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2014年8月16日 (土)

新たに「私の所蔵する全 CDs & SACDs」のリストを作製中にヴェーグ四重奏団のベートーベン全集が無性に欲しくなって、購入した・・・しかし持ってたはず・・・やっぱり持っていた。クソッ!>>>火事の後遺症

Vegh

しかし、コレは売らない。記念にとっておく。

それにしても、所蔵するCDリストがあればコレを持っていることがわかるはずだったし、

さらに言えば、コンナコトハ、ある意味、火災の後遺症だ。自分の持ち物を、変なところに保管! それを見つけることが・・・できなかった ... あるいは、できない。

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被災(2009/12/27 私と私の家族が火災で焼けだされてしまいました)」カテゴリの記事

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コメント

こんばんは、へうたむです。

ダブって買えるなんて羨ましいです~^^;。

この、ヴェーグ四重奏団のベートーヴェン全集は伝説的名盤ですね。
私も一時期持っていましたが、どうも聴いていると音程が不安定な部分が多いような気がして ― たぶん、専門的に音程感のない私が、そんな‘気がした’だけでしょう ― 売却しています。

どうしてもアルバン・ベルク四重奏団(旧盤)に行ってしまいますねえ。ブダペストQのも処分しようかと思っています。

私は、手書きのリスト(ある時点で Excel化)だったので、参照はできなかったのですが、今の数倍の枚数を持っていた時もダブって買うというのは多分なかったように記憶します。

へうたむさん
こんばんは、KMです

>ヴェーグ四重奏団のベートーヴェン全集は伝説的名盤

コレは入手不能になる前に購入した記憶があります。しかし「コレを、入手不能になる前に購入した」<===その「年月日」を憶えていなかった。それが火事の後だったか、前だったか、はたまた、その両方だったか記憶が定かではなかった・・・(両方だったような気もする・・・)。
しかし、室内(私の部屋)をいくら探しても、ヴェーグ四重奏団のベートーヴェン全集、見つからなかった・・・。よって、『また、入手不能になる』前に、あわてて、購入・・・。入手不能になるのが怖かったのです。

>私が持っていたはずのヴェーグ四重奏団のベートーヴェン
そ の 所 在 を つ き と め る た め の 時 間、 ソ ノ 時間が無駄に思えた。 だから、 ソ  ノ 無 駄 な 時 間 を お 金 で 買 っ た というわけです!

やはり、自分が所有するCDのリストは必要ですね。
私はそそっかしいので、いろいろ、ドジをふみますが、そんな私も、CDをダブって買った経験は今回が初めてだと思います。

前のコメントにも書きましたが、私の所有するCDが増えすぎて、私の部屋に、置き場所がない。

私、現在、CDを減らすために、アマゾン・マーケットプレイスに出品しています。ところがです。「アマゾン探索」すると、逆に、「目を付けていたアーティストの新譜」などが見つかったり・・・その他、面白そうな商品が目についたり・・・その結果、マーケットプレイスで買う!・・・ミイラ取りがミイラになってます(汗
CDの枚数増えました(泣

追伸)なぜ、コノトピックが火事の後遺症かというと・・・
私は火事の後、自分の持ち物に、ある意味、気を配らなくなりました。
へうたむさんには、驚くべきことでしょうが、私は、お金と物を、ある意味、粗末にするようになりました(分かりやすく言ってお金の使い方があらくなった)。
なぜか?
『欲しくて欲しくてたまらないが、いくらお金を出しても手に入らない物』<===ソレを入手できれば絶対にソレを大事にします・・・大事にしたいです・・・絶対にソレを粗末にしません!
ですが、反対に、
お金を出せば購入できるCDなど===>ソレが気に入らない場合===>ゴミ箱に捨てることもある<===また欲しくなったらまた買えばいい。そう思います。<すなわち、お金を出せばいつでも買い戻せる品物は、それを粗末にするようになりました。

火災後、私は、残された人生において、お金よりも時間が欲しい、そう思うようになりました。<<<もちろん、お金も大事です。
お金を出せばいつでも買い戻せるもの、ソレは、お金で買えます。しかし時はお金で買えません。
『どこにかあったはずの大事な物』、ソレを探すために時間を無駄にするぐらいなら即、ソレをお金で買います・・・。

へうたむです。

>驚くべきことでしょうが、私は、お金と物を、ある意味、粗末にするようになりました
>お金を出せばいつでも買い戻せる品物は、それを粗末にするようになりました。
私は、このところ‘お金’のためにCDをオクで売っていますが(Amazon出品のほうが効率的かも)、これもまた、「物を粗末にする」ことの一種かもしれません。
正反対のようで、通じるところがあります。

私の場合、多く持っていた時期も2,000枚は超えていなかったのと、けっこう1枚1枚の内容と、購入状況の印象が強かったので、重複購入することがほとんどなかったんでしょう。

‥‥こちらでお知らせするのもなんですが、こちらのコメント欄でカミングアウトさせていただいたことどもを、今の心理状態から考えてみた記事:
http://bluegourd.jugem.jp/?eid=471
をアップしました。

書いてみて、恥ずかしい、書かなければよかった、あとで消すかも、と思いつつ、「こんなことでは許されないだろうな」と、現今の窮状をやはり「罰」と捉えつつ、真にはまだ涙を流しえていない私がいます。

へうたむ様
KMです

>>お金を出せばいつでも買い戻せる品物は、それを粗末にするようになりました

肯定的な言い方をすれば、

>>>私は、物質より、精神的なものを(相対的に)大事にするようになりました

コレは、私の「きれいごと」であり、また、一方、「物質はあの世に持っていけない。いや、それどころか、この世にあっても、(私の家の火事の場合のように)災害によって物質は消える。

ベートーヴェンの音楽は、私の心の支えです。私は、思い出の品であったベートーヴェンの弦楽四重奏曲(のLPレコード!)を全て失いました。しかし、《未知のベートーヴェンというもの》が未来に存在する、それは私の精神の中!古い記憶から新しい記憶へと!永遠に消えないもんです。だから、その場合、未知なるものをもって、過去の財産に代えることができると思います。

しかし、《未知なるものが未知のまま》
それは辛いですね〜
それは例えば、私をバッハのオルガン曲に目覚めさせたベルナール・ラガセのバッハオルガン全集です。これ、売ってません。
http://www.amazon.co.jp/Complete-Organ-Works-Other-K/dp/B00005LAJV/
やっと出会えたベルナール・ラガセ。そして、バッハのオルガン曲全集という未知の世界。
私はそれを1度だけ聴いた。そしてその中、気に入った曲の名前・その特長・その感想などを日記にメモった・・・しかしそのメモも消えた。
半ば未知の演奏が、未来永劫、未知のままというのは、辛いです。そもそもソレを知らなければ良かった〜と思うほどです。

追伸)Bluegourds Diary、体力が回復してからコメントします。

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