« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »

2008年11月22日 (土)

ヒラリー・ハーンを追っかける(6)


Photo_3




Johannes Brahms
Concerto in D Major for Violin and Orchestra, Op.77

I. Allegro non troppo 23:14
II. Adagio 9:31
III. Allegro giocoso, ma non troppo vivace 7:41

Igor Stravinsky
Concerto in D for Violin and Orchestra

I. Toccata 4:51
II. Aria I 4:27
III. Aria II 6:07
IV. Capriccio 5:31

Hilary Hahn, violin
Academy of St. Martin-in-the-Fields, conducted by Sir Neville Marriner
2001年録音
SONY

ヒラリー・ハーンという人は本当につかみどころのない人だ。

デビュー第4作に当たるこのブラームス&ストラヴィンスキーで、こけた ... と、思っていたのだが、久しぶりに聴いてみたら、良かった。

この人は、三大 Vn 協奏曲の一つと言われるブラームスの Vn 協奏曲に、あまり敬意を払ってない ... というか ... この演奏は新しい。ブラームス的に弾いてないと思う。私にとってブラームスと言えば、Pf 協奏曲第2番のように、交響曲のような協奏曲を書いた人というイメージがある。したがって、この作品77も、交響曲的スケールを目指さなければならないと思っていた。しかし、そうではなかった。すなわち、ハーンは前作のバーバーやメイヤーと同じようにブラームスを弾いているという気がする。つまり、普通の協奏曲として弾いている。考えてみれば、それでいいのだ。よく聞いてみたらこの作品は普通の協奏曲だった。といっても、ハーンがまったく、普通に弾いてるかというと、そうではなく、かなり、自己主張している(あたかもブラームスはかく演奏されるべしというハーンの自己主張)。にもかかわらず、彼女が何が言いたいのかわかるまで時間がかかるのは、なぜかと言うと、演奏が徹底的にクールだからだ。

ストラヴィンスキーにしても、まったく同じことが言える。これも普通の協奏曲のように弾いている。あたかも、ストラヴィンスキーを難しく弾いたり、聞いたりするのは間違いだとハーンは言ってるかようだ。
やすやすと弾いてるし、さらに言えばあたかも「ストラヴィンスキーは迎合的な人だったから迎合的に弾くのが正しい」と主張しているかように聞こえる。

ハーンはすごい。生意気かつ恐るべき天才だと思った。脱帽。

このアルバムにおいて、あまり自己主張しないマリナーと組んだのもうまいと思う。

最初に書いておかなければならなかったが、私はブラームスという作曲家は好きではない。だから、クールでもホットでも、実はどっちでもよい。

ストラヴィンスキーの Concerto in D についても、私はいままで、あまり聴いたことがなかったので、よくわからない作品だったし、気に入った演奏というものはなかった。しかし、ハーンの演奏は気に入ってしまったし、作品の意味もわかったような気にさせられた。

さらに書けば、ブラームスについては、ユリア・フィッシャーの一生懸命な演奏が気に入っていたが、いまは逆転した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月20日 (木)

ルチア・ポップの4つの最後の歌とリヒャルト・シュトラウス歌曲集

では、リヒャルト・シュトラウスの「4つの最後の歌」と歌曲集は、どれが良いかというと「4つの最後の歌」については下記オムニバスアルバムが良い。

Popp1

・曲目
ブレンターノの詩による六つの歌 作品68
1. 夜に
2. わたしは花束を編むつもりだった
3. そよげ、やさしいミルテの樹よ
4. あなたの歌がわたしの心にひびいたとき
5. 愛の神
6. 妻たちの歌

エディタ・グルベローヴァ
1991年録音


献身 作品10の1
母親の自慢話 作品43の2
わが子に 作品37の3
東方から訪れた三博士 作品56の6
春の饗宴 作品56の5

カリータ・マッティラ
1991年録音


四つの最後の歌

九月
眠りゆくとき
夕映えに

ルチア・ポップ
1993年録音

マイケル・ティルソン・トーマス指揮
ロンドン交響楽団
SONY

これは、ルチア・ポップがなくなった年に録音されたもの(享年54歳)。文字通り、ポップの「最後」の歌、白鳥の歌となったもの。
しかし、たんに、ルチア・ポップへの感傷的な思い入れで聴くから良いのではなく、歌唱が素晴らしい。真摯に歌っている。
「真摯に歌っている」というのは、どういうことかというと、歌手にしても器楽演奏家にしても誰もが真摯に演奏するだろうが、いくら真摯であっても、演奏が下手だったり解釈が間違っていたりしたらダメである。ルチア・ポップという歌手は、つねに技巧・解釈が優れていたとともに真摯であった...という言い方も抽象的であるとするならば更に具体的に書く。

