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2016年3月 3日 (木)

【メモ】 トリスタンとイゾルデについての覚え書き

ワーグナー作曲 楽劇『トリスタンとイゾルデ』を鑑賞するにあたって、押さえておきたいことを箇条書きします。

1.トリスタンは、孤児
トリスタンは、孤児であり、イングランドの正当な王位継承権者ではなかった。トリスタンは、マルケ王の従僕(der Knecht)であり、且つ、よそ者である。そのことは、イングランドの臣民たちも認識していたと思う。彼は、マルケ王の「おい」であるが、その証拠はない(DNA 鑑定すれば、マルケ王とトリスタンの血のつながりは判定できるが。←勿論冗談です)。分かりやすく言って、トリスタンは、何処の馬の骨か分からない男である。それに対し、イゾルデは、アイルランドの王女である。彼女は結婚して男子を出産すれば、その子は、アイルランドの正当な王位継承権者になれる。又は、もっと簡単に考えれば、彼女が結婚すれば、彼女の夫が王になる。さらに簡単に考えれば、イゾルデみずからが、アイルランドの女王として王位を継承することも考えられる。
イゾルデは女主人(die Herrin)であり、トリスタンは従僕(der Knecht)。そのことによって、トリスタンには、イゾルデに対して、強いコンプレックスを抱いている。

2.政略結婚
イゾルデとマルケ王の結婚は、政略結婚であり、それは、アイルランドとイングランドの不仲(争い)を和解させ得る(もし、イゾルデが、マルケ王の男子を産めば、その子は、アイルランドとイングランドを和解させ統治する王となることが出来るかも知れない)。しかし(ある意味)女性にとって「政略結婚」ほど屈辱的なことはない。もし、イゾルデが、マルケ王に嫁ぐために、イングランドに向かう船上で、トリスタンを毒殺すれば、この「政略結婚」は・・・、おじゃんになる。それは、イゾルデにとって、本意であったか、不本意であったか。←それを我々は言い得ないだろう。イゾルデの、本意は、とにかく、トリスタンとセックスすること(←私は、第1幕第5場にて、イゾルデとトリスタンが二人だけになった時にかわされる二人の「ねちっこい会話」を聴くと、イゾルデがトリスタンに「さっさと私とセックスしなさいよ」と言っているように聞こえる)。
しかも、イゾルデの欲求は、性欲の最大の充足である不倫である(そして、重要なことは、トリスタンもまた、その不倫の一歩手前まで来ている)。

問い:あの〜、トリスタンが、イゾルデをめとることはできなかったのですか?

いや、それはできない。なぜなら、分かりやすく言って、イゾルデとトリスタンの身分は違いすぎる。つまり、イゾルデは王女であるのに対して、トリスタンは従僕・家臣(トリスタンは身分が低い)。さらに、彼の出自(=トリスタンは孤児であること)。それらが、2人の結婚を邪魔している。この2人の「政略結婚」は成立しない。

3.イゾルデが求めたのは「マルケ王との婚姻」&「トリスタンとの不倫」
イゾルデは、「識別できるように」印をつけた死の薬(毒薬)を、ブランゲーネに持って来させる。それを、トリスタンと二人で飲むためである。イゾルデは、ブランゲーネに「死の薬を持って来い」と命じるが、それが、本当に「毒薬」だったかどうか、は重要ではない。同様に、ブランゲーネが実際に持ってきた薬が「愛の妙薬」であったかどうかも重要ではない。イゾルデの目的は、トリスタンをして、マルケ王を裏切らせることだった・・・そして、イゾルデとトリスタンが、同じ杯から、薬を飲むという行為自体が、その裏切りへのきっかけ(あるいは裏切りそのもの!)。その杯の中身は何でも良い。

ワーグナーの台本に特徴的なもののひとつに「媚薬」がある。伝説では脇役的な意味でしかなかった媚薬を、ワーグナーは本作で二人が「死の薬」と信じてあおる設定とした。このために愛は死の中にのみ実現可能という、「愛=死」の強いメッセージを込めることに成功している[23]。これについて、トーマス・マンは「このとき二人は水を飲んでもよかったのだ」と述べている。また、ヴィーラント・ワーグナーは、本作の媚薬は「以前から存在していた愛情を舞台上に視覚化する契機」であり、媚薬が情熱の告白の一歩前にいた二人を告白に踏み切らせたとする[24]。(ウィキペディアより)

二人が飲んだ薬は、肉体的死をもたらすものではなく、精神的死(精神的にあの世に行ってしまうこと)をもたらすものであり、その場合の「死」は裏切り、姦淫なのだ(つまり、その媚薬は、二人を「しきたり」の中で生きることをやめさせ、愛の死に追いやる。愛と死が、イコールでつながる。それがこのオペラの重要なテーマだ)。その薬を二人が一緒に飲むことは、二人を性の欲動へと駆り立てる。

