« アンティエ・ヴァイトハースの「ベルク:ヴァイオリン協奏曲」 | トップページ | 庄司紗矢香の「プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲 第1、2番」 »

2014年2月22日 (土)

佐村河内守氏を糾弾する/YO佐村河内 (C) Track by H.i.D Rap by スティa.k.a.たけし

--

私は、クラシック音楽が好きだ。
好きなだけではない。
私は、あと、何年生きることができるか分からないが、死ぬまでの残された時間に、少しでも多くの作曲家、演奏家、良い演奏、特に、世に埋もれた作曲家、演奏家、良い演奏を発掘して、感想を書き、それを紹介し、大袈裟に言えばクラシック音楽の普及・発展に貢献したいと思っている。クラシック音楽は私の生きる証、生きる糧だ。

クラシック音楽は、長い歴史と伝統を持つが、その中には不遇な作曲家は多い。
そして、21世紀におけるクラシック音楽の作曲家は不遇だろう。21世紀において、どんなに優れた作品であっても、それが初演され成功すること、CDという「媒体」で世に出され、成功すること、それは難しいだろう。
現代作曲家のCDを聴いて、時に私が思うことがある:
「このCDは1000枚、売れるだろうか?」
クラシック音楽にも「インディーズ・レーベル」があり、それらは赤字を覚悟で、われわれに新しい作品、新しい演奏者の新しい解釈を提供しているだろう。
クラシック音楽の長い歴史と伝統と未来は、決して犯されてはならない。なぜなら、
クラシック音楽は、戦争、ホロコースト、広島など人間の「とてつもない苦しみ」を扱った芸術であり、決して偽りのない真理の芸術だからだ。

--

佐村河内守氏は「クラシック音楽の、とっつきにくさ、難解さ」を利用した。

「クラシック音楽は、人間のどん底の堪え難い過酷な苦しみ、悲しみ、流された血、死、涙を歌い、それらを人間にもたらした『悪』を告発し『災い』を表した」・・・佐村河内守氏は、そのことをも狡猾に利用し私たちを欺いたのである。何のために彼はそんなことをしたのか?

私は彼をゆるさない。私は彼を告発する。
彼が他の人の作品を自分の作品として発表したことは茶番に過ぎないかも知れんが、彼は何のために、聴覚障害者を騙(かた)ったのか・・・それが、彼の幼稚さだったとしても、茶番ではすまされない。

--

著作権を侵害することを承知で、YouTube に、「YO佐村河内 (C) Track by H.i.D Rap by スティa.k.a.たけし」をアップロードした。

« アンティエ・ヴァイトハースの「ベルク:ヴァイオリン協奏曲」 | トップページ | 庄司紗矢香の「プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲 第1、2番」 »

スキャンダル」カテゴリの記事

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/276661/55093698

この記事へのトラックバック一覧です: 佐村河内守氏を糾弾する/YO佐村河内 (C) Track by H.i.D Rap by スティa.k.a.たけし:

« アンティエ・ヴァイトハースの「ベルク:ヴァイオリン協奏曲」 | トップページ | 庄司紗矢香の「プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲 第1、2番」 »

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

最近の記事

カテゴリー

無料ブログはココログ