の家が火事になる前は、以下の《財産》を私は所有していた(私はそれらを聴くのを老後の楽しみにしていた。よって、以下のアイテム、ほとんど聴いてない):

1. フルトヴェングラー/スカラ座。1950年ライヴ録音
2. フルトヴェングラー/イタリア放送交響楽団。1953年演奏会形式ライヴ録音
3. クレメンス・クラウス/バイロイト。1953年ライヴ録音
4. クナッパーツブッシュ/バイロイト。1956年ライヴ録音
5. ショルティ/Vpo。1958/65年セッション録音
6. ベーム/バイロイト。1966/67年ライヴ録音
7. カラヤン/Bpo。1966/70年セッション録音
8. ブーレーズ/バイロイト。1979/80年ライヴ録音 [CD]
9. ブーレーズ/バイロイト。1980年録画 [レーザーディスク]
10. Marek Janowski/SKD。1980/83年セッション録音
11. レヴァイン/メトロポリタン。1987/89年セッション録音
12. ハイティンク/バイエルン放送交響楽団。1988/91年セッション録音
13. サヴァリッシュ/バイエルン国立歌劇場。1989年ライヴ録音
14. バレンボイム/バイロイト。1991/92年ライヴ録音
15. Copenhagen Ring/Michael Schonwandt(指揮), Kasper Bech Holten(演出), The Royal Danish Opera。2006年録画 [DVD] ←ほとんど見てない

私は、「ジークフリート第3幕第3場」が好きなので【注1】、それだけに注目して、「ジークフリート第3幕第3場」だけを、Apple Music, YouTube などで試聴した。しかし、私の記憶において良い印象を持っていたバレンボイム盤、ブーレーズの映像盤、サヴァリッシュの映像盤(サヴァリッシュの映像盤を私は初めて見たが最悪!)、(火事の後に購入した)ティーレマン&バイロイト2008年の「ジークフリート第3幕第3場」を聴いたが、どれも、ピンと来なかった!

(あ、忘れていました。「ジークフリート第3幕」シモーネ・ヤング盤は、悪くなく良くもない。Apple Music にて試聴)。

<--- 注1:ココから --->

【注1】 私が、「ジークフリート第3幕」を、好きな理由:

・ブリュンヒルデが、永遠の若さを失う(つまり、彼女は年を取ればお婆ちゃんになる)。
・ブリュンヒルデが、永遠の処女性を失う。
・ブリュンヒルデが、ジークフリートのなかば強引な求婚に戸惑う。
・ブリュンヒルデが、指輪の呪いを忘れてしまう。
・神々の滅亡が決定的になる。

・ジークフリートは、ブリュンヒルデの岩屋を2回、訪れるのだが、その2回目(神々の黄昏第1幕第3場)においては、ジークフリートは正気ではない。つまり、ジークフリート第3幕第3場は、神々の黄昏第1幕第3場の《怖い伏線》になっている。

・ジークフリート第3幕において、ジークフリート第2幕までに比べ、オーケストレーションのド迫力が増した(ジークフリート第3幕の幕切れは複数の音楽が同時に鳴らされゴチャゴチャになる)。すなわち、ジークフリート第3幕において作曲技法が進化している。なぜなら、ワーグナーは、ジークフリート第2幕と第3幕との間に《トリスタン》と《マイスタージンガー》を書いたからだ。

・ジークフリート第3幕第3場のブリュンヒルデが目覚める時の音楽は、神々の黄昏プロローグ冒頭の動機として、また、第3幕におけるジークフリート絶命の時に歌われる歌として、再現・回想される。それが、私には、ドラマティックというより感傷的(乙女チック?)に聞こえる。それが、私は好きだ。

ついでに、私が、「ジークフリート第3幕」以外に好きな場面をあげると:

