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2016年8月 6日 (土)

Tristan und Isolde Christian Thielemann Staged by Katharina Wagner Bayreuth Festival 2015 [Blu-ray] [Import]

Tristan

RICHARD WAGNER
Tristan und Isolde
Stephen Gould, Evelyn Herlitzius
Georg Zeppenfeld, Iain Paterson
Christa Mayer
Bayreuth Festival Orchestra
Christian Thielemann
Staged by Katharina Wagner
Recorded live at Bayreuth Festival 2015
Blu-ray Video
Deutsche Grammophon

・・・

【収録情報】

● ワーグナー:楽劇『トリスタンとイゾルデ』(全曲)

 スティーヴン・グールド(トリスタン)
 ゲオルク・ツェッペンフェルト(マルケ王)
 エヴェリン・ヘルリツィウス(イゾルデ)
 イアン・パターソン(クルヴェナール)
 ライムント・ノルテ(メロート)
 クリスタ・マイヤー(ブランゲーネ)
 タンゼル・アクゼイベック(牧人、水夫)
 カイ・シュティーファーマン(舵手)
 バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団
 クリスティアン・ティーレマン(指揮)

 カタリーナ・ワーグナー(演出)

 収録時期:2015年7、8月
 収録場所:バイロイト祝祭劇場(ライヴ)

・・・

【注意1】

この商品(ASIN: B01E7ZORYS)を、アマゾンジャパンで買うには勇気が要った。なにしろ、リージョンコード: リージョンB(ヨーロッパ、中近東、アフリカ、オセアニア)。米国アマゾンでは同商品(ASIN: B01E7ZORYS)に「Playback Region B/2 :This will not play on most Blu-ray players sold in North America, Central America, South America, Japan, North Korea, South Korea, Taiwan, Hong Kong and Southeast Asia. 北米、中米、南米、日本、北朝鮮、韓国、台湾、香港、東南アジアで売られているほとんどのブルーレイプレーヤーでは再生しない」との注意書きがある。しかし、私は、あえて、コレをアマゾンジャパンで購入。はたして、我が家のブルーレイプレーヤー(=ブルーレイレコーダー)では、普通に再生できた。しかし、アマゾンジャパンの「登録情報」に「リージョンB」と記してあるのだから、これは、日本製ブルーレイプレーヤーでは再生しないと考えるのが、当然だろう。ご注意下さい。

【注意2】

下記の文章には、ネタバレあります。

【本文】

私の解釈。以下箇条書き。


まず、一つの仮定を書きます。
もし、トリスタンがマルケ王に対して謀反(むほん)を起こし、トリスタンがマルケ王との抗争に勝利したならば、そして、もし、イゾルデがトリスタンの子を産み、その子が男子だったなら、その子は、イングランド(とアイルランド)の王子となり、トリスタンとイゾルデはその後見人の地位を得るだろう。


要するに、このオペラは、誰が、イングランドとアイルランドの王位・家督を継ぐか、その跡目争い(あとめあらそい)の物語だと見ることができよう(または、御家騒動)。というのも、このオペラの背景には、イングランドとアイルランド両国、いずれにも、お世継ぎが居ないという事情が在るからである。


第1幕
第1幕で、イゾルデは、トリスタンに、マルケ王に対する謀反をうながしたと私は見る。
二人が愛し合えば、結果的に、トリスタンはマルケ王を裏切ることになる。そして、それは(イゾルデの誘惑による)トリスタンのマルケ王への謀反と、私は見る。


第2幕
第2幕の冒頭、および、第2場において、トリスタンとマルケ王の抗争はすでに決している。すなわち、イゾルデ、ブランゲーネ、トリスタン、クヴェナールは、第2幕の冒頭、および、第2場において、すでに、マルケ王に拘束されいてる。


第2幕は、トリスタン処刑にいたるプロセスである。マルケ王は、第2幕の冒頭からそのプロセスを高みの見物している。
そして、マルケ王は、現場(トリスタンとイゾルデの不義密通)を取り押さえ、トリスタンの謀反(未遂)を確認。トリスタンを捕縛。
そして、結果的には、マルケ王の指示(あるいは黙認)により、トリスタンは、メロートにより処刑され絶命。


すなわち、このオペラは(ローエングリンと同じく)政治的意味を持つ(「政略結婚」「抗争」「謀反」「御家騒動」「政治的スキャンダル」)。
さらに、もし、トリスタン、または、イゾルデによって「マルケ王を殺害」が実行されたなら、それは精神分析的「父殺し」の意味を持つ。
そして、私が感じた事:それは、そのマルケ王自身もまた、かつて「父殺し」によって、権力を手に入れたのではなかろうか。


トリスタンとイゾルデは、十代の少年少女であり、二人の愛は、恋愛ごっこに見える(スキャンダルの域を出ない)。第2幕の二人の二重唱の場面(カタリーナ・ワーグナー演出)は美しいが、それは「公園の遊具」みたいなオブジェ、その中で、二人はリストカットする・・・幼稚だ。
また、トリスタンとイゾルデの二重唱中、二人の背景に二人の人のシルエットが見える(それは美しい)。その二人は、大人から子どもに(更には、見えないが、胎児へ)と退化し、そのシルエットを映した光は合体する(それも美しい)。という訳で、トリスタンとイゾルデの愛は、これまた精神分析的「退行」なのだ。


