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2009年8月16日 (日)

ショルティのマタイ受難曲


Solti


マタイ受難曲
シカゴ交響楽団、同合唱団(合唱指揮:マーガレット・ヒリス)
ゲオルグ・ショルティ

Hans Peter Blochwitz: Evengelista
Olaf Bär: Jesus
Kiri Te Kanawa: Soprano Arias, Uxor Pilati
Anne Sophie von Otter: Alto Arias, Testis I
Anthony Rolfe-Johnson: Tenor Arias
Tom Krause: Bass Arias, Judas, Pilatus, Hohepriester
Richard Cohn: Petrus
Patrice Michaels: Ancilla I
Debra Austin: Ancilla II
William Watson: Testis II
Chicago Symphony Chorus (Chorus Director: Margaret Hillis)
Chicago Symphony Orchestra
Sir Georg Solti
録音:1987年、シカゴ、オーケストラ・ホール

ショルティのマタイ受難曲は、デジタル録音のマタイの中では、私が気に入ってる数少ないものの一つである。

この演奏の解説は、@TOWER.JP に良い解説が書いてあるので、私は、3点だけ書く。

1. 第62番のコラール、すなわち、イエスが絶命した直後に歌われる有名なコラールは私の胸にジーンと来る。マタイ受難曲は演奏時間が長い。正直言って、退屈させられる演奏が多い。しかし、ショルティのマタイは違う。

2. 第12曲のソプラノ・レツィタティーフ
Wiewohl mein Herz in Tränen schwimmt,
(私の心は涙の中に浮かんでいます)
Daß Jesus von mir Abschied nimmt,
(なぜならイエスが私に別れの挨拶をするからです)
So macht mich doch sein Testament erfreut:
(ですが彼の契約が私を喜ばせます)
Sein Fleisch und Blut, o Kostbarkeit,
(彼の肉と血 ああ 尊い物を)
Vermacht er mir in meine Hände.
(彼は 私の手に遺してくれるからです)
Wie er es auf der Welt mit denen Seinen
(彼は この世にあって 弟子たちに)
Nicht böse können meinen,(完了形, hatの省略)
(悪意を持つことができなかったように)
So liebt er sie bis an das Ende.
(終わりのときまで 弟子たちを愛するのです)

第6行目の「denen Seinen」の「denen」は指示代名詞なので「弟子」を指すと考えても良いのではないだろうか。つまり「denen Seinen」=「12使徒」

ちなみに専門家の訳では「denen Seinen」は「おのが者ら(杉山好訳)」「従う者たち(礒山雅訳)」と訳されている。杉山、礒山訳では「denen Seinen」は(ニュアンスとして)不特定多数を指すことになる。杉山、礒山訳もたしかに、「12使徒」を含めてイエスに従った者たち、イエスを信じた者たちというニュアンスになると思う(それは誤訳ではない)。しかし、ショルティ盤のテ・カナワは、「denen」を強調して歌っている。ドイツ語は特定の語を強く発音すると意味が変わる。「denen」は「それらの」の意味である。「Seinen」は「彼の家族、味方、部下」の意味がある。したがって「denen Seinen」の「denen」を強く発音すれば、「それらの」が強調され、意味としては「『それらの』イエスに従った者たち」のニュアンスになると思う。

このレツィタティーフが、ぶどう酒とパンによる新しい契約(新約)がなされる場面(マタイによる福音書 第26章 第26節)を受けていることからしても、「イエスに従ったそれらの者たち」は、イエスが最初に新しい契約を結んだ「それらの者たち」すなわち「12使徒(ユダをのぞけば11使徒)」を指すと考えても良いと思う。そして、テ・カナワに、そのように歌わせているのは、ショルティであると思う。とにかく、ショルティのマタイは言葉が聴く者にストンストンと入ってくるような気がする。だから退屈しないのであろう。

比較するために同じ箇所(denen Seinen)をガーディナー盤で聴いてみたら、同じように「denen」を強調していた。しかし、ガーディナー盤を含め(ショルティ盤以外の)どの演奏を聴いても、 私は、上記のことに気づかなかった。その理由は、やはり、ショルティが、言葉(ドイツ語)を、より重視した指揮をしているからだ...というのが、私の主観的意見である(ちなみに私はマタイ受難曲を19種類持っており、かなり聞き込んでいるつもり)。

歌手は、テ・カナワとフォン・オッターが意外に(?)よい。男性歌手たちも健闘している。それから、合唱と合唱指揮者も上手い...といいたいところだが...

3. 録音が悪い?
せっかくのオケと合唱の名演なのに、この音盤は多分録音悪いかも...。少数精鋭の古楽と比較するのは酷だが、やはり、マタイ受難曲という音響的にすぐれた作品の録音としては(新しい録音のわりには)サウンド的に良くないと思う。ただし、独唱の音はよく録れている。


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