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2011年1月 3日 (月)

ペンデレツキの「ルカ受難曲」

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ペンデレツキ:ウトレンニャ、ポーランド・レクィエム、ルカ受難曲、テ・デウム、他 ヴィト&ワルシャワ・フィル(5CD)

Wit_2

Penderecki
St Luke Passion
Warsaw National Philharmonic Chior and Orchestra
Antoni Wit
Recorded: 2002

Penderecki

ペンデレツキ:ルカ受難曲
クシシュトフ・ペンデレツキ指揮
ワルシャワ国立フィルハーモニー合唱団
ポーランド国立放送交響楽団
録音:1989 年、ポーランド カトヴィッツ大聖堂
TOWER RECORDS VINTAGE COLLECTION Vol. 4

私は、宗教曲を聴くのが好きである。若い時に、モンテヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」モーツァルトの「ミサ曲ハ短調 K.427」「レクイエム」の美しさに触れ、宗教曲が好きになった。その後、バッハの「教会カンタータ」「マタイ受難曲」ヘンデルの「メサイア」ベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」などを繰り返し聴いた。したがって、ペンデレツキの5枚組ボックス「ペンデレツキ:ウトレンニャ、ポーランド・レクィエム、ルカ受難曲、テ・デウム、他 ヴィト&ワルシャワ・フィル」(これは宗教曲集と言ってもいいだろう)を購入しても、その5枚を1回聴いただけで、比較的、楽にそれらを消化できた。

上記5枚組のうち、まずは、1965 年にペンデレツキが作曲した「ルカ受難曲」を、じっくり何度も聴きたくなって、歌詞対訳を試みた(私は、ラテン語は専門じゃない、というか1年間しか習ってないからラテン語はダメだ。したがって、この訳は正確でもなければ、原文に忠実な訳でもない)。上記、タワーレコードの「ペンデレツキ指揮ルカ受難曲」国内盤(1,000 円)のリーフレットには、白石美雪氏による解説と歌詞対訳がついている。これがあれば、わざわざ、私は労力と時間を費やしてペンデレツキの「ルカ受難曲」を訳しなくてもよかったのだが、私は自分が訳した歌詞対訳をパソコンで見ながら音楽を聴くのが好きだし、それにリーフレットの小さい文字は老眼の私には読むのがつらいし、それに自分で歌詞対訳すると作品理解の役にも立つので、あえて、自分のために、ペンデレツキ作曲「ルカ受難曲」の訳を実行した。

タワーレコードの白石美雪氏の解説には以下のように書いてある。

ペンデレツキは 20 世紀という時代に、キリストの受難物語をテーマにした理由を、こう説明している。「受難曲はもちろん、キリストの受難と死を扱っていますが、20 世紀半ばに生きる私たちにとって、それはまた人類の悲劇であるアウシュヴィッツでの受難と死の体験とも関わっています。ですから私はこの受難曲を、《広島の犠牲者に捧げる哀歌》と同じように、普遍的でヒューマニスティックな性格を持った作品にしようと思いましたし、実際にそうなったと感じています」

(中略)

作品について

(中略)

「『ルカ福音書』を選んだのは、バッハの使ったマタイとヨハネを避けたから」と述べていることから、彼(ペンデレツキ)がどれほどバッハの受難曲を意識していたかが判る。

(中略)

さて、音楽へ目を転じてみると、ペンデレツキはここで、20 世紀に開発された新しい書法ばかりでなく、伝統的な書法も自在に組み合わせて、各曲を構成している。とりわけ重要なのは、いくつかの音型をライト・モティーフのように循環して用いていることだろう。代表的なものをいくつか紹介すると、(1)BACH のモティーフ(2)「ため息」のモティーフ(短2度下がる音型)、(3)ポーランドの讃美歌《聖なる神》によるモティーフ(Cis - D - F - E の4音モティーフ、(4)「主よ(ドミネ)」のモティーフ(協和音に終始する3つの和音の連結)など。TOWER RECORDS VINTAGE COLLECTION Vol. 4 のリーフレットより

ペンデレツキの「ルカ受難曲」は、バッハの「マタイ受難曲」に似ているところもあれば、似ていないところもある。

似ているところは、先ず、ペンデレツキが「ルカ受難曲」において、バッハの「マタイ受難曲」における合唱・オーケストラのシンメトリックな配置によるステレオ効果に倣って、合唱・オーケストラの編成を大編成にしたこと(ただし、オーケストラは二つのグループに分かれてはいないようだ。合唱は、女声だけでも4部に分かれて聞こえるところがある)。

次に、バッハが、ピカンダーの極めて充実した台本に基づいて彼の作曲技術と手法を最大限に駆使していることと、上記タワーレコードのリーフレットに書いてあるペンデレツキの「書法」。それらは、共通しているといってだろう。つまり彼らが、それぞれ彼らの受難曲を盛り上げるために彼らのアイデアを最大限に作品に盛り込んだこと。

似ていないところは、バッハの「マタイ」には、ア・カペラの合唱がないが「ルカ受難曲」にはある(ルカ受難曲は独唱の伴奏もまた意図的に控えめな箇所が目立つ)。

「ルカ受難曲」は福音史家が、ナレーションであること。

「(マタイ受難曲では)イエスが発言する際には常に弦楽器の長い和音の伴奏が伴われるが、これはキリスト教美術によく見られる後光を音楽的に表現したもの(ウィキペディアより)」それは「ルカ受難曲」には無い。つまり「ルカ受難曲」ではキリストに後光が差してない。

