2016年9月24日 (土)

トマ・ピケティ著「21世紀の資本」を読んで(13)/黒田総裁の「いやいやながらのUターン」/私(藤四郎)の考え:よく分からないが要するにさっさと「資本税」を導入して貧乏人にお金をまわせばデフレは消えるんじゃないの(?)

Piketty

21世紀の資本 単行本 - 2014/12/9
トマ・ピケティ

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黒田総裁の「いやいやながらのUターン」
これから政府と日銀の「総力戦」が始まる

2016.9.23(金)池田 信夫

 注目されていた日本銀行の「総括的な検証」と、金融政策の「新しい枠組」が発表された。おおむね予想された通り「2%のインフレ目標」を無期延期し、マネタリーベース(現金供給)という指標を実質的に取り下げる方針転換である。

 ただこの発表は難解な「日銀文学」で書かれており、行間を読まないと意味が分からない。普通のビジネスマンが理解するのは容易ではないと思われるので、ここではその内容をやさしく解説し、それが何を意味するのかを考えてみよう。(2016年9月23日 jbpress.ismedia.jpより)

(下に続く)

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2016年9月23日 (金)

Irma Issakadze plays J. S. Bach: Six Partitas BWV 825-830

Issakadze

J. S. Bach: Six Partitas BWV 825-830
Irma Issakadze, piano
2010年録音
OehmsClassics

[CD 1] 72:29
Partita No. 1 in B-flat major BWV 825
Partita No. 3 in A minor BWV 827
Partita No. 4 in D major BWV 828

[CD 2] 77:16
Partita No. 2 in C minor BWV 826
Partita No. 5 in G major BWV 829
Partita No. 6 in E minor BWV 830

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【収録情報】
CD1
J.S.バッハ:
・パルティータ第1番変ロ長調 BWV.825
・パルティータ第3番イ短調 BWV.827
・パルティータ第4番ニ長調 BWV.828
CD2
・パルティータ第2番ハ短調 BWV.826
・パルティータ第5番ト長調 BWV.829
・パルティータ第6番ホ短調 BWV.830

 イルマ・イサカーゼ(ピアノ)

 録音時期:2010年3月21-23日、5月3-5日
 録音場所:バイエルン放送第2スタジオ
 録音方式:デジタル(セッション)

(HMV.co.jp より)

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私の評価:聴き易いのが魅力だが、無条件にこのアイテムを薦められない:星3.5。

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Apple Music にて試聴し、購入したが、期待はずれだった、か?←微妙(!)。

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バッハの「パルティータ BWV 825-830」は、彼が「クラヴィーア・ユーブング、作品1(第1巻)」【注】として出版した典雅且つ複雑・多様な作品集である。私にとって、このアルバムは、その作品集をもう一度聴き直す機会になった。

同アルバム、私の第一印象は:力強い、元気が良い、そして、録音が良い(大音量で聴くと気持ち良い。彼女はカワイを弾いている?)。イサカーゼの元気の良さが逸脱なのか、逸脱ではないのか、は、リスナーの「受容」に依存すると思う。すなわち、イサカーゼの微妙な揺れ(1番クーラント、サラバンド、2番カプリッチョ、3番全曲)、アクセント(1番メヌエット〜ジーグの加速、4番序曲の力強さと技巧、5番テンポ・ディ・メヌエットの速度)、過度なフォルテ(2番ロンド、3番クーラント、ブルレスカ〜ジーグ、6番サラバンド、ジーグ)などなどが面白い・・・が、その反面、それらの揺れやアクセントを耳障りと思う人もあるかも知れない。

・その他
2番サラバンド、4番アルマンド、6番アルマンダの「歌」、および、4番ジーグのなんだかあっけらかんとしたフーガ、および、第6番の「饒舌」が、目立った。

私は米国アマゾンのシュ・シャオ・メイのバッハ:パルティータ集(ASIN: B0062QFYR0)にレビューを書いた:「5.0 out of 5 stars, Zhu plays all Partitas fresh and new, May 11, 2012 / Gould plays it best, Hewitt plays it powerfully and beautifully and Zhu plays it new. グールドの演奏はベスト、ヒューイットのは力強く美しい、シュのは新しい」。そのレビューの文脈に乗っかれば、イサカーゼの BWV 825-830 は、やっぱり「cheerfully 元気」だ。イサカーゼのバッハ:パルティータ集は、グールド、ヒューイット、シュ・シャオメイには及ばないものの、ヒューイット、シュ・シャオメイの、ある意味、レベル高過ぎて取っ付きにくい演奏より(同じ言葉ばかり繰り返すが)元気が良いまたは健康的な演奏であり、そして、この盤は聴き易い(つまり、上記イサカーゼの「揺れやアクセント」が「複雑・多様」にフィットしている…私には。)。それらを評価し、星4つ・・・にしたいが、この盤には『クラヴィーア・ユーブング、作品1(第1巻)』且つ『パルティータ集』たる統一感(コンセプト)が、イマイチ…という欠陥あり、その点、同アルバムは、粗く、軽く、薄く、リスナーを飽きさせるかも(!)←それをおぎなう、アルゲリッチ的な知的技巧を聴きたかった。よって、星3.5。

【注】

以下、メモです。

「ザクセン=ヴァイセンフェルス公の現職の学長で、ライプツィヒの合唱団音楽監督のヨハン・セバスティアン・バッハにより、愛好家を心情的に慰めるため作曲されたプレリュード、アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグ、メヌエット、その他のギャラントな曲からなるクラヴィーア・ユーブング、作品1」。
 これから知られるように、バッハは、これらの6曲をあらためてパルティータと呼ばずに、「クラヴィーア・ユーブング、作品1」とした。ユーブング(Übung)は、コールユーブンゲン(ユーブンゲンはユーブングの複数)が示すように、音楽では練習あるいは練習曲と解されることが多いが、必ずしもそれがすべてとはかぎらない。もともとこの言葉には、実行とか実施の意味もある。したがって、クラヴィーア・ユーブングは、クラヴィーア練習曲とは別に、クラヴィーアで演奏する曲、つまりクラヴィーア演奏曲を意味するとみることもできる。いいかえると、バッハの場合は、「愛好者の心情を慰めるためのクラヴィーア用の曲」と考えていい。
 ここで「クラヴィーア・ユーブング」という言葉を使うことは、バッハ自身の創案によるだけではなかったようである。すでにバッハの前任者のクーナウは、7曲ずつのパルティータの集を2巻の《クラヴィーア・ユーブング》として出版して、きわめて好調な売り上げをみせていた。バッハもこの先例から、「パルティータ」という題名では、愛好者に敬遠される可能性があると心配してクーナウにならうのが得策だと思ったのだろう。バッハとしては、作品1というはじめての曲集の出版だっただけに、余計にその売れゆきを気にかけていたのだろう。
(「作曲家別名曲解説ライブラリー J. S. バッハ」284ページより)

ちなみに、《クラヴィーア・ユーブング》第2巻は「フランス風序曲(ロ短調)BWV 831」「イタリア協奏曲(ヘ長調)BWV 971。
第3巻は「前奏曲とフーガ 変ホ長調『聖アン』BWV 552」「21のオルガン・コラール BWV 669-689」「4つのデュエット BWV 802-805」。
第4巻は「ゴルトベルク変奏曲 BWV 988」

【独り言】

私は、イサカーゼのゴルトベルクと、彼女のこの「パルティータ集」を購入したが、私は、もう、イサカーゼを追っかけない。

【2016−9−27 しつこいですが追加】

本日、久しぶりに、グールドのパルティータ全曲を聴いたのですが、私が余り聴かない3、4番が気に入った。

アルゲリッチとグールドのパルティータ第2番を聴き比べてみた。どちらも割とよく知られた名演だが、これは、聴き比べない方がいい。なぜなら、グールドがバッハを主たるレパートリーとしたのに対し、アルゲリッチは、そうではないから。

2016年9月22日 (木)

【放送予告】 NHK BSプレミアム 10月17日(月)【10月16日(日)深夜】午前0時00分〜◇バイロイト音楽祭2016 舞台神聖祭典劇『パルシファル』<指 揮>ハルトムート・ヘンヒェン<演 出>ウヴェ・エリック・ラウフェンベルク/収録:2016年7月25日 バイロイト祝祭劇場

10月17日(月)【10月16日(日)深夜】午前0時00分〜

◇本日の番組紹介
◇バイロイト音楽祭2016
舞台神聖祭典劇『パルシファル』【5.1サラウンド】
◇本日の番組紹介
ナレーション: 水落幸子(みずおち ゆきこ)

◇バイロイト音楽祭2016
舞台神聖祭典劇「パルシファル」
<演 目>
舞台神聖祭典劇「パルシファル」(全3幕)
ワーグナー 作曲

<出 演>
パルシファル:クラウス・フロリアン・フォークト
アンフォルタス:ライアン・マッキニー
クリングゾル:ゲルト・グロホウスキ
クンドリ:エレーナ・パンクラートヴァ ほか

<合 唱>バイロイト祝祭合唱団
<管弦楽>バイロイト祝祭管弦楽団
<指 揮>ハルトムート・ヘンヒェン

<演 出>ウヴェ・エリック・ラウフェンベルク

収録:2016年7月25日 バイロイト祝祭劇場(ドイツ)

