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2015年6月11日 (木)

リヒャルト・シュトラウス作曲:楽劇《バラの騎士》の感想文を、だらだら書く(5)/楽劇《バラの騎士》は、何を言いたいのか?

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==

・登場人物の身分

マリー・テレーズ(オーストリア陸軍元帥夫人、ヴェルデンベルク侯爵夫人)
オクタヴィアン(ロフラーノ伯爵)
オックス(フォン・レルヒェナウ男爵)
ファニナル(新貴族)

・楽劇《バラの騎士》は、何を言いたいのか?

上のことについて、昔、或る人と議論したが、その時の答え(すなわち、楽劇《バラの騎士》は、何を言いたいのか?への答え)は、「元帥夫人の老い・衰え・諦観」であるということに落ち着いた。しかし、当時、私は、上記の答えは「ちょっと違うんじゃないかな〜【注1】」と、思いながらも、その問いに対する答えを、現在まで、保留したまま、封印していた。

結論を書こう:

「楽劇《バラの騎士》は、何を言いたいのか?」その答えは「元帥夫人の老い・衰え・諦観」というテーマだけでなく「貴族階級(騎士階級)の没落とブルジョワジーの台頭」というテーマを含むということ。
ただし、それについては「今更あんた何言ってんの?! それについては、楽劇《バラの騎士》カラヤン新盤/国内盤 [CD] のリーフレットに書いてあるじゃないか?!」と、このブログの読者の皆様に、私は、うっちゃられるかも知れない・・・。

以下、黒田恭一氏のコメント(楽劇《バラの騎士》カラヤン新盤/国内盤 [CD] のリーフレットより):

 「ホフマンスタールのうみだした、はなやいだなかにもいくばくかの感傷をひめて人の心をとらえずにはおかない、『音楽のための喜劇』の登場人物たちは、彼ら自身が、黄昏の近づきつつあった文明の象徴である」。これはイギリスの音楽評論家ウィリアム・マンが《ばらの騎士》について書いた文章の一部である。さらに、ウィリアム・マンはこうも書いている。「リヒャルト・シュトラウスがこのような象徴を示しえたのは、感覚的なリズムのゆたかさと沸きたつような気分とを奇蹟的にそなえているウィンナ・ワルツを、時代錯誤になるのも敢えて辞さず、作品にとりいれたためである」。
 このレコードできける演奏をいうためのキー・ワードがここにある。「黄昏」という言葉である。元帥夫人がそうであるように、黄昏を予感したとき、人は、後ろをふりむく。シュトラウスも、単にその作品に「黄昏の近づきつつあった文明の象徴である」人物を登場させただけではなく、黄昏の接近を予感していたに違いなかった。《ばらの騎士》が「音楽のための喜劇」であるにもかかわらず、全体が愁いの影に淡くおおわれていることと、そのこととは無関係ではない。

(中略)

 マリア・テレジアの治世にあった光輝くウィーンに刻々と近づきつつあった黄昏の象徴として元帥夫人がいる。そのような元帥夫人を描き出すことで、もうひとつの黄昏の接近を暗に語ろうとしたホフマンスタールとシュトラウスがいる。そして、そのようなホフマンスタールとシュトラウスによってうみだされた作品に、深い共感をもって手をふれたカラヤンがいる。幾重にも重なりあった黄昏の予感につつまれたウィンナ・ワルツは、いつもの弾けるような勢いをなくして、あのラヴェルが《ラ・ヴァルス》で描いた霧のなかで揺れ動くワルツにかぎりなく近づいているようである。
 ウィンナ・ワルツが泡立っているところでは、オクタヴィアンの若さが輝き、ゾフィーの可憐さが光る。しかし、たとえオクタヴィアンとゾフィーがこのオペラの表面にでてきているとはしても、ホフマンスタールとシュトラウスの視線は、そのふたりには向けられてはいない。過ぎた春をふりむく人は、春を走る若さの心もとなさと、昨日を持たない人の軽さを、春に見る。そのようなホフマンスタールとシュトラウスの視点を明確にするためには、やはりどうしてもワルツを霧の中で揺れ動かす必要があった。(黒田恭一/楽劇《バラの騎士》カラヤン新盤/国内盤 [CD] のリーフレットより)

