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2011年5月26日 (木)

グバイドゥリーナの「アッシジの聖フランチェスコによる太陽の賛歌」聴き比べ(1)

http://koshiro-m.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-7fd4.htmlに続く

==

グバイドゥリーナの「アッシジの聖フランチェスコによる太陽の賛歌」を聴き比べてみた。
これは、米国アマゾンの Christopher Culver 氏と R. Hutchinson 氏のレビューが、参考になる。
下記にそれぞれへのリンクをはった。

The Canticle of the Sun / CHANDOS 盤

The Canticle of the Sun / EMI 盤

The Canticle of the Sun / Channel Classics 盤

私は、米国アマゾンのレビューを補足する。

Chandos

Gubaidulina
The Canticle of the Sun by St Francis of Assisi
for Cello, Chamber Choir and Percussion
Dedicated to Mstislav Rostropovich (1997) [36' 46]
Hommage à Marina Tsvetayeva (1984) [17' 56]
David Geringas, cello
Danish National Choir / DR
Stefan Parkman, conductor
Recorded: 1999 / 2002
CHANDOS

私が最初に聴いたのは CHANDOS 盤であった。
CHANDOS 盤は、明らかに David Geringas のチェロが弱いと思った。もっと激しい演奏が、この作品には合うと思った。

米国アマゾンのレビューアー Christopher Culver 氏は「このCHANDOS 盤は『太陽の賛歌』より『マリーナ・ツヴェターエワへのオマージュ Hommage à Marina Tsvetayeva (1984)』のほうが価値ある録音である」と述べている。

Christopher Culver 氏いわく

「敬虔なギリシャ正教の信者である作曲家が、どうして、不道徳な詩人マリーナ・ツヴェターエワ (Tsvetaeva lived a pretty sordid life) を取り上げたかが不可解である」

Christopher Culver 氏は、彼のアマゾンレビューの中で「re-ligio」という難しい言葉を用いてグバイドゥリーナとツヴェターエワの接点を記述している。

Emi

Gubaidulina
The Canticle of the Sun (1997) [44' 39]
Mstislav Rostropovich, cello
London Voices
Ryusuke Numajiri (沼尻竜典), conductor
Music for Flute, Strings and Percussion (1994) [30' 42]
Emmanuel Pahud, flutes
London Symphony Orchestra
Mstislav Rostropovich, conductor
Recorded: 1999 / 2001
EMI

非常に残念なことに、この CD は現在、廃盤である。このアルバムには、作曲者自身が参加(立ち会いまたは指導)している。

R. Hutchinson 氏のレビューに、

>As the composer says, "This is the glorification of the Creator and His Creation by a very humble, simple Christian friar. I tried, therefore, to make the choral part very restrained, even secretive and to put all the expression in the hands of the cellist and the percussionists." Rostropovich is certainly expressive, and this is a unique and uniquely powerful 45-minute work, a great example of Gubaidulina's singular vision.

>グバイドゥリーナいわく「これは、謙遜で質素な修道士(アッシジの聖フランチェスコ)による創造者と創造物への賛歌である。したがって、合唱パートは抑制され秘密主義的でさえあるが、それに対し、私はチェロと打楽器に全表現をゆだねた」
ロストロポーヴィチは表現に富み、ユニークであり、力強い 45 分の演奏をしている。それは、作曲者グバイドゥリーナの秀でたヴィジョンの具現化である。

私もまったくその通りだと思う。私は、この演奏を聴いて涙が出そうになった。この作品の題材は、13 世紀のカトリック修道士アッシジの聖フランチェスコの詩であり、それは、古くさいし、日本人が苦手なキリスト教の臭いが強い。しかし、この音源(アルバム)において、作曲者と演奏者は、その共同作業によって、上記のように「力強いヴィジョン」を具現化している。

ロストロポーヴィチは特に激しい演奏をしているわけではない。しかし、彼の演奏は最初の一音からして、David Geringas とは違う。ロストロポーヴィチが、こんなにチェロがうまいとは、私は知らなかった。

>We may take this one as definitive, as Gubaidulina supervised the performance and the cellist who inspired the work performs. (Christopher Culver)

>このアルバムは「太陽の賛歌」の決定盤である。グバイドゥリーナがこのアルバムの演奏を監督した。そして、この作品「太陽の賛歌」に霊感を与えたチェリスト、ロストロポーヴィチが演奏しているのだから。(Christopher Culver)

