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2016年9月 3日 (土)

《ニーベルングの指輪》の隠れた名演/アルトゥル・ボダンツキー(Artur Bodanzky)&フリッツ・シュティードリー(Fritz Stiedry)の「ジークフリート第3幕第3場」を聴く

このエントリーは、このブログの読者ねこのみーさんと私のコメント交換がもとになっています。

【前置き】

>>>私の経験上、以前好きだった曲を全部聴き通す気が起こらないのは9割方、自分の不調のせいでは無く、演奏のつまらなさから来てると思います

私が今、所有する《指輪》全曲は、ベーム盤とティーレマン&バイロイト2008年盤のみ(あ、それから、《ジークフリート》全曲/ブーレーズ/バイロイト [3cds] を最近購入)。
私の家が火事になる前は、以下の《財産》を私は所有していた(私はそれらを聴くのを老後の楽しみにしていた。よって、以下のアイテム、ほとんど聴いてない):

1. フルトヴェングラー/スカラ座。1950年ライヴ録音
2. フルトヴェングラー/イタリア放送交響楽団。1953年演奏会形式ライヴ録音
3. クレメンス・クラウス/バイロイト。1953年ライヴ録音
4. クナッパーツブッシュ/バイロイト。1956年ライヴ録音
5. ショルティ/Vpo。1958/65年セッション録音
6. ベーム/バイロイト。1966/67年ライヴ録音
7. カラヤン/Bpo。1966/70年セッション録音
8. ブーレーズ/バイロイト。1979/80年ライヴ録音 [CD]
9. ブーレーズ/バイロイト。1980年録画 [レーザーディスク]
10. Marek Janowski/SKD。1980/83年セッション録音
11. レヴァイン/メトロポリタン。1987/89年セッション録音
12. ハイティンク/バイエルン放送交響楽団。1988/91年セッション録音
13. サヴァリッシュ/バイエルン国立歌劇場。1989年ライヴ録音
14. バレンボイム/バイロイト。1991/92年ライヴ録音
15. Copenhagen Ring/Michael Schonwandt(指揮), Kasper Bech Holten(演出), The Royal Danish Opera。2006年録画 [DVD] ←ほとんど見てない

私は、「ジークフリート第3幕第3場」が好きなので【注1】、それだけに注目して、「ジークフリート第3幕第3場」だけを、Apple Music, YouTube などで試聴した。しかし、私の記憶において良い印象を持っていたバレンボイム盤、ブーレーズの映像盤、サヴァリッシュの映像盤(サヴァリッシュの映像盤を私は初めて見たが最悪!)、(火事の後に購入した)ティーレマン&バイロイト2008年の「ジークフリート第3幕第3場」を聴いたが、どれも、ピンと来なかった!

(あ、忘れていました。「ジークフリート第3幕」シモーネ・ヤング盤は、悪くなく良くもない。Apple Music にて試聴)。

<--- 注1:ココから --->

【注1】 私が、「ジークフリート第3幕」を、好きな理由:

・ブリュンヒルデが、永遠の若さを失う(つまり、彼女は年を取ればお婆ちゃんになる)。
・ブリュンヒルデが、永遠の処女性を失う。
・ブリュンヒルデが、ジークフリートのなかば強引な求婚に戸惑う。
・ブリュンヒルデが、指輪の呪いを忘れてしまう。
・神々の滅亡が決定的になる。

・ジークフリートは、ブリュンヒルデの岩屋を2回、訪れるのだが、その2回目(神々の黄昏第1幕第3場)においては、ジークフリートは正気ではない。つまり、ジークフリート第3幕第3場は、神々の黄昏第1幕第3場の《怖い伏線》になっている。

・ジークフリート第3幕において、ジークフリート第2幕までに比べ、オーケストレーションのド迫力が増した(ジークフリート第3幕の幕切れは複数の音楽が同時に鳴らされゴチャゴチャになる)。すなわち、ジークフリート第3幕において作曲技法が進化している。なぜなら、ワーグナーは、ジークフリート第2幕と第3幕との間に《トリスタン》と《マイスタージンガー》を書いたからだ。

