リストの「巡礼の年 第2年」聴き比べ(第1曲「婚礼」の謎)
巡礼の年(全曲)
ラーザリ(ラザール)・ベルマン
1977年録音
巡礼の年(1、2年)
ホルヘ・ボレット
1982/83年録音
巡礼の年第2年は、ベルマンとホルヘ・ボレットが気に入った。
私は約30年前に、フランス・クリダの「巡礼の年第2年」を購入した。そして、第1曲「婚礼」を聴いたとき、その美しさに魅せられた。「婚礼」と題する曲が、それまで私が知っていたリストの作品(超絶技巧練習曲、ロ短調ソナタ)とはかけ離れた曲であったのは驚きであり、それを教えてくれた「クリダの演奏がベスト」だと信じた。クリダの「巡礼の年第2年」アナログレコードは火事で焼失した。
それから30年、いま改めて聴くと、ベルマンとボレットが、フランス・クリダおよびラグナ・シルマーを打ち負かしていると思う(私の主観)。
リストの「婚礼」という曲は、どんな言葉を用いても形容できない。
厳粛、厳か、最高の時、時が止まる、宗教的、清らか(聖)、華やか、いずれの形容もピンと来ない。
ラグナ・シルマーの「巡礼の年全曲」のリーフレット(旅日記)には、彼女は題材となったラファエロの「婚礼(Sposalizio)」を間近に見た時、「柔軟さ(tenderness)」「内気さ(shyness)」「もろさ(fragilely)」を感じたと書いている。それは「予期しなかったことだった(I had not expected)」とシルマーは旅日記に書いている・・・。しかし、私には、ラファエロの「婚礼」という絵は遠近法と複雑な構造を駆使した空間にしか見えない(こんな幾何学的な絵が、柔軟で内気でもろいのだろうか?・・・ I had not expected ・・・・・・シルマーもまた戸惑った。つまりシルマーもまたこの絵は柔軟で内気でもろくはないと思っていたのだ)。
ラファエロの「婚礼」は、本当は「聖母」の婚礼ではない(聖母を祝福する天使はいない。聖母に後光が差してない。この聖母は少し老けてる。服装もルネサンス時代風)。背景の建物はおそらく古代ローマの時代のものではない。つまりキリストの時代のものではない。ルネサンス時代のものでもないように見える?(とってつけたような建物だ)。新郎新婦を囲む人々は、まるでエキストラだ(多分、新郎新婦の親戚連中だろう)。新郎新婦を囲む人々と遠方の建物の間に描かれた人々は、この絵の構成するためだけに配置された人間。この絵のモデルは、多分、ラファエロにこの絵を依頼した依頼主(新郎新婦)だろう。
下記は、この絵の構図を表したものである(原画はココ)。
(赤線が・・・聖母の上半身を貫く・・・左足を一歩踏み出すヨゼフの重心・・・司祭の身体のほぼ中央を走る・・・3人の視線と指輪に交わる)
私見を書こう。リストは「婚礼」を音楽にしたのではなく、「婚礼」という絵と自分との空間あるいは空気を音楽にしたのだと思う(簡単に言えば、この曲は婚礼の音楽ではなく、婚礼を描いた絵の音楽)。「婚礼」という絵は、論理的かつ斬新な芸術価値と依頼主を満足させる実用的価値を合わせ持つ。そのような両立に、リストは霊感を得、触発されたのだと思う(私の主観)。
この絵の主人公は新郎新婦であるが、もう一人の主人公はラファエロだ。リストの「婚礼」もその主題は婚礼であるが、もう一人の主人公は音楽そのものだと思う。下記「婚礼」の冒頭は、リストが、ラファエロから得たアイデアであり、この曲の中間部の盛り上がりは、リスト自身の精神の高揚だと思う。
「婚礼」の冒頭、単純すぎじゃないか?!(midi)
(つづく)
(2013−8−2 更新)
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上は抽象的で理屈っぽい内容になってしまった。
巡礼の年第2年(ただし、「ダンテを読んで」をのぞく)
フランス・クリダ、ラグナ・シルマーは、表現が強すぎる。ピティナのホームページを見ても分かるとおり、第1年「スイス」と違って、第2年「イタリア」は、私たちにとっても、フランツ・リストにとっても遠い時間と空間を題材にしたもの。クリダ、シルマーは、遠い時の隔たりを、強い表現で強いる。私は退屈する。
ペトラルカは、14世紀の人。シルマー盤のリーフレットにて彼のソネットの対訳を読むと意外に近代的な詩である。しかし、内容はラブソングだ。だから、ペトラルカのソネットと題された3曲は、リスナーにとってきつい演奏は良くないと思う。ベルマンの演奏は、デュナーミク、アーティキュレーションが明晰である(楽譜に忠実であるかどうかはわからん)。左手のアルペジオがしっかりしている。それに、私は、ベルマンの「アルペジアーレ(arpeggiare)」の弾き方が気に入った。
ただし、ベルマンの「ダンテを読んで」は、積極的な解釈が不十分だと思う。「ダンテを読んで」は、ロ短調ソナタにつながっていく難解な作品だから・・・。
アルペジアーレ
(つづく)
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「婚礼」の冒頭(再掲、midi)
アッチェレランドのあと、第30小節目「アンダンテ」(midi)
(中間部の譜例は省略)
最後から第20小節目(midi)
そして、最後に、冒頭の主題がピアニッシモで奏され、この曲の枠を為す。
--
「婚礼」という曲は、シンプルで論理的だと思う。
アッチェレランドのあと、アンダンテに戻って、第3小節目の音形(赤線)が現れる(その後第1小節目が現れる)。
第3小節目の音形は重要であって、中間部を挟んで再現する(上記、最後から第20小節目)。
ラファエロの「婚礼」の遠近法は、上の三角形(背景)と下の逆三角形(主人公)で極端に強められている。その遠近法はラグナ・シルマーが言うように不安定で脆いかも知れない。しかし、シンプルである。シンプルであるという点でラファエロの「婚礼」とリストの「婚礼」は似ていると思う。
巡礼の年第2年の6曲(つまり、ダンテを読んでをのぞく)は共通点を持つかも知れない。それは、リストがイタリア・ルネサンスの絵画・彫刻・文芸からインスパイアされたもの。すなわち同じ音形の多用やシンプルな構造・・・。
(2013−8−2 追加)
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