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2007年7月11日 (水)

シノーポリのマーラー:交響曲全集(3)

GUSTAV MAHLER
10 Symphonies & Lieder

CD 4
交響曲第3番ニ短調
1. 第1楽章 32'22"
2. 第2楽章 10'41"
3. 第3楽章 18'23"

CD 5
1. 第4楽章 11'06"
2. 第5楽章 4'03"
3. 第6楽章 22'56"

録音:1994年1,2月

結論から言いますと、シノーポリの第3番、非常に気に入りました。

私は、この作品はけっこう好きなんです。アバド盤は新旧盤持ってます。そこでまず、それらとシノーポリ盤のタイムを比べてみます。

左から順に

アバド指揮Vpo(たぶん)82年録音盤、同Bpo/99年ライヴ録音盤、シノーポリ盤です

第1楽章 34'17" 33'23 32'22"
第2楽章 9'29" 9'04" 10'41"
第3楽章 16'57" 16'22" 18'23"
第4楽章 10'43" 9'09" 11'06"
第5楽章 4'30" 4'19" 4'03"
第6楽章 26'38" 22'02 22'56"
合 計  102'45" 97'40" 99'31"

シノーポリの演奏は、アバド新旧盤のちょうど中間ぐらいの長さの演奏でしょうか。またシノーポリ盤は第2,3楽章が長いのが特徴でしょうか。

上記を見ると最終楽章の演奏時間の差が合計時間の差になってるように思えます。つまりアバド旧盤の合計演奏時間が長いのは、最終楽章の演奏時間が他の盤より長いためのようです。

シノーポリ盤とアバド旧盤を聴き比べた場合、演奏時間はそう変わらないのに、演奏から感じる体感時間はシノーポリ盤が間違いなく短いです。私、じつは、この作品は全曲を通して聴くのはきつかったんです。それで、アバド旧盤は、カーステレオで聴いてました。ところが、シノーポリ盤は、あっさり全曲聴けますね。

シノーポリのマーラー第3番は、第2番同様、最終楽章のために、その他の楽章がある。全曲の演奏時間が感覚的に短く感じられる理由は、そのためだと思います。

以下、シノーポリ盤の各楽章について書きます。

・第1楽章:パンが目ざめる。夏がすすみくる。

雄大な交響的サウンドより、トロンボーン・ソロなど個々の楽器の演奏に魅力あり。

最初聴いたときは、アバドの堂々たる音楽に比べてオケに力不足を感じ物足りなかった。また、なんだかオケが不安定な音を出してる気もします。

ところで、標題の「パンが目ざめる」の「パン(Pan)」ってどんな神様かご存じでしょうか。これはギリシャ神話の牧神、または牧羊神です。私が知ってるパンのイメージは、バッハの世俗カンタータ《急げ、渦巻く風ども/フェーブスとパンの争い》BWV201に出てくるパンです。このカンタータから私の得るパンのイメージは以下です。すなわち、パンは、フェーブス(太陽神、アポロンのこと)と歌の競い合いをしたところが、何ともとぼけた歌(第7曲)を歌って負けてしまった愚直でとぼけた、あまり神々しくない神様。「パンは 森のために歌い ニンフたちを喜ばせることはできる されど 美しきフェーブスの声音と響きに比べれば パンの笛は評価に値せぬ」この神様は森の動物やニンフたちを喜ばせる音楽を聴かせる音楽家で、自然の中からしか聞こえない音楽を聴かせる音楽家のようです。その意味では、マーラーと結びつくかと思いますが..。

したがって私にとって「パンが目ざめる」といわれても「あのとぼけた神様が目覚めたのか」というイメージしかないです。そんなパンのイメージからして私は、この第1楽章は、巨大で複雑な音楽であるにもかかわらず、のんびりした音楽だと思ったりします。

・第2楽章:牧場で花が私に話しかけること。

この作品の第1楽章の標題「夏がすすみくる」季節というのはいつ頃か考える場合、私は、夏至の季節を考えます。夏至といえばヨハネ祭(6月24日)。ヨハネ祭といえば、私は、ワーグナーの《ニュルンベルクのマイスタージンガー》の歌合戦が行われた日を思いつきます。この頃のヨーロッパは1年で一番いい季節でしょうね。《ニュルンベルクのマイスタージンガー》のお話をヨハネ祭に設定したのも、この頃がドラマのストーリーに合ってるからだと思います。

