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2014年5月12日 (月)

ゲオルク・ティントナーの「ブルックナー:交響曲全集」を少しずつ聴く(第6番)

Tintner

Anton Bruckner (1824-1896)
The Complete Symphonies (12-CD Boxed Set)
Royal Scottish National Orchestra
National Symphony Orchestra of Ireland
New Zealand Symphony Orchestra
Georg Tintner
Recorded 1995/98

--

Anton Bruckner (1824-1896)
Symphony No. 6 in A Major, WAB 106 (ed. R. Haas)
New Zealand Symphony Orchestra
Georg Tintner
Recording 1995

第1楽章 17:07
第2楽章 18:54
第3楽章 09:00
第4楽章 14:44
合計   59:47

ブルックナーはこの前の第5番の交響曲で、きわめて凝った書法をおき、構成的にも入り組んだものをみせ、ここで外面的にある意味で交響曲のひとつのゆきつくところまで達したとし、《第6交響曲》ではもっと明快さや簡明な構成を狙ったもののようである。そして、新たにこうしたことからスタートして、第7番以後のいわゆる後期の交響曲へとすすんでいったのだった。その意味で、この《第6交響曲》は、転換期に立つ作品といっていいだろう。(作曲家別名曲解説ライブラリー5「ブルックナー」より)

ティントナー指揮ブルックナー第3、5番はモチベーション高くないのが良くないが、このティントナー指揮の第6番はほんの少しだけリラックスし程良くテンション高いのが良い・・・そう書くと、それは、筆者(私)の主観に過ぎないと言われるかも知れないが、私は、このティントナー指揮のブルックナー第6番が、なんとなく好きだ。

作曲家別名曲解説ライブラリー5「ブルックナー」に「(第6番は)もっともブルックナー的でないといわれることが多い」とあるが、ティントナー指揮する第6番は、たとえば、特に、第2楽章「アダージョ、きわめて荘重に(Sehr feierlich)」が文字通り荘重で美しく(特に第2主題)、最終楽章は、テンション高く、大音量で聴くと迫力ある。この交響曲は、第1、2、4楽章が、ソナタ形式であることは、形式的に整然としてると思う。ティントナーの指揮は、たしかに「明快さや簡明な構成を狙って(上記)」整然とした演奏に努めた「部分」はある(第1楽章第2主題の提示など)。
しかし、全体的には、ホット(?)な「部分」が目立つかも・・・。

【参考】

Bruckner_6_1
第1楽章 開始のポリリズム midi

Bruckner_6_2
第1楽章 第1主題 midi

Bruckner_6_3
第2楽章 第2主題 midi

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