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2010年7月20日 (火)

ロン・カーターの「バッハ:無伴奏チェロ組曲」

Carter

Ron Carter
Plays Bach
Recorded April 8 - 13, 1985, New Jersey
PHILIPS

Cello Suite I (Courante)
Cello Suite I (Menuetto I)
Cello Suite I (Menuetto II)
Cello Suite I (Gigue)
Cello Suite II (Menuetto I)
Cello Suite II (Menuetto II)
Cello Suite II (Gigue)
Cello Suite III (Courante)
Cello Suite III (Bourée I)
Cello Suite III (Bourée II)
Cello Suite IV (Bourée I)
Cello Suite IV (Bourée II)
Cello Suite IV (Gigue)
Cello Suite V (Gigue)
Cello Suite VI (Gavotte I)
Cello Suite VI (Gavotte II)
Lute Suite (Praeludium)
Lute Suite III (Sarabande)
Lute Suite III (Gavotte II)

これは、コントラバスによる演奏なので、音域がチェロより 1 オクターブぐらい低い。しかも全曲ピチカートによる。なので、バッハの《無伴奏チェロ》の旋律、和声の面白さはないかも知れない。が、リズムが面白い。私は、アフリカ系アメリカ人は、ヨーロッパの舞踊音楽のリズムというものを(体質的に)得意としないと思っていた。それは、たとえば、アフリカ系アメリカ人が、その体格ゆえに、水泳に適さず、泳げないのと同様に、である・・・。

実は、私、アフリカ系アメリカ人がオリンピックの水泳に出場できないのは、人種差別ゆえである、と、思っていた。が、それは私の差別的考え(偏見)だった。アフリカ系アメリカ人は「体格的に」泳ぎが苦手らしい。アフリカ大陸は砂漠だらけで、海や川は少ない。であるから、アフリカ系アメリカ人が泳げない体格になったのは、進化論的に考えて非論理的な学説ではないと私は思う。

アフリカ系アメリカ人が泳ぎが苦手であるのと同様に、元来、彼らが、歴史上、ヨーロッパの白人文化から隔離されていたという事情からして「アフリカ系アメリカ人は、白人のリズムに弱い」「(例外があるかも知れないが主に)ヨーロッパに発祥し発展したリズム、ヨーロッパの舞踏のリズム(特に三拍子系)にアフリカ系アメリカ人は弱い」と、私は思っていた。ジャズの 4 ビートは、4分の4拍子。アフリカ系アメリカ人は、4分の4拍子のリズム感にめっぽう強いが、三拍子系に弱い、と私は思っていた。

しかし、ロン・カーターがつま弾く《無伴奏チェロ》のリズムは、有名チェリストのリズムより面白い。ロン・カーターが弾くジグ、メヌエット、クーラント、ガボット、ブーレー。それらは、クラシックのチェロ奏者が弾くそれらより、ある意味「精緻」に感じられる --- 少なくとも私はそう感じる。モダン・ジャズのリズムは、様々なリズムへの適応性、多様性があり、そのすぐれた特質を生かせば、クラシック音楽に対応できる --- ロンの演奏を聴いてそう思う。

もしかしたら私は、バッハの《無伴奏チェロ》は、ロン・カーターの以外、要らない。

【2012−2−19 追加】
ロン・カーターの無伴奏チェロ組曲は再発売されます。
ロン・カーター・プレイズ・バッハ

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コメント

KMさん
おはようございます。
は~今日は暑い中、アレルギーの病院です。薬を受け取るだけなんですが、半日かかりますね。

このCDとは別の物ですが、ロン・カータのバッハの曲を演奏したCD持っていまして、彼の特徴のように思える、低音方向によった茫洋とも思えるベースが、バッハを弾くときには、私は上手いく表現出来ませんので言葉をお借りしますが、”不思議に「精緻」に感じられる”と印象を受けます。ロン・カータ氏はバッハについて奏者としてかなり勉強をされているよう思えます。

>氏のブログが荒れる
意味を取り違えていました。私のブログも精神状態で攻撃的になったり、理論的になったりと読み返すと、精神状況の確認が出来る程です・・・
私は、友人のHPに書き込んだ際に絡まれた覚えが有り・・”鉄道事故”に関する件でしたので口の利き方が許せなかった(私鉄でアルバイトの経験があり管内で事故については大小、実際に経験していたため)のです。