上の、Christopher Culver 氏のレビューに尽きると私は思う。

この演奏において、ロストロポーヴィチはチェロに専念している。したがって、全体を指揮しているのは沼尻竜典であるが、この人が非常にうまいと思う。チェロと合唱とパーカッションのバランスの良さは、沼尻竜典のうまさの現れであろう。

この演奏の圧巻は、

Laudato si, mi Signore
あなたを称えます、私の主よ
per quelli ke perdonano
互いにゆるし合う者たちによって

(Glorification of life: 生による賛歌)

Laudato si, mi Signore
あなたを称えます、私の主よ
per sora nostra morte corporale,
私たちの姉妹である肉体の死によって

(Glorification of death: 死による賛歌)

生と死による賛歌の間に演奏される不可思議なインストルメントの演奏は、10 分以上に及ぶ。それは力演である。その部分で、チェリストがチェロの胴体をたたく音がする。その音は、ロストロポーヴィチによる演奏が一番印象的だ。

ロストロポーヴィチの演奏は静寂が伴う。その静寂は、CD で聴いても息が詰まる。ましてや、生演奏でなら、もっと、その静寂は緊張感を高めるだろう。

リーフレットには「Mstislav Rostropovich, cello & percussion」と書いてあるので、上記、10 分以上に及ぶチェロ演奏の部分で、チェリストはチェロを捨てて、打楽器を演奏するとある(下記参照)。その部分は、フレクサトーン(flexatone)の高音の持続音(電子音のような音)を伴う。

【参考】
and finally, he abandons his instrument altogether. Now he plays initially on the bass drum (legato with a friction stick [an india rubber ball, 3 - 4 cm in diameter, fixed to a piece of piano wire])(from Sofia Gubaidulina, 2001)(リーフレットより)

最後に、チェリストはすべての楽器を捨てる。彼はまず、バスドラムを演奏する。すなわち、3〜4センチのインディアボールをピアノ線に固定したスティックを使ってレガートでこする。

--

グバイドゥリーナは、「アッシジの聖フランチェスコによる太陽の賛歌」を以下の4つのエピソードに分けている。

1. Glorification of the Creator, and His Creations - the Sun and the Moon (太陽と月)
2. Glorification of the Creator; the Maker of the four elements: air, water, fire and earth (四元素)
3. Glorification of life (生)
4. Glorification of death (死)

上を見ると、この賛歌は論理的に組み立てられていることが分る。「太陽の賛歌」は古いイタリア語方言(Umbrian dialect)で書かれた詩ではあるが科学的に書かれてあるのかも知れない。

このアルバムもカップリングの作品がすごい。エマニュエル・パユ(Emmanuel Pahud)のフルート演奏がすごい(Music for Flute, Strings and Percussion (1994))。フルートが好きな人は、その演奏を聴く価値あると思う。

Channel

Gubaidulina
The Canticle of the Sun (1997) [40' 41]
Preludes for Solo (1974) (5曲のみ)
In Croce for Cello and Bajan (1973) [16' 29]
Pieter Wispelwey, violoncello
An Raskin, bajan
Collegium Vocale Gent
Daniel Reuss, conductor
Members of the Prometheus Ensemble
Recorded: 2003
Channel Classics Super Audio CD

これは、録音が良い。Pieter Wispelwey の演奏は手堅い。彼の技巧は「Preludes for Solo」(ただし5曲のみ。本来は 10 曲)と「In Croce for Cello and Bajan (1973)」において聴き応えがある。その Wispelwey の優秀な技巧が「太陽の賛歌」でも生かされているかは、よく分らない。

>The performance of Collegium Vocale Gent and Wispelwey here falls into second place alongside the Chandos one, but the sound quality is much better here. (Christopher Culver)

>Collegium Vocale Gent と Wispelwey の演奏は、CHANDOS 盤と同様、EMI 盤を超えるものではないが、サウンドクオリティはずっと良い。

Christopher Culver 氏の評価が低いのは、演奏が散漫であるからか。

この Channel Classics 盤は、SACD であり音が良いので、CHANDOS 盤より私は好きである。

グバイドゥリーナ作曲「アッシジの聖フランチェスコによる太陽の賛歌」歌詞対訳

(つづく)

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