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2016年7月31日 (日)

オットー・フリードリック著「グレン・グールドの生涯」に書いてある、私の好きな逸話など(3)聞こえない音(音楽)が、いちばん素晴らしく聞こえる(?)

Gould_friedrich

オットー・フリードリック著「グレン・グールドの生涯」


グールドが自分の奇妙な能力に気づいたのは、十三歳くらいの頃だった。モーツァルトのハ長調フーガ(K三九四)を練習していたとき、不機嫌な家政婦が電気掃除機のスイッチを入れて練習を邪魔することにした。
「さて、次のような結果になりました。」一九六四年、トロント音楽院の卒業式での式辞でグールドはその思い出を語っている。「……このきらめくような全音階的な音楽は、ヴィブラートの暈(ぼかし)がかかったようになりました。いやむしろ、浴槽で、両耳に水がいっぱいに詰まった状態で歌をうたい、一気に頭を左右に振ったときに得られる効果とでも言いましょうか。そして柔らかいパッセージでは、自分の創り出している響きがまったく聞こえませんでした。もちろん感覚はありました。鍵盤に対する触感はあったのです。……自分がやっていることのイメージはつかめましたが、実際には音は聞こえませんでした。しかし奇妙なことは、電気掃除機が介在しなかったときよりも、急に素晴らしく聞こえるようになったことです。それも、実際に聞こえなかった部分がいちばん素晴らしく聞こえたのです。」(「音楽院卒業生に贈る言葉」)
 偶然性の音楽あるいはチャンス・オペレーションに没頭していた頃のジョン・ケージについて、こんな話がある。よく馴染んだブラームスの交響曲の録音を聴いて退屈の表情を浮かべていたときのこと、突然ドアの呼び鈴が鳴って鑑賞を邪魔されたその瞬間、ケージは喜びに顔をほころばせてしまったのである。これは客が来たらしいので喜んだのではない。ブラームスの交響曲と鳴り響く呼び鈴という偶然の取り合わせを初めて聞くことができたのを喜んだのである。モーツァルトと電気掃除機からグールドが理解したのは、音の奇妙な取り合わせを単に受け入れるということではなく、音楽を知覚する力を聴覚からほぼ完全に分離することだった。

(「グレン・グールドの生涯」42ページより)

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