>大西さん
ちょっと残念な気もしますが、本格復帰をしたのなら全盛期迄とは言わなくても彼女らしい演奏が戻ればと思いますね。期待します。

>西山さん
聴いたのでレビューは書いて見ました皆さんの様に上手くは書けませんでしたけど。
簡単な印象ですが、雰囲気を作る事は上手で挑戦(野心的)なアレンジ欧州流といいながら異なる粗野な(良い意味で)ピアノは良い印象でしたが、サイドメンと意志の疎通がとれていないような雰囲気、また北欧の奏者は少々灰汁強いと言われているので、押し負けているというような感じでした。
2枚目ですし、2007年の録音ですから追って聴いてみたい奏者だと感じました。どっちにしても社会復帰後ですが・・・お金が無い(泣)
>キズのついたディスクですが
写真の感じでは出し入れの際に(出す時の様に思えますが)ディスクの固定装置が所定位置まで下がっていないのでしょう。CD機器のタイミングが狂ってってるご様子なので、BIOSのUPの確認、そうで無ければ修理・CD並の値段のUSBの外付けタイプを利用された方が。Macはたまにあると聞いた事があります。Windows利用者なのでMacは素人なので断言出来ませんが。
>震災
いえ結局は傍観者でしか有りません。ただ不思議な縁があり、次の年・その翌年と3年にわたり、仕事で同じ季節に行ってまいりました。1年毎に変わって行く町の様子、3回目には見た目は元に戻っていました。焼けただれ廃墟になった商店街も綺麗になっていました。仕事が終わった後歩いてみて、坂の上の広場にで町を見下ろしたときの感情は複雑で、今も表現する事は出来ませんね。
翌日、社の方に湾岸地区の複合商業施設に食事に連れて行っていただいたんですが、不思議な感情にとらわれていたようで、「やっと綺麗になって食事する場所もできた」と言われた時、つい「そういえば通行止め・立ち入り禁止でしたね」と言ってしまい、怪訝そうな顔で見られてしまいました。ただ、私が毎年来ている事を思い出されたようで、「TTOSHIさん毎年来ているからご存じなんですね」とフォローしていただきましたが、恥ずかしかったですね。不思議な感覚も祖父から関東大震災や東京大空襲の話も良く聞いたのも要因かも知れませんね。
>アフリカ系アメリカ人と水泳
骨格などの人種固有の身体的な特徴はあるようですが、初期の頃は水泳の練習に必要な施設を借りる為の資金力なかったと。アフリカ諸国では施設を作ることもかなわない国が多い事が選手育成に影響していると聞いた気がします。正確な点は解りませんが。

ロン・カーター氏は、ブルーノート東京で公演された時に握手をしていただいた事があり、感動しましたね。氏も自然に対応してくれました。ベニー・ゴルソン氏は俺とはしなくて良いのかという仕草をされていました。もちろんしていただきました。印象に残る講演でした。

>このCDとは別の物ですが、ロン・カータのバッハの曲を演奏したCD持っていまして

どれですか?

>大西順子さん

彼女の CD は、全部持っていましたが、全部消失しました。

今回の火事で思うこと。
今回の火事を機に、私の音楽に対する指向性(嗜好性)が変わるであろうことです。たとえば、大西の CD は「バロック」以外は買わないでしょう。

彼女のアルバムは「楽興の時」を最後に、もう買わないつもりでしたが、もう1枚だけ買ってみようと思います(音楽は、期待しないものが良いことが多いので、消極的に期待して)。

>CDの傷の件、助言ありがとうございました。
これは(iTunes でコピーする時に)10枚に1枚か2枚の割合で、同じような傷が入ります(全部入るわけではない)。したがって、いまのところは、外付 CD ドライヴを買うのはやめておきます。

今回、傷付いてしまった「シュ・シャオメイの平均律第2巻」は、非常に気に入りましたので、傷が致命傷の場合はもう1セット買おうと思います。たとえ傷が入らなかったとしても、よいものは、もう1枚バックアップ用に持っておいてもいいなあ・・・なんて、最近思っています。今回火事にあったことで、物質的なものに対し無常観のような考えを持つようになりました。「(一度生を享け)滅せぬものの、あるべきか」

>アフリカ系アメリカ人と水泳
これは、むしろ社会的要因(経済格差)のほうが「真」かも知れませんね。

思うに、アフリカ系アメリカ人はアイルランド系、スコットランド系(ケルト系)などの音楽に弱いはず ---> ジグは、アイルランド系の音楽であるといっていいだろう ---> なのに、ロンは、ジグがうまい。 ---> なぜだ? という疑問と、

じゃあ、アフリカ系アメリカ人が水泳に弱いのはなぜだ?(本当は弱くないのか?)