楽劇《バラの騎士》の時代設定は、いつなのだろうか。マリア・テレジアの在位は、1740年〜1780年である。マリア・テレジアの在位が、40年もあるので、《バラの騎士》の時代設定が、いつ頃なのか特定しにくい。
第1幕において、元帥夫人とオクタヴィアンが朝食を楽しんでいると元帥が帰って来たような物音がする。その時、元帥夫人が、元帥の急な帰宅と勘違いする場面で(←実はオックスの訪問だった)彼女が、

「私はナポリの将軍ではないから、立っている所には立っています」

と云うのは、1744年オーストリア軍がナポリを攻撃した際、イタリア軍が早々に退却した史実を指しているのである(渡辺護/楽劇《バラの騎士》カラヤン旧盤/国内盤のリーフレットより)」

ということは、《バラの騎士》の時代設定は、1744年以前ではない。
 私は高校生の時、世界史の授業で、マリア・テレジア時代のオーストリアの歴史(オーストリア継承戦争、七年戦争など)を詳しく習った記憶がある。が、私は、それらの戦争のことも、マリア・テレジアの治世のことも全部忘れてしまった。
 元帥夫人の夫、つまり、元帥が、狩りにいって遊んでいることからすれば、《バラの騎士》の時代設定は、戦争のなかった、平和な時代(そして1744年以降)・・・しかし、黒田恭一氏が、キーワードとして「黄昏」という言葉を使っていることから、普通に考えると、《バラの騎士》の時代設定はマリア・テレジアの治世末期と考えてもいいと思う・・・だとすると、1780年に近い?・・・だとすると(飛躍するが)《バラの騎士》の時代背景はトマ・ピケティの「21世紀の資本」に引用された「ゴリオ爺さん(バルザック)」の時代(1819年のパリ)を連想させる(!)
もっとも、カラヤン新盤の歌詞対訳には「物語の場所はウィーン、マリア・テレジア女帝の(1717年生〜1780年没)統治時代の初期(1740年代)」と書いてある(←それは正しいと思う)。しかし、私は、《バラの騎士》の時代設定を、あえて、18世紀末と見る。

「ゴリオ爺さん(1819年のパリ)」の時代は、資本主義が発達した時代と言える(!):

この激動は過去何世紀も続いたアンシャン・レジームの下では考えられなかったような社会的地位の変化を可能にしていた。この新しい社会のルールに自分を進んで合わせた人々の中には、つましい境遇からより上層へと登ることのできた者もいたが、もちろん古くからの由緒正しい富める者たちには忌み嫌われた。(ウィキペディア、ゴリオ爺さんの項より)

要するに、黒田恭一氏が、すなわち、
「マリア・テレジアの治世にあった光輝くウィーンに刻々と近づきつつあった黄昏の象徴として元帥夫人」
と言うのなら、
「オクタヴィアンもオックスも黄昏れつつある階級」であり、
ファニナルとゾフィーは、
「(古くからの由緒正しい富める者たちには忌み嫌われたが)上層へと登ることのできた者」であった・・・
と、考えても良かろう・・・いや、ずばりそう考えることにする・・・私は。【注2】

ちなみに、ファニナルは「ネーデルランドにいる軍隊にへ物資を供給している家です」とあるように、彼は、アンシャン・レジーム下の「農地の大地主」というより、むしろ商人であろう。彼は「ウィーン市内に宮殿を持っていて、ウィーン郊外に家を12軒も持っている」・・・ファニナルは、19世紀初めの資本家ではないが、おそらく「アンシャン・レジームの下では考えられなかったような社会的地位の変化」に乗っかって、財を成した人ではなかろうか。

私は、エントリー「リヒャルト・シュトラウス作曲:楽劇《バラの騎士》の感想文を、だらだら書く(2)」において、

「そもそも、元帥夫人は、何故、オクタヴィアンを『バラの騎士』として紹介(指名)したのか? その目的は? その理由は?
元帥夫人の《名案》の《名案》たるゆえんは?」

という問いを発した。いま私は、私自身が発したその問いに対する「回答」を書く:

すなわち、元帥夫人が、オクタヴィアンを『バラの騎士』として紹介(指名)した理由。それは、以下のことを実現させるため:

