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2008年10月 6日 (月)

ベートーヴェンの《ミサ・ソレムニス》作品123を聴き比べる(3)

Kubelik



Beethoven
Missa solemnis, op. 123
Helen Donath, Sopran
Brigitte Fassbaender, Alt
Peter Schreier, Tenor
John Shirley-Quirk, Bass
Chor des Bayerischen Rundfunks
Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks
Rafael Kubelik
1977年3月10日、ライヴ録音、ミュンヘン、ヘルクレスザール
ORFEO

演奏時間 80'34

ベームのミサ・ソレムニスにおいて、アナログで録音されたものは、やはり、アナログで聴かないとダメとかなんとか考えたのがばからしくなるような明快な演奏。これは、ベーム盤が持っていた欠点をすべて逆に考えればいいと思う。

独唱者が上手い。
合唱が上手い。
音楽の組み立て方が上手い。

たとえば、ベーム盤の楽章間のコントラスト、すなわち、私が「グローリア、クレド」と「サンクトゥス 〜 アニュス・デイ」の「動」と「静」の対比とか書いてたのが意味なく思えてくる。ベーム盤には陰影とか隠し味があるように聞こえて、実際はそうじゃないことがわかる。ベーム盤は失敗作だ。もともと《ミサ・ソレムニス》という作品には陰影はないのだ。
ベートーヴェンは、第九にしても、このミサ・ソレムニスにしても、やはり楽譜の通り演奏すれば良い演奏になるような気がする。

繰り返し書くが、

独唱者が上手い > やはり役者が上なのか(歌手も指揮者も)。アンサンブルが美しいし、聴かせどころで上手い。

合唱が上手い > どっちがオペラ合唱団かわからん。バイエルン放送協会合唱団のほうが歌が上手いだけでなく、劇的表現が上手いし、ムード満点。

音楽の組み立て > これはクレンペラー盤にも言えると思うのだが、私のように「ミサ・ソレムニスはベートーヴェンの私小説だ」とい奇妙な解釈も受け入れるし、ベートーヴェンの言葉「こころから出てこころにかえる」も受け入れる。

ひとつだけネタをばらせば、アニュス・デイの例の軍隊音楽は、独唱と合唱の力でねじ伏せられている感じがある。そして、やはり最後のティンパニは不気味に響く。それらだけは、どんな指揮者が指揮しても謎めいて聞こえるのではないだろうか。ベートーヴェンの《ミサ・ソレムニス》という音楽全体に優れた統一感と、構成と様式の美しさをもたらしたクーベリックでさえも、それらは力でねじ伏せているように感じる。

ちなみに、録音の問題にふれれば、これは放送音源である。

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