という疑問・提起を無理矢理くっつけたのでした。その意味で、アフリカ系アメリカ人と水泳ということを話の枕にして「ロン・カーター」のバッハと結びつけてしまったコンテクストは、いい加減なもんです(笑

ただ、私は、機会があって、カントリー&ウエスタン系の4ビートと黒人の4ビート、について考えたことがあって、前者がアングロサクソン人によるリズムであるのに対し、後者は、アフリカ系だという仮説にたどり着いたことがあります。非常に、安直なことを書けば、カーペンターズの「トップ・オブ・ザ・ワールド」の4ビート(これはカントリー系の4ビートだと思う)をアフリカ系アメリカ人が歌っても似合わないだろう、ということです。これまた安直ですが、カントリーの4ビートは簡単にいえば「能天気」ですね。黒人の4ビートは緻密な感じがします。その違いは何か。

また、ムローヴァの無伴奏

http://koshiro-m.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-74b9.html

にあるとおり

「このジグは現代アイルランドのバンド、アルタンAltanのCDなどで聴くことができます。
「またこのダンスはアイルランド系アメリカ人の文化にも見られ、開拓時代を舞台としたドラマ『大草原の小さな家』でも、父親が弾くヴァイオリンに合わせてジグを踊るシーンがありました(ということはあの家族はアイルランドからの移民ということでしょうか)」

私の仮説は、カントリーの4ビートは、ジグから発展した。他方、黒人音楽の4ビートは南部あたり
から興った・・・すなわち黒人音楽の4ビートは「アフリカ系アメリカ人の音楽と位置づけることが可能な音楽」すなわち「ジャズ」「その起源(ニューオリンズ、デキシーランドジャズ)」さらに「アフリカ大陸のリズム」と結びつけていいと思いついたのです。

この問題も「アフリカ大陸の音楽とは?」という問題にぶち当たります。つまり、アフリカ大陸って広いですから、無数の部族や文化があり、アフリカ大陸の音楽というものを音楽学的に、または楽典的に規定するのは乱暴でしょうね(音楽にリズムを持たない部族があったり、旋律を持たない部族があったり、そもそも、音楽を持たない部族もあったり)。

というか、もし考えるとすれば、たしか、中南米のリズム楽器(打楽器)が、戦争の時、味方に信号を伝える暗号(のろしのようなもの)に使われていたということを、たしか「レヴィ=ストロースの野生の思考」で読んだことがあります。私は、どうも黒人音楽の4ビートは、モールス信号のように聞こえるときがあります。それから、シンコペーションというのは、なぜ英語なのか。音楽用語は、ほとんどイタリア語、ドイツ語、フランス語なのに・・・。イタリア語、ドイツ語では、シンコペーションという言葉がないみたいなのです(あるかもしれませんが・・・見つからない)。

話が、ぐちゃぐちゃになりました。

思いつくままに書きました。

ロンのバッハを、もっと大音量で聴きたいです。

まとまりませんでした。なんかご意見下さい。

KMさん
どうも、こんばんわ

>CD
ロン・カーター・ミーツ・バッハ(G線上のアリア)というもので1991年録音です。日本ではEMI(当時は東芝EMI)の販売でした。ロンがベースとピッコロ・ベースを被せ録りしたCDです。アリアなど11曲構成です。私の感覚ではロンの下方に向いたベースと被せたピッコロの音色が微妙な混ざり具合で面白いと感じました。下へ向いたベースは迫力がありますね。

>大西さん
私も期待は余りしていません。過去のイメージが美化されていますからね。

>CDのキズ
済みません。私が写真好きで、コンピュータ関連の仕事だったので、つい写真の分析(と言うほどではありませんが)と状況を見てしまい、癖でアドバイスまがいな事を。職業病みたいなものですね(苦笑)会社を休んでいても抜けないですね~。
私も取り出すとき誤って、ぶつけてしまい聴けなくなった事がありました。学生時代でしたので、お気に入りだったので、アルバイト代が出てから買い直しました。バックアップは理想ですが・・・なすがままというのも方法なのかな? まだ悟れていませんが。

>水泳
これは聞きかじりです。何かのドキュメンタリーだったと思います。水泳競技は施設と水という問題があるので、アフリカや資金的に余裕のないアスリートにはきついかなと思うのです。音楽的素養では、民族的な所が有るように思います。言語なのですが、私は中国語を聞くと普通の会話でも早口になると喧嘩している様に聞こえるのですが、仏人に言わせると日本語は取りのさえずりに聞こえるそうです。これはリョービのフランスでのCMでキツツキとドリルを掛けてフランスでヒットしたと言う事を聞いたのです。

