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2009年7月 6日 (月)

シャイーのマーラー:交響曲全集(3)

Ursula
聖ウルズラ
Cecilia
聖セシリア


MAHLER
THE SYMPHONIES
RICCARDO CHAILLY
ROYAL CONCERTGEBOUW ORCHESTRA
Symphonies No. 1 - 9
RADIO - SYMPHONIE - ORCHESTRA BERLIN
Symphony No. 10

CD 4
交響曲第4番ト長調
2. 第1楽章 18' 11
3. 第2楽章 9' 39
4. 第3楽章 20' 43
5. 第4楽章 9' 42
バーバラ・ボニー(ソプラノ)
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
1999年9月録音

第1楽章
再現部の第2主題が主調(ト長調)で再現されるところは、あまり強いカタルシスを感じさせない。多分、バーンスタインやティルソン・トーマスではもっと効果的だったと思う。

第4楽章
Kein Musik ist ja nicht auf Erden, die unser verglichen kann werden.
私たちの音楽に比べられる音楽が地上にあろうか。

の前のところで、第1楽章のイントロが強奏されるところが効果的でなく、不自然である。

ところで、私はシノーポリのマーラー:交響曲全集(4)で、

聖ウルズラは一万一千人の乙女とともに殺された聖女。聖チェチリアとその一族もまた残酷に殺された殉教者。そういう聖女たちが天国では楽しくに暮らしているはいいのですが、やはり彼女らの残酷な最期を知ると、その落差に不気味さを感じます。

と書いたが、聖チェチリア(聖セシリア)のほうは、殉教者ではあるが、それほどひどい殺され方をした人ではないようだ。wikipedia に「音楽家と盲人の守護聖人」とある。私は「あの世では喜びを与える聖人が、この世では地獄のような殺され方をした。あの世は天国だが、この世は地獄」という対比、皮肉、厭世主義を、マーラーは、この第4交響曲で歌ったと捕らえていたが、必ずしもそうではないような気がしてきた。しかし、仮にそのような気味の悪い題材ではないと捕らえたとしても、この第4交響曲の第4楽章は演奏するのが難しいと思う。

シャイーのマーラー:交響曲第4番。その第1 - 3 楽章はシノーポリのより良く、第4楽章はシノーポリに負けると思う。

あと、この第4交響曲をスコアを見ながら聞いてみて思ったが、これは、第5交響曲につながり深いと思った。第 2 - 4 交響曲を『角笛交響曲』としてひとまとめにしているが、それに第5番を含めてもいいのではないかと私は思う。その点については、また後日書くことにする。

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