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2011年2月 9日 (水)

ペンデレツキの「ポーランド・レクイエム」その3

Polish_requiem_3

ペンデレツキ
ポーランド・レクイエム
イングリット・ハウボルト(ソプラノ)
グラツィナ・ヴィノグロースカ(アルト)
ツァコス・テルツァキス(テノール)
マルコム・スミス(バス)
北ドイツ放送合唱団
バイエルン放送合唱団
北ドイツ放送交響楽団
指揮:クシシュトフ・ペンデレツキ
録音:1989 年 8 月、ルツェルン音楽祭(ライヴ)
TOWER RECORDS VINTAGE COLLECTION Vol. 3

Polish_requiem

Penderecki
A Polish Requiem
Royal Stockholm Philharmonic Orchestra
Conducted by Krzysztof Penderecki
Recorded: 1995
CHANDOS

Polish_requiem_2

Penderecki
A Polish Requiem
Warsaw National Philharmonic Orchestra
Antoni Wit
Recorded: 2003
NAXOS

ペンデレツキ作曲「ポーランド・レクイエム」の国内盤はない、と、思っていたら、ありました。

それは上記の一番上、TOWER RECORDS VINTAGE COLLECTION Vol. 3(ドイツ・グラモフォン録音、日本語解説、歌詞対訳付、1500 円)です。これは、上記の上から2番目の 1995 年録音盤と同じく作曲者自身の指揮ですが、1989 年のルツェルン音楽祭、北ドイツ放送交響楽団によるライヴ録音です。結論を言うと、私は、この北ドイツ放送交響楽団の演奏が一番気に入りました。

私が思うに「ポーランド・レクイエム」が持つ「重々しさ」「悲痛さ」を強く訴える演奏、つまり、この作品の性格を強く訴える演奏としては「北ドイツ放送交響楽団盤」よりも「ストックホルム盤」と「ヴィト盤」のほうが勝っているようだが、合唱とオケは「北ドイツ放送交響楽団盤」がよいと思う。特に合唱がうまい。

北ドイツ放送交響楽団盤は、ペンデレツキの指揮も冴えていると思う(この時、ペンデレツキ 55 才。演奏が若々しい)。録音も、北ドイツ盤はストックホルム盤より良いと思う。ではなぜ、DG はこれを廃盤にしたのか? やはり、未完成版だからか? つまり、1993 年に追加された「サンクトゥス」がないからか? それとも売れないからか? この北ドイツ盤は、デジタル録音(1989年録音)であり、録音はよいし、パーカッションの音がすごいし、オケ、合唱ともに、非常に迫力ある。廃盤にすべきではないと思う。

私は、北ドイツ盤の演奏は、重々しくないと書いたが、実は、北ドイツ盤は演奏のテンポが遅い。例によって、演奏時間を比較する:

I Introitus - choir [4' 02] [3' 43] [4' 10]
II Kyrie - soloists, choir [4' 52] [4' 16] [[4' 16]
Sequence Dies irae
III Dies irae - choir [1' 41] [1' 39] [1' 34]
IV Tuba mirum - tenor [2' 06] [2' 45] [1 '58]
V Mors stupedit - mezzo-soprano [6' 22] [6' 06] [6' 30]
VI Quid sum miser [5' 10] [4' 20] [4' 46]
VII Rex tremendae - bass, choir [1' 57] [1' 59] [2' 18]
VIII Recordare Jesu pie - music from Swiety Boze, all soloists [11' 00] [9' 51] [11' 24]
IX Ingemisco tanquam reus - soloists, choir [12' 21] [12' 11] [12' 07]
X Lacrimosa - soprano, female choir [4' 44] [4' 32] [4' 39]
XI Sanctus - mezzo-soprano, choir, Benedictus - tenor, choir [0' 00] [14' 18] [13' 44]
XII Ciaccona [0' 00] [0' 00] [7' 18]
XIII Agnus Dei - choir a cappella [8' 27] [6' 56] [7' 35]
XIV Communion Lux aeterna - choir [4' 42] [3' 40] [4' 43]
XV Libera me, Domine - soprano, soloists, choir [8' 59] [8' 30] [9' 44]
XVI Offertorium - Swiety Boze, swiety mocny [0' 00] [6' 20] [6' 33]
XVII Finale Libera animas - soloists, choir [11' 00][3' 20] [3' 26]
Total [87' 46] [93' 37] [99' 28]

左が北ドイツ盤、真ん中がストックホルム盤、右がヴィト盤(注:ヴィト盤合計時間 99' 28 はシャコンヌを含まない、[0' 00] は存在しない楽章。北ドイツ盤の「XVI. Offertorium(奉献唱)」の [0' 00] は存在しない楽章ではなく「XVII Finale」に含まれている)。スコアの違い(版の違い)などの理由で、単純に比較できないが、概ね、上記の演奏時間が、それぞれの演奏の特徴を表していると思う。

ペンデレツキの新旧録音を比較すれば、ほとんどの楽章で、旧録音のほうが演奏時間が長い(旧盤は、XI Sanctus [14' 18] が無いのに [87' 46] は長いと思う)。旧録音は、テンポの設定において速いテンポと遅いテンポの幅が大きいように聞こえる。私が聴いた印象では、旧録音のほうがメリハリがあり、歯切れがよく、生き生きとしている(ライヴだから生き生きしているのは当たり前だが)そして、迫力がある。ただし、旧盤は、何となく統一感がない。

旧盤は新盤に比べれば、ペンデレツキ独特の匂いが比較的匂わない。つまり、宗教の匂い、カトリックの匂い、民族の匂いが匂わない。よって、ある意味で旧盤は「純音楽」として聴きやすい、と、言っていいかも知れない(だから私は旧盤が気に入ったのかも)。

旧盤は、北ドイツ放送交響楽団であることから、インターナショナルな演奏かも知れない。北ドイツ放送交響楽団には、ドイツ以外の国籍のメンバーもいただろうし、日本人のメンバーもいたかも知れない。もちろん、ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニーにも同じことが言えるが、北ドイツ放送は、日本でも人気があるギュンター・ヴァントも指揮していたし(ギュンター・ヴァントは、ちょうどこの時、1982年 - 1991年このオケの首席指揮者だった)、海外での演奏の機会も多かったと思うし(現にこれもルツェルン音楽祭でのライヴ)、なんと言っても国際都市ハンブルクのオーケストラだから、なんとなく、音に都会的な馴染みやすさを感じる。あと、オケの技量も、ストックホルムやワルシャワ国立より上だと思うし、それから、なんといっても、

北ドイツ放送合唱団(合唱指揮:ヴェルナー・ハーゲン)
バイエルン放送合唱団(合唱指揮:ハンス=ペーター・ラウシャー)

これは、強いと思う。この人たちの合唱によって、この演奏は充実していると言っても過言ではないと思う。たとえば、第1曲「入祭唱」の第3、4行、

et lux perpetua luceat eis.
絶えざる光で彼らを照らしたまえ
Te decet hymnus Deus, in Sion,
神よ、シオンではあなたに賛歌が捧げられ

は、ストックホルム盤とヴィト盤では、よく聞こえなかったのだが、北ドイツ盤では、はっきり聞こえる(ポーランド・レクイエムはアニュス・デイがア・カペラ合唱で歌われるほか、全曲を通して合唱が重要である)。独唱者も北ドイツ盤は充実していると思う。独唱者は、テノールのツァコス・テルツァキス(Zachos Terzakis)のみ北ドイツ盤とストックホルム盤で共通する。

では、なぜ、北ドイツ盤には統一感に欠けるのか。

その理由は、やはり、この作品が、ナチスドイツの犠牲になった人(マキシミリアノ・コルベ神父、ワルシャワ蜂起)を悼む作品。そして、北ドイツ放送交響楽団はドイツの団体。ナチスドイツによる犠牲者を追悼する音楽をあえてドイツ人に演奏してもらうことによって、ペンデレツキは、まずは、この作品を旧西ドイツの団体によって、西側で演奏する意義を優先し、上記のように純音楽として西側の人に聴いてもらいと思いながら指揮をしたのかも知れない【注】。その意志が、この作品の焦点を少しぼやけさせたのかもしれない。

(ちなみに、ベルリンの壁崩壊は、1989 年 11 月 9 日だから、この北ドイツ盤の録音日 1989 年 8 月は微妙な日に当たる)

というわけで、ペンデレツキは、この作品成立の背景を前面に出さずに指揮をしたのじゃないか、と、私はうがった考えを抱いた。・・・この録音は、旧西ドイツのレコード会社が企画し、西側で発売するために制作されたものだし・・・。しかし、ペンデレツキは、この作品とその成立史の関係をが否定しいる:

I don't write political music. Political music is immediately obsolete. My Threnody to the Victims of Hiroshima remains important because it is abstract music. The Requiem is dedicated to certain people and events, but the music has a broader significance.

私は政治的な音楽は書かない。政治的な音楽は、すぐにすたれてしまう。私の「広島の犠牲者に捧げる哀歌」は、それが抽象音楽であるからこそ重要なのだ。このレクイエムは、特定の人物や出来事に捧げられているが、この作品は、より広い意味を持つ音楽である」

よって、この作品を演奏する際に、作品とその成立史の因縁を浅くして「純音楽」として演奏すると、この作品の統一感が薄れるというのは間違いだろうか? やはり、この作品は、1989 年において、ペンデレツキの頭の中では未完成であり、彼の頭の中では整理されていなかったのだろうか? 未完成であるがゆえに、統一感に欠けるのか?

・・・と、うだうだ書いたが、北ドイツ放送交響楽団の「ポーランド・レクイエム」は、統一性に欠けるかも知れないが、決して散漫な演奏ではない。北ドイツ盤が、ストックホルム盤に勝る点もある。またその逆もあると思う。たとえば、北ドイツ盤「ポーランド・レクイエム」を聴いて、私はペンデレツキの指揮者としての実力を初めて知ることができた。彼は指揮がかなりうまいと思う。

北ドイツ盤は、東西ドイツ統一前夜の、旧西ドイツの合唱団とオケによる演奏という意味では歴史的価値があると思う。ドイツ・グラモフォンはこれを日本以外において再発売すべきだ。

最後に、私は前の記事で「ポーランド・レクイエムの音楽的書法について、ルカ受難曲国内盤白石美雪氏の解説のように良い解説を望む」と書いた。このタワーレコード盤「ポーランド・レクイエム」には、ヨゼフ・ホイズラーとジム・サムソンという人の楽曲解説の日本語訳が付いている。が、白石美雪氏の解説ほど分かりやすくなかった。というより、それは私には難しくてさっぱり分からなかった。よって、ここにそれを転記しない。それに、リーフレットの文章をブログに転記しすぎると著作権の問題に触れるので今回はやめにする。

【注】しかし、ロストロポーヴィチもシュトゥットガルト放送交響楽団で初演しているなあ?!

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コメント

初めまして。ポーランドで知り合った青年とあの国で再会した時に、この曲のLPを貰いました。ヴィット指揮でしたが、余りに重く暗い音楽で、繰り返し聴くことをためらったまま、今日に至っています。
翌日、別のポーランド人の家でカチンのところを掛けてみました。「あれはもしかしたらperhapsドイツでなくソ連の仕業かも」と私が言ったら、即座に"not perhaps!"と彼に言われたのを、余りにはっきりと覚えています。
それは、1989年8月のことでした。ご紹介の録音と同じ年、同じ月です。早速注文してみます。今度は聴きとおせるかも。