4.第1幕冒頭、イゾルデの狂乱
このオペラの第1幕冒頭のイゾルデの狂乱は、「神々の黄昏」においてブリュンヒルデがジークフリートに裏切られたことを知ったときの狂乱に似ている。ただし、その二つは「前後の筋書き(文脈)」が違う。両者の違いの一つは、イゾルデの場合、その狂乱の激しさの理由が、当初、聴衆には、まったく分からない。それに対し、ブリュンヒルデの場合、ジークフリートの裏切りが、楽劇『ニーベルングの指輪』の最も重要なモチーフである「指輪の呪い」の「帰結」であることを、聴衆は既に知っている(「指輪の呪い」は、楽劇「ラインの黄金」にまで遡ることが出来る)。しかし、トリスタンたちが飲んだ「愛の妙薬」も、ジークフリートが飲んだ「忘れ薬」も「目の前に居る女を愛せ!」という最も淫らな行為を強いる。そして、それは、聴衆をも「めろめろにさせる享楽・快楽」へと導く。イゾルデ、トリスタン、ジークフリートが飲んだ液体は、ワーグナーが、発明した最も淫らなドラッグだ(!)

【注】私が「淫ら」という言葉を連発するので、目障りかもしれませんが、しかし、筋書上、イゾルデは、マルケ王とトリスタンの二人の男と「肉体関係」を持つ(!)。結果的にではあるが、この十代の少女イゾルデは、二人の男性と同時に関係を持つ。これは、キリスト教世界では、姦淫である。ただし、楽劇『トリスタンとイゾルデ』には「キリスト教」という背景は、まったくない。

5.くせ者クルヴェナールは「タントリスの一件」を知っていた
クルヴェナールは「タントリスの一件」を知っていた。彼は、第3幕で、イゾルデを「die Ärztin(女医者)」と呼び「昔、モーロルトから受けた傷をとざした方(第3幕第1場)」と呼ぶ。つまり、クルヴェナールは「タントリスの一件」を知っていた、そのくせに、彼は、第1幕で、イゾルデを侮辱する歌を歌う。彼は、もしかして、トリスタンとイゾルデが愛しあっていることも知っていた。でなければ、彼は、第3幕で、イゾルデを、わざわざ、カレオール(フランス、ブルターニュ半島)のトリスタンのもとに呼んだりしない。
もともと、クルヴェナールは、トリスタンの後見人(あるいは、育ての親(?))
クルヴェナールは、トリスタンのコンプレックスや、トリスタンの置かれたシチュエーションを認識していたと考えることは、出来る。
このオペラの作者ワーグナーは、クルヴェナールを、ある種、二重人格の馬鹿者として描いているように私には見える。なぜなら、クルヴェナールは「タントリスの一件」「トリスタンのコンプレックス」「トリスタンとイゾルデの愛」それらを知っていて、その二人(トリスタンとイゾルデ)が陥ったジレンマと危機を(解決するどころか、逆に)悲劇に導くからである。

6.「タントリスの一件」は、公然の秘密だったのか?
クルヴェナールが「タントリスの一件」「トリスタンとイゾルデの愛」を知ったのはいつか? たとえば「クルヴェナールは、第1、2幕では、それ(タントリスの一件など)を知らなかった。彼は第2幕の後(すなわち、第2幕と第3幕の間に)、それを知った」と見ることができるかも知れない。もしそうだとすると、クルヴェナールは「タントリスの一件」を、第2幕と第3幕の間に、誰から教えてもらったのか? 第2幕と第3幕の間に、クルヴェナールはブランゲーネと密会して、ブランゲーネから「タントリスの一件」を教えてもらったのか? あるいは、クルヴェナールは「事の真相」を推理したのか? あるいは「事の真相」がトリスタン、イゾルデ、ブランゲーネ以外の「第3者」の手から漏れ、その情報を、クルヴェナールは得たのか?
あるいは、「タントリスの一件」は、このオペラの第1幕が始まる前から、そもそも「公然の秘密」だったのか(?)。

7.トリスタンが、マルケ王に、イゾルデの秘密をばらしたというのは真実か、はたまた、イゾルデの妄想か?
トリスタンが、マルケ王に、イゾルデとの政略結婚をすすめたとき、トリスタンは、マルケ王に「タントリスの一件」を、ばらした、と、イゾルデはトリスタンを責める(第1幕第5場)。
イゾルデ曰く:「お前(トリスタン)は、私(イゾルデ)をマルケ王にすすめた(!)」
すなわち、イゾルデのトリスタンを責める毒舌:

「トリスタンよ! お前はマルケ王にこう言ったのだ:『王様! イゾルデ君は、彼女の婚約者モーロルトを殺した仇である私(トリスタン)の致命傷を治してくれました。かの姫君は、仇に対しても厚意的で、やさしい女です。だから、彼女を妃となさいませ!』と。」

