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2007年8月23日 (木)

ユリア・フィッシャー(2)

Mozart_34_fischer

・ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
ヴィオリン協奏曲 第3番 ト長調 K216
ヴィオリン協奏曲 第4番 ニ長調 K218
ヴァイオリンとオーケストラのためのアダージョ K261
ヴァイオリンとオーケストラのためのロンド K269
アムステルダム、2005年4月録音

Mozart_125_fischer

・ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
ヴィオリン協奏曲 第1番 変ロ長調 K207
ヴィオリン協奏曲 第2番 ニ長調 K211
ヴィオリン協奏曲 第5番 イ長調 K219
Haarlem, The Netherlands、2006年6月録音

ユリア・フィッシャー(ヴァイオリン)
Pieter-Jan Belder(チェンバロ、K207,211のみ)
ヤコフ・クライツベルク指揮
Netherlands Chamber Orchestra

以下、各曲の詳細なデータ

第1番 変ロ長調 K207(06年録音)
(カデンツァ:ユリア・フィッシャー、ヤコフ・クライツベルク)
1. Allegro moderato 6'51"
2. Adagio 7'54"
3. Presto 5'31"

第2番 ニ長調 K211(06年録音)
(カデンツァ:ユリア・フィッシャー、ヤコフ・クライツベルク)
1. Allegro moderato 7'57"
2. Andante 7'23"
3. Rondeau(Allegro) 3'57"

第3番 ト長調 K216(05年録音)
1. Allegro(カデンツァ:ユリア・フィッシャー)9'05"
2. Adagio(カデンツァ:ヤコフ・クライツベルク)8'21"
3. Rondeau(Allegro)(カデンツァ:サム・フランコ、ユリア・フィッシャー)6'11"

第4番 ニ長調 K218(05年録音)
1. Allegro(カデンツァ:ユリア・フィッシャー)8'31"
2. Andante cantabile(カデンツァ:ユリア・フィッシャー)7'08"
3. Rondeau(Andante grazioso - Allegro ma non troppo)(カデンツァ:ヨーゼフ・ヨアヒム)6'50"

第5番 イ長調 K219(06年録音)
(カデンツァ:ユリア・フィッシャー、ヤコフ・クライツベルク)
1. Allegro aperto 9'30"
2. Adagio 11'36"
3. Rondeau(Tempo di menuetto) 8'44"

ヴァイオリンとオーケストラのためのアダージョ K261(05年録音)7'55"
(カデンツァ:ユリア・フィッシャー)

ヴァイオリンとオーケストラのためのロンド K269(05年録音)6'23"
(カデンツァ:ユリア・フィッシャー)

結論を言えば、フィッシャーとクライツベルクは健闘をしているが作品の本質に迫りきっていない。理由は、二人が、この作品群の、個々の性格の違いを表しきっていないからだと思います。

第1,2番が入っているCDのブックレットに、演奏者すなわちフィッシャーとクライツベルク自身が書いた短い解説が載ってます。そのドイツ語の解説を大まかに引用すれば以下になります。

「第1番と第2番は、第3-5番に比べれば小品といわれている。それは、曲の長さの違いからではなく、前者にはイタリアバロック・ヴィルトゥオージティの顕著な影響が見られるからである。前2曲のヴァイオリンパートは、第3-5番には完全に欠けているヴィルトゥオーゾ的8分音符16分音符のパッセージを持ち、第1楽章アレグロ・モデラートは、バロック的テンポを性格づける。
 ヴィオラとチェロパートは、後の協奏曲に比べ独立性の度合いがかなり小さい。たしかに、ヴィオラとチェロパートの独立性は、古典音楽の作曲技法発展の一つの結果であり、それは第3-5番において現れている。このような性格の違いから、私たちは第1,2番にチェンバロ伴奏を加えた。」
 
以上をふまえて、第1番(K207)第1楽章を聴くと、彼らの軽快かつ明確なテンポ設定は、ヴァイオリンソロ、オケの元気の良さもあいまって心地よい。またチェンバロ伴奏は、弦の低音パート(チェロ、バス)の力不足とリズムを補い、良い効果をもたらしていると思う。

しかし、第2楽章アダージョは、素っ気なさを感じる。ただし、カデンツァだけは美しい。

第3楽章プレスト(K207のみ終楽章がソナタ形式で書かれている。その他の曲の終楽章はロンド)を、フィッシャーとクライツベルクは、どのように解釈しているのだろうか。海老澤敏氏はK207の第3楽章を「ハイドン風の音調を持つ」と指摘している。この楽章のハイドン的躍動を、フィッシャーとクライツベルクは、もっと野心的に演奏して欲しかった。ただし、ここでもカデンツァは美しい。

「(オリジナルの)カデンツァばかり目立つモーツァルトのヴァイオリン協奏曲」「ヴァイオリンソロを伴う協奏曲」という印象は、第3番K216を聴いたときの私の第一印象だった。何故そのように思えるのか。

後日、一つ一つの作品を詳しく見ながら書きたいと思います。

実は私は、このユリア・フィッシャーの「モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲」を決定盤だと期待して買ったんですが、その期待は外れ、例によって、あれこれ買い足してしまいました。その結果、「モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲全集」は、合計11種類も購入。

近いうちに、その11人のヴァイオリニストたちの演奏の聴き比べを書きます。お楽しみに。

【予告編】
いまのところ、クレーメル/アーノンクール盤が決定盤じゃないかと思っています。

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