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2010年10月30日 (土)

クイケンのマタイ受難曲

Kuijken

Bach
Matthäus - Passion BWV 244
La Petite Bande, Sigiswald Kuijken
Recording dates: 5 - 9 April 2009
Challenge Classics

Gerlinde Sämann: soprano I
Marie Kuijken: soprano II
Petra Noskaiová: alto I
Patrizia Hardt: alto II
Christoph Genz: tenor I & Evangelist
Bernhard Hunziker: tenor II
Jan Van der Crabben: bass I & Jesus
Marcus Niedermeyr: bass II
Emilie De Voght: soprano in ripieno Ancillae I II, Uxor Pilati
Olivier Berten: Petrus, Pilatus, Pontifex II
Nicolas Achten: Judas, Pontifex (Caiphas), Pontifex I

Orchestra I
Sigiswald Kuijken, Katharina Wulf: violin I
Jin Kim, Annelies Decock: violin II
Marleen Thiers: viola
Marian Minnen: Basse de violon
Sigiswald Kuijken: Viola da gamba
Ewald Demeyere: Organ
Marc Hantaï, Yifen Chen: Traverso & recorder
Vinciane Baudhuin, Patrick Beaugiraud: Oboe, Oboe d’amore, Oboe da caccia

Orchestra II
Sara Kuijken, Makoto Akatsu: Violin I
Giulio D'Alessio, Masanobu Tokura, Violin II
Mika Akiha: Viola
Ronan Kernoa: Basse de violon
Benjamin Alard: Organ
Georges Barthel, Sien Huybrechts: Traverso
Emiliano Rodolfi, Rodrigo Guti: Oboe, Oboe d'amore

抑制され中庸な演奏。とにかく、音がきれい。録音が良い。OVPP(One Voice Per Part)、すなわち、各パート1名である上に、ドイツ語を丁寧に歌ってるので言葉がよく聞こえる【注】。レオンハルト盤(1989年録音)もインテンポの演奏だったがところどころ速い箇所があったのに対し、このクイケン盤は、完全なインテンポで演奏されている(テンポは速すぎず中庸に思える。演奏時間は約 157 分)。単調で劇的表現に欠けるので、聴き終えたあとの感動は正直言って無かった。しかし、ことさら、茨の冠を付けられ殴られ血だらけになったイエスを強調しリスナーの憐憫(れんびん)の情を誘う演奏へのアンチテーゼとも受け取れるルポルタージュ的演奏は整然としていて、私に(何十回と聴いた)バッハの最高傑作であるマタイをもう一度一歩引いて聴き直す気にさせる。そして、マタイ受難曲のテキストをもう一度読み直す機会を与えてくれた。

【注】冒頭の合唱で "O Lamm Gottes, unschuldig" のパートがよく聞こえないけど、気にならなかった。

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コメント

先日のシェーンベルクの楽譜の件。作品23なんて価値あります? 今更。私はバラでも持っていますが。

一応、シェーンベルクピアノ独奏曲集で、ピアニストの皆さんは、作品11、19、23、25、33a、33bと演奏していますので、楽譜もそろえたほうがいいかと思います。というか、私は作品23もいい曲だと思いますが。

ウィーン原典版で、作品23以外を買って、作品23だけ単体で買おうと思います。

ありがとうございました。

クイケン氏の事はなんとなく知ってはいたが、ピリオド奏法に馴染めず、ずっと避けていました。
まともに聴いたのが、今年、何とご本人に偶然会ってお話しした時です。(ファンの方が聞いたら涎ものの出来事でしょうか。)

そして、氏の招待で行った演奏会で(しかも隣は奥様でずっと話を聞いていた)バッハの無伴奏チェロ組曲を聴きましたが、仏教の無に近い、悟りの世界のようでした。
そして、本来、人間的なドラマチックさ、ではなく、キリストの教え(神の前で静まれ、など)や宗教的世界と言うものは、静寂なものであり、
バッハがヒューマニズムをマタイ受難曲に狙ったのか、キリストとの対話を狙ったのかは分かりませんが、
クイケン氏の考えは、後者のようでした。
まさに、一切の人間的欲求を十字架に磔にしたような演奏に感じました。

そのような趣旨の事を奥様に話すと、「それは真実だ」と言っていました。
いずれにしても、今まで聴いていなかったにもかかわらず、私は、早くも再来年のラプティットバンドのマタイを今から楽しみにしています。

くう様へ

はじめまして。このブログの開設者KMです。

私のブログは、(へうたむさんのコメントを除き)、コメントが少ないので、くう様のコメントうれしいです!

