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2016年3月 6日 (日)

京都リサイタル2011/メジューエワ plays シューマン:「クライスレリアーナ」、ショパン:「舟歌」、メトネル ほか

Mejoueva

京都リサイタル2011/メジューエワ

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【曲目】

・シューマン:アラベスク op.18
・シューマン:クライスレリアーナ op.16
・ショパン:ノクターン 嬰ヘ長調 op.15の2
・ショパン:舟歌 嬰ヘ長調 op.60
・メトネル:4つのおとぎ話 op.26
・メトネル:ピアノ・ソナタ 変イ長調 op.11の1(『三部作ソナタ』第1番)
・メトネル:夕べの歌 op.38の6

 イリーナ・メジューエワ(ピアノ)
 録音時期:2011年7月24日
 録音場所:京都コンサートホール・小ホール(アンサンブルホールムラタ)
 録音方式:Digital録音(ライヴ)
 レーベル:若林工房

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・メジューエワの「クライスレリアーナ」
このアルバムに収められているメジューエワの「クライスレリアーナ」は「爆演」というよりも、私の第一印象は(「クライスレリアーナ」という論理的作品に対して)「破壊的」。
さらに付け加えるなら、破綻しているとか、グロテスクとか、クレージーとか言ってもいいかも知れないと私は思ったが、それらの形容は、彼女のこの演奏を形容するに、適切ではなかった。つまり、メジューエワの「クライスレリアーナ」は激しいのではあるが、微妙に壷を押さえている・・・というか、表現・演奏の激しさが、「作品」に、これまた、微妙にフィットしている・・・。私の主観では、彼女は、声の発声に妙なる声を聞かせる。しかし、同曲において、メジューエワの解釈や表現は、アマチュア並みと言う人があるかも知れない。だが、メジューエワの「クライスレリアーナ」は、ホロヴィッツやアルゲリッチの同曲演奏のように、リスナーに同曲の固定観念(模範)をうえつける演奏ではなく、むしろ、それ(ホロヴィッツやアルゲリッチの同曲演奏)を壊す演奏であることに意義と価値あり(特に、ホロヴィッツの「クライスレリアーナ」は良い演奏なので、彼女が、ホロヴィッツに試合を挑んだのは、勇気の要ったことだろう)。
博多弁に「たまがった(驚いた)」という方言があるが、まさに、その語が当てはまる(やっぱり、クラシック音楽は面白い)。

・ショパンの「舟歌」は粗いが、迫力あり、技巧的であり、いままで聴いたことない解釈を聞かせ、これまた、ある意味、私を昇天させる。

・メトネルについては、私は知らないので、レビューする自信が私にはないのだが、これまた、豪快で迫力ある。

追伸1)大音量で聴くと快感!

追伸2)しかし、この盤は、万人にはすすめられないし、何度も聴くと退屈するかも知れないので、星4つ。

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