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2014年4月24日 (木)

ジョン・ケージの「Solo for Piano (1957-1958)」と「Music for Piano 1-84 (1952-1956)」を聴いて

Cage

John Cage (1912-1992)
Solo for Piano (1957-1958)
Sabine Liebner, piano
Recording 2012
WERGO

Fraction 1 [09:32]
Fraction 2 [10:36]
Fraction 3 [09:52]
Fraction 4 [09:52]
Fraction 5 [10:37]
Fraction 6 [08:03]
Fraction 7 [11:20]
Total [69:52]

評価:★☆☆☆☆

HMV.co.jp に、分かりやすい解説があるので、それをご参照下さい。

上記、「Fraction(断片)」は、便宜的に付けられた、CD上のトラック。原作のスコアは、切れ目なし。
全体的に静謐な中、時々、巨大な響きがする(大音量で聴くと、びっくりさせられる)。
しかし、音楽的には、モートン・フェルドマンのような美はなく、実験音楽的としても、ただ、急に大きな音がするということで驚かされる以外、面白くない。時々奇妙で気持ち悪い音
(Fraction 2 の5:00あたりでは、紙をくしゃくしゃと丸めるような音。Fraction 3 の9:14あたりでは、泡のような音。Fraction 4 の5:00あたりでは、電子音のような音。その後、次々に気持ち悪い音)
が聞こえるが全然面白くない(Fraction 5 の大音響はこけおどし)。この作品に、「1974年に発表された、伝統的な楽器と記譜法に対するケージの興味を示す、一連のヴィルトゥオーゾ作品の初期作品『南のエチュード』」のような有無を言わさない圧倒的な存在価値はない。ケージという人は、プリペアド・ピアノを止めてから、年を経、奇跡のように質・量ともに充実した「南のエチュード」に至った。「南のエチュード」のヴァイオリン版が「Freeman Etudes」である。それに対し、これは、ケージの駄作。

「63ページ、84の異なるタイプのグラフィック譜から成ります。この楽譜は、一見すると楽譜のようですが、実際の音の高さやリズムなどは指定されていないもので、いわば演奏者への「提案」のようなもの。」
この録音は、ケージではなく、ザビーネ・リープナーを聴くべき録音だと思う。

【参考】
ジョン・ケージの『南のエチュード』聴き比べ(1)

ジョン・ケージの「Freeman Etudes」

Cage_3

「Solo for Piano」のスコア断片。23ページ。ザビーネ・リープナーによる演奏上の注意書き。

==

Cage_music_for_piano

John Cage (1912-1992)
Music for Piano 1-84 (1952-1956)
Sabine Liebner, piano
Recording 2003
NEOS

CD 1

[01] 03:39 Music for Piano 1 (1952) [03:39]
[02] 04:29 Music for Piano 2 (1953) [04:29]
[03] 01:30 Music for Piano 3 (1953) [01:30]
[04] 17:20 Music for Piano 4-19 (1953) [17:20]
[05] 02:16 Music for Piano 20 (1953) [02:16]
[06] 31:01 Music for Piano 21-36 (1955) [31:01]

total time: 60:34

CD 2

[01] 21:09 Music for Piano 37-52 (1955) [21:09]
[02] 16:29 Music for Piano 53-68 (1956) [16:29]
[03] 16:01 Music for Piano 69-84 (1956) [16:01]

total time: 53:50

評価:★★★★☆

こっちは、「Solo for Piano」と違って、気に入った。

Q.どういうところが気に入ったか? 
A.精緻である。

こっちは、プリペアド・ピアノが生かされている。

この作品の「ピアノ曲としての体裁」を、一言で言えば、プリペアド・ピアノによる「シェーンベルク」かな・・・。

私事だが、私の部屋は、小音量でなら、真夜中でも、音楽を聴いても良い。なぜなら、私の部屋は、音が外に漏れないように断熱材を多く壁に埋め、窓は二重窓。それが私のリスニングルームの防音効果。

この作品は、真夜中に聞くのが良い。

突然、でかい音で、リスナーを驚かせる「Solo for Piano」は、大音量で聞かないと面白くないが、この作品集「Music for Piano 1-84 (1952-1956)」は、ある意味、静かなノクターンである。

こっちのほうが、「Solo for Piano (1957-1958)」より古い作品であるが、完成度は高いと思う。なんとなれば、無調だが心地よく、また、実験的ではないから。

私は、ジョン・ケージを知らない。彼のプリペアド・ピアノの技法も、それによる作品も、私は知らない。

私は、プリペアド・ピアノが嫌いだが、この作品集は、正直言って美しい。

音がうなっている。(うなり、ウィキペディア参照)

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