(NHK オンラインより)

2016年9月20日 (火)

オットー・フリードリック著「グレン・グールドの生涯」に書いてある、私の好きな逸話など(4)グールドとテクノロジー/テープを切り貼りして、ブルーノ・ワルターとクレンペラーの演奏をつなげる/「レコーディングの将来(1966年の論文)」より

Gould_friedrich

オットー・フリードリック著「グレン・グールドの生涯」

 グールド自身もかなりの夢想家だった。音楽におけるこのテクノロジーの革命が絶頂に達すると、聴き手の解放が、いやもっと正確に言えば、受動的な立場から積極的な参加者へと聴き手の変身が起こるだろう、と信じていた。「つまみをいじるのも、限られた形ではあるが、一個の解釈行為である」と「レコーディングの将来(注:1966年発表の論文)」で書いている。「四十年前、聴き手の選択の自由は『オン』や『オフ』の印のついたスイッチを入れたり切ったりすることに限られ、最新の機器でも、ヴォリュームを少し調整するくらいだったかもしれない。だが今日、さまざまなコントロールが可能となり、聴き手は分析的な判断が求められている。だが、これらのコントロールはごく初歩的で、微調整をしているにすぎない。というのは、現在研究段階にある技術がひとたび家庭の再生装置に組み込まれたならば、聴き手の参加度はいっそう拡大するからだ。」
 この「新しい種類の聴き手」が、自分の膨大なコレクションのあらゆるテープを再編集できるようになれば、グールドはたいへん満足しただろう。「例えば、ベートーヴェンの第五交響曲第一楽章は、呈示部と再現部はブルーノ・ワルターの演奏が好きで、展開部はテンポの大きく異なるクレンペラーの指揮がいいとする。……ピッチと速度の相互関係はひとまず置いておくが、クレンペラーの録音から該当箇所の小節を切り取って、ワルターの演奏の途中にスプライシング(注:テープを切り貼りすること)によってはさみ込めるのである。その際に、テンポが変わったり、ピッチが上下することもない。……」
 パラダイスの夢想は、どんなものであれ、それを夢想した人間が自分のために望んだものになってしまうことはまず避けられない。口には出さないが、他人も同じことを望んでいるのだと決めてかかっている。《ヴァルキューレ》第二幕で、ブリュンヒルデは戦士ジークムントに対して、死んだ勇者の行くヴァルハルの殿堂がいかに素晴らしい場所かを約束する。「見事な肉体をもった死せる勇者たちがあなたを抱き締め、厳かに歓迎してくれる」のである。一方、T・S・エリオットは、河馬が最終的に聖人に列せられ、「黄金の竪琴を奏で」、雪のように白く洗われ、「殉教した乙女たちの接吻を受ける」と『河馬』という詩の中で予言している。そしてグールドはといえば、音楽ファンが会社で一日懸命に働いたあと家に帰り、ただちにグールド的スタジオに向かい、テープ編集をして夕べを費やすようになる日を夢見ていたのである。グールドは言った。「究極的には、聴き手は自分自身のための作曲家になるのである。」
(オットー・フリードリック著「グレン・グールドの生涯」204ページより)

クラシック音楽の愛好者がテープを切り貼りして、ブルーノ・ワルターとクレンペラーの演奏をつなげることは「許されること」であるばかりか、「逆の立場」、「編集される側の立場」、すなわち、「演奏者という立場」にあったグールドにとっても、それは、彼の「夢」であった(勿論、グールドは、聴き手でもあった)。

2016年9月19日 (月)

【Apple Music】 高橋アキ & Kronos Quartet の「Morton Feldman: Piano and String Quartet」復活!/そして「Aki Takahashi plays Morton Feldman」に入っている「Palais de Mari (1986)」/↑この2つの録音を聴いて、あなたが、何も感じなかったら…

Feldman_01
(C) Apple Music 検索キーワード:高橋アキ

>>2015年8月11日
>>
>>一方、《超名演》高橋アキ & Kronos Quartet の「Morton Feldman: Piano and String Quartet」が、
>>Apple Music から消えました(!)何故消えた(?)消すなよ(!)
←コレ、復活しました!(上記)

・・・

そして、

Feldman_02
(C) Apple Music 検索キーワード:同上

「Aki Takahashi plays Morton Feldman」に入っている「Morton Feldman: Palais de Mari (1986)」(上記)

↑この2つの録音を聴いて、あなたが、何も感じなかったら、あなたは、モートン・フェルドマンを、聴かない方が良い。

«Anna Christensson plays Henning Mankell: Solo Piano Works / World Premiere Recording

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