「オクタヴィアンよ! あんたはいつまでも爵位や貴族階級(騎士階級)にしがみついていないで新興ブルジョワジーの婿になれ! そのほうがあんたもあんたの子孫も、黄昏れることなく、安泰よ! いやそれどころか栄えるだろうよ!」

元帥夫人が「オクタヴィアンを『バラの騎士』として紹介(指名)した」理由は、オクタヴィアンとゾフィーをくっつけるためだった。
元帥夫人は「オクタヴィアンを『バラの騎士』として紹介(指名)する」という「トリック」で、裏で糸を引き、オクタヴィアンとゾフィーの結婚を実現させた・・・というのが、私の解釈。
(分かりやすいように繰り返すが)元帥夫人がオクタヴィアンを「バラの騎士」に紹介(指名)すれば、必然的に、オクタヴィアンは、ゾフィーと出会う(←これが元帥夫人の第1の目的)。そして、2人は、互いにひかれ合い恋に落ちる(←これが元帥夫人の第2の目的。←だが、それは偶然? 否、元帥夫人にとって「オクタヴィアンとゾフィーとの恋」は『希望的観測』というより『必然』だった)。
オクタヴィアンとゾフィーを結婚させる(←これが元帥夫人の第3の目的)。まだある。元帥夫人の最も重要な目的は、オクタヴィアンをしてオックス男爵の縁談を破談させること。それが、元帥夫人の、オクタヴィアンを「バラの騎士」として紹介(指名)した真の目的ではなかったか?(←ファニナル邸で、オクタヴィアンとオックスが、ぶつかるのは目に見えてた)
元帥夫人は、「第1幕」の終わりに、オクタヴィアンに「あとで、プラーター公園(ウィーンの公園)で、会いましょう」と言っている。彼らは「第1幕」の後(第2幕の前)で会ったのである。←その時、元帥夫人は、オクタヴィアンに「オックスが結婚する少女がどんな少女か」そして「オックスがファニナル邸でどう振る舞うか」を見て来なさいと告げたに違いない。

元帥夫人は、ゾフィーに、自分と同じ人生を歩ませたくなかった。

時代は変わった。

←そして、上記の解釈を、私に、思いつかせるプロダクションは、私が所有する楽劇《バラの騎士》のソフトウェアの中では、下記、ニーナ・ステンメ主演のプロダクション [DVD] だけだ。

【注1】

もし、楽劇《バラの騎士》の言いたいことが「元帥夫人の老い・衰え・諦観」であるとすれば、そのことは、第1幕の元帥夫人のモノローグ、および、元帥夫人とオクタヴィアンのデュエットにおいて、「伏線」として歌われ、第2、3幕にて、その伏線が、現実になる。しかし、私が思うに:
「第2、3幕に対する第1幕の伏線の張り方が、あからさま OR ありきたり過ぎる(!)。
「第2、3幕は、第1幕の伏線を現実化するため《だけ》にあるのか(?)。
「間もなく現われるフランツ・カフカと同時代のフーゴ・フォン・ホーフマンスタールが、そんな、単純な筋書き・台詞を書くか(?)

【参考】

フーゴ・フォン・ホーフマンスタール
『バラの騎士』(1911年)

フランツ・カフカの中・長編小説
『失踪者』(『アメリカ』)(1912年/1927年)
『変身』(1912年/1915年)
『審判』(1914年-1915年/1925年)
『城』(1922年/1926年)

【注2】

ファニナルが、元帥夫人、オックス、オクタヴィアンよりも、経済的に上位にあること・・・その根拠を私は示すことができる。それについては後日このブログに書く。

--

Stemme

リヒャルト・シュトラウス作曲:
楽劇《バラの騎士》
ニーナ・ステンメ Nina Stemme(元帥夫人)
ヴェッセリーナ・カサロヴァ Vesselina Kasarova(オクタヴィアン)
マリン・ハルテリウス Malin Hartelius(ゾフィー)
アルフレート・ムフ Alfred Muff(オックス)
チューリッヒ歌劇場合唱団
チューリッヒ歌劇場管弦楽団
フランツ・ヴェルザー=メスト Franz Welser-Möst(指揮)
スヴェン=エリック・ベヒトルフ Sven-Eric Bechtolf(演出)
2004年録音
EMIミュージック・ジャパン

(続く)

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