《ヴァルキューレ》第2幕第1場、フリッカとヴォータンのやりとり(フリッカがヴォータンをやり込める)場面。
《ヴァルキューレ》第2幕第2場(ヴォータンの苦悩)。
《黄昏》においては、第1幕第3場、ヴァルトラウテとブリュンヒルデの会話(前者が後者に指輪をラインの乙女たちに返して欲しいと、訴える場面)など
つまり、私は、あまりドラマティックじゃない場面もまた、これを好みます。

<--- 注1:ココまで --->

現在のところ、このブログの読者ねこのみーさんが、推薦するアルトゥル(アルトゥール)・ボダンツキー(Artur Bodanzky、メトロポリタン、1937年盤)、および、フリッツ・シュティードリー(Fritz Stiedry、メトロポリタン、1951年盤)のみ、私の嗜好に合う。

《指輪》の名盤と呼ばれるものは、いろいろある。その数は少なくない。が、要するに、今の私が、面白いと思う演奏は意外に少ない・・・ような気がする・・・すなわち今の私が、面白いと思う音源は、ボダンツキー盤&シュティードリー盤の2つしかない。もっとも、私は、その2つの《指輪》の全部を聴いた訳ではない。繰り返すが、その2つのアイテム:《指輪》ボダンツキー盤とシュティードリー盤・・・←今の私は、その「ジークフリート第3幕第3場」しか聴いていない(汗;;)(←前者は Apple Music にて試聴。後者は YouTube にて試聴。)(下記、参照のこと)。
 

Ring_02
フリッツ・シュティードリー(Fritz Stiedry、1883年生 - 1968年没、メトロポリタン、1951年盤。ASIN: B00005MOAA)
および、アルトゥル(アルトゥール)・ボダンツキー(Artur Bodanzky、1877年生 - 1939没、メトロポリタン、1937年盤。ASIN: B000067UM3)
アマゾンJP および (C)Apple Music より

(2016−8−28)

(このエントリーは、更に続きます。続きは、後日書きます)

===========

(続き)

下記《ジークフリート》ゼバスティアン・ヴァイグレ(Sebastian Weigle)&フランクフルト歌劇場(2010/12年)から「ジークフリート第3幕第3場」だけを Apple Music で試聴したけど、ピンと来なかった。ブリュンヒルデ(スーザン・ブロック)が良くなかった。

ゼバスティアン・ヴァイグレは、《マイスタージンガー》バイロイト2008年 [Blu-ray] が良かったので期待したが・・・。
 

Weigle
(C) Apple Music

(2016−8−30)

(続く)

===========

(続き)

【前置き】

Ring
(C) Apple Music。左上から順に、フルトヴェングラー&スカラ座、フルトヴェングラー&イタリア放送、クレメンス・クラウス、ショルティ、カラヤン

【本文】

そして、フルトヴェングラー、クレメンス・クラウス、クナッパーツブッシュ、ショルティ、ベーム、カラヤンの「ジークフリート第3幕第3場」を聴き比べる。

・「ジークフリート第3幕第3場」フルトヴェングラー&スカラ座盤

これは名演だと思う。以下の部分(幕切れ)は、フルトヴェングラーの得意技であるところのスピード感が、保持されている。







BRÜNNHILDE
Lachend muß ich dich lieben,
lachend will ich erblinden,
lachend laß' uns verderben,
lachend zugrunde gehn!
Fahr' hin, Walhalls leuchtende Welt!
Zerfall in Staub deine stolze Burg!
Leb' wohl, prangende Götterpracht!
End' in Wonne, du ewig Geschlecht!
Zerreißt, ihr Nornen, das Runenseil!
Götterdämm'rung, dunkle herauf!
Nacht der Vernichtung, neble herein!
Mir strahlt zur Stunde Siegfrieds Stern;
Er ist mir ewig, ist mir immer,
Erb' und Eigen, ein' und all':
leuchtende Liebe, lachender Tod!

