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2008年8月 1日 (金)

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲聴き比べ(9)ヒラリー・ハーン

Hahn

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲
レナード・バーンスタイン:ヴァイオリン、弦楽器、ハープと打楽器のためのセレナーデ
(プラトンの饗宴より)
ヒラリー・ハーン
デイヴィッド・ジンマン指揮
ボルチモア交響楽団
1998年録音

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲
カデンツァ:クライスラー
第1楽章 24'25
第2楽章 9'47
第3楽章 9'43

レナード・バーンスタイン:ヴァイオリン、弦楽器、ハープと打楽器のためのセレナーデ
(プラトンの饗宴より after Plato's "Symposium")
I. Phaedrus. Pausanias (Lent - Allegro) 7'00
II. Aristophanes (Allegretto) 4'19
III. Eryximachus (Presto) 1'29
IV. Agathon (Adagio) 7'10
V. Socrates. Alcibiades (Molto tenuto - Allegro molto vivace) 10'33

ハーン&ジンマンのベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲を、ムターが10代のとき、孫とじいさんほど歳が離れたカラヤンと共演したベートーヴェンと比較したとき、以下のようなことが言えると思う。ムターも技巧と美音を生かして力強くのびのびした演奏をしているが、その演奏は所詮カラヤンの手のひらの上で演奏しているに過ぎないと思う。しかし、ハーンは違う。ジンマンによる第1楽章オケによる提示部は、それなりの演奏だが、ハーンのソロが入ってから音楽が引き締まる。ハーンは、ジンマンと対等どころか、あたかもジンマンをリードしているかのようだ。

(この第1楽章は、カデンツァに照準を定めているとして聴くと、聴きやすい。)

私は、このCDを購入して長くその良さがわからなかった。ハーンのベートーヴェンは、味気も素っ気も可愛げもなかった。それは、背伸びした少女の自信過剰の失敗作に思えた。「カラヤンと共演した10代のムターと同じように、指揮者におんぶされれば良いものを..」と思っていた。しかし、最近、ベートーヴェンの交響曲を集中的に聴いた私はベートーヴェン中毒症にかかったのだろう。ハーンのベートーヴェンにも免疫ができたようだ。ハーンのベートーヴェンには小細工がない。あるのは一本の線だけである。そして、終楽章のハーンの演奏には圧倒される。

カップリングの「バーンスタイン:ヴァイオリン、弦楽器、ハープと打楽器のためのセレナーデ」は下記のプログラムを読みながら聴くと、作品の良さがわかる。と言いたいところだが、どうも、バーンスタインという人には、リヒャルト・シュトラウスのようなセンスはないように思える。たとえば、R.シュトラウスの「ツァラトストラ」は、ニーチェを読まなくても、なんだかわかったような気にさせてくれるが、バーンスタインのプラトンはプラトンを感じさせない。私は、バーンスタインの「響宴」からプラトンの「響宴」のイメージを全くつかめなかった。この作品はプログラムを外して改作した方が良かったのかもしれない。この作品は純然たる器楽曲として聴いても悪くはないのだから..。

There is no literal program for this Serenade, despite the fact that it resulted from a re-reading of Plato's charming dialogue, The Symposium. The music, like the dialogue, is a series of related statements in praise of love, and generally follows the Platonic form through the succession of speakers at the banquet. The relatedness of the movements does not depend on common thematic material, but rather on a system whereby each movements evolves out of elements in the preceding one. For the benefit of those interested in literary allusion, I might suggest the following points as guideposts:

I. Phaedrus: Pausanias (Lent. Allegro) Phaedrus opens the symposium with a lyrical oration in praise of Eros, the god of love (fugato, begun by the solo violin). Pausanias continues by describing the duality of lover and beloved. This is expressed in a classical sonata-allegro, based on the material of the opening fugato.

II. Aristophanes (Allegretto) Aristophanes does not play the role of the clown in this dialogue, but instead, that of the bedtime story-teller, invoking the fairy-tale mythology of love.

III. Eryximachus (Presto) The physician speaks of bodily harmony as scientific model for the working of love patterns. This is an extremely short fugato scherzo, born of a blend of mystery and humor.

IV. Agathon (Adagio) Perhaps the most moving speech of the dialogue, Agathon's panegyric embraces all aspects of love's powers, charms and functions. This movement is a simple three-part song.

V. Socrates: Alcibiades (Molto tenuto. Allegro molto vivace) Socrates describes his visit to the seer Diotima, quoting her speech on the demonology of love. This is a slow introduction of greater weight than any of the preceding movements and serves as a highly developed reprise of the middle section of the Agathon movements, thus suggesting a hidden sonata form. The famous interruption by Alcibiades and his band of drunken revellers ushers in the Allegro, which is an extended rondo ranging in spirit from agitation through jig-like dance music to joyful celebration. If there is a hint of jazz in the celebration, I hope it will not be taken as anachronistic Greek party music but rather as the natural expression of a contemporary American composer imbued with the spirit of that timeless dinner party.

Leonard Bernstein
from the original LP notes


このセレナーデは、プラトンの魅力的な対話篇「饗宴」の再読から着想を得たという事実にもかかわらず、言葉で記されたプログラムというものはありません。音楽は対話のようであり、愛の称賛に関連する一連の声明であり、そして、おおむね、かの饗宴において話者たちによってなされた連続したスピーチというプラトンの形式に従っています。各楽章の関連性は一般的な主題の素材によらず、むしろ前の楽章の要素から発展するシステムによります。文学的引喩に興味を持っている者の利益のために、私は道しるべとして以下のそのポイントを提案してもよいかもしれません。

I. パイドロス、パウサニアス (Lent. Allegro)
パイドロスは愛の神エロス(ソロのバイオリンによって始められるフガート)を賛美する饗宴を開き、リリカルな演説を披露します。パウサニアスは、愛する者と愛される者の二重性について説明することによって、それに続きます。これは初めのフガートの素材に基づいて、古典的なソナタアレグロで表されます。

II. アリストファネス(Allegretto)
アリストファネスはこの対話でピエロの役割を果たすのではなく、代わりにベッドタイムの語り部の役割を果たします。彼はおとぎ話風の愛の神話を呼び起こします。

III. エリュクシマコス (Presto)
医師であるエリュクシマコスが、愛のパターンの働きの科学的モデルとして肉体的調和を語ります。これは神秘とユーモアでブレンドされた非常に短いフガートスケルツォです。

IV. アガトン (Adagio)
おそらくこの対話における最も感動的なスピーチです。アガトンの賛辞は愛の権限、魅力、および機能の全面を含みます。この楽章は簡単な3パートソングです。

V. ソクラテス、アルキビアデス (Molto tenuto. Allegro molto vivace)
ソクラテスは、予言者ディオティマの愛の鬼神学に関するスピーチを引用して、彼女への訪問のことを話します。これは前のどの楽章よりも巨大な重さを持つ遅い導入部であり、アガトン楽章の中間のセクションの高度な反復をなします。その結果、隠されたソナタ形式を提示します。アルキビアデス と彼の酔っている道楽者の一団による有名な中断でアレグロに入ります。このアレグロは拡張ロンドでであり、扇動的精神からジグ風ダンスミュージックを経過し楽しい祝賀にまで及びます。祝福の部分にはジャズ的なものが少し感じされるかも知れないが、それは時代錯誤的ギリシャのパーティー音楽ではなく、むしろ時代を超えたディナーパーティーの精神を吹き込まれた一人の現代アメリカ作曲家の自然な表現として、この音楽が受け取られることを私は願います。

レナード・バーンスタイン

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