・ジークフリート第3幕第3場のブリュンヒルデが目覚める時の音楽は、神々の黄昏プロローグ冒頭の動機として、また、第3幕におけるジークフリート絶命の時に歌われる歌として、再現・回想される。それが、私には、ドラマティックというより感傷的(乙女チック?)に聞こえる。それが、私は好きだ。

ついでに、私が、「ジークフリート第3幕」以外に好きな場面をあげると:

《ヴァルキューレ》第2幕第1場、フリッカとヴォータンのやりとり(フリッカがヴォータンをやり込める)場面。
《ヴァルキューレ》第2幕第2場(ヴォータンの苦悩)。
《黄昏》においては、第1幕第3場、ヴァルトラウテとブリュンヒルデの会話(前者が後者に指輪をラインの乙女たちに返して欲しいと、訴える場面)など
つまり、私は、あまりドラマティックじゃない場面もまた、これを好みます。

<--- 注1:ココまで --->

現在のところ、このブログの読者ねこのみーさんが、推薦するアルトゥル(アルトゥール)・ボダンツキー(Artur Bodanzky、メトロポリタン、1937年盤)、および、フリッツ・シュティードリー(Fritz Stiedry、メトロポリタン、1951年盤)のみ、私の嗜好に合う。

《指輪》の名盤と呼ばれるものは、いろいろある。その数は少なくない。が、要するに、今の私が、面白いと思う演奏は意外に少ない・・・ような気がする・・・すなわち今の私が、面白いと思う音源は、ボダンツキー盤&シュティードリー盤の2つしかない。もっとも、私は、その2つの《指輪》の全部を聴いた訳ではない。繰り返すが、その2つのアイテム:《指輪》ボダンツキー盤とシュティードリー盤・・・←今の私は、その「ジークフリート第3幕第3場」しか聴いていない(汗;;)(←前者は Apple Music にて試聴。後者は YouTube にて試聴。)(下記、参照のこと)。
 

Ring_02
フリッツ・シュティードリー(Fritz Stiedry、1883年生 - 1968年没、メトロポリタン、1951年盤。ASIN: B00005MOAA)および、アルトゥル(アルトゥール)・ボダンツキー(Artur Bodanzky、1877年生 - 1939没、メトロポリタン、1937年盤。ASIN: B000067UM3)
アマゾンJP および (C)Apple Music より

(2016−8−28)

(このエントリーは、更に続きます。続きは、後日書きます)

===========

(続き)

下記《ジークフリート》ゼバスティアン・ヴァイグレ(Sebastian Weigle)&フランクフルト歌劇場(2010/12年)から「ジークフリート第3幕第3場」だけを Apple Music で試聴したけど、ピンと来なかった。ブリュンヒルデ(スーザン・ブロック)が良くなかった。

ゼバスティアン・ヴァイグレは、《マイスタージンガー》バイロイト2008年 [Blu-ray] が良かったので期待したが・・・。
 

Weigle
(C) Apple Music

(2016−8−30)

(続く)

===========

(続き)

【前置き】

Ring
(C) Apple Music。左上から順に、フルトヴェングラー&スカラ座、フルトヴェングラー&イタリア放送、クレメンス・クラウス、ショルティ、カラヤン

【本文】

そして、フルトヴェングラー、クレメンス・クラウス、クナッパーツブッシュ、ショルティ、ベーム、カラヤンの「ジークフリート第3幕第3場」を聴き比べる。

・「ジークフリート第3幕第3場」フルトヴェングラー&スカラ座盤

これは名演だと思う。以下の部分(幕切れ)は、フルトヴェングラーの得意技であるところのスピード感が、保持されている。







BRÜNNHILDE
Lachend muß ich dich lieben,
lachend will ich erblinden,
lachend laß' uns verderben,
lachend zugrunde gehn!
Fahr' hin, Walhalls leuchtende Welt!
Zerfall in Staub deine stolze Burg!
Leb' wohl, prangende Götterpracht!
End' in Wonne, du ewig Geschlecht!
Zerreißt, ihr Nornen, das Runenseil!
Götterdämm'rung, dunkle herauf!
Nacht der Vernichtung, neble herein!
Mir strahlt zur Stunde Siegfrieds Stern;
Er ist mir ewig, ist mir immer,
Erb' und Eigen, ein' und all':
leuchtende Liebe, lachender Tod!

