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2009年7月31日 (金)

大地の歌 聴き比べ(2)

まず『トロンボーン吹きによるクラシックの嗜好』にすぐれた解説があるので、そちらを先にお読みになったほうがいいと思います。

マーラー:大地の歌/大植英次 [RR]
マーラー:大地の歌/ブーレーズ [DG]
マーラー:大地の歌/マイケル・ティルソン・トーマス [SFS Media]


Klemperer


オットー・クレンペラー
クリスタ・ルートヴィヒ(メゾ・ソプラノ)
フリッツ・ヴンダーリヒ(テノール)
Philharmonia Orchestra, New Philharmonia Orchestra
1964-66年録音

ヴンダーリヒは、数ある大地の歌のテノールパート歌唱のベストだと思う。第1楽章、高音域にいっても発声において声質が変化しない。分かりやすくいって高音がうわずらない。どの音域も均等な発声に聞こえる。激しく歌っているがまったく無理を感じさせない。おそるべき歌唱力。そういう歌い方は、第1楽章の激情と達観の両義性にピッタリあっている。それからドイツ語の発音が美しい。本当にこの人の歌唱は「達観」という言葉はピッタリであり、ドイツ語が良く伝わる。それに比べ、ルートヴィヒの歌唱は面白くない。細いヴィブラートが耳障り。それはシュワルツコップの歌い方に似ているが、それはシュワルツコップがやるからいいのであって、ルートヴィヒが真似をしても意味ないと思う。どうせ真似をするなら、そっくりさんと思えるぐらい真似をしたほうがましだったと思う。クレンペラーの指揮は、言及すべきことは特に無し。


Oue


大植英次
Michelle DeYoung(mezzo-soprano)
Jon Villars(tenor)
Minnesota Orchestra
1999年

私はこの演奏が一番好きだ。「トロンボーン吹きによるクラシックの嗜好」にもあるとおり、テノールのヴィラースの歌唱はリズムが狂っているような感じがある。デヤングはドイツ語の発声がイマイチで、意味がダイレクトに伝わってこない。そういう欠点を補っても余ある大植の指揮は、表情豊かだが、なんとなく座りの良い演奏であり、盛り上がる。第6楽章を聴き終えたあとは「ああ、いい歌を聴かせてもらった」としみじみ音楽に浸りきった快感を感じる。それは、客観的データからも分かる。大植の演奏は、テンポの遅いクレンペラーの演奏より演奏時間が長いのだ(前者が66分37秒、後者が64分5秒)。が、(大植の演奏のほうが)短く感じる。実は私が「大地の歌聴き比べ」をするきっかけになったのは、この大植の演奏と、その演奏についての「トロンボーン吹きによるクラシックの嗜好」の解説文だった。そして「大植を超える演奏はあるか」という探求が目的だった。が、それは結局見つからなかった。ただし、それは、私の好みに照らしてであり、大植の大地の歌が決定盤であることを意味しない。


Boulez


ブーレーズ
ヴィオレッタ・ウルマーナ(メゾ・ソプラノ)
ミヒャエル・シャーデ(テノール)
Vpo
1999年

私は、ヴィオレッタ・ウルマーナが非常に気に入った。私はこの人の歌唱を聴いたとき、彼女はドイツ語圏の出身なのかどうかわからなかった。というのは、彼女のドイツ語の発声はうまいのだが、ドイツ人の発音には聞こえなかったからだ。この人は、リトアニア出身だった。ブーレーズが彼女の歌唱をもり立てていると言うべきだろうが、私は逆に、ウルマーナが、ブーレーズの指揮をもり立てているという感じがする(第6楽章)。彼女の歌唱は、非常に落ち着いている。第6楽章で、もう音楽が終わったかと思うところで、最後の"ewig"が弱く歌われる。最後の"ewig"は美しいというより、この作品の命であり意味であろう。ウルマーナはそれを、おそらく偶然の産物ではなく、頭で理解して歌った(ただし断言できない)。ところで、くだんの第4楽章の早口で歌われるところは、私も何を歌っているのか聴き取れないので、下に訳してみた。

Das Roß des einen wiehert fröhlich auf,
Und scheut, und saust dahin,
Über Blumen, Gräser wanken hin die Hufe,
Sie zerstampfen jäh im Sturm die hingesunk'nen Blüten,
Hei! Wie flattern im Taumel seine Mähnen,
Dampfen heiß die Nüstern!

一頭の馬が陽気にいななく
(多分騎手の一蹴りに)おそれて暴れ そしてドンドン駆けて行く
ひづめは花々や草々の上をよろめく(多分後ろ足だけで立ったりして)
ひづめは花々を踏みつぶす その急な嵐に花々は地に落ちる
ハイ!(酔いしれたように)よろめく中 たてがみがはためく
熱い息をだす馬の鼻よ!(多分息を切らせた)

上は全部馬の描写であった。(私の印象では)一頭の馬が急に走り出し、そして息が切れたので止まった。その一瞬一瞬の馬の動作の描写。その短い時間を一気に描写しているので、マーラーの音楽もテンポが速いのだろう。「dampfen」には「湯気を出す」という意味があるが、この詩は(花が咲いている季節なので)真冬ではない。したがって、馬の鼻息が湯気のように見えるのではなく、ただ熱いということだろう。


