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2014年2月 8日 (土)

【じぇじぇじぇ〜あっと驚く】佐村河内守作曲「鎮魂のソナタ」(前書き)

Samuragochi

佐村河内守作曲「鎮魂のソナタ」 ソン・ヨルム(2CD)

【収録情報】
Disc1
佐村河内 守:
・ドレンテ〜子どものために〜
・ピアノ・ソナタ第1番

Disc2
・ピアノ・ソナタ第2番

ソン・ヨルム(ピアノ)

録音時期:2013年7月15-18日
録音場所:富山県、新川文化ホール
録音方式:ステレオ(デジタル/セッション)

私は、去年(2013年)の12月に上記アルバムを購入。購入の理由は、第一にこのアルバムに収められている「ピアノ・ソナタ第2番」が「東日本大震災の犠牲者への鎮魂」であること(私は、そういう作品をクラシック音楽の作曲家に書いてもらいたいと、過去に思っていた。2011年10月 8日 スティーヴ・ライヒの「WTC 9/11」の記事を参照して下さい)。
第二に、佐村河内守氏が耳の不自由な作曲家であること、このアルバムに収められた作品は彼が彼の障害を乗り越えて書いた作品であること。しかも、それらの作品が優秀な作品であると評価されていること。

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購入後、2回ほど、上記アルバムを聴いたが、作品としては私の嗜好に合わないものの、決して悪い作品ではなかったので(特に、ソン・ヨルムの演奏は良いと思ったので)、いずれ、同アルバムを聴き込んで、その感想文をこのブログに書こうと思っていた。

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佐村河内スキャンダルが、2014年2月5日に発覚したいま、私は、その意味について考えたい。なぜなら、佐村河内氏のやったことは私たちへの裏切りだからである。
私は三度の飯よりクラシック音楽を聴くのが好きなクラシック音楽愛好者・・・そして、世の多くのクラシック音楽を愛する者たち・・・すべてのクラシック音楽愛好者への裏切り!

【参考】

佐村河内守プロフィール

さむらごうち まもる。1963年9月21日、被爆二世として広島に生まれる。幼少より、ピアノ、ヴァイオリン、尺八、マリンバなどの英才教育を受けて育ち、十歳の頃より作曲家を志すも、破綻的なまでの完璧主義とロマン派的クラシック音楽志向から、音大に進まず独学による作曲法の完全習得を決意。高校時代より凄まじい偏頭痛を患うようになり、生活に支障をきたしながらも東京へと居を移して研鑽を重ねる。ある経緯から一時ロック歌手としてデビューすることが決まるが、直前に弟・亨が交通事故に巻き込まれて死去。悲報を聞き『頭に、身も心も引き裂くような不協和音が響いた』というその衝撃を契機に偏頭痛の発作が悪化し、ついには聴力にまで影響を及ぼし始める。その頃より不協和音を使った現代音楽的要素が作品に入る。耳の不自由な作曲家という話題性が作品の評価に影響することを嫌い、補聴器の使用を隠すため長髪にするなど、しばらくは聴力の低下を隠した困難な生活が続く中、映画『秋桜』、ゲーム『バイオハザード』等の音楽を手掛ける。しかしながら聴力障害は悪化の一途を辿り、1998年、35歳の時、ゲーム『鬼武者』の音楽に着手する直前に完全に聴力を失い全聾となった。
 音楽家にとって致命的な障害を負うのみならず、以降慢性的な極度の頭鳴症に悩まされることとなるも、絶対音感による記譜のみで作曲を続けることを決意。1999年に『鬼武者』交響曲《ライジング・サン》を完成する。邦楽器を取り入れた奏者200人の大編成オーケストラ曲は国内外に高く評価され、米TIME誌に『現代のベートーヴェン』の見出しとともに紹介される等、その存在が一躍注目を集める。その頃より、障害児施設に通い子供たちとの交流を持つようになった。しかし、その時期から更に激化した頭鳴症が心身を蝕み、血反吐と尿にまみれた生活を送るようになる。2001年、それまで20年近くかけて書き上げてきた12番まであった交響曲を全て破棄し、全聾以降あえて一から新たに交響曲第一番『HIROSHIMA』の作曲を開始、2003年ついに完成させた。
 その後、精神障害の緩和治療を受けながら、発作を誘発する日光を避けて暗い作曲部屋での隠遁者的な創作活動に邁進。2008年9月1日、完成後5年以上日の目をみなかった大曲『交響曲第一番』が広島でのG8議長サミット記念コンサートにて遂に初演。調性と無調性が融合した同曲は驚嘆を呼び、初演の模様が『筑紫哲也のNEWS23』において取り上げられたことを機に佐村河内の存在と楽曲は再度衆目を集めることに。2008年11月、広島市民賞を受賞。
 著書に自伝『交響曲第一番』(講談社)があり、作家の五木寛之氏が『もし、現代に天才と呼べる芸術家がいるとすれば、その一人はまちがいなく佐村河内守さんだろう。命をすりへらしながら創るその音楽は、私の乾いた心を打たずにはおかない』との言葉を寄せている。孤高を旨とし、私生活では日本の各地で障害児や難病の子供たちとの深い交流を続ける。自作を聴く事ができない宿命を『作曲とは完全に他社の為の行為』と表し『苦しむ者への救い=光は、苦しみ=闇からこそ産まれる』という信念から、自身の音楽を『闇の音』と表現している。
2013年12月27日 HMV.co.jp より

『ライジング・サン』完成後、自らの「聴覚障害」(ボイラー室に閉じ込められているかのような轟音が 常に頭に鳴り響くという)を初めて「公表」。長らく聴覚障害を隠していた理由については「耳の不自由な作曲家の作品には、同情票がつくであろうこと。それだけはどうしても避けたかったのです」「『聴覚障害を売り物にした』という誤解も避けられないだろう」[3]と説明した。ウィキペディアより

私は、上の文章を読んだ上で、彼の作品を購入したのだった。(つづく)

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