すなわち、イゾルデは、トリスタンその人が秘密にすべき「タントリスの一件」を、第三者(マルケ王)にばらしたと、主張、そして、トリスタンを責める:「憎むべきトリスタンは口が軽い男であり、恩を仇で返す裏切り者だ」と。

とにかく「タントリスの一件」は、イゾルデにとって、極めて重大な秘密であり、それは、彼女にとって、恥辱なのである。その秘密を、トリスタンが、第三者に漏らしたのであれば、それは、許しておけぬ・・・否、トリスタンが「タントリスの一件」を第三者に漏らしたことは、死をもってつぐなわなければならない裏切りだ・・・と、イゾルデはトリスタンを責める。しかし、そもそも、トリスタンが「タントリスの一件」をマルケ王にばらしたというのは本当のことなのだろうか・・・あるいは、それは、イゾルデの妄想なのだろうか)。いずれにしても、イゾルデとトリスタンの「タントリスの一件」に対する《認識のずれ》は、決定的である。すなわち、その二人にとって「タントリスの一件」に係る《認識》《思惑》は違いが大きすぎる。トリスタンにとってそれは、マルケ王にイゾルデをめとらせるための「方便」でしかない。イゾルデにとってそれは、トリスタン暗殺の動機である。「タントリスの一件」についての2人の《認識のずれ》は、トリスタンとイゾルデとを切り離す昼の縛めだ。

【注】何故、トリスタンは、このような「政略結婚」を思いついたのか? それは、トリスタンもまた、イゾルデのそばにいたかったからである。

8.楽劇『トリスタン』に、まともなドイツ語をしゃべる人がいない、あるいは、少ない
私は、当初、この『トリスタンとイゾルデ』という楽劇の中には、まともなドイツ語をしゃべる登場人物が、なかなか居ないと思った。私は、第2幕の終わりのところ(第3幕第3場)で、マルケ王が、トリスタンを責めるとともに、自らも傷ついたことを嘆き、己の情けなさを告白するとき「あ〜、やっと、まともなドイツ語をしゃべる人が出てきた」と、思ったことがあったが・・・いまは、そう思わない・・・改めて、このオペラを聴いてみると、あの、マルケの長い独白におけるドイツ語もまた、いかれているように思うようになった。
さて、私は「事の真相」を知りつつ、どうしようもなかった、あわれなクルヴェナールに同情した。私は、私のそのクルヴェナールへの同情ゆえに、また、彼が間抜けの三枚目であるがゆえに、むしろ、彼こそが、まともなドイツ語をしゃべっているように思えるようになった。
そしてもう1人、クルヴェナール以外に、まともなドイツ語をしゃべっている登場人物を付け加えるなら、それは、ブランゲーネだ。ブランゲーネは「タントリスの一件」を知らなかったという意味で、このオペラのリスナーの立場に近い。
クルヴェナール、ブランゲーネ、この二人の「名脇役」だけが、まともなドイツ語をしゃべっているように私には思える。

9.「トリスタン和音」愛し合っているが結ばれない
ワーグナーの狙いは、二人の主人公だけではなく、このオペラを鑑賞する鑑賞者をも現実から遠ざけさせることと、それによって、鑑賞者にも、死や裏切りに対する〈抵抗力〉を与えることだ(「人をめろめろにさせる享楽・快楽」へと導く)。例の薬は、ツールであり「裏切りや死や姦淫に対する免疫」を聴衆に与える(ただし、そのツールは副作用が強すぎる)。←そして、それは、ジークフリートが飲んだ「忘れ薬」なのである(ジークフリートも、忘れ薬を飲んだあと、すぐに、グートルーネに惚れてしまう。惚れ薬!)。その「忘れ薬」が、トリスタンには女主人イゾルデに対するコンプレックスを忘れさせ、イゾルデには矜持を忘れさせ、「聴衆」には日常性を忘れさせる。そして「トリスタン和音」=「トリスタンたちの禁断の媚薬」なのである。
トリスタンとイゾルデは、10代の少年少女である(この作品の筋は、ある意味、少年少女の恋愛ごっこ)。そして、イゾルデは、このオペラのもとになった叙事詩に歌われてあるように金髪であらねばならない。金髪の十代の少女。こんなこと書くと、人種差別になるが、私は、金髪の少女が怖い。何を考えているか分からない(!)。もし、イゾルデが黒髪の少女だったら、この御家騒動は、どこにでも転がっているお話に見えるが、金髪の少女が主人公(!)。しかも美しい髪の少女。そういう少女がイゾルデを演じたらどうなるか、見てみたい。

Tristan

トリスタンとイゾルデ(1902年)エドモンド・レイトン(1853 - 1922)

・・・

【2016−12−13 追加】

Tristan_chord
トリスタン和音(midi

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