Thomas


マイケル・ティルソン・トーマス
Thomas Hampson(baritone)
Stuart Skelton(tenor)
San Francisco Symphony Orchestra
2007年ライヴ録音

まず始めに言っておくが、21世紀のわれわれが聴くフィッシャー=ディースカウの大地の歌における表現は大袈裟過ぎるし古臭い。それにもかかわらず、私は男性歌手が歌った偶数楽章の歌唱としては、ディースカウがベストだと思う。ディースカウが歌うリートは上手すぎて、鼻につくものが多いが、大地の歌はなんだかんだ言っても上手いと思うし、それはディースカウの数少ない成功例だと思う。それに比べると、トーマス・ハンプソンは弱い気がする。どこが弱いかは、後日書く。なぜなら、私は、ティルソン・トーマスのマーラー:交響曲全般に対し疑問を抱いているからである。彼のマーラーは、大地の歌のほか第1, 4, 5番しか私は持たない。いまティルソン・トーマスの第7番を注文しているので、それを得てからティルソン・トーマスのマーラー解釈をさらにじっくりと研究したい。


Nagano


ケント・ナガノ
Christian Gerhaher(baritone)
Klaus Florian Vogt(tenor)
Orchestre Symphonique de Montréal
2009年ライヴ録音

結論から言うと、これは良いと思う。

ただこの CD は変である。一応、ソニーの商品のようだが、OSM(Orchestre Symphonique de Montréal)のロゴも入っているので共同制作かも知れない。このCD盤は半分 OSM が自主制作したナガノのお披露目公演(ではなくお披露目CD盤かな?)かも知れない。ところがその辺りのいきさつが、ライナーノートに書いてない。それから、ジャケットのデザインが悪い。見開きにすると、ナガノの顔写真が2枚並ぶのが、うっとうしい(下図)。それぐらいなら、まあ普通の手抜きだが、もっと変なことがある。このリーフレットには、大地の歌のドイツ語テキストとその対訳(輸入盤なので英語対訳)が付いてない(もしかして付け忘れ?)。これを買った英語圏、フランス語圏の人は、何を歌っているのか分からずに、この演奏を聴くことになる(ただし各曲についての解説は付いている)。さらに、もっと変なことがある。この録音は下記のとおりライヴとスタジオ録音の合体なのである。いや、ライヴ録音とスタジオ録音の合体ということ自体は構わない(というかこの音源は、そんなことは気にならない出来だと思う)。しかし、そのいきさつがライナーに書いてない。

Recording dates:
13 (live), 14 (live) and 15 (studio) January 2009; 15 February 2009 (overdub with Klaus Florian Vogt)

Recording venue:
Salle Wilfrid-Palletier, Place des Arts, Montréal (January) and BavariaMusikStudio, München (February)

以上色々ケチをつけたが、それらは、この商品を評価する時、本質的なことではない。一番気になるのは、録音つまり音質である。例によって私のオーディオ装置は骨董品なのでよくわかないが、どうなんだろう。この録音はひどく悪くはないが、ナガノの音を伝えているのかどうかはわからない。

この盤は、Gerhaher(ゲルハーエル、ゲルハーヘル、ゲルハーアー)の美声が気に入った。聴きやすい演奏である。そのかわり聴き応えはない。にもかかわらず、私がこの演奏を推すのは、この演奏がグールドの下記の言葉(有名なコンサート・ドロップアウト・インタビューから)に、真っ向から対抗する演奏であると思うからである(ナガノの演奏は聴き応えないが、やっぱり大地の歌は名作だと思わせる)。グールドは西洋的ポリフォニー(および対位法)しか知らなかったようである。東洋音楽にもポリフォニーはある。日本の音楽もポリフォニーを持つ(小唄、端唄でさえ歌と三味線はまったく違う旋律を同時に演奏する)。


I happen to be a bit of a connoisseur where the Mahler 2nd and the Mahler 8th are concern, I think they’re quite the best of Mahler, I think that Mahler was at his best contrapuntally bombastic, and at his worse being influenced by Chinese poetry, I don't think really think that aaam, the thinness of Mahler as represented by Das Lied and Kindertotenlieder in the 4th Symphony shows what he really could do, not only orchestra but as a contrapuntal craftsman aaa I think that that great glorious mass of texture that we aa saturate ourselves with in the 2nd and 8th symphony, is what Mahler was all about

マーラーの2番と8番に関しては私はちょっとしたマーラー通なんですから。この2曲はまったくマーラーの傑作だと思っています。私は、マーラーが対位法的に大言壮語する場合がマーラーの最高とみなし、中国の詩の影響を受けた場合が最低だと思っています。私には「大地の歌」や第4交響曲の「亡き子を偲ぶ歌」(「子供の不思議な角笛」の思い違いか --- 訳注)の希薄さが、オーケストラの処理ばかりでなく対位法の名匠としてのマーラーの本領を示すものであるとは、とても考えられません。われわれが第2および第8交響曲で夢中になる、あのテクスチュアの偉大な輝くばかりの塊(かたまり)こそマーラーのすべてだと思います。

Nagano2

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