小田謙爾様

はじめまして。節操のないクラシック音楽嗜好、開設者KMです。
コメント、有難うございます。
私のブログはコメントが少ないので、コメント頂き、うれしいです。

・・・

私は、最近、ポーランド・レクイエムを、全然聴いてませんが(汗;;

私が所有している3つの「ポーランド・レクイエム」の中では、くだんの、

北ドイツ放送交響楽団(ペンデレツキ指揮。録音:1989 年 8 月、ルツェルン音楽祭(ライヴ)) TOWER RECORDS UNIVERSAL VINTAGE COLLECTION

が、一番、私の気に入ったと記憶しています。

アントニ・ヴィト盤も、迫力あったと思いますが、ヴィトの指揮は演奏時間を、長く感じますので、聴くのが疲れます。しかし、録音が新しいので(2003年)、作品「ポーランド・レクイエム」に対する新しい解釈を聴けるかも知れません。

【参考】以下は、私の拙い記事(エントリー)と歌詞対訳ですが、よかったらご参照下さい(もう目を通されたかも知れませんが)

ペンデレツキの「ポーランド・レクイエム」その1〜その3
http://koshiro-m.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-de58.html
http://koshiro-m.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-3aa2.html
http://koshiro-m.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-adbf.html

歌詞対訳
http://koshiro56.la.coocan.jp/ubersetzung/polish_requiem_penderecki.html

追伸)

ポーランド・レクイエムは、ヴェルディやその他のレクイエムと同様、もっと演奏(録音)される機会があってもいいんじゃないかと思います。

KM様

早速のご返信ありがとうございます。その1とその2、それに歌詞対訳も拝見しました。
「早速注文します」などと書いてしまいましたが、タワレコのCDは廃盤で入手不能ですね。中古屋さんを漁る楽しみが増えました(笑)

お書きになっているように、89年8月は「微妙な」時期でした。ポーランドで選挙があって「連帯」が圧勝、「この間まで監獄に居た連中が、今みんな議会にいるんだぜ」と、私に件のLPをくれたポーランド人が言っていました。そして国境を越えて東ドイツに入ると、変革を頑なに拒否する姿勢が目についていた、そんな時です。この年の9月から11月に起きた大変動は、まだ誰も予想できていなかった(私には分かっていたという人がいれば、それはただの法螺吹きです)のです。何かが起きるかもしれないという「感じ」だけはありましたが。
Youtubeで「アグヌス・デイ」だけ聴いてみましたが、重くて暗くて聞くのが辛いというイメージとはかなり違って、救いを求めようとする魂が漂っているような、そんな音楽に思えました。

またそのうちお邪魔します!

小田謙爾様

↓ 多分、ジャケットが同じなので、これで、間違いないと思いますが・・・責任負えません(汗;;
↓ Amazon.co.jp で売ってます。高いです(¥ 2,800)
↓ 同商品、Amazon.co.jp で、中古も、5個ぐらい売ってますね。

ポーランド・レクイエム
ペンデレツキ (作曲, 指揮), 北ドイツ放送合唱団
¥ 2,800
ディスク枚数: 2
レーベル: ユニバーサル・ミュージック
ASIN: B009VH9JY6
EAN: 4988005454805

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%EF%BD%A5%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%A0-%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%AC%E3%83%84%E3%82%AD/dp/B009VH9JY6/ref=sr_1_cc_2?s=aps&ie=UTF8&qid=1465881612&sr=1-2-catcorr&keywords=%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%A0

追伸)

グーグルで調べると、ベルリンの壁崩壊が、1989年11月9日ですね。

情報ありがとうございます。今、注文しました。海外勤務中で、今週末に帰国するので、CDが待っていてくれそうです。
ネット上の宣伝文句では、「あと数年後に訪れることになる冷戦終結をも暗示するかのような熱いライヴ」なのだそうですが、この演奏が行われている時、すでに大量の東独市民がハンガリーからオーストリアに脱出を始めていました。

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