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2015年1月19日 (月)

ソフィー・パチーニの「ショパン:ピアノ独奏曲集(バラード第4番 作品52)」

このエントリーは、http://koshiro-m.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-c442.htmlの続きです。

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Pacini

Frédéric Chopin (1810 - 1849)
Sophie Pacini, piano
Recording: XII 2013, Köln, Deutschlandfunk Kammermusiksaal
Cavi-music

01. Ballade No. 4 in F Minor, Op. 52 [10:51]
02. Nocturne in E-Flat Major, Op. 9, No. 2 [3:39]
03. Scherzo No. 2 in B-Flat Minor, Op. 31 [10:32]
04. Nocturne in B-Flat Minor, Op. 9, No. 1 [5:15]
05. Nocturne in D-Flat Major, Op. 27, No. 2 [5:58]
06. Fantasy Impromptu in C-Sharp Minor, Op. 66 [5:20]
07. Nocturne in C-Sharp Minor, Op. 27, No. 1 [4:51]
08. Nocturne in C Minor, Op. 48, No. 1 [5:54]
09. Polonaise No. 7 "Polonaise-Fantaisie" in A-Flat Major, Op. 61 [13:26]
10. Bach-Busoni: Ich ruf zu Dir, Herr Jesu Christ (BWV 639) [3:34]

Total Time 69:27

Publisher 1 / 3 /9: Henle, Ewald Zimmermann 2 / 4 - 8 : Wiener Urtext, Jan Ekier

ソフィー・パチーニさんは、バラード4番、スケルツォ2番、幻想ポロネーズを「ヘンレ版」、その他を「ウィーン原典版 ヤン・エキエル編集」で弾いている(上記参照)。

このアルバムは、プログラミング(曲の並べ方)がいいと思う。

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【ショパン:バラード第4番 ヘ短調 作品52 楽曲解説】

この曲は、ベートーヴェンの交響曲の第1楽章のような堂々たる形式を持っていると思う。

Chopin_52_0
【譜例1】 序奏(midi

この序奏は、転調して再現される(ソフィー・パチーニの演奏では、Track 1の6'07")

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Chopin_52_1
【譜例2】 第1主題。ただし、第18小節から(midi) ※ソフィー・パチーニの演奏では、Track 1の1'11"

第1主題は、A、Bの「二つの動機がそれぞれ転調あるいは音型的な変形を与えられたりして発展していく。」(ショパン バラードとアンプロンプチュ 全音ピアノライブラリーより)

コノ第1主題は意外に単純であり、Aは、スモールaの繰り返し。Bは、4音の同音反復を持つ(スモールb)。Cは、コノ物語詩の区切りの役割をしていると思う(←私は、このメランクリックな音Cが好きだ。パチーニは、ソレをはっきり弾いている)。B-bの「同音反復」のイメージは、この作品において効果的に歌い継がれている、と、思う。

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Chopin_52_2
【譜例3】 第2主題 変ロ長調(midi) ※ソフィー・パチーニの演奏では、Track 1の4'16"

第2主題は、移調して再現される(調性不明。ソフィー・パチーニの演奏では、Track 1の8'18")。第2主題が効果的に再現することからして、《作品52》は、自由なソナタ形式と見ることが出来る。

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【ショパン:バラード第4番 作品52 ソフィー・パチーニの演奏について】

初めの序奏、初めの第1主題は、生気のない(あるいは元気のない)演奏。しかし、パチーニさん持ち前の技巧と知的構成力で、アグレッシヴに(激しく)盛り上がっていく。序奏の最後の音のフェルマータは、たっぷり音を保っている(それに続く第1主題の最初の音の溜め!)。その他の箇所でも、テヌートで十分音を保ち、フェルマータ付き休止で十分間を取る。パチーニさんの解釈は、いわば、耽美的であり、自己陶酔的であるが、それは、作品52の《性格》でもある(下記参照)。

「これは最も瞑想的でしかも情緒が充満しているときのショパンである。自己陶酔と圧迫された感情 --- 本当にスラヴ的だ、このはにかみは! --- そしてショパンにとってさえ珍しい集中性をもったリリシズム、熱情あふれたリリシズムが曲の基調である。ハネカー」(作曲家別名曲解説ライブラリー ショパン 57ページより)

リリカルという点で、《バラード4番作品52》は、物語詩(バラード)ではなく、叙情詩であり、堂々たる構成を持つという点で、《作品52》の音のイメージは、叙事詩の韻律を思わせる。また、コーダのカタストロフィは、「シュトゥルム・ウント・ドラング」を思わせる。
《作品52》が持つ、もう一つの性格、すなわち《強迫性》(←第1主題の執拗な繰り返し。それが、「狂気に満ちたコーダ」(作曲家別名曲解説ライブラリー ショパン 58ページより)に至る、そのカタストロフィ)・・・ソノ《強迫性》を、パチーニは、彼女の知的発想と構成力によってやわらげていると思う。ただし、パチーニの《作品52》が『ショパン的』であるかどうか、私には分からない(←まったくもって、私の主観的な疑義で申し訳ない・・・)。

【参考】

ショパン:バラード第4番 作品52 河村尚子の演奏について】

音楽を構成することにかけては名人の河村尚子にしては、最高の演奏とは言えないかも知れない。

パチーニに比べれば、インテンポであり、抑揚に欠け、抑制された演奏。テヌートで音をのばし、フェルマータで間を取るのは、パチーニと同様である。(リスナーが)スコアを見ながら聴く時、河村の演奏のほうが、パチーニより聴きやすい。また、《作品52》は、時々、ワルツになるのだが、そのワルツは、河村のほうが、パチーニより優美だ。ただ、《作品52》の執拗性が、弱いので、河村は、パチーニの大胆さ、若さに負けている(《技巧的コーダ》は河村も悪くない)。河村の《作品52》を、パチーニの後に聴くと、物足りない。しかし、河村の《作品52》のほうが、ショパンを感じさせる(←まったくもって、主観的で申し訳ない・・・)。というか、この二人(河村とパチーニ)は、《作品52》に対するアプローチが全然違う。それぞれに良い。

【ショパン:バラード第4番 作品52 メジューエワの演奏について】

メジューエワ節が強すぎる。

ショパン:バラード第4番 作品52 ブニアティシヴィリの演奏について】

パチーニに比べれば《過度ではない》演奏。《適度に》メランコリック。《適度に》叙情的。よく歌っており、《適度に》技巧的。技巧的だが余裕を感じさせる。右手と左手のバランスが良いと思う。ポリフォニーも良い。コーダも良いし、私は、パチーニ、河村、メジューエワ、ブニアティシヴィリのなかで、ブニアティシヴィリの「ショパン:バラード第4番」が一番気に入った。

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【その他の曲。ノクターン作品9の1、2、作品27の1、2、作品48の1、スケルツォ第2番、幻想即興曲について】

その他の曲については、ノーコメント。なぜなら、私はソレらをレビューする自信がないから。

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