ブリュンヒルデ
笑いながら、私は、あなたを愛さなければならない、
笑いながら、私は盲目になりたい、
笑いながら、私たちは、滅びましょう!
笑いながら、没落しましょう!
さらば、ヴァルハラの輝ける世界よ!
ちりとなれ、汝(ヴォータン)の誇らしき城よ!
さらば、見せかけの神々の華やかさよ!
歓喜して果てよ、汝(ヴォータン)、永劫の族よ!
引きちぎれ! 汝らノルンよ、ルーネの縄を!
神々の黄昏よ、帳を下ろせ!
壊滅の夜よ、霧に包まれよ!
私にはいまや、ジークフリートの星が輝き、
彼は、私にとって永遠にして、いつまでも変わらない、
わが遺産にしてわが財産、唯一にしてすべて、
輝ける愛よ! 笑う死よ!



・「同」フルトヴェングラー&イタリア放送交響楽団盤

フルトヴェングラーは「イタリア放送盤」で、上記歌詞を聞き取り易くするために、スカラ座盤より、幾分ゆっくり指揮しているのだろうが、それ故に、私の主観では、ブリュンヒルデが吐き出す恐ろしい言葉「Götterdämm'rung, dunkle herauf! 神々の黄昏よ、帳を下ろせ!」「Nacht der Vernichtung, neble herein! 壊滅の夜よ、霧に包まれよ!」「leuchtende Liebe, lachender Tod! 輝ける愛よ! 笑う死よ!」(の意味)が、弱められていると思う。ここは、ヒステリックな演奏が良い。ここは、思いっきり強調した方がいい。なぜなら、ブリュンヒルデのこれらの言葉によって、《神々の黄昏》において、ジークフリート、ブリュンヒルデが死ぬ時、ブリュンヒルデがワルハラの城に火を放つ時「なにがどうしてこうなったか」という因果応報が、リスナーの頭に、スッと入る・・・と同時に、リスナーはカタルシスを得られる、と私は、思う。

・「同」クレメンス・クラウス&バイロイト

クラウスの《ばらの騎士》は素晴らしかったが、この「ジークフリート第3幕第3場」は、若干流れが悪い(あるいは、乗りが悪い?)。最後の二重唱(幕切れ)は健闘している。ただし、繰り返すが、クラウスの演奏にしては、流れが悪く、大味かも知れない。

・「同」クナッパーツブッシュ&バイロイト

平凡。迫力なし。

・「同」ショルティ&Vpo

ショルティのファンには悪いが、この指揮者は何も分かってない。

・「同」ベーム&バイロイト

このジークフリート第3幕は、ヴォルフガング・ヴィントガッセンとビルギット・ニルソンの声量が生かされている点において悪くないですね(歌詞がよく聞こえる)。

・「同」カラヤン&Bpo

私は、フルトヴェングラー/イタリア放送交響楽団盤の感想文で、「ジークフリート第3幕第3場」は「ヒステリックな演奏が良い」と書いたが、このカラヤン盤「ジークフリート第3幕第3場」は、その正反対である。はっきり言って、これは、BGM である。しかし、カラヤン盤は(高級)オーディオで大音量で鳴らしてみたい・・・リスナーに、そう思わせる魅力があると思う。ショルティ盤は「これは本当に、ウィーン・フィルなのか」と思わせる強音(Apple Music で試聴する限り、ショルティ盤は弦も管も強すぎる。もっとも、それがショルティの魅力であるが・・・)。それに対し、カラヤン盤は、何と言っても、ベルリン・フィルが美しい。すなわち、カラヤンはベルリン・フィルをコントロールしている(音質的にオケが歌唱より強いと思わせられる箇所があるが・・・)。ベルリン・フィルは当然、音を外さない。歌唱もまた音を外していない(いや、ブリュンヒルデのおたけびなど聴くと、必ずしも歌手が歌唱が音を外していないとは言えまいか? すなわち、歌唱は少しぐらい音を外す方が面白いし、迫力あると私は思う)。カラヤン盤。←これなら、作品《指輪》をつまみ食いしても良いと私は思わせられた。カラヤンの《指輪》は、配役が、ユニークなのが魅力、また、ショルティ盤と同様、数年の時間をかけてセッション録音されているという、ある意味良い条件をカラヤンは生かしたであろうか。

