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2007年3月24日 (土)

《マタイ受難曲》はお気軽に(5)

最後に私のお気に入り《マタイ》CD盤を紹介します。

まず、リヒター58年録音盤。これは歴史的名盤だと思います。「マタイといえばリヒター」という人がいます。しかし、私はその意見には「ノー」です。たしかにリヒターのマタイ58年録音盤はいいですが、これは多くのマタイ録音の一つに過ぎません。つまり新しい録音にも名演奏が沢山あります。したがって新しいマタイを聴くほうが、いろんな意味で耳の保養になります。ちなみに私の嗜好は、同じ古い録音でも、リヒターよりクレンペラーです。

私が最も好む盤は、

レオンハルト
ラ・プティット・バンド
89年録音
deutsche harmonia mundi

Leonhardt

レオンハルト盤はテンポ感がいいです。全曲中庸なテンポです。第1曲の合唱は8分29秒で速くも遅くもない。この中庸なテンポを最後まで貫いてます。ただし、第1部第27曲「ソプラノとアルトの二重唱と合唱 So ist mein Jesus nun gefangen(かくてわがイエスはいまや捕らわれたり)」第2部第34曲「テノールレチタティーヴォ Mein Jesu schweigt zu falschen Lügen stille,(わがイエスは嘘いつわりの証に黙しまもう)、第35曲「同アリア Geduld!(忍べ)」第51曲「アルトレチタティーヴォ Erbarm es Gott!(神よ 憐れみたまえ)は若干速いテンポです。それから最終曲第68曲「Wir setzen uns mit Tränen nieder(われらひざまづき涙する)」は若干遅いテンポです。最初から最後まで、同じテンポで演奏した方がよかったと思えなくもありません。あと、一部合唱に独特のアーティキュレーションが聴かれます。しかし音楽の流れは自然で、歌詞の意味がよく伝わります。レオンハルトは、古楽演奏の大御所ですが、比較的新しい録音を残してくれたことはありがたいですね。古いタイプの名演(つまりレオンハルト盤)がよい録音で聴けるは貴重であり嬉しいです。

鈴木雅明
バッハ・コレギウム・ジャパン
98年録音
BIS

Masaaki_suzuki

マタイ受難曲という作品を聴くときは、作品が重く長いので、ちょっと気合いを入れなければならないのですが、鈴木雅明盤は、むしろその逆で、疲れたときに聴くと、こころ癒されます。ソリストはバスの浦野智行が弱いと思いましたが、聴き込むと気にならなくなり、悪くないと思えるようになりました。神戸松蔭女子学院礼拝堂という独特の残響を持つ場所で録音されているのがサウンド的には面白いです。ただ録音は、そんなによくないと思います。

ヘレヴェッヘ
コレギウム・ヴォカーレ・ヘント
98年録音
harmonia mundi FRANCE

Herreweghe

私は、この人の演奏を、いまいち信用していません。演奏も音もきれいです。しかし中身はどうなんでしょう。この盤は人気あるようです。録音もいいし、独唱陣が面白いです。独唱陣は以下の通りです

福音史家:イアン・ボストリッジ
イエス:フランツ=ヨーゼフ・ゼーリヒ
ソプラノ:シルビア・ルーベンス
アルト:アンドレアス・ショル
テノール:ヴェルナー・ギュラ
バス:ディートリヒ・ヘンシェル


さて、「《マタイ受難曲》はお気楽に(1)」で、《マタイ受難曲》を聴くポイントのひとつを

1.山場は、二つだけ
  一つは第1部《ゲッセマネの祈り》もう一つは第2部《ピラトの尋問》

と書きましたが、もうひとつは、

2.乱暴なことを言えば、第1曲から第3曲の流れが良いか悪いかで、
  全曲の良し悪しがだいたい分かる
  
です。

つまり、この作品は第1曲の合唱で、作品のストーリーと意味を言ってしまうし、第2曲の福音史家の語りとイエスの死の予告につづく第3曲のコラール

Herzliebster Jesu, was hast du verbrochen,
(心から愛するイエスよ、あなたは一体どんな罪を犯して)
Daß man ein solch scharf Urteil hat gesprochen?
(そのような厳しい裁きを下されたのですか?)

というのが、この作品の命題です。すなわち「何故キリストは殺されなければならなかったのか?」という問いが、この作品の「言いたい事」でありキリスト教の核心です。例えて言えばワーグナーの《神々の黄昏》でブリュンヒルデが「何故こんなことになってしまったのか」と自問するのと同じです。したがって、第1曲から第3曲までの演奏は極めて重要であり、その流れの良し悪しで、全曲の良し悪しを予測できます。たとえば、私は、アーノンクール新録音/2000年盤の出だし第3曲はいまいち面白くなく、同旧録音/70年盤のほうがピンと来たのです。結果は、旧録音の方が気に入りました。まぁ、あくまでこれは嗜好の問題ですが..。

【最後に】

《マタイ受難曲》はお気軽に聴きましょうという趣旨で文章を5つ書きましたが、最後に一番大事なことを書きます。ここまでお読みになって下さった方は「それを最初に書いてくれ!」と言うかもしれませんね。

《マタイ受難曲》は、キリスト教に共感できない人が聴いても、あまり意味ないと思います。よく「マタイ受難曲は純粋な芸術作品なので、クリスチャン以外の者にも大きな感動を与えることができる」といわれます。しかし、それはウソです。この作品を聴くとお分かりの通り「人間は生まれながらにして罪深い」「イエスはわれわれの罪ゆえに殺された」というキリスト教の教義が、しつこく歌われます。それに共感できない人は「なんで貴重な時間を割いて、こんな説教じみた音楽を聴かなければならないのだろう」と思われるでしょう。したがって、キリスト教の教義に共感できる人には、この作品はクラシック音楽史上偉大なる遺産ですが、そうでない人にとっては、バッハの代表作の一つにすぎないでしょう(合唱曲としてはミサ曲ロ短調の方が上でしょうね)。そういう意味でも、この作品は、力まずにお気軽に聴いて頂きたいと思います。この作品を気に入らないとしても、変でも何でもないと思います。

はたして、あなたは以下の文章に共感できますか?

Sehet — Wohin? — auf unsre Schuld.
(見よ — いずこを? — われらの罪とがを)
 All' Sünd' hast du getragen,
 (すべての罪を御身に負いたまいし)
 Sonst müßten wir verzagen
 (さなくばわれらは絶ゆべし)
Sehet ihn aus Lieb und Huld
(見よ かれ愛と慈しみゆえに)
Holz zum Kreuze selber tragen!
(十字架の木をみずから負いて行くを)
 Erbarm dich unser, o Jesu!
 (われらを憐れみたまえ おおイエスよ)


【HMV.co.jpへのリンク】
バッハ《マタイ受難曲》レオンハルト《ヨハネ受難曲》S. クイケン
バッハ《マタイ受難曲》《ヨハネ受難曲》鈴木雅明
バッハ《マタイ受難曲》《ヨハネ受難曲》ヘレヴェッヘ

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