>4ビート
確かにJAZZとカントリーとは全然感じが違いますね。またカーペンターズのアレンジは聞いた事がないですね。カントリーとJAZZとは完全に一線を画していますね。
アフリカのビートなのですが、私の知り合いが日韓ワールドカップの時に勝者について試合を見ることの出来るチケットを購入したのですが、アフリカ勢だった様で、応援が彼らの独特なビートで、人は良いのだが応援のビートに乗れず難儀したと聞きました。何試合かこなしてもダメだったそうです。独特な物があるのかも知れませんね。アフリカでは黒人による高度な文明がありましたから、何らかの音楽が有ったとも思えます。それが欧州の音楽で融合しやすいまた、南北戦争の軍楽の影響を受けたかも知れませんね。楽器は南軍の払い下げ品だった気がしますので。これは私が友人にクラシックを聴きたいのだけどどんなものが言いか聞いた事があるのですが、バッハを薦められました。はっきりした根拠は無いのだそうですが、JAZZを聞く人はバッハには抵抗が少ない傾向があると言われました。確かにMJQのジョン・ルイスもバッハの音楽を取り入れようとしていた様ですし。ロンもそうなのかもしれませんね。

南米で音楽が通信手段というのは有るかも知れませんね。独特のテンポがあるのかも知れません。ラテンと言っても宗主国のスペイン・ポルトガルのものとは完全に異なりますし、またインカは文字を持っていなかったと言われていますし。(見つかっていないだけかも知れないので仮定とします)そう言われるとリオのカーニバルのノリは音楽なのか、音の羅列なのか解らなくなりますね。

>ロンのバッハを、もっと大音量で聴きたいです。
これは賛成です。ロンのベースは下方向の余韻が魅力ですからね。

私も纏まりませんでした。今日は暑かったですからね~。私もずいぶんイライラしました。恥ずかしい。双極性気分障害なので致し方ないのかも知れませんが。(笑)

では。

P.s.
大西さんの部分は、私も余り期待はしないようにした方が良いですね。昔の良いイメージが美化されていそうなので。と書きたかったのですが。繋がらなかったです。

JAZZファンのクラシックの入り口がバッハなのかというのは疑問ですね。そのほかにベートーベンとも言われましたね。曲調かなじみ易いのだと言われた気がします。
マタイ受難曲はきつかったですね。難しい上、電光掲示板の翻訳文字を追わねばならないうえに、コンサートで聴いたのですが、学生コーラスが出ていて保護者関係のかたが緊張感ないので、客席がうるさくてゆっくり聴いている状況では有りませんでした。しかも大雪で列車は乱れるわで・・・まさに受難でした。 

http://www.amazon.co.jp/Sonatas-Johann-Sebastian-Bach/dp/B000003FBC/

キース・ジャレットがお好きなら、上記は、安いし、演奏も楽しいし、リコーダー奏者がうまいし、キースのチェンバロがうまいし、彼がバッハ弾きとしてクラシック音楽の専門家に負けないどころか、勝っていることがわかるという意味で良い音源だと思います。

しかし、キースが録音した最高のバッハは「平均律」だと思います。私はキースの第1巻が好きです。サンベア・コンサート(など)で、即興を極めたからこそ、彼はバッハの器楽の最高傑作ともいえるこの偉大な作品の良い演奏を成し得たのだと思います。これまた、クラシック音楽の専門家にも負けない・・・。

話が、ややこしくなりますが・・・

私は、ジャズのアマチュア・ミュージシャンと昨年、仲良くなりました。もしも、その人(女性ボーカリストさん)が、私に「バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンのなかで、誰が一番、ジャズを演奏する上で参考になるか」と問われたら、私は「モーツァルト」と答えます。

バッハとベートーヴェンは「彼らの音楽が(前者は)宗教(後者は)思想に奉仕しちゃった」という点で、ジャズと離れていると思います。勿論、彼らの作品に「純音楽」はあります。またジャズに「思想性」「宗教性」はあるでしょう。しかし、バッハの後の(後世の)作曲家がバッハを超えようとしてバッハを超えられなかったジャンルは宗教曲なのです(まさにマタイ受難曲)。