くう様は語学が堪能のようですね。クイケン夫妻との交流、素晴らしい!

いきなり私事ですが、私の家が2009年の暮れに火事になり、マタイ受難曲は、下記18種類を持っていましたが、それらを消失(←アマゾン・リストマニアを見て私が消失した音盤(マタイ受難曲)を確認しました)。
http://www.amazon.co.jp/%E3%80%8A%E3%83%9E%E3%82%BF%E3%82%A4%E5%8F%97%E9%9B%A3%E6%9B%B2%E3%80%8B%E8%81%B4%E3%81%8D%E6%AF%94%E3%81%B9/lm/R2OC7Y9JQX3CK5/ref=cm_lm_byauthor_title_full
←このアマゾン・リストマニアにて、それぞれの音盤に対する私の「リスト作成者のコメント」良かったらご参照下さい。

1958年録音。リヒター
1979年録音。リヒター
1961年録音。クレンペラー
1970年録音。アーノンクール
2000年録音。アーノンクール
1972-73年録音。カラヤン
1984年録音。ペーター・シュライアー指揮
1988年録音。ガーディナー
1989年録音。レオンハルト
1998年録音。ヘレヴェッヘ
1992年録音。トン・コープマン
2005年ライヴ録音。トン・コープマン
1994年録音。ヘルムート・リリング
1999年録音。鈴木雅明
2002年録音。マクリーシュ
1954年録音。フルトヴェングラー
1939年録音。メンゲルベルク
1987年録音。ショルティ/Cso

火災の後、購入したものは、

2009年録音。シャイー/ゲヴァントハウス ← 現時点、ヤフオクにて手放しました。
2009年録音。Sigiswald Kuijken/La Petite Bande ← 現時点、所有している。

したがって、現在所有する《マタイ》は、クイケン盤のみです。

--

《マタイ》を聴く時、冒頭合唱(ボーイソプラノ)の

O Lamm gottes, unschuldig おお 神の小羊よ 罪無くして
Am Stamm des Kreuzes geschlachtet, 十字架の幹にて屠られた方よ
Allzeit funden geduldig, あなたは最後まで耐え忍びました
Wiewohl du warest verachtet; 侮辱されたにもかかわらず。
All Sünd hast du getragen, あなたはすべての罪を背負いました
Sonst müßten wir verzagen. さもなければ私たちは ひるんでいたに違いありません
Erbarm dich unser, o Jesu. 私たちを憐れんで下さい ああ イエスよ!

私自身、実は、ルター派のクリスチャンなのですが、上記の歌詞を読むだけで、思わず涙しそうになります。

しかし、《マタイ受難曲》というのは長い。(始めの合唱から)最後の合唱、Ruhe sanfte, sanfte Ruh!(安らかに眠ってください、どうか安らかに!)に至るまでは、長い!(つまり映画で言えば、長尺もの!)。

そして、コノ作品は、ルター訳聖書(福音史家)とピカンダーの台本が、劇的に、また、神学的に、また、クリスチャン以外の人にも共感を覚えさせる〈造り〉になってますね。したがって、私の好みも、「長尺ものの得意なショルティあたりが良かった」と、いま、上記、《消失したマタイリストアップ》を見ながら私の過去の記憶、想起しました・・・。私はそもそも、(マタイ受難曲に関しては)カール・リヒター派であるより、クレンペラー派です。リヒター盤はちょっと押し付けがましいかな(コレは確かに名演ですが、クリスチャン以外のリスナーには、いかがか?!)。クレンペラー盤は、スローな演奏で、本当に全部聴き終えるのが疲れますが、〈聴いても時間が惜しくない〉・・・〈ある種のマストハブアイテム must have item ですね!〉。(←しまった、クレンペラー盤再取得したくなった。聴きたくなった。←ホントにマストハブアイテムか否か聴きたくなった私!(笑