「4つの最後の歌」はヘッセの3つの詩が取り上げられている。曲順については、初演時は「眠りにつくとき」「九月」「春」「夕映えに」の順番であったのだが、現在、多くの歌手が歌っている曲順が良いと思う。というのは、ヘッセの3つの詩は「春」が彼の若いときの作でロマン的であり文字通り若々しい力を感じさせ元気である。「九月」は円熟期の作風を感じさせる。「眠りにつくとき」は、ヘッセの奥さんが精神の病を得、自らも精神的に病んでいたときの作品...よって、ヘッセの詩作の順に従えばこの順番が良いであろう。

ヘッセの3つの詩のあとにアイヒェンドルフの「夕映えに」を持ってくるのは、この曲が一番長いこともあるが、死をテーマにする曲であるからであろう。しかしもともと、シュトラウスがこの作品群「4つの最後の歌」を着想したのはアイヒェンドルフの「夕映えに」に曲をつけることきっかけだったらしい。現に「夕映えに」が一番先に作曲されている。

「4つの最後の歌」を作曲順に忠実に歌うという歌い方の選択肢まで考えれば、曲順は、あるいは演奏家が自由に決めたほうが面白いかも知れないが、曲順がどうであれ、歌手は、これらの4つの歌の性格を歌い分けなければならない。ルチア・ポップはそれができている。彼女のドイツ語は美しいし、ヘッセとアイヒェンドルフの詩がよく理解できるドイツ語の発音をしている。マイケル・ティルソン・トーマス&LSOの伴奏も優れている。これを聴くと、ルネ・フレミングの歌唱は足下にも及ばない...と、言ってしまいたくなるほどである。

歌曲集も下記のポップのが素晴らしい。これは長く廃盤になっていたが現在手に入るようになったようだ。
これは、サヴァリッシュのピアノ伴奏が非常に素晴らしい。
リスナーは、最初の作品10全8曲から彼女の歌唱に吸い込まれてしまうであろう。

マーラーが取り上げたアルニム・ブレンターノの詩集「子どもの不思議な角笛」から「15ペニヒで 作品36の2」のアイロニカルは絶品。

ピアノ伴奏によるリヒャルト・シュトラウスの歌曲は、夜中にしんみり聴くと幸せになれる。

1984年録音。


Popp2



リヒャルト・シュトラウス歌曲集/ルチア・ポップ/ヴォルフガング・サヴァリッシュ(ピアノ)
TOCE - 14189
EMI

なお、この商品には日本語歌詞対訳が付いていません。私が訳したものをアップしましたのでご参照下さい(下記)。

リヒャルト・シュトラウス歌曲集日本語歌詞対訳


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月19日 (水)

フレミングのリヒャルト・シュトラウス(4つの最後の歌)


Fleming


RENÉE FLEMING
FOUR LAST SONGS
RICHARD STRAUS: SONGS & ARIAS
MÜNCHNER PHILHARMONIKER
CHRISTIAN THIELEMANN

Vier letzte Lieder

Ariadne auf Naxos
Ach! Wo war ich? Tot? ...
Ein Schönes war: hieß Theseus - Ariadne ...
Es gibt ein Reich

Verführung, op. 33 no. 1
Freundliche Vision, op. 48 no. 1
Winterweihe, op. 48 no. 4
Zueignung, op. 10 no. 1

Die ägyptische Helena
Zweite Brautnacht!

Recorded live in Munich, 2008

いま「4つの最後の歌」を歌える歌手が少ないので期待して買ったが、結論を先に言えば、面白かったが期待はずれ。これは、ティーレマンとミュンヘンフィルが伴奏なので買ってみた。そうでなかったら買わなかったかも知れない。フレミングが「4つの最後の歌」を歌うのは、アバド指揮で聞いたことがあった...というか見たことがあった。たしかアバドが、トリスタンの第2幕を演奏会形式で演奏したテレビ番組で一緒に放送されたのを見たと思う。そのときの演奏に特によい印象はなかった。