ベートーヴェンの場合は「第九」です。ブルックナーやマーラーは交響曲のジャンルで、それに近づこうとし、ワーグナーはオペラというジャンルでそれに近づこうとし、結局はベートーヴェンに「倣った」・・・という意味でベートーヴェンを超えたとは言えないと思います(こっちについては、クラシック音楽の作曲家の中でベートーヴェンがナンバーワンだと思っている私が言うことなので、真に受けないで下さい(笑)

それに対し、モーツァルトは、とてつもない量産型作曲家であり、使い捨て型作曲家であり、作曲が速い、など、ジャズに共通項が多いです(バッハ享年65才は長生きしたから作品数は多いですが、モーツァルトの年齢、享年35才で死んだんならあんなに多くないはず)。バッハとベートーヴェンはまた、リサイクル型作曲家でした(同じモチーフや旋律やリズムをリサイクルした)その上、作曲が遅筆(特にベートーヴェン)。

バッハとベートーヴェンを聴いても、アマチュア・ジャズミュージシャンをインスパイアしない・・・というのが私の意見です。

モーツァルトの即興性(朝、思いついたら、晩には完成している。年がら年中、1日24時間、作曲しているという感じ)これは、ジャズミュージシャンに求められる音楽性ではないでしょうか(ジャズミュージシャンにとって必要不可欠な感性といってもいい)。

追求した対象が、宗教だったか、思想性だった、世俗性(エンターテインメント)だったかという3つのタイプに、上記3人の作曲家を対応させるのは少し単純化し過ぎのようですが、私は、モーツァルトを聴いて「あ、これって、ジャズっぽいな」と思いますね。モーツァルトの若い頃の作品は、旋律が美しいだけでなく、楽譜が美しい。その美は、ジャズ・ミュージシャンにも見られるのではないでしょうか。

ただし、モーツァルトは、ウィーンに行って、フリーメイソンなどの思想の影響を受け始めた頃から、19世紀のロマン主義的思想性の先取りのようなものが見え始めます(ある種のロマン主義的/リアリズム的ヒューマニズム(?)ですな。それはベートーヴェンより、さらに先進的です。ドン・ジョヴァンニとかコシ・ファン・トゥッテとか)(つづく)

KMさん おはようございます

キース・ジャレットはノーマークでしたね。彼は、私がJAZZを聞き始めた時には、キースの名を出せば何でもOKのような感じになっていたので、評価もAmazonの高評価同様褒めちぎりで批判することをタブーとされていましたから、落ち着いてからゆっくり聴いてみようかなと思っているうちに疎遠になってしまいました。正直、異様な盛り上がりでどれから聴けば良いのか判断出来ず回避してしまったと言うのが本音でしょうか。
TVでたまにみるLiveの情熱的な演奏に興味有りましたしサイドメンの生かし方も悪くはないな~っと思っていましたのですが。
ご指摘の3人はCDを持っています。クラシックはメインでは無いので少ないですが。そのボーカリストさんの意見は奏者として正しいにかも知れません。モーツアルトの多作・直感的な作曲は奏者には参考になるのではと思います。
私の場合、まったくのクラシック初心者であったので、友人としてはクラシックの初心者向けベスト盤から(と言うのか不明ですが・・私が選んで確認したらそれが最初はそれで良いんじゃない安いし曲もメジャーだし指揮者もオケも悪く無いしとの反応)それから聞き慣れた曲が多い、バッハやベートベンを推薦したのかもです。似たような事例があったのでは無いでしょうか。聴き手と奏者では感覚に差があるのかも知れませんし、個人の好みもありますし。ただ前者は作品が多く、マタイ受難曲のように難易度の高い曲ではないものもあるし、(マタイのコンサートに誘われたとき、難しい曲だから無理しないくて良いしCDをレンタルして1度聴いてからと言われましたし)ベートベンも曲の知名度高く初心者には耳慣れているという事でな無いでしょうか、しばらくしてから、ご指摘の様に、売り場で悩んでいいたらモーツアルトの晩年の曲では無いと思いますが、これならたぶん楽しめるよと渡されました。友人の考え方があったのかも知れません。
初心者で悩む私に勧めた順序を見るとKMさんのご意見がも友人の話も無理のないクラシックへの入り方なのかも。
私がJAZZ初心者に勧める場合も、コルトレーンの後期作品やオーネット・コールマンは最初にはすすめません。良い奏者なのですが、初心者には取っつきづらい感がしますから。
フュージョンファンならハンコックの初期作品、ソニー・クラークあたりでしょうか。慣れたらロリンズやヘレン大西(休養前)・山中などを進めますね。その後は、自分で探していけるか好みに合わせてと言う感じですね。


キースはゆっくり品定めをして聴いて見たいですね。今なら変な賞賛がつかない分ゆっくり聴けそうな気がします。今はTUTAYAのネットレンタルという入り方もありますし。(商品数が豊富なので)
ただ、現在の私が日本の財政と同じなので、事業仕分けしながらになりますが・・・・やはり健康が一番です。

KM です。

(前のコメントのつづき)
ベートーヴェンが、ジャズとつながらないもう一つの理由は、彼の音楽が、徹底的に「論理的」であること・・・。というか「ベートーヴェンの音楽が思想性を持つこと」より、むしろ「ベートーヴェンの音楽が徹底的に論理的であること」のほうが「ベートーヴェンはジャズと距離がある」と思います。

論理にこだわるジャズ・ミュージシャンも存在するかも知れませんが、論理を武器にしたジャズ・ミュージシャンはいないと思います(ベートーヴェンの魅力は「論理的であること」という意味では、彼は論理を武器にした)。そんなことしたら、本当にジャズは面白くなくなる・・・と思いますが・・・。チャーリー・パーカーの音楽やマイルスの「モード奏法」は論理的ではあっても、それは「手法」であって、魅力じゃないと思います。

アメリカ音楽とは

リズムの問題に限らず、私は、アメリカ音楽を一度、総括してもいいのではないかと思います。
私は「ヨーロッパ音楽史は意外に簡単に集約できる」それに対し「アメリカ音楽史は、集約できん」と「行きつけのジャズ喫茶」のマスターに言ったら、その人に一蹴されました。が、じゃあ「アメリカ音楽とは何か?」に、答えはあるでしょうか。

私はアメリカの作曲家を3人あげよと言われたら、ジョージ・ガーシュイン、アーロン・コープランド、サミュエル・バーバーをあげますが、ガーシュインとコープランドは、ロシア系ユダヤ人なんです。ベニー・グッドマンもロシア系ユダヤ人です。さらに、レナード・バーンスタインもロシア系ユダヤ人です。アメリカ音楽界は、ロシア系ユダヤ人が多いですね。
クラシックのヴァイオリニストのアイザック・スターンとか・・・。

「白人音楽、ロシア系ユダヤ音楽、アジア音楽、アフリカ音楽(私はユダヤおよび黒人音楽はアジア・アフリカ系音楽だと思っています)その他もろもろがアメリカでどのように、移民によりもたらされ、輸入されまたは興り、発展し栄えたか」を、そろそろ、だれかにまとめてもらいたいですね。

カントリーはメキシコ音楽と仲がいいと思います。アパラチアンから、メキシコへ。そして、そもそも、TTOSHIさんがご指摘のごとく「中南米には中南米独自の音楽」があった。

そんなことを考えると、北米から南米に至る新大陸の音楽は、ヨーロッパ音楽よりむしろ複雑だと私は思うのです。そして、私は、誰かが(あるいは我々が)アメリカ人の音楽を、一度、整理しないと、まさに「ジャズってなに?」という問いにも答えられないのではないかと思ったりします。

(TTOSHIさんのコメントへ)

>キース・ジャレット

彼の「サンベア・コンサート」は、一度聴いただけで燃えてしまった。やはり、買い戻すだろう。

>私がJAZZ初心者に勧める場合も、コルトレーンの後期作品やオーネット・コールマンは最初にはすすめません

私には苦い経験があります。

実は、いとこがロカビリーバンドをやってます。彼は「4ビートを極めた」と自負しています。彼はモダン・ジャズをまったく知りません。3年ほど前、彼が私に「ジャズを知りたいので、聴かせて欲しい」と言い出しました。そして、私の家を訪問しました。さらに「ジャズのライヴを聴きたい」との彼のリクエストに応え、私は彼をジャズのライブに連れて行きました。

その折、私が彼に聴かせた音源は、ビリー・ホリデイ、チャーリー・パーカー、セロニアス・モンク、マイルス、大西順子。なるべく分かりやすいものを聴かせました。その結果、彼がいうには「ジャズは全然面白くない。そもそも、こんな音楽なら私は既にマスターしている」
現在、彼は、モダン・ジャズを軽んじています。彼がモダン・ジャズを理解できないのであればそれは問題ないのですが、彼がモダン・ジャズを「理解したつもりになり、そのうえで軽視している」のであれば、それは問題だと思います。

いま思えば、コルトレーンの「アセンション」のみを聴かせれば良かった。

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