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2008年3月20日 (木)

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲聴き比べ(2)

Mullova


・ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61(02年録音)
・メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64(02年録音)
 ヴィクトリア・ムローヴァ
 ジョン・エリオット・ガーディナー指揮
 オルケストル・レヴォリュショネール・エ・ロマンティーク
 [Hybrid SACD]

第1楽章 23'10
カデンツァ:オッターヴィオ・ダントーネ(Ottavio Dantone)
第2楽章 8'16
第3楽章 9'26
カデンツァ:オッターヴィオ・ダントーネ(Ottavio Dantone)

いくら私が「ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲」を好きだと言っても、さすがに26種類も聴いていると疲れる。ところが、このムローヴァ&ガーディナーの演奏を聴いていると元気が回復する。私はガーディナーの「ベートーヴェン:交響曲全集」には、あまり良い印象を持っていなかったが、聴き直してみたくなった。

ガーディナーの「作品61」は、楽器の発音のさせ方が素晴らしい。「デュナーミクが上手」とか「アーティキュレーションの表現が上手」という言い方は、この演奏については、有効なコメントになりにくいと思う。なぜなら、この演奏はピリオドオーケストラによる演奏であり「デュナーミク」「アーティキュレーション」は特殊、または(単純には言えないがモダンオケに比べ)不得手なオケによるものだからである。にもかかわらず、ガーディナーの「作品61」から「耳に心地のよいサウンド」が聴けるのは「楽器の発音のさせ方が上手いから」と、とらえるのが最も適当に思える。ガーディナーは、アゴーギクにもこだわっているのだろうし、演奏の流れにおいて、若干、間を入れたりもしているように聞こえるが、それらの小手先の技よりも、スコアに対する読みが適切であるという感じが強い。ただ、「スコアに対する読みが適切である」といっても、それだけなら、それは、その他の指揮者の演奏にも当てはまる。「流れが良い」という言い方も、ちょっと違うような気がする。ガーディナーとムローヴァの「作品61」の演奏を一言でいえば「知的」という表現が最も適切な形容かも知れない。それはカップリングされているメンデルスゾーンに、より明確に現れているかも知れない。

私はまだ、「ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲」26種類を深く聴き比べていないが、このムローヴァ&ガーディナー盤は、いきなりベスト盤と言ってしまいたくなる。こんなに、聴き心地の良い演奏なら、より音が鮮明であるであろうSACD盤を買えば良かった。というか、もう1枚、予備にSACD盤を買うことにする。

この「作品61」は、特別な版を使っているようだが、それが何なのかブックレットには書いていない(例によって英語だから分からん)。ブックレットの最初のページに、

In preparing this recording, consultation of the original scores led John Eliot Gardiner and Victoria Mullova to incorporate a number of alternative or original reading in their interpretations of both concertos; these are included in the recording here.

と書いてあるが、これは具体的な意味はないように思える。たしかに、ムローヴァの演奏は第1楽章の展開部において、普通の版とは違う音を出している箇所がある。また、この録音における管楽器は特別な音がする箇所があるような気がする。それも、スコアに変更を加えてるいるのかも知れない。

そして、なんといってもカデンツァが良い。第1,3楽章のカデンツァはオッターヴィオ・ダントーネ(Ottavio Dantone)によるものであるが、これが非常に良い。この人は、ムローヴァと共演してバッハのヴァイオリン・ソナタを演奏している人だ(チェンバロ、オルガン)。つまり現役の人だ。

「作品61」は、カデンツァがネックだ。特に第1楽章においては、カデンツァは音楽の構成上、非常に重要な場面に置かれてるので、第1楽章の言いたいことをカデンツァが明確に表現しなければならない。ところが、クライスラーのカデンツァには問題がある(これについては後日書く)。論理的なカデンツァを書くのが得意だったヨアヒムのカデンツァも「作品61」のそれについては、必ずしも逸品ではない。ベートーヴェン自身が、「作品61」をピアノ協奏曲に編曲したときに書いたカデンツァも良くないと思う。そんな事情のためか「作品61」にオリジナルのカデンツァを用いた演奏家が数人いる。ヴェンゲーロフも自作カデンツァを演奏している。「作品61」のカデンツァについての考察は後日書く。

ムローヴァのCDは、ショスタコーヴィチ1番、プロコフィエフ2番を買って聴いてみたが、前者において、プレヴィンの指揮は良かったが、ムローヴァの演奏は熱が感じられなかったので、あまり聴いてなかった。改めて聴いてみると、彼女のショスタコーヴィチ1番は悪くなかった。彼女の演奏はクールな側面があるので、誤解されやすいのだろう...といいつつ、私自身が誤解していたのだ。

ムローヴァのヴァイオリン演奏についての分析は、CDレビューなどで語られていて、それらと重複するので、ここでは省く...って、それを省いたら、この記事を書く意味がないのだが、私としては、ムローヴァの巧さを初めて認識し、間もないので、もっといろいろ聴いてみて書くことにする。

私は、ヒラリー・ハーンの「追っかけ」をしているが、ちょっくら、ムローヴァも追っかけることにする。とにかく、このムローヴァ&ガーディナーの「作品61」は、まったく期待してなかったのに、とても良かったので、まだ、その良さを分析する余裕がない。ただ驚くばかりの状態だ。

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