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2013年12月12日 (木)

ベンジャミン・ブリテン作曲「戦争レクイエム」(2)

Pappano

Britten:
War Requiem
Anna Netrebko, soprano
Ian Bostridge, tenor
Thomas Hampson, baritone
Orchestra, Coro e Voci Bianche dell'Accademia Nazionale di Santa Cecilia
Antonio Pappano
2013年録音

・まえおき
最初に言っておかなければならないが、「戦争レクイエム」がどのように演奏されなければならないか・・・それは、ブリテン自身が指揮した録音が模範・モデルであろう。ブリテン指揮の「戦争レクイエム/国内盤」1963年録音には、リハーサルの模様が収録されてあるが(日本語訳付き)、あんなに細かなリハーサルをしたのなら、思うに、この作品を「音」として実現した模範・モデルは、ブリテン自身が指揮した録音だろう(すなわち、この「複雑な手法で書かれていながら統一感ある作品」を、いかにまとめるか・・・声楽・管弦楽のテクスチュア、ニュアンスはどのような音なのか・・・)。

・独唱者が良い。

・ネトレプコの歌唱
声がカラスに似ていると言われる人気オペラ歌手ネトレプコのほうが、ヴィシネフスカヤより聞きやすかった。私は、ネトレプコが録音した音盤は今回初めて購入したが、彼女の声はテレビ放送などで馴染みがある。彼女の歌唱は、「ラクリモーサ」および、ラクリモーサと「Move him into the sun」におけるボストリッジとの掛け合いも良いし、サンクトゥス、ベネディクトゥスも聞きやすい。

・ボストリッジとトーマス・ハンプソンの歌唱
ボストリッジとハンプソンが、英語圏出身なので、オーウェンの詩を安心して聞ける。きれいな英語で聞ける(フィッシャー=ディースカウが歌った「戦争レクイエム」の英語は下手だと思う)。

・合唱
ラテン語のレクイエム典礼文の合唱「Recordare, Jesu pie」、フーガ「Quam olim Abrahae promisisti」、「Hosanna, in excelsis!」および「Let us sleep now」からフィニッシュは、イマイチ。

・管弦楽
期待してなかったけど良かった。

繰り返すが、このアルバムの魅力は、3人の独唱者だ。そして、アントニオ・パッパーノが、この「複雑な手法で書かれていながら統一感ある作品」を、うまく(または無難に)まとめていること・・・その両者に、エンターテインメント性を私は感じた。

「戦争レクイエム」のすさまじさ、恐ろしさ、陰惨さは、娯楽性とは相容れないはず。しかし、この作品は、大規模、複雑、秀でた作曲技法が駆使されていることが魅力。よって、マーラーの第8番のような聴き方もできるんじゃないかな〜。


Jansons

Britten:
War Requiem
Emily Magee, Sopran
Mark Padmore, Tenor
Christian Gerhaher, Bariton
Tölzer Knabenchor, Chor und Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks
Mariss Jansons
2013年録音

結論から先に言うと、私のヤンソンスに対する先入観は「悪くもなければ、良くもない」だが、このアルバムもそうだと思う。

「戦争レクイエム」には、ワーグナー的なライトモチーフはないが、「ディエス・イレ」の金管が全曲に再現・回想される。そのモチーフは、戦争の象徴だと思う(リベラ・メで歌われるオーウェンの詩「Strange Meeting」の「I mean the truth untold, The pity of war, the pity war distilled」にも「ディエス・イレ」のモチーフが聞こえる)。ヤンソンスの指揮は、先に提示されたモチーフの「回想」が上手いと思う。つぼを押さえている。テクチュアもよく聞こえる。フィニッシュは美しい。このアルバムは迫力ある。しかし、統一性がないと思う。

「戦争レクイエム」という作品は、なんだかんだ言っても、宗教音楽なのである。ウィキペディアに、「戦争レクイエム」の構成が載ってある。それを見れば分かるとおり、「キリエ、エレイソン」は、鐘の音とともに、ほとんどア・カペラで歌われる。それは「Pie Jesu Domine」「Requiescant in pace」で再現する。静謐なこの合唱の和声は、宗教的安らかさを感じさせる。

「戦争レクイエム」は、「奉納唱」における「聖書のパロディー、アイロニー」だけでなく、「アニュス・デイ」においては、「アンチ・キリスト」が聞こえると思う(俗な言い方をすれば「神も仏もない」「もし神が存在するなら、人間は戦争の辛酸を嘗めなくてもよいはず」)。しかし、この作品が本当に言いたかったのは、一つは、リベラ・メにおけるオーウェンの詩「Strange Meeting」。もう一つは、「Let us sleep now」からフィニッシュまでの宗教的昇華(非常に美しいポリフォニー)。

ヤンソンスの指揮は、全体的に、オーウェンの詩の部分と、レクイエム典礼文の部分の違い、コントラストが弱いと思う。たとえば、「奉納唱」・・・リリング盤の奉納唱では、オーウェンの詩「And half the seed of Europe, one by one」のあと少年合唱「Hostias et preced tibi」は弱くもなければ強くもなく普通に歌われている。そしてそれは「one by one」とのコントラストが感じられる。一方、ヤンソンス盤では「Hostias et preced tibi」は暗い・・・と、聞こえる。それは「one by one」に合わせているように聞こえる(オーウェンの詩の部分と、レクイエム典礼文の部分の違い、コントラストが弱い)。ヤンソンスの指揮は、世俗と宗教、俗と聖の対峙、コントラストが弱いと思う。私は、世俗と宗教、俗と聖の対峙、コントラストを生かすためには、この作品は2人で指揮したほうが良いと思う。

「戦争レクイエム」は、バッハの「ロ短調ミサ」、モーツァルトの「レクイエム」、ベートーヴェンの「荘厳ミサ」のような純宗教曲ではない。たとえば、バッハたちの上記作品は、フーガが多用されている、あるいは大胆に用いられているのに対し、「戦争レクイエム」においては、(正調)フーガは唯一「Quam olim Abrahae promisisti」だけである。それでも、この作品の統一性を担保するために、そして、ブリテンが求めたであろう宗教的救済(リベラ・メ)を表すためために、「戦争レクイエムの宗教性」はデリケートに扱われなければならず、そして、そのためには、この作品は宗教曲を得意とする人が指揮するほうが良いと思う(かつてのショルティ、バーンスタイン)。その点、ヤンソンスは弱いと思う。

・演奏者について
合唱(および合唱指揮)とオケは、名門なので、問題無し(期待を裏切らない)。
独唱者は、エミリー・マギーが、意外に良かった。他の2人も良い。

ベンジャミン・ブリテン作曲「戦争レクイエム」歌詞対訳

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