【追加】

↑これは、もしかして、録音が良い? 現在私は、《指輪》ステレオ録音は、ベーム盤、ティーレマン&バイロイト2008、ブーレーズ盤(ジークフリートのみ)しか持たない。Apple Music で聴いた限りでは、カラヤン盤は、もしかしたら、ティーレマン盤より、音がいいかも知れない。ただ、私は、カラヤンの美学は好きではない(嫌いでもない)。《指輪》カラヤン盤には、私にとって、聴くに値しない部分があるかも知れない。←でも、欲しい。最近、廉価盤が出たし・・・(下記)

Karajan
WAGNER/DER RING DES NIBELUNGEN Import/KARAJAN

(2016−9−1)

(続く)

===========

(続き)

【本文】

アルトゥル(アルトゥール)・ボダンツキー(Artur Bodanzky)フリッツ・シュティードリー(Fritz Stiedry)

ボダンツキーのファーストネーム「Artur」は、ドイツ語では「アルトゥル」と発音される。しかし、人名の正しい発音は、ご本人に聞いてみないとわからない。

「ジークフリート第3幕第3場」ボダンツキー盤の最大の魅力は、急激な「アップテンポ」と知的な指揮である。そういうことは、フルトヴェングラーや、若い頃のカラヤンも得意だった。が、その2人よりボダンツキーのほうが技量が上だ(←つまり、フルトヴェングラー、カラヤン&バイロイト(1951)【注2】には、ボダンツキーのような圧倒的技量がなかった訳である)。そして、ボダンツキーに並ぶもう1人の指揮者は、フリッツ・シュティードリーである。その2人(ボダンツキー、シュティードリー)の「アップテンポ」は、指揮者のアッチェレランドというより、歌手の力量とスキルによるものである。そして、そのことは、オペラという芸術においては「歌手が主役であり指揮者は脇役(守り立てる人)あること」を感じさせる。思うに、歌手が指揮者に合わせるより、指揮者が歌手に合わせる方が合理的であろう。なぜなら、歌手は旋律を暗譜し歌詞を暗記し演技をこなし、その上で、ベストを要求されるからである。

逸話
ボダンツキーは速めのテンポ設定で有名で、トランプのために早めに仕事を切り上げたいからああしているのだと、ときに陰口を叩かれることもあった。
(ウィキペディアより)

私もそう思った。
ボダンツキーのテンポの上げ方は、快く、格好よく、気持ち良い。
私は、ボダンツキーは、指揮をしている途中で、オシッコしたくなって、テンポを上げたように聞こえた(勿論、それは私の冗談・・・だが、繰り返すが、ボダンツキーのテンポの上げ方は、たとえ、オシッコのせいであったとしても、それは格好いい)。

「ジークフリート第3幕第3場」ボダンツキー(指揮)のほうが、シュティードリー(指揮)より安定感があると思う。が、ボダンツキー盤は録音が古いので(1937年録音)音が悪いのが残念(!)

