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2013年10月22日 (火)

【続々】ティーレマンの「ブルックナー8番」

Bruckner_thielemann

Bruckner
Symphony No. 8
Edition: Robert Haas
Staatskapelle Dresden
Christian Thielemann
Live Recording from the Semperoper Dresden, September 14, 2009, by MDR FIGARO
Profil
Hybrid SACD

ティーレマンのブル8は、SACD なのに音が良くなかったので評判悪かったが、改めて聴いてみると良いと思った。ティーレマンという人は凝った演奏をしない人だと思う(ただし、はったりをきかせる)。私は、彼の「トリスタン」が好きだった。なぜなら、彼の「トリスタン」は低音が強い。第1幕における主人公たちの揺れ動く感情を表す方法は、その「強迫的」低音以外にないと思ったからだ。彼の「トリスタン」は古臭くないが、聴く者を驚かせる趣向を凝らした「トリスタン」ではないという意味ではモダンではない(と思う)。

ティーレマンのブル8もまた、聴く者を驚かせる趣向を凝らした演奏ではないと思う。そして、私が気に入ったのは、「第1楽章の終わりのトランペット(最後の審判のラッパ)」と、「第4楽章のコーダの始めの第1楽章第1主題再現〜フィニッシュまで」が明快であること。結局私は、ブルックナー8番は、やはり「この世の終わり(第1楽章)」と「ああ、すべてが終わってしまった〜(第4楽章)」という感傷に浸らせてくれれば良いと思うようになった。ティーレマン盤はそれを感じさせてくれるような気がするが、ケント・ナガノ盤はそれを感じさせない(ただし私の主観)。あと、よく聴いてみると、ナガノとバイエルン国立のコンビより、ティーレマンとドレスデン国立のコンビのほうが合っているような気がする(前者は面白いが、後者のほうが終始アンサンブルが美しいし、ストレート)。シノーポリとドレスデン国立のブル8におけるコラボレーションは悪いと思う。

【2013−10−24 追加】

アマゾンカスタマーレビューの「ラルド」さんのレビューに同感。

【2015−9−30 追加】

ティーレマンのブル8は、大胆なデュナーミク、必要かつ十分なアゴーギク。そして、

「芸術のために芸術を愛する者にとっては、細かなとるに足らぬものの中にこそ、強い満足を汲み取る場合がしばしばあるものだ。シャーロック・ホームズ」

(←まともなレビューを書けないときは、上のシャーロック・ホームズの言葉を引用してごまかす私!)

(ティーレマンのブル8は)シモーネ・ヤングの

>>(シモーネ・ヤングの)ブル8は、第4楽章の大団円にて、第1楽章の第1主題が再現されるところを(その第1楽章第1主題を少しデフォルメしてもいいから)もう少し思い入れたっぷりに演奏していてくれたら、彼女のブル8は、完全に私の嗜好に合うのになぁ・・・

に対し、ティーレマンの指揮は(あるいは私の錯覚かも知れないが)第4楽章の第1楽章第1主題再現にシモーネ・ヤングよりも若干思い入れがあるように聞こえる。←それは良いと思う。
さらに、第4楽章、第1楽章の第1主題再現〜第4楽章のコーダにも、思い入れあり、と、リスナーは聞こえるかも知れない(コーダ前のパウゼ、スローテンポ、クレッシェンド)。←それも良いと思う。

※ 私の中では、第4楽章にて再現される第1楽章の第1主題は、この世の終わりを表わす!

【2015−9−30 追加】

それにしても、アマゾンカスタマーレビューの「ラルド」さんのレビューは、適切だ。

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