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2011年1月16日 (日)

アドリアンヌ・チェンゲリのクルターグ声楽曲集

Csengery

György Kurtág
Works for Soprano
Adrienne Csengery, soprano
1986(I.) 1994(II.) 1985(V.) 1982(III.) 1984(IV.)
Recording supervision: György Kurtág
HUNGAROTON

I. Attila József - Fragments Op. 20 [14' 51]
Poems by Attila József

II. S. K. - Remembrance Noise Op. 12 [7' 23]
7 Poems by Dezsö Tandori
András Keller, violin

III. Messages of the Late R. V. Trussova Op. 17 [26' 55]
21 Poems by Rimma Dalos
Márta Fábián, cimbalom
Budapest Chamber Ensemble
Conducted by András Mihály

IV. Scenes from a Novel Op. 19 [18' 47]
15 Poems by Rimma Dalos
András Keller, violin
Ferenc Csontos, double bass
Márta Fábián, cimbalom

V. Farewell [2' 21]
Poems by Rimma Dalos
György Kurtág, piano

最近、CD を買い過ぎているので整理するために、備忘録としてこれを書く。

これは、ジャチント・シェルシの『やぎ座のうた』と同じ日に届いた商品。よって、シェルシの『やぎ座のうた』とこのクルターグ声楽曲集を比較する。といっても、比較の理由は同じ日に届いたからということ以外にないし、クルターグの声楽曲とジャチント・シェルシの『やぎ座のうた』を比較することに意味があるのかどうかは分からない。

このクルターグの声楽曲集は、4つの作品からなる。第5曲の「Farewell」はボーナストラックである(ピアノ伴奏が作曲者自身である)。

第1曲は、ソプラノ独唱のみ。曲目は、計20曲。
第2曲は、「カフカ断章」と同じ形式。独奏ヴァイオリンの伴奏による。計7曲。
第3曲は、指揮者によって指揮される比較的大きなアンサンブルの伴奏による。計21曲。
第4曲は、ヴァイオリン、バス、ツィンバロムの伴奏による。計15曲。
歌詞は、第1、2曲はハンガリー語。第3、4、5曲はロシア語である。

第5曲まで含めれば、計64曲。演奏時間は総計70分48秒なので、1曲の演奏時間が短いことが分かると思う。

第2曲は「カフカ断章」に似ている。第2曲と同様に、その他の曲もいわゆる「断章」に音楽が付けられている。しかし「カフカ断章」と異なる点は、第3曲に、かなり大音響の伴奏が付くこと。

第1、2曲が、ソプラノ独唱および独奏ヴァイオリン伴奏による作品なので、私はその比較的静かな「音」を聴くためにオーディオの音量を大きめの音量に設定して、第2曲までを聴いた・・・すると第3曲にて、爆発のような大音響がして、スピーカがぶっ壊れるかと思うほど私は驚いた。

第3曲以降で歌われるロシア語は語感がすごい。ロシア語って暴力言語だったのか。ロシア人がこれを聴くときっと怒るだろう。

第3曲におけるアドリアンヌ・チェンゲリ(Adrienne Csengery)の歌唱は、ユリアーネ・バンゼの「カフカ断章」のよりも激しいので、私は度肝を抜かれた。

そして、第3曲の絶叫の中で、シェルシの『やぎ座のうた』に似た歌唱法が聴かれる。

「ソプラノがすごい絶叫で歌うと、どれも似たように聞こえるのかも知れない」と思って、もう一度聴いてみた。すると、クルターグは、シェルシよりさらに激しいことに気づいた。

クルターグの歌は、民族的で野性的な単純化された歌唱と高度な技法による歌唱、それらの両立がある。そして、シェルシにはないモダンがある。しかし、それをシェルシの延長線上の音楽として聴いても面白いかも知れない。

しかし、歌唱法、作曲技法、方法論、書法、コンセプトなどで両者はまったく異なる(というより「両者は音楽が異なる」)。

クルターグの声楽曲集は歌詞が付いていて、しかも、その詩が「カフカ断章」と同様に刺激的であるし、さらに歌手に演劇的表現を要求している(そして、これらの歌曲集は演劇的要素を持つと思う。歌手は歌いながら演じなければならないのではないだろうか。それが、クルターグにあってシェルシにない最大の特徴であろう)。

したがって、シェルシの『やぎ座のうた』とクルターグ声楽曲は大きな違いがある。しかし、平山美智子が作曲家シェルシの「ミューズ」だとしたら、このアドリアンヌ・チェンゲリは、クルターグの「ミューズ」なのかも知れない。その点は、よく似ていると私は思った。そもそも、リスナーを驚かすという点において、両者(クルターグとシェルシ)は似ている・・・。

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