それらに対し、クイケン盤は、なんと言っても、この、あえて言わば〈分かりにくい受難の意味(キリストさんはホントに私たちの罪故に殺されたの???)〉を自由に・・・21世紀的に?!リスナーをして、解釈させる・・・それは、クリスチャンでない人にも受ける?! あるいは「キリストさんはホントは私たちの罪故に殺されたんじゃないヨ!!!人間に罪(原罪)は無いヨ!!!」と思っている人。そういう人にも、それ(キリスト教の教義)を、ドラマとして、変な言い方ですが、エンターテインメントとして、受け入れさせる自由さが・・それは、これ、クイケンのマタイ受難曲がエンターテインメントであるとすれば、(バッハの受難曲やヴェルディのレクイエムは、エンターテインメントじゃないという意味で)これ、すなわち、クイケンの《マタイ》が(繰り返しますが)エンターテインメントであるとすれば、彼の《マタイ》は、アンチクリスト・・・(おっと、言い過ぎだ(笑)、
これ、つまり、クイケンの美、彼の(美学)が、彼の演奏の特質だと私は感じました。

--

さて、私は、
http://koshiro-m.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_34f9.html
に書いているように、
杉山好訳が気に入らなかったので、自分で訳しました。

(引用。ここから)
この作品は、たしかに取っつきにくいです。私もリヒター/アナログ盤に付いていた杉山好訳で、この作品を聴いていましたが、杉山好訳は、訳が難しすぎて、音楽を聴きながらでは文章を追いかけることができず、その結果、長いこと、この作品を理解できませんでした。その後、ネット上で、J.S.バッハ声楽曲対訳集を発見し、(大きな声では言えませんが)このサイトから《マタイ》のページのソースをコピーして保存、分からない単語をページに書き込むという作業によって、やっと私は《マタイ》テキストの理解を得、《マタイ》に親しむことができました。
(引用。ここまで)

杉山好訳は訳が難しすぎます。マルティン・ルターの聖書ドイツ語訳は、庶民にも読めるようなドイツ語です。それに、ピカンダーさんも、美意識を持った(?)すぐれた詩人です(この人は、人を泣かせるのが得意な詩人か!)。しかも、巧みな詞を書くだけでなく、〈よく読めばわかる言葉を使った〉。それに対して、杉山好訳は訳が難しすぎます。

長く取り留めない(そして的外れな)コメントになりましたが、良かったら、また、コメント下さい。

P. S. アマゾンのリストマニアではなく、上記、URLにも、私が、火事になる前、所有していた《マタイ》のリストがありました。

(さらに、長い引用。ここから)
《マタイ受難曲》は、キリスト教に共感できない人が聴いても、あまり意味ないと思います。よく「マタイ受難曲は純粋な芸術作品なので、クリスチャン以外の者にも大きな感動を与えることができる」といわれます。しかし、それはウソです。この作品を聴くとお分かりの通り「人間は生まれながらにして罪深い」「イエスはわれわれの罪ゆえに殺された」というキリスト教の教義が、しつこく歌われます。それに共感できない人は「なんで貴重な時間を割いて、こんな説教じみた音楽を聴かなければならないのだろう」と思われるでしょう。したがって、キリスト教の教義に共感できる人には、この作品はクラシック音楽史上偉大なる遺産ですが、そうでない人にとっては、バッハの代表作の一つにすぎないでしょう(合唱曲としてはミサ曲ロ短調の方が上でしょうね)。そういう意味でも、この作品は、力まずにお気軽に聴いて頂きたいと思います。この作品を気に入らないとしても、変でも何でもないと思います。

はたして、あなたは以下の文章に共感できますか?

Sehet — Wohin? — auf unsre Schuld.
(見よ — いずこを? — われらの罪とがを)
 All' Sünd' hast du getragen,
 (すべての罪を御身に負いたまいし)
 Sonst müßten wir verzagen
 (さなくばわれらは絶ゆべし)
Sehet ihn aus Lieb und Huld
(見よ かれ愛と慈しみゆえに)
Holz zum Kreuze selber tragen!
(十字架の木をみずから負いて行くを)
 Erbarm dich unser, o Jesu!
 (われらを憐れみたまえ おおイエスよ)

(さらに、長い引用。ここまで)

http://koshiro-m.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_9127.html
より

(参照)私の訳

http://koshiro56.la.coocan.jp/ubersetzung/matthaus_1.html
http://koshiro56.la.coocan.jp/ubersetzung/matthaus_2.html

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