ブリュンヒルデ
笑いながら、私は、あなたを愛さなければならない、
笑いながら、私は盲目になりたい、
笑いながら、私たちは、滅びましょう!
笑いながら、没落しましょう!
さらば、ヴァルハラの輝ける世界よ!
ちりとなれ、汝(ヴォータン)の誇らしき城よ!
さらば、見せかけの神々の華やかさよ!
歓喜して果てよ、汝(ヴォータン)、永劫の族よ!
引きちぎれ! 汝らノルンよ、ルーネの縄を!
神々の黄昏よ、帳を下ろせ!
壊滅の夜よ、霧に包まれよ!
私にはいまや、ジークフリートの星が輝き、
彼は、私にとって永遠にして、いつまでも変わらない、
わが遺産にしてわが財産、唯一にしてすべて、
輝ける愛よ! 笑う死よ!



・「同」フルトヴェングラー&イタリア放送交響楽団盤

フルトヴェングラーは「イタリア放送盤」で、上記歌詞を聞き取り易くするために、スカラ座盤より、幾分ゆっくり指揮しているのだろうが、それ故に、私の主観では、ブリュンヒルデが吐き出す恐ろしい言葉「Götterdämm'rung, dunkle herauf! 神々の黄昏よ、帳を下ろせ!」「Nacht der Vernichtung, neble herein! 壊滅の夜よ、霧に包まれよ!」「leuchtende Liebe, lachender Tod! 輝ける愛よ! 笑う死よ!」(の意味)が、弱められていると思う。ここは、ヒステリックな演奏が良い。ここは、思いっきり強調した方がいい。なぜなら、ブリュンヒルデのこれらの言葉によって、《神々の黄昏》において、ジークフリート、ブリュンヒルデが死ぬ時、ブリュンヒルデがワルハラの城に火を放つ時「なにがどうしてこうなったか」という因果応報が、リスナーの頭に、スッと入る・・・と同時に、リスナーはカタルシスを得られる、と私は、思う。

・「同」クレメンス・クラウス&バイロイト

クラウスの《ばらの騎士》は素晴らしかったが、この「ジークフリート第3幕第3場」は、若干流れが悪い(あるいは、乗りが悪い?)。最後の二重唱(幕切れ)は健闘している。ただし、繰り返すが、クラウスの演奏にしては、流れが悪く、大味かも知れない。

・「同」クナッパーツブッシュ&バイロイト

平凡。迫力なし。

・「同」ショルティ&Vpo

ショルティのファンには悪いが、この指揮者は何も分かってない。

・「同」ベーム&バイロイト

このジークフリート第3幕は、ヴォルフガング・ヴィントガッセンとビルギット・ニルソンの声量が生かされている点において悪くないですね(歌詞がよく聞こえる)。

・「同」カラヤン&Bpo

私は、フルトヴェングラー/イタリア放送交響楽団盤の感想文で、「ジークフリート第3幕第3場」は「ヒステリックな演奏が良い」と書いたが、このカラヤン盤「ジークフリート第3幕第3場」は、その正反対である。はっきり言って、これは、BGM である。しかし、カラヤン盤は(高級)オーディオで大音量で鳴らしてみたい・・・リスナーに、そう思わせる魅力があると思う。ショルティ盤は「これは本当に、ウィーン・フィルなのか」と思わせる強音(Apple Music で試聴する限り、ショルティ盤は弦も管も強すぎる。もっとも、それがショルティの魅力であるが・・・)。それに対し、カラヤン盤は、何と言っても、ベルリン・フィルが美しい。すなわち、カラヤンはベルリン・フィルをコントロールしている(音質的にオケが歌唱より強いと思わせられる箇所があるが・・・)。ベルリン・フィルは当然、音を外さない。歌唱もまた音を外していない(いや、ブリュンヒルデのおたけびなど聴くと、必ずしも歌手が歌唱が音を外していないとは言えまいか? すなわち、歌唱は少しぐらい音を外す方が面白いし、迫力あると私は思う)。カラヤン盤。←これなら、作品《指輪》をつまみ食いしても良いと私は思わせられた。カラヤンの《指輪》は、配役が、ユニークなのが魅力、また、ショルティ盤と同様、数年の時間をかけてセッション録音されているという、ある意味良い条件をカラヤンは生かしたであろうか。