そういう季節に、アルプスの牧場に寝転がってるといい気持ちになって、うたた寝してると夢の中に花の精たちが現れて何かささやいたり語ったりする。シノーポリの遅めのテンポを聴きながら、私はそんなことを思いました。この遅めのテンポ、私は好きです。

・第3楽章:森の獣たちが私に語りかけること。

シノーポリの第3楽章を聴いていて、私はミュージカル《サウンド・オブ・ミュージック》のなかの「ひとりぼっちの羊飼い」を思い出しました。マリアと子ども達が、人形劇をしながら歌う曲です。一部、曲想がなんとなく似てるなぁ、と、思いました。この第3楽章と「ひとりぼっちの羊飼い」は、動物からイメージされた音楽という点で共通があるかもなぁ、と思ったりしたわけです。

すなわち第3楽章も遅めのテンポであることが、私にいろいろ連想させるのです。このテンポも好感持てます。マーラーの第2楽章、第3楽章すなわち「インテルメッツォ」をあえて遅く演奏するというシノーポリの解釈は、私の好みとなりました。

楽章数が多い作品において「インテルメッツォ」楽章をあえて遅く丹念な演奏をするというのはシノーポリのマーラーにおいて重要な意味を持つことなのか。それはわかりませんが、ひとつ確かなこと。それは、シノーポリの第2,3楽章の丹念な演奏は、第4楽章以降に期待を持たせることです。

・第4楽章:夜が私に語ること。あるいは人が私に語ること。

案の定やってくれました。ハンナ・シュヴァルツが、ノンヴィブラートで歌ってます。

例によって歌詞を訳しました






IV
 
Oh Mensch! Gieb Acht!
Was spricht die tiefe Mitternacht?
» Ich schlief, ich schlief --,
» Aus tiefem Traum bin ich erwacht: --
» Die Welt ist tief,
» Und tiefer als der Tag gedacht.
» Tief ist ihr Weh --,
» Lust -- tiefer noch als Herzeleid:
» Weh spricht: Vergeh!
» Doch alle Lust will Ewigkeit --
» -- will tiefe, tiefe Ewigkeit! «
(Nietzsche)
 
V
 
Es sungen drei Engel einen süßen Gesang;
Mit Freuden es selig in dem Himmel klang.
Sie jauchzten fröhlich auch dabei,
Daß Petrus sei von Sünden frei.
 
Und als der Herr Jesus zu Tische saß,
Mit seinen zwölf Jüngern das Abendmahl aß,
Da sprach der Herr Jesus: Was stehst du denn hier?
Wenn ich dich anseh', so weinest du mir!
 
» Und sollt' ich nicht weinen, du gütiger Gott?
Ich hab übertreten die zehn Gebot.
Ich gehe und weine ja bitterlich. «
(Du sollst ja nicht weinen!)
» Ach komm' und erbarme dich über mich! «
 
» Hast du denn übertreten die zehn Gebot,
So fall auf die Knie und bete zu Gott!
Liebe nur Gott in alle Zeit!
So wirst du erlangen die himmlische Freud' «
 
Die himmlische Freud' ist eine selige Stadt,
Die himmlische Freud', die kein Ende mehr hat!
Die himmlische Freude war Petro bereit't
Durch Jesum, und Allen zur Seligkeit.
(Des Knaben Wunderhorn)

第4楽章
 
おお 人間よ! 心せよ!
深き子(ね)の刻は何を語るや?
「我は眠りき 我は眠りき
「深きゆめより我目覚めぬ
「世界は深し
「昼が思いしより世界は深し
「世界の苦痛は深し
「快楽 そは心痛よりなお深し
「苦痛は語る 去りゆけ!と
「されど なべて快楽は永遠を欲す
「深き 深き永遠を欲す!」
(ニーチェ)
 
第5楽章
 
三人の天使が 可愛い歌を歌った
歓喜とともに それは 幸福に天国に響いた
天使たちは歌いながら 陽気に歓呼の声を上げた
ペテロの罪は許された、と
 
さて 主イエス様が食卓につき
十二人の弟子と晩餐を食したとき
主イエス様は「何故お前はここに立っているのか?
見れば お前は泣いてるではないか!」と言った
 
「泣かずにいられましょうか? 慈しみ深い神よ!
私は十戒を踏みにじったのです
だから私はこの場を離れ 思いっきり泣きます」
(いや お前は泣いてはいけない!)
「ああ どうか 私を憐れんで下さい!」
 