第2幕第3場におけるマルケ王の長い独白は、謀反人トリスタンに対する尋問、そして、判決文の言い渡し。ただし、マルケ王は必ずしも残忍な悪役ではなく、彼の独白は、たとえば「受難曲」のポンテオ・ピラトのキリストへの尋問のように罪人をもてあましているように聞こえる部分があったが・・・しかしそれは私の聴き間違いだったかも知れない。


このオペラの悲劇の基は、そもそも、イゾルデの「矜持」と、トリスタンの「コンプレックス」にあったと思う(イゾルデは王女。トリスタンは孤児であった)。第1幕におけるイゾルデは、トリスタンを著しく見下している。たとえば、イゾルデは、トリスタンを口汚く罵る。
「Befehlen ließ dem Eigenholde Furcht der Herrin ich, Isolde!」訳すれば「(grüßen 挨拶を bitten お願いするのではなく)befehlen 命令 ließ させたのです! 女主人である私イゾルデへの畏れが。 あの自分ばかりが可愛い男に。」

Befehlen ließ dem Eigenholde Furcht der Herrin ich, Isolde!

この台詞は重要かつ難しい。語順を入れ替えると、Furcht der Herrin ich, Isolde ließ dem Eigenholde befehlen! 女主人である私イゾルデへの畏れが、あの自分ばかりが可愛い男への命令を、させる OR せしめる(使役)(ließは、過去形? 接続法第二式? 接続法ならその用法・ニュアンスは?←正直言って私には分からない(汗;;

【2016−9−29 追加】 ↑『私自身(=イゾルデ)』ではなく、『私への畏れ』が命令させたのです。なぜなら、トリスタンという男は『私自身(=イゾルデ)』が命令するに値しない男(『私自身(=イゾルデ)』が命令する価値のない男)だからです!…というニュアンスかも知れない…。

10
トリスタンとイゾルデの愛は、二人の身分の違いにより成就することはない(繰り返すが、イゾルデは王女。トリスタンは孤児)。トリスタンとイゾルデの愛が成就しないことを表わす「トリスタン和音」←演劇的にも音楽的にも、ワーグナーは、コレを一番いいたかったと思う(←その和音。電子ピアノで鳴らしてみると、本当に、ゾクゾクします)。

11
トリスタンとイゾルデが愛し合っていることは「公然の秘密」であったと、私は思う。
トリスタンとイゾルデの愛は、プラトニックであるべし(ワーグナーのヴェーゼンドンク夫人への愛のように)。または、「憧憬」であるべし。あるいは、二人の愛が、肉体関係にいたったとしても、それは「一線を越えるが」「許すしかない」と、マルケ王は考えることができたと思う(←源氏物語における光源氏の藤壷の女御のへの愛・姦通・藤壷の懐妊のように)。しかし、実際には、そうならなかった。

12
話は前後するが、第1幕において、イゾルデがトリスタンを暗殺しようと企てるとき、それは、イゾルデのイングランドに対する「反逆」「謀反」であった。なぜなら、そもそも、マルケ王とイゾルデの結婚は「イングランドとアイルランドの平和・和平」のための政略結婚だったからである。
もし、イゾルデがトリスタンを暗殺すれば「イングランドとアイルランドの平和・和平」は消える。両国は再び貢ぎ物を要求したりしつつ、しまいには両国は「戦争」へ突き進む怖れがある。「イングランドとアイルランドの戦争」は、両国の臣民・国民にとって、避けなければならないこと、そして、恐怖であったに違いない。

13
第3幕
第3幕は、トリスタンの葬儀および埋葬であろう(トリスタンは第2幕の幕切れで、メロートから刺されて絶命したと私は見る)。
クルヴェナールをはじめ4名が、トリスタンのなきがらを囲んでいるのは、トリスタンの霊を、あの世から呼び出す「降霊術」。そして、その「降霊術」で呼び出されたトリスタンの霊が、様々なことを物語り、様々な幻影を見る(首のないイゾルデ、身体のないイゾルデ、顔から血を流すイゾルデ)。

14
第3幕のカタリーナ・ワーグナーの演出:
第3幕の演出において、彼女は「トリスタンの苦悩がマイスタージンガー、パルジファルで超克されること」を前提していると、私は見た。

15
第3幕の最後(第3場)に、クルヴェナールやメロートを始め多くの人が死ぬのは「ハムレット的悲劇」の「パロディー」に過ぎないと思う(よって、意味ないと思う)。
ただし「愛の死」の後、マルケ王がイゾルデを連れ去るのは「現実」である。なぜなら、イゾルデは、いまや、イングランドが手に入れた、アイルランドに対する「人質」だからである。

以上、長くなりましたが、最後に:
ティーレマンの指揮は完璧!
このプロダクションは、ティーレマン(指揮)も、歌手陣も、2003年のウィーン・シュターツオーパー盤より、多分、良いと思う。
カタリーナ・ワーグナーの演出は、第1幕こそ、上も下も分からないアップサイドダウンであるが、第2幕の愛の二重唱の場面は美しい。第3幕の「お化け屋敷」はやめて欲しかった。
しかし、カタリーナの演出は、ほぼ、私の解釈に合います・・・気に入りました。

【関連記事】

【メモ】 トリスタンとイゾルデについての覚え書き

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