ティーレマン&ミュンヘンフィルには、期待しているので、よい演奏を期待したが、これは、それなりに楽しませる演奏ではある。オーケストラは、多分ヴァイオリン対向配置だと思う。フレミングの歌唱もところどころ面白い。「4つの最後の歌」は多くの名唱が存在するので、彼女も新しい歌い方にチャレンジしなければならなかったのだろう。そこが聴きどころ。
ティーレマンとフレミングのコンビは品がないという点で、相性が良いと思う。あまり聴いたことがなかった「誘惑」「したわしき幻」「冬の聖化」の3曲が、むしろ面白かった。2つのオペラのアリア(アリアドネ、エジプトのヘレナ)はうまいのか、どうなのかわからない...というより、あえて言えば、特筆すべき魅力はない。

フレミングのドイツ語は、歌い慣れている「4つの最後の歌」はまあまあだが「誘惑」「したわしき幻」「冬の聖化」の3つの歌曲は、あまりうまくないと思う。藤村実穂子のドイツ語がうまいと言われるゆえんがわかる。

・追記
「4つの最後の歌」「誘惑」ほか3つの歌曲を訳してみました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月18日 (火)

シモーネ・ヤングのブルックナー4番


Young

Anton Bruckner
Symphony No. 4 "Romantische"
E-Flat Major, original version 1874
Simone Young
Philharmoniker Hamburg

2007年、ハンブルクにおけるライヴ録音

1. Allegro 19:54
2. Andante quasi allegretto 18:28
3. Sehr schnell. Trio. Im gleichen Tempo 12:45
4. Finale [Allegro moderato] 18:53

Total 70:01

この人の指揮は、音色の変化が華やかだが、そのテクスチュアは決して完成されたものではなく、むしろ未熟で粗く聞こえ、それがかえって新鮮さを感じさせ心地よい。それは、このヴァージョンが初稿版であるからだろうか。さらに、この人の表現においては、本来この作品が持つ魅力が至る所から聞こえてくるような気がする。たとえばあっけらかんとしたポリフォニーなどから...

この作品が「ロマンチック」と呼ばれる所以は、巨匠たちの演奏や過去に良い評価を受けた演奏(シノーポリなど)より、むしろシモーネ・ヤングの演奏から聴き取れるような気がする。それは、彼女の第4番が初稿版であり、年を重ね大成したブルックナーの作曲技術で書き改められノーブルに生まれ変わった改訂版の様式美より、未完成な天真爛漫さを持つからかも知れない。

この演奏を聞いたあとに、比較のために、他の指揮者による改訂版を、改めて聴き直してみると「ブルックナーは受けを狙って改訂しちゃったんだなあ。初稿版のままでもよかったのに」と思わせられるのが面白い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月14日 (金)

Amazon お買い得ウィジェット

|

2008年11月 3日 (月)

ヒラリー・ハーンを追っかける(5)


1

再び、

J.S.バッハ
無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第3番 ホ長調 BWV1006
無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第2番 ニ短調 BWV1004
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ 第3番 ハ長調 BWV1005
ヒラリー・ハーン
1996、1997年録音


無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲/シゲティ/1955,56年録音
無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲/シェリング/1967年
無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲/アーヨ/1974,75年
無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲/ミルシテイン/1973年
無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲/クレーメル/1980年
無伴奏ヴァイオリン・パルティータ Nos. 1 - 3/ムローヴァ/1992-93年
無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲/Rachel Podger/1997-99年
無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲/加藤知子/1999-2000年
無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲/クレーメル/2001,02年
無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲/Julia Fischer/2004年

いろいろ聴いてみたが、私は、ハーンので十分。
理由は大したことない。
私はもともと、この作品群があまり好きではないから、全曲通して聴くことの意義がわからないし、全曲通して聴くのが疲れる。だから、ハーンの3曲だけで十分。
第2に、ハーンの初々しさ。それだけで十分。彼女の演奏は、演奏者の(つまりハーンの)技術と感性がダイレクトに伝わる。そのストレートさが良い。
彼女の「パルティータ 第2番 ニ短調」は素晴らしい。
たしかに、この作品群を深く聴こうと思えば、ハーンの「パルティータ 第3番 ホ長調」「ソナタ 第3番 ハ長調」は退屈するだろうが、それらも BGM として聴くのは心地よい。
この作品群は、老獪な演奏や凝った演奏や難解な演奏が、あだになる...とは勿論断言しないが、その傾向はあると思う(ムローヴァは彼女らしくなく難しい演奏をしていて良くないと思う)。

上記ハーン盤の録音は、エコー付きの音のわざとらしさが、かえっていいい。

【追記】
ヒラリー・ハーンを追っかける(1)を参照して下さい。


 


 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »