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2011年3月29日 (火)

グバイドゥーリナの「ヨハネ受難曲」(1)

Johanne_gergiev

Sofia Gubaidulina
Jahannes - Passion
Chor und Orcheter des Mariinsky - Theaters St. Petersburg
Valery Gergiev
2000 年、ライヴ録音
演奏時間 90' 46
ロシア語版

Johanne_rilling

Sofia Gubaidulina
Jahannes - Passion [73' 36]
Jahannes - Ostern [48' 03]
Radio - Sinfonieorchester Stuttgart des SWR
Helmuth Rilling
2007 年録音
ドイツ語改訂版

1. ソフィア・グバイドゥーリナ作曲「ヨハネ受難曲」のリリング盤には、そのリーフレットの歌詞の多くの部分において、左に網かけの縦線があって、その部分は歌詞がシンクロして歌われることが示してある(重唱)。しかし、私の歌詞対訳(下記)は、そういう表示をしていない。したがって、私の歌詞対訳は、シンクロして歌われる箇所が分かりにくく、音楽を聴きながら歌詞を追うときに読みにくいであろう。

2. 私は、第8曲の「The Way to Golgotha」を「ゴルゴタへの道」と訳さずに「ゴルゴタへの行進」と訳した。この部分では、ゴルゴタの丘へ歩いていくイエスに、支持と野次の言葉が浴びせかけられる。つまり、合唱 I 、合唱 II によって、群衆の言葉が二つに分かれて歌われる。合唱 I は、イエスを支持する言葉であり、合唱 II は、イエスを非難し野次を飛ばす言葉である。支持と野次は、それぞれ、バスが歌うヨハネ福音書のテキスト(イエスの死へのプロセス、受難という出来事)に対して、交互に(またはシンクロして)叫び声をあげる:

合唱 I あの方が神のもとから来られたのでなければ、何もおできにならなかったはずです。
合唱 II いや、彼は気が変になっている。いや、悪霊に取りつかれている。
合唱 I この人は、メシアだ。
合唱 II いや、群衆を惑わしている。彼は悪霊に取りつかれてるのではないか。

さらに、この第8曲では、恐ろしい「黙示録」が、バリトンによって、シンクロして歌われる。この第8曲「ゴルゴタへの行進」が、この作品のクライマックスであろう。すなわち、イエスひとりの歩みの描写ではなく、群衆や兵士、イエスを憎むユダヤ人たち、イエスの家族や縁者などが、イエスと一緒に行進している。

前後するが、第7曲「裏切り、否認、むち打ち、刑の申し渡し」から、第8曲「ゴルゴタへの行進」は、ペンデレツキを思わせる。その他、ところどころ、伊福部昭を思わせる。

3. この作品では、バスの歌唱が重要である。バスは、全曲に渡り福音史家およびイエスを歌っている(テノールや合唱が福音史家およびイエスを歌う箇所もある)。そして、そのバスの歌唱は、能、狂言の「うたい」を思わせる。また、この作品の雰囲気は、浄瑠璃や歌舞伎を思わせる。もしかしたら、グバイドゥリーナは、能を取り入れたのかもしれない。すなわち、バスの歌い方は、ほとんど同音反復で歌われる。そして、バスのメリスマもまた、能のうたいを思わせる。また、バスの歌唱はお経のようにも聞こえる。この作品は、ロシア的であると同時に日本的、東洋的に聞こえる。

4. ペトロが、三度「イエスを知らない」と言ったあと、バッハのマタイ受難曲では、超有名な「Erbarme dich」が、歌われるのに対し、グバイドゥリーナの「ヨハネ受難曲」では、何にもなしであるのは、ユニークである。

非常に重要な意味を持つ歌詞「O Lamm Gottes, das die Sünden der Welt hinwegnimmt.(世の罪を取り除く神の小羊よ)」が、無表情な旋律で歌われるのもユニークで面白い(リリング盤)。

5. この作品は、全曲に渡って、統一的な音形、音色がある。しかし、それは、同じ旋律、音色の反復であり、ライトモチーフ、または、作品を統一する動機にはなっていないと私は思う(ただし、もしかしたら、グバイドゥリーナは、何らかの統一的技法を使っているかも知れない。しかし、それは、私には分からない)。それは、多くは伴奏であるほか、いわば、歌唱・情景の「つなぎ」か「間奏」に聞こえる。

6.
Im Anfang war das Wort, und das Wort war bei Gott, und das Wort war Gott.
初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。

という歌詞が、この作品のかなめであるにもかかわらず、イエスの説教は、マルタンの「ゴルゴタ」に比較して少ない(第3曲 信仰の掟、第4曲 愛の掟)。むしろ、黙示録の恐ろしい言葉が目立つ。そして、この作品では、淡々として「行為」が歌われている。すなわち、この作品では、福音書に記された「行為」のほうが、むしろ目立つ。言葉と行いがテーマと言ってもいいだろう。

7. グバイドゥリーナの「ヨハネ受難曲」は、ヨハネの福音書と、ヨハネの「黙示録」からなるわけで、この作品は「黙示録」が持つ終末論、怒り、最後の審判の恐ろしさが、特徴であると思う。一方、変な話だが、黙示録が歌われる第9曲「太陽を身にまとった女」の始めの部分は、ピンクレディの「UFO」に似ている(リリング盤)。伊福部のゴジラの音楽のような音楽も登場する。その部分は、卑近に感じる。第11曲の「神の怒りを盛った七つの鉢」が、すさまじいオルガン伴奏で歌われるが、それは、たしかに恐ろしいが、娯楽的効果もあると思う。グバイドゥリーナの「ヨハネ受難曲」は、娯楽的性格を持つオラトリオ「ヨハネ復活祭 Jahannes - Ostern」と、セットで聞くのがよいと思う。グバイドゥリーナの「ヨハネ復活祭」は、音楽的にも内容的にも「ヨハネ受難曲」の続編である(リリング盤には「ヨハネ復活祭」も付いている)。

ゲルギエフとリリングの演奏について
ゲルギエフのロシア語初演盤のほうが良い。これは、ロシア語による歌唱なので、歌詞を追いにくいが、やはり、この作品は、ロシア語で歌われる方がしっくり合っているし、雰囲気も合ってると思う。作曲者が意図したテクスチュアに忠実なのは、ゲルギエフのほうだと思う。ゲルギエフ盤は、リリング盤よりロシア的であるのは勿論、東洋的に聞こえる。また、ゲルギエフ盤は(重要なパートである)バスを歌う歌手が充実している。もしかしたら、バリトン、テノールも、リリング盤よりゲルギエフ盤のほうが充実しているかも知れない(ちなみに、この作品は、ソプラノ歌手に、重要な仕事が与えられてない。ソプラノが長いソロを歌わない)。オケと合唱はリリング盤のほうが(特にオケ、アンサンブルが)充実していると思う。音響は、リリング盤の方が、録音も良いし迫力がある。しかし、私の好みは、ゲルギエフ盤である。演奏時間はゲルギエフのほうが、かなり長いが、ゲルギエフのテンポは遅すぎるとは感じない。演奏時間は、ゲルギエフ盤 90' 46、リリング盤 73' 36。

ソフィア・グバイドゥーリナ作曲「ヨハネ受難曲」(2000年作曲、2006年改訂) ドイツ語版 歌詞対訳

【HMV.co.jp へのリンク】
Gubaidulina: Johannes-passion: Gergiev
グバイドゥーリナ:ヨハネ受難曲、ヨハネの復活祭オラトリオ リリング&シュトゥットガルト放送交響楽団(2CD)

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