「ジークフリート第3幕第3場」フリッツ・シュティードリー盤においては、オケが強音を轟かせるのに対し、歌唱はそれに負けてない、かつ、その逆も言えるだろう。
この「ジークフリート第3幕第3場」シュティードリー盤でブリュンヒルデを歌っているのは、ヘレン・トローベル(Helen Traubel 1899 - 1972)、彼女は明るいですね。そして、元気がある。ジークフリートを歌っているのは、Set Svanholm(1904 - 1964)。この人の声も元気がある。ヘレン・トローベルの歌い方は古いと思いました。ただ、彼女の安定した声量は、魅力的&安心して聴けます。
実は、私は、キルステン・フラグスタート(1895 - 1962)、ビルギット・ニルソン(1918年 - 2005)が苦手なので、ヘレン・トローベルの明るいブリュンヒルデが気に入った(私は、生まれて初めてヘレン・トローベルを聴いた)。ブリュンヒルデが、十代の少女であると仮定するなら、明るい声も悪くなかろう。
とにかく、この録音全体が、もしかしたら、祝祭的(?)に明るい(?) この録音は、エンターテインメントと芸術性が両立している(?)と思いました。←もっと良く聴いてみないと分かりませんが・・・(汗;;

(続き)

さて、私は、フリッツ・シュティードリーの《神々の黄昏》全曲を、YouTube で試聴した。そして、私は、ヘレン・トローベルは、声量・実力において、フラグスタート、ニルソンに劣らないと思った。そして、演奏も良し。というわけで、買うなら、シュティードリー盤だ!・・・否、カラヤン盤も捨てがたいネ(汗;;)。←お金があれば両方欲しい・・・というか、カラヤン盤はもともと持ってたのだ! くやしいな〜

・ボダンツキーとシュティードリーの《指輪》におけるカットまたは省略について
ボダンツキーとシュティードリーの《指輪》には、おそらく、当時のメトロポリタンの慣例によって「カットまたは省略(あるいは割愛)」がある。「ジークフリート第3幕第3場」においては、






BRÜNNHILDE
(wendet sanft das Haupt zur Seite und richtet ihren Blick nach demTann)
Dort seh' ich Grane,
mein selig Roß:
wie weidet er munter,
der mit mir schlief!
Mit mir hat ihn Siegfried erweckt.


から、


SIEGFRIED
Durch brennendes Feuer fuhr ich zu dir!
Nicht Brünne noch Panzer barg meinen Leib:
nun brach die Lohe mir in die Brust.
Es braust mein Blut in blühender Brunst;
ein zehrendes Feuer ist mir entzündet:
die Glut, die Brünnhilds Felsen umbrann,
die brennt mir nun in der Brust!
O Weib, jetzt lösche den Brand!
Schweige die schäumende Glut!
ブリュンヒルデ
(穏やかに頭をかたわらに向け、もみの木のほうに目をやる)
あそこに、グラーネが見える、
私の愛馬が、
元気に草を食んでいる、
私と一緒に眠っていたのに!
私と一緒にジークフリートが目覚めさせたのね。






ジークフリート
燃え盛る炎を超えて、おれはあなたのもとへやってきた!
鎖かたびらもよろいも、おれの身体を被ってはなかった。
いま、炎がおれの胸に入り込んでいる。
おれの血は沸騰して、情熱が燃え盛っている、
身を蝕む火が、おれのなかで点火された。
ブリュンヒルデの岩山のまわりに燃えていた灼熱の炎、
それがいまや、おれの胸に燃えている!
さあ、あなたが、この火事を消してくれ(激情を静めてくれ)!
泡立つ情熱を黙らせてくれ!

までが、カットされている。

↑すなわち「BRÜNNHILDE:Kein Gott nahte mir je! 神でさえ、私に近づくことはなかった!」の手前までが、カットされている。ボダンツキーとシュティードリーの《指輪》は、その他の箇所にもカットがある。←私が《指輪》全曲カラヤン盤を再取得したい理由の一つは、それがノーカットだからです。

【まとめ】

以上、このエントリーは【前置き】が長く、【本文】が短い(汗;; ←要するに、このエントリーの主旨は従来の《指輪》名盤に対する批判です。

【参考】

ワーグナー作曲 ジークフリート 第3幕 歌詞対訳

(2016−9−2)

(続く)

===========

(続き)

《指輪》ティーレマン&バイロイト2008年盤は、もしかしたら、下手(?)

(2016−9−3)

(続く)

===========

(続き)

【注2】 訂正します。《ジークフリート第3幕第3場》カラヤン&バイロイト(1951)。これは、悪くなかった。

Karajan
(C) Apple Music

(2016−9−5)

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