【追加】

↑これは、もしかして、録音が良い? 現在私は、《指輪》ステレオ録音は、ベーム盤、ティーレマン&バイロイト2008、ブーレーズ盤(ジークフリートのみ)しか持たない。Apple Music で聴いた限りでは、カラヤン盤は、もしかしたら、ティーレマン盤より、音がいいかも知れない。ただ、私は、カラヤンの美学は好きではない(嫌いでもない)。《指輪》カラヤン盤には、私にとって、聴くに値しない部分があるかも知れない。←でも、欲しい。最近、廉価盤が出たし・・・(下記)

Karajan
WAGNER/DER RING DES NIBELUNGEN Import/KARAJAN

(2016−9−1)

(続く)

===========

(続き)

【本文】

アルトゥル(アルトゥール)・ボダンツキー(Artur Bodanzky)フリッツ・シュティードリー(Fritz Stiedry)

ボダンツキーのファーストネーム「Artur」は、ドイツ語では「アルトゥル」と発音される。しかし、人名の正しい発音は、ご本人に聞いてみないとわからない。

「ジークフリート第3幕第3場」ボダンツキー盤の最大の魅力は、急激な「アップテンポ」と知的な指揮である。そういうことは、フルトヴェングラーや、若い頃のカラヤンも得意だった。が、その2人よりボダンツキーのほうが技量が上だ(←つまり、フルトヴェングラー、カラヤン&バイロイト(1951)【注2】には、ボダンツキーのような圧倒的技量がなかった訳である)。そして、ボダンツキーに並ぶもう1人の指揮者は、フリッツ・シュティードリーである。その2人(ボダンツキー、シュティードリー)の「アップテンポ」は、指揮者のアッチェレランドというより、歌手の力量とスキルによるものである。そして、そのことは、オペラという芸術においては「歌手が主役であり指揮者は脇役(守り立てる人)あること」を感じさせる。思うに、歌手が指揮者に合わせるより、指揮者が歌手に合わせる方が合理的であろう。なぜなら、歌手は旋律を暗譜し歌詞を暗記し演技をこなし、その上で、ベストを要求されるからである。

逸話
ボダンツキーは速めのテンポ設定で有名で、トランプのために早めに仕事を切り上げたいからああしているのだと、ときに陰口を叩かれることもあった。
(ウィキペディアより)

私もそう思った。
ボダンツキーのテンポの上げ方は、快く、格好よく、気持ち良い。
私は、ボダンツキーは、指揮をしている途中で、オシッコしたくなって、テンポを上げたように聞こえた(勿論、それは私の冗談・・・だが、繰り返すが、ボダンツキーのテンポの上げ方は、たとえ、オシッコのせいであったとしても、それは格好いい)。

「ジークフリート第3幕第3場」ボダンツキー(指揮)のほうが、シュティードリー(指揮)より安定感があると思う。が、ボダンツキー盤は録音が古いので(1937年録音)音が悪いのが残念(!)

「ジークフリート第3幕第3場」フリッツ・シュティードリー盤においては、オケが強音を轟かせるのに対し、歌唱はそれに負けてない、かつ、その逆も言えるだろう。
この「ジークフリート第3幕第3場」シュティードリー盤でブリュンヒルデを歌っているのは、ヘレン・トローベル(Helen Traubel 1899 - 1972)、彼女は明るいですね。そして、元気がある。ジークフリートを歌っているのは、Set Svanholm(1904 - 1964)。この人の声も元気がある。ヘレン・トローベルの歌い方は古いと思いました。ただ、彼女の安定した声量は、魅力的&安心して聴けます。
実は、私は、キルステン・フラグスタート(1895 - 1962)、ビルギット・ニルソン(1918年 - 2005)が苦手なので、ヘレン・トローベルの明るいブリュンヒルデが気に入った(私は、生まれて初めてヘレン・トローベルを聴いた)。ブリュンヒルデが、十代の少女であると仮定するなら、明るい声も悪くなかろう。
とにかく、この録音全体が、もしかしたら、祝祭的(?)に明るい(?) この録音は、エンターテインメントと芸術性が両立している(?)と思いました。←もっと良く聴いてみないと分かりませんが・・・(汗;;