「お前が本当に十戒を踏みにじったのなら
跪いて神に祈りなさい!
ひたすら神を愛しなさい! いかなるときも!
そうすれば お前は天国の喜びを得るだろう」
 
天国の喜びは至福の都
天国の喜びにもはや終わりなし!
天国の喜びはペテロに備えられた
イエス様によりすべての人の幸福のために備えられた
(少年の魔法の角笛)

はっきり言って、この第4楽章のシュヴァルツのノンヴィブラート歌唱は新鮮ではありますが、アバド盤のジェシー・ノーマンやアンナ・ラーソンに比べると、ニーチェのテキストを、深く伝えません。

このテキストはニーチェの「ツァラトゥストラ」の第4部の最後から2番目の章「酔歌」(または「夜のさすらい人の歌」と呼ばれる章)の最後に置かれた詩です。ニーチェの深遠な思想を表す詩であるとともに、情緒的にも味わい深い詩です。

どうして、シノーポリは《指輪》のフリッカや《トリスタン》のブランゲーネを雄弁に名演する実力派ハンナ・シュヴァルツに、ノンヴィラートで歌わせたのか(最初から最後まで完全なノンヴィブラートではありませんが)、その意図は不明。この第4楽章は、まだこの作品の答えではないという意味で抑えたんでしょうか。

・第5楽章:朝の鐘が私に告げること。あるいは天使が私に語ること。

この楽章も、あまりピリっとしません。シュヴァルツの歌唱が表情豊かではありませんね。合唱も控えめな表現をしているように思えます。もしかしたら、シノーポリは第4,5楽章のテキストを重要ではないと考えていたのかも知れません。これら二つの楽章は、最終楽章への前置きで、つなぎととらえたのか。

私は、そのシノーポリの第4,5楽章解釈に「異議あり。意義なし」と思うわけではありません。というのは、第4楽章の場合。本当にニーチェの哲学の深淵を表現したかったら、きわめてユニークで壮大な音楽を要するでしょうし、もとより、ニーチェの哲学を音楽で表すこと自体不可能。したがって、シノーポリは第4楽章を、消極的にとらえたのでしょう。

第5楽章は《角笛》。この詩は第2交響曲の第4楽章《原光》に比べると内容は軽いです。これは、天使が「私」に語った「エピソード」(第4楽章のニーチェもエピソードだと思います)。マーラーは天使の言葉を幻聴として聴いたのかも知れない。そういう意味で、この第5楽章は第2交響曲の第4楽章《原光》と違って、高いモチベーションでは演奏されなくてもいいでしょう。

・第6楽章:愛が私に語ること

ここに至って、シノーポリは、本領発揮しています。冒頭に書いたように「第1,2,3,4,5楽章は、最終楽章のために」です。第2,3,4,5楽章は「花、獣、夜、天使が私に語ること」であり、マーラーはそれを受動的に耳を傾け、それを音楽に具現化したと思います。それは受動的でありマーラー本来の積極的な創造性は聴かれないような気がしました。しかし、第6楽章おいて「愛が私に語ること」において、マーラーは「何かを発見し」それを積極的に表現した。ここに、マーラーの音楽は頂点に達します。そして、シノーポリの指揮も頂点に達します。第6楽章最後の音は、第2交響曲の最後の音より、明快に憩えます。私は「聴きやすく、わかりやすい」音楽が好きなので、この最後の明快な音を聴くだけで、このシノーポリの第3交響曲をよしとします。

冒頭の旋律はベートーヴェンの弦楽四重奏曲第16番の第3楽章の最初に似てる。

それから、もう一つ余計なことを書きますが、この楽章は少し《マイスタージンガー》第3幕への前奏曲に似てるところがあるような気がします。なんでも似てると思うのは私の悪い癖ですが..。

まとめ

もう一度、第1楽章に戻るとシノーポリの第1楽章は、アバド旧盤と違って「大自然」ではなく「自然公園」にやってきたみたいな気がしました。つまり人間の手が加えられた人工的な自然公園という意味です。私はミッキーマウスマーチのところあたりから、ところどころ、整備された自然公園を散歩している気分になっちゃいました。

シノーポリの第3番は第1楽章があまり良くなく、第2,3楽章は良く、第4,5楽章が良くなく、最終楽章は良い。

この演奏は評価が分かれるかも知れません。

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