「マタイ」では、キリストはアリアを歌わないが「ルカ受難曲」では第3曲「合唱を伴うキリストのアリア」でキリストがアリアを歌う(ついでに第9曲ペトロのアリアもある)。

したがって、聴衆は「ルカ受難曲」において「アリアを歌うキリスト」「後光が差してないキリスト」に、「マタイ」のキリストより親近感を抱くだろう。それは、上記リーフレットに記載してあること、つまり、ペンデレツキが「ルカ受難曲」を「普遍的でヒューマニスティックな性格を持った作品」にしようとしたことに符合する。ペンデレツキの「ルカ受難曲」は、たしかに、20 世紀における戦争の犠牲者、および、戦争の犠牲者ではないが不条理な死に至らしめられた死者へのレクイエムにも聞こえる。それが後のペンデレツキの「ポーランド・レクイエム(1980-84)」につながるのではないかと私は思う。

さて、ペンデレツキの「ルカ受難曲」に対する私の感想を率直に書かせてもらえば、私がこの作品を数回聴いた後の私の印象、それは(不謹慎ながら)「ルカ受難曲」は悲劇的であるよりも美しいということだった。バッハの「マタイ受難曲」が、リスナーに、時折、耳を被いたくなるほど痛々しい感情移入を強いるのに対し「ルカ受難曲」は「激情」より「美しさ」が、その魅力ではないかと思う。すなわち、「ルカ受難曲」の台本に、キリストの受難とは直接関係がない「詩編」が多く用いられていること、「ルカ受難曲」で歌われる「エレミアの哀歌(ローマ祈祷書)」「スターバト・マーテル」が音楽的素材として感傷的であること・・・特に大詰めの第 24 曲に「スターバト・マーテル」が使われていることは、ペンデレツキの「ルカ受難曲」の特徴であり限界であると思う。

「限界」とは、キリストの死という最も痛ましく不条理で悲劇的場面の直前に、受難曲にふさわしくない「スターバト・マーテル(悲しみの聖母)」が出て来るのは、いかにもカトリック的であり、プロテスタントでは考えられない。それは教義の問題である。しかし、ここで私は宗教論を論じる気はない。ただ、私は、第 24 曲「スターバト・マーテル」の第4節で「わたしの心を燃やしてください」と歌われるのを聴いて、宮沢賢治原作のアニメ映画「銀河鉄道の夜」のラストシーンで、主人公ジョヴァンニが、彼の友カンパネルラ、すなわち他人のために犠牲になったカンパネルラを思い、またジョヴァンニが自己の志を独白する場面で「サソリの火のように私の身体を燃やしてください」と言うのを思い出して感傷的になった。そしてペンデレツキの「ルカ受難曲」は「銀河鉄道の夜」のカンパネルラのような人のためにも書かれたのではないかと思った。

ついでに書いておくが、第 22 曲「十字架上の罪人との問答」で、敬虔な盗人の言葉「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」という願いに対し、キリストが「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と答える場面は「マタイ受難曲」には無い。「マタイ受難曲」には無いこの感動的場面を、ペンデレツキには、もっと感動的に作曲して欲しかった、と私は思う。これは私見であるが、ペンデレツキは、激しい場面でも、感動的場面でも、感傷的場面でも、いたずらに「感情的」にならず、むしろ「美」を重んじたのではないだろうか。

HMV.co.jp のヴィト指揮「ルカ受難曲」の商品レビューでは「オーディオのボリュームに注意してプレイしてください。冒頭の一撃から、突然に現れる長調の和音で全曲を閉じるまで、正に衝撃の連続の音楽が、聴き手の耳に突き刺さります。」とある。確かにこの作品は、激しい場面が多い。たとえば第1部の最後の曲である第 13 曲「ピラトの審問」における「Crucifige(十字架につけろ)」は耳をつんざくように激しい。しかし「ルカ受難曲」は静かな部分も多いし、激しい部分は、この作品の「美」を際立たせる演出かも知れない。これも私見である。

蛇足だが、「ルカ受難曲」の曲目を表す時に、私は「第何曲」と書いたが、白石美雪氏は「第何楽章」と記している。

【ペンデレツキ指揮「ルカ受難曲」とアントニ・ヴィト指揮「ルカ受難曲」について】
ペンデレツキ指揮は、作曲者自身の指揮なので解りやすい。つまり、ペンデレツキは難しくて高度な指揮よりむしろ解りやすい指揮をしていると思う。したがって聴きやすい。しかし、ペンデレツキの指揮は若干冗漫かも知れない。なお、この自作自演盤は「カトヴィッツ大聖堂」で録音されているが、その残響音は残響時間が長い。

アントニ・ヴィト指揮は、録音が良いので音響効果は抜群である。そして、より精緻な演奏だ。インテンポで淡々と音楽を進めている。しかし、そのために途中で退屈しないでもない。

前者と後者の演奏時間は 76 分 22 秒と 76 分 21 秒である。これは意外であった。ヴィトのほうが遅いテンポで演奏されているように思えるが・・・。

アントニ・ヴィト指揮「ルカ受難曲」輸入盤は、各曲ごとにトラックが仕切ってあるが、ペンデレツキ指揮国内盤は、それがない。

ペンデレツキ作曲「ルカ受難曲」歌詞対訳

【Amazon.co.jp へのリンク】
The Choral Works of Krzysztof Penderecki

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