(続き)

さて、私は、フリッツ・シュティードリーの《神々の黄昏》全曲を、YouTube で試聴した。そして、私は、ヘレン・トローベルは、声量・実力において、フラグスタート、ニルソンに劣らないと思った。そして、演奏も良し。というわけで、買うなら、シュティードリー盤だ!・・・否、カラヤン盤も捨てがたいネ(汗;;)。←お金があれば両方欲しい・・・というか、カラヤン盤はもともと持ってたのだ! くやしいな〜

・ボダンツキーとシュティードリーの《指輪》におけるカットまたは省略について
ボダンツキーとシュティードリーの《指輪》には、おそらく、当時のメトロポリタンの慣例によって「カットまたは省略(あるいは割愛)」がある。「ジークフリート第3幕第3場」においては、






BRÜNNHILDE
(wendet sanft das Haupt zur Seite und richtet ihren Blick nach demTann)
Dort seh' ich Grane,
mein selig Roß:
wie weidet er munter,
der mit mir schlief!
Mit mir hat ihn Siegfried erweckt.


から、


SIEGFRIED
Durch brennendes Feuer fuhr ich zu dir!
Nicht Brünne noch Panzer barg meinen Leib:
nun brach die Lohe mir in die Brust.
Es braust mein Blut in blühender Brunst;
ein zehrendes Feuer ist mir entzündet:
die Glut, die Brünnhilds Felsen umbrann,
die brennt mir nun in der Brust!
O Weib, jetzt lösche den Brand!
Schweige die schäumende Glut!
ブリュンヒルデ
(穏やかに頭をかたわらに向け、もみの木のほうに目をやる)
あそこに、グラーネが見える、
私の愛馬が、
元気に草を食んでいる、
私と一緒に眠っていたのに!
私と一緒にジークフリートが目覚めさせたのね。






ジークフリート
燃え盛る炎を超えて、おれはあなたのもとへやってきた!
鎖かたびらもよろいも、おれの身体を被ってはなかった。
いま、炎がおれの胸に入り込んでいる。
おれの血は沸騰して、情熱が燃え盛っている、
身を蝕む火が、おれのなかで点火された。
ブリュンヒルデの岩山のまわりに燃えていた灼熱の炎、
それがいまや、おれの胸に燃えている!
さあ、あなたが、この火事を消してくれ(激情を静めてくれ)!
泡立つ情熱を黙らせてくれ!

までが、カットされている。

↑すなわち「BRÜNNHILDE:Kein Gott nahte mir je! 神でさえ、私に近づくことはなかった!」の手前までが、カットされている。ボダンツキーとシュティードリーの《指輪》は、その他の箇所にもカットがある。←私が《指輪》全曲カラヤン盤を再取得したい理由の一つは、それがノーカットだからです。

【まとめ】

以上、このエントリーは【前置き】が長く、【本文】が短い(汗;; ←要するに、このエントリーの主旨は従来の《指輪》名盤に対する批判です。

【参考】

ワーグナー作曲 ジークフリート 第3幕 歌詞対訳

(2016−9−2)

(続く)

===========

(続き)

《指輪》ティーレマン&バイロイト2008年盤は、もしかしたら、下手(?)

(2016−9−3)

(続く)

===========

(続き)

【注2】 訂正します。《ジークフリート第3幕第3場》カラヤン&バイロイト(1951)。これは、悪くなかった。

Karajan
(C) Apple Music

(2016−9−5)

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