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2011年1月 6日 (木)

ペンデレツキの交響曲第8番「はかなさの歌」

Penderecki

Penderecki
Symphony No. 8 'Lieder der Vergänglichkeit' (2005)
Dies irea (1967)
Aus den Psalmen Davids (1958)
Warsaw National Philharmonic Orchestra
Antoni Wit
Recorded: 2006

ナクソス盤の帯には、交響曲第8番「はかなさの歌」と訳されているが、私は「無常の歌」と訳したい。
結論を言えば、この作品は、ペンデレツキの失敗作だと思う。とにかく題材が古い。私のようにドイツ文学を勉強した者には、それなりに面白い作品だが、いまどき、こんなに古い詩人たちの詩に音楽を付けても面白くないと思う・・・私はそう思いつつ、期待せずに聴いてみたら、やっぱり面白くなかった。それに、私は、現代の作曲家は、今日、インターネットの普及により「世界共通語」となった「英語」の詩、または英語に訳された詩を題材に選ぶべきだと思う。私は断然そう思う。なぜなら「クラシック音楽は相変わらずドイツ語か」とうんざりされる・・・そのことが、私は嫌だからだ。

さて、中身について
アイヒェンドルフ、ヘッセは、リヒャルト・シュトラウスが取り上げた詩人であり、リルケはシェーンベルクなどが取り上げている。ペンデレツキが新しい題材に取り組まなかったのは不思議である。なぜなら、マーラーは「大地の歌」において、シェーンベルクは「グレの歌」において新しい題材を取り上げているからだ。

「はかなさの歌」で取り上げられている6人の詩人による10の詩(リルケの "Ende des Herbstes" は3分割されているので、それをそれぞれを1曲と数えると12)は、確かに、よく選ばれた詩であり、うまく並べられている。テーマは、やはり「はかなさ」であろう。

アントニ・ヴィト盤では全曲演奏時間は、36分余りであり、そのうち最後のアルニムの "O grüner Baum des Lebens (緑なる命の木)" の演奏時間が一番長い(約8分)。そして、その詩がこの交響曲のメインであろう。なぜなら、この交響曲全曲を締めくくる最後の言葉は「道に終わりはありません!(Unendlich ist die Bahn!)」であり、この交響曲が、マーラーの「大地の歌」のように、終わりのない旅のプロセスであることをうかがわせるからだ。また、おそらく旧約聖書からとったであろう「命の木(Baum des Lebens)」という言葉が、この交響曲の第2のキーワードであろう。この「命の木」という言葉は、ヘッセの "Vergänglichkeit (第9曲:はかなさ)" とアルニムの "O grüner Baum des Lebens(第 12 曲:緑なる命の木)" に出てくるが、その2曲において「命の木」という言葉は、前者では否定的に「無常観(♪命の木から一枚また一枚と葉が落ちる)」を表し、後者では肯定的に「信仰告白(♪わたしはあなたを見出しました)」として使われている。第 12 曲:緑なる命の木は、音楽的に迫力があり充実しておりポジティヴである。結局、ペンデレツキは、宗教や霊的なものに救済を求めたのであろうか。この交響曲のテーマははっきりしない。「はかなさ」を歌うのであれば「大地の歌」のように徹底的にはかなさをテーマにするほうが、すっきりしているし、そのほうが、私は、芸術作品として、作品の統一性において完成度が高いとして評価できると思う。要するに、この交響曲の内容は曖昧なのだ。

私は、リルケの "Herbsttag(秋の日)" が詩的に気に入った。やはり、リルケという詩人は、意味はよくわからないが良い詩を書く。最後から2曲目のリルケ「♪そわそわとさすらうだろう、木の葉が舞うとき」を受けるのは、アルニムではなく、ヘッセの「はかなさの歌」ではなかろうか。あるいは、リルケで終わりにすればよかったと思う(アルニムは要らない)。

リルケ、ヘッセ、ゲーテの詩はシンプルなものもあるが、意味が難しく、またドイツ語が難しくて、訳するのが難しいものが多い。訳するのが難しくても、良い詩なら許せるが、アイヒェンドルフは良い詩ではないのに訳するのが難しい。そんな詩は、訳し甲斐がない(下記に私が訳した「はかなさの歌」歌詞対訳へのリンクがある。この交響曲の良さを完璧に知るにはやはり専門家による歌詞対訳が欲しい。私の訳は誤訳も多かろうし、ニュアンスを間違って捉えているものもあろう。私の語学力では、これらの詩を訳すのは無理だ)。

面白いのは、ゲーテの "Sag' ich's euch, geliebte Bäume? (君たちに教えなければならないのか)" のなかで「umtanzet(周囲を踊る)」という語に、高音の奇声のような旋律が付けられている。それは、クルターグの「カフカ断章」の第1曲目 "Die Guten gehn im gleichen Schritt...(善良な人々が規則正しい歩調で歩む)"の「tanzen(踊る)」に付けられた旋律(これもまたおどけた奇声に聞こえる)を私に思い出させた。ドイツ語圏以外の人(つまり、ハンガリー人やポーランド人など)には「tanzen(踊る)」という単語は、特殊に響くのだろうか。

いずれにしても、この作品は、きわめて大編成のオーケストラと合唱と独唱を要する大曲ではあるが、内容は、大曲ではないと思う。やはり、詩が、題材が弱い。演奏時間も短いし・・・。この作品は、再演される機会があるのだろうか、と余計な心配をしたくなる。

最後に、NAXOS という会社は、このような作品を廉価盤で提供してくれるのはありがたい。そのことに敬意を表したい。


ペンデレツキ:交響曲第8番「はかなさの歌」歌詞対訳

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Penderecki: Symphony 8, Dies